アーシュ14歳5の月始動
「ふ、ははは!」
侯爵の笑い声が響いた。
「子羊は牙も隠し持っていたとみえる。今年はやけに冒険者が多いと思っていたが、全員が番犬でもあったか」
トーマスさんは成り行きについていけないでいる。
「お前たちを招いたのは、そう悪意のある理由ではない。本当に単純に面白いと思っただけだ。しかし、娘だと思えば許せるかと、なるほど、心に響いた。すまなかった」
アールさんは頭を下げた。返事をしようとしたらセロにとめられた。まだだ。
「しかしお前たちにも責任はある。私が予想する以上に影響を与えすぎる。風土病の解決の鍵になるなど、誰が予想しえたというのだ。カレンが家庭教師でメリダに行くことも含めてな。せいぜい東領嫌いの中央の貴族をあぶりだす程度の期待だったのだが」
私たちはメリダで普通に暮らしていただけだ。帝国の留学生もカレンさんも向こうから飛び込んできたのだ。
「風土病だとて、治ってよかったということで済むわけがない。魔石を扱う以上、魔石商との関わりも出てくる。東領はよいとして、この成果が出た場合、特に中央とどう関わっていくか……」
「その責任の大半をアーシュに背負わそうとしたんだ」
セロが続けて言った。
「やれやれ、そう責めるな。私にとっても大きい決意なのだ」
「アールさん、東領と北領は利害関係はあるのですか?」
私はたずねた。
「北領はまあ、軍には深く食い込んでいるが、東領とは特にはないな」
「では、東領でまず検証して、その成果を北領に流せばよいのではないですか。北領の方が患者が多いと聞きますし、カレンさんという証人もいる。二箇所から成果が上がれば、中央も迷信と切り捨てるわけにはいかなくなるでしょう」
「なるほど、北領も巻き込むか」
私は考えるままに続けて言った。
「魔石の魔力の補充は、メリダでも人気はないながらも行われ、収入にもなります。風土病の人すなわち、魔力補充ができるということ。ギルドへの就職のあっせんも可能だし、魔石の再利用の仕組みも」
「待て待て、これだから困るのだ」
「何がですか?」
「お前は……」
「?」
「普通命が助かったというだけで十分だろう。なぜその先の仕事の事まで考えてやる必要がある?魔石の補充の仕組みは今はない。もしその仕組みを実行するとしたら、魔石の相場も変わってくる。帝国は魔石は輸入もしていて、常に不足気味だ。その需要と供給のバランスも崩しかねない。うかつには手を出せん」
「そうですか。仕事があれば人は生きていける。人生の再スタートの資金づくりとして特技が生かせれば少しは楽になるでしょうに。困っている人が少ない町が、結局は利益を出すと思います」
アールさんはため息をついた。
「ほら、治世と経済にまで影響を出そうとしているだろう」
「そんなことは」
「アーシュ」
「セロ」
私は黙った。
「為政者の目だな。領地を持たないゆえに、公平。稀なことだ。そして恐ろしい」
アールさんは、つぶやいた。
「40を過ぎてからこんなにも大きいことをさせられるとは思ってもみなかった。しかし面白い。覚悟を決めようか」
そしてトーマスさんを見た。
「トーマス。聞いていたな」
「は、すべて理解出来たわけではありませんが」
「東領の名のもとに、風土病の検証を許可する。計画には全面的な支援をしよう。ただし、成功にせよ、失敗にせよ、最初に始めた君には、大きな責任が生じることになる」
「患者が少しでもよくなる可能性があるのならば、そんなことはかまいません」
私たちの方を見た。
「ここから先すべての責任は私がとる。アーシュ、セロ、そして冒険者の諸君、協力をお願いする」
いいの?みんな優しい顔でうなずいた。
「はい!」
カレンさんを見た。
「カレン、北領とのつなぎを頼む」
「侯爵、ありがとうございます、身を尽くします」
グレッグさんを見た。
「グレッグさん、ギルドの仕事があるが」
「あ、俺明日からちょうど夏休みなんで、カレンと一緒に動きます。カレンの家にもあいさつに行きたいし」
「はは、あなたも自由だな、さすが子羊の育ての親か。では」
「風土病の検証を始めようか」
まず、魔石の確保だ。さっそく動き始めようとした時、
「ちょっと待った!」
え?あ、ヨナスさんとクンツさんだ。
「グレッグさん、何のために帝国に来てるんですか。感動のあまりうっかり流すところでしたよ」
そりゃそうだ。
「や、でも中央には7月でいいって言われたんだろ?じゃあ、いいだろ」
「いいだろじゃないでしょうが!夏休みって!帝国に来てからまだ1ヶ月しか働いてないでしょう」
「でもメリダで一生懸命働いてたし」
「何のために帝国に招かれたんですか!」
「最終的にギルドが動けばいいんだよ。それより大事なことがこれからあるの、俺には。一生嫁が来なくてもお前ら責任取ってくれんの?」
「っ、それは、無理ですが、しかし、第1はギルドで」
「第1は嫁。嫁とりに帝国に行くって言ったら、ついでにギルドのことも頼まれたんだよ」
「まさか……」
「グレッグさん、本当ですの」
「はい、実は」
「まあ」
「あああ、それは別のとこでやってくださいよ!」
「ヨナス、まあ落ち着け。どうせこの2ヶ月、俺が何しようと中央は気にしやしないって。メリダからの派遣なんてその程度の扱いだよ。指示通り護衛に付いていましたって言って2か月後に一緒に帝都に行けばいいんだよ」
そうかもしれない、とヨナスさんは一瞬思ってしまったらしく、動きが止まった。
「じゃ、そういうことで」
「え?ちょっと」
「じゃあ、魔石の確保はどうしましょうか」
「え、この話終わり?」
魔石について話し始めると、アールさんはちょっと言いよどんだ。
「あー、それなんだが。言い忘れてたが、今ブルクハルトの支店に魔石商が来てるぞ」
「ちょうどいいではないですか、直接話せて」
トーマスさんがほっとして言った。アールさんはため息をついて私たちの方を見た。
「お前らが第1ダンジョンで魔石を大量に出したからな、恐らくすぐに連絡が行ったのだろう。スティーヴンも腰の軽いことだ」
私たちのせい?仕方ない、ウィルとマルは外して動こうか。私たちは目配せをした。しかし、
「ギルドに関わっている以上、いつまでも避け続けているわけにはいかない、お兄ちゃん」
とマルが言い出した。
「マル……」
「ニルムではニコとブランが困ってるとき、何も手伝えなかった。テオやアロイスの見送りもできなかった」
「お前は串焼き食べて機嫌いいだけだったじゃないか」
「串焼きは別のこと。アーシュと一緒ならもっとおいしかったはず。今度アーシュが困った時、マルは離れていたくない。お兄ちゃんは、逃げるべきじゃない」
「逃げてなんか……」
「お兄ちゃんは、おとうさまを許せてない」
「もう関係ない奴だ」
「関係ないなら会ってもいいはず」
「それは……いいだろう。自分から言い出したことだけど、外れて動くのには飽きていたところだ。オレも動く」
「ではとりあえず、魔石について商会と面談する場を設けよう。トーマスはとりあえず、助手の説得と治療の計画だ。こちらからは私と、グレッグさん、カレン、そして」
「オレたち4人」
ウィルがはっきりと言った。マッケニーが父親と決まっているわけではない。そうだったらいいのだけれど。ウィルの硬い表情を見て、それでも思った。そうだったらいい。




