アーシュ14歳5の月中傷
第1、第2ダンジョンと回り、2週間ちょっとでブルクハルトに帰ってきた私たちだが、いつの間にか5の月になっていた。思っていたよりダンジョンに行けたのはよかった。学校に行ったらめったに行けなくなることだろう。王都のように、学院からすぐにダンジョンがある訳ではないのだから。
アールさんの屋敷に戻ると、そこには40過ぎだろうか、静かなたたずまいの男の人と、きつい顔をした若い人が待っていた。
「アーシュ、君に見てもらった親戚の子を見ていた医者と、その助手だ」
「まさかあの子が」
「いや、心配するな。驚く程元気になった」
「よかった」
私は胸をなでおろした。年上の方が話しかけてきた。
「君が預けたお守り石についてなのだが」
私は少しためらった。すると、若い方が、
「すぐに返事ができないと言うことは、やはりあやしいものに違いありません。話を聴くまでもない。人心を惑わせたものとして軍に引き渡してもいいくらいだ!」
と激しく言った。ダンにも警告されていたし、このように批判されることはあるだろうとは思っていた。ふう、とため息をつくと、
「話を聞けばメリダ出身だと言うではありませんか。剣と魔法の国だなどという迷信のはびこる辺境の国の者など、信用に値しない!」
と続けた。私はあっけにとられた。まだ続きそうだ。
「そもそも、黒髪に黄色い瞳などと言う気味の悪い色合いなど見たことがない。このようなものの話を聞く必要などないではないですか!」
部屋が静まり返った。私は静かに年上の方を見た。目が合った。
「師匠!」
「少し黙りなさい」
「しかし、」
「黙りなさい!」
若い方は仕方なく黙り込み、私をにらんだ。私は静かに見返した。
「助手が失礼なことを。申し訳ない」
「師匠!」
「黙れ。もう一言も話すな」
年上の人は、若い人に聞かせるように謝罪した。
「メリダの大使として友好を志している方の前で、失礼なことを申しました。また、その客人である若いお嬢さんに暴言を吐くだけでなく、人としても最低な言動を取った事を、師匠として心よりお詫びいたします」
そして深く頭を下げた。助手はまだ何か言いたそうだ。そして見なくてもわかる。全員、ものすごく怒っている。アールさんが言った。
「話にならん。アーシュ、どうする」
「結局、何をしにきたんですか」
私はたずねた。医者は言った。
「私はこの風土病を長年に渡って見ていますが、こんなに急に回復する事などありえないのです。聞けば異国のお姫様がお守り石を置いていったとか。侯爵の紹介とはいえ、そのようなあやしいもので病気の進行を早めることになってはと思い、一言注意に」
「おろかな」
「まさか石を取り上げたりしていませんよね」
「どのような作用があるかわからぬものを病人のそばに置いておけません」
部屋がまたしん、と静まり返った。
「弟子も弟子なら師匠も師匠、か」
ダンが言った。
「だから言ったろ?アーシュ。帝国の奴らを助けようとすることなんかないんだよ」
「なに!」
「お前は黙れ!」
ダンは若い人に冷たく言った。私も悲しかった。そしてこれが医者という人の現実かとがっかりした。しかし、言うべき事は言わなければならないだろう。
「私からも聞きたいことがあります」
医者の人はこちらを向いた。
「帝国には、呪いがあるのですか」
「そんな、ありませんよ」
「では、髪の色が黒かったり、目が黄色かったりすると、何か問題でもあるのですか、気味が悪い以外に」
「それは……本当にすみません、そんなことはありえません」
「では、帝国には持っているだけで人の具合を悪くする石があるのですか」
「いえ、聞いたこともありません」
「よかった」
私はがんばってにっこりと笑った。
「帝国が迷信を信じるような未開の国かと思うところでした。メリダにもそのような迷信も、事実もありません」
でも、やっぱり涙がこぼれた。
「子どもにあげたキレイな石を、迷信を信じて取り上げることについて、どう思いますか」
「それは……すみません、私はどうかしていたようだ」
医者は目が覚めたように言った。私は、涙をがまんして続けた。
「医学とは、検証を繰り返すもの。長年悩まされていることならなおさら、少しでも希望があればそれを試してみるのが医者というものではないのですか。なぜ彼女が元気になったのか客観的に考えてみましたか」
「いえ、それは客人が来て気持ちが明るくなったのかと……」
「そのようにして、彼女ほど回復した人はいましたか」
「いえ……」
「では、なぜ回復したと思いますか」
「守り石……しかし迷信とあなたも言っていた……」
「呪いが迷信なのです。石そのものに根拠があったとしたら?」
「石に……」
年上の人は考え込んだ。
「今のあなたに私が言えるのはこれだけです。お守り石は、私と彼女の個人のもの。返してあげてください」
「わかりました。すみません」
「師匠!謝る必要など!」
「あなたは」
私は若い人の正面に立った。
「な、なんだ」
「髪が黒くて、黄色い目の人が病気でやって来たら、治療しないの?気味が悪いから?」
「そ、それは」
「もし旅に来ていたメリダの人が、病気になったら治療しないの?辺境の国の人は、治療しないの?」
「い、いや」
「帝国の医者は、迷信を信じて、苦しむ人を差別するの?」
「……」
がまんしても涙がこぼれる。負けたくない。でも……
「侯爵、部屋に戻ってもいいですか」
「ああ、すまなかった」
マルがついてきてくれた。
部屋に気まずい沈黙が広がった。ふ、とカレンが立ち上がった。
「私はカレン・フォン・ディーンと申します」
「医者のトーマスです」
「北領の侯爵家の娘が、この病にかかったという噂を聞いたことがありますか」
「医者ですから、そのような情報は耳に入ります。お身内でしょうか、お気の毒に」
「私です」
「え?」
「その、病にかかった娘とは私のことです」
「はは、まさか、お元気ではないですか」
「はい、元気になりました」
「まさか」
「メリダで治ったのです」
「メリダで……まさか」
「医者として、研究者として、真摯に探究心を持って知りたければ、アーシュが答えてくれるでしょう。私から言えるのはこれだけです」
「……」
「トーマス、今日はもう、その愚か者を連れて帰るがよい。公平な心で訪れるものには、扉はまた開かれるであろう。だが心せよ。大切な客人を傷つけることは、2度と許さん」
「承知いたしました。では私たちはこれで」
2人は帰っていった。
「くそっ」
その場の誰もがやり場のない怒りを持て余した。ヨナスとクンツもだ。
「だが、最初からわかっていたことだ。今涙を流しても、苦しんでいるものがいたらあいつはまたやるだろう。そこから遠ざけることも、中傷から守ることもできはしない」
グレッグは言った。セロが悔しさを噛みしめながら言う。
「オレたちは苦しみに寄り添いながら、せめて行く道を少しでも平らにする事しかできないんだ。それがアーシュだから。オレは苦しくても共に行く」
皆うなずいた。
「トーマスは優秀な医者だ。バカな弟子を取ったようだが、ゆっくり考えれば正気に帰るだろう。さて、グレッグ、2週間の話を聞かせてくれないか」
苦しい夜もある。だが、マルが寄り添う。セロとウィルとダンは、ドアにもたれて眠る。次の日アーシュが見るものは、共に道をゆく希望である。




