アーシュ13歳2の月王都へ
ギルド長が慌しく引き継ぎを済ませた後、1の月の終わりには王都へと旅立った。
「お前を見送るとは思わなかったよ」
ギルド長に領主様は苦笑いしつつ、皆にも早く戻ってこいと肩を叩かれつつ、私たちは出発した。冬の旅を楽しむ?とんでもない。ギルド長を囲んで帝国語の勉強だ。通訳の仕事は、ギルド長の暴走ではなく、ギルド総長からの正式な依頼だった。それならばと、日常会話程度だったカレンさんのメリダ語の特訓も始まった。
「俺ら25と33だぞ。もう勉強は厳しいって」
「まあ、人の年齢を勝手に!私はまだまだ勉強できます!」
泣き言をいう人もいたが、おおむねがんばっていた。カレンさんの体調はずっといい。侍女の人も、従者の人も喜んでいた。しかし帝国に戻れることにほっとしてもいた。
2の月の初めには日程通り王都につき、ギルド長は領主様の屋敷に、私たちは引き続きダンの家にお世話になった。
「君たちなら、いつか必ず夢を実現すると思っていたよ」
ノアさんたちもやって来て、帝国語を覚え直すのに四苦八苦していた。
「学院では誰もまじめに勉強していなかったんだよ」
言い訳だった。そんな時、セロがギルド総長に会うことになった。場所は中央ギルドだ。
「何の話かなあ」
私が聞いても、
「ギルド長は何もいわないんだよ」
とセロも戸惑い顔で、それでも1人で中央ギルドに向かった。
セロが中央ギルドの受付に向かい、ソフィーにニヤリとして見せた後、
「ギルド総長と約束があるのですが」
というと、顔見知りのはずの受付の人が少し考えたような顔をした。しかし、すぐに案内してくれた。
トントン。
「入れ」
机の後にいたギルド総長が顔をあげると、そこには宰相家の色をまとった若者が立っていた。顔立ちは自分には似ていない。しかし面影はある。
「セシリア」
セロは初めて自分と同じ色合いの人を見た。驚きで何も言えないでいると、
「かけたまえ」
と、自らお茶を用意してくれた。と言ってもポットから入れただけだが。
「子羊のお茶は便利でいい」
「ありがとうございます」
反射で答えた。
「さて、なぜ呼ばれたのか不思議に思っているだろう」
「はい」
「気になってな」
ギルド総長はつぶやいた。セロもけげんな顔をした。
「シースのギルド長から、銀髪の子羊がいると聞いてな。知ってのとおり、この髪と目の色は、宰相家男子に特有のものだ」
知らなかった。
「誰も教えてはいなかったのか」
「はい」
「宰相家は清廉の家。市井に落とし子がいる可能性はほとんどないのだよ。しかし、私の父は、母が亡くなったあと、王都の街でその……」
「妾ですか」
「正式なものではなかったようなのでな。それで私には年の離れた妹がいたのだ。しかし年頃になり、突然いなくなった。護衛が1人、いなくなったことから、駆け落ちと思われた」
「駆け落ち」
「身分差とか何とかなのだろう。気にするほどのものではなかったと思うのだが。反対されていたという事も聞かなかった。若いゆえであろう。形式的に探されはしたが、駆け落ちなら仕方ない。どこかで元気でいてくれればよいと思っていたが、セロ君だったか、ご両親は」
「オレがまだ幼い頃、亡くなったと聞きました。顔も覚えていません」
「そうか、妹はセシリアと言った。君の母親かどうかは、正直わからぬ。顔立ちは、君によく似ていたように思う」
「……」
「まずは会ってからと思っていた。年頃から言っても、顔立ちから言っても、そしてその特有の色合いから言っても、まずセシリアの子に間違いはないだろう。苦労をかけたが、宰相家の一員として、改めて歓迎する」
ギルド総長ははっきりと言った。しかし、セロは急なことに戸惑いの方が大きかった。
「あの、少し考えさせてください」
「うむ、戸惑うのも無理はない。しかし、1度宰相家に顔を出してはもらえまいか。父に会わせたい」
「それも、考えさせてください」
「そうか」
ギルド総長はセロに背を向けた。
「どうせ今日、ギルド総長に隠し子が、という噂がもう広がっているだろう」
「なんで」
「それほどに、色合いとは重要なものなのだよ。下まで送ろう」
「……はい」
ギルドまで並んで下りると、2人を見て一瞬静寂が広がった。セロははっとしてギルド総長を見た。
「わざとですか!」
「何のことやら。では楽しみにしている」
くるりと去っていった。セロは手を握りしめ、みんなの視線を振り切るように足早にギルドを出た。
今までずっと知りたかった。オレの親はどんなだったのだろう。なぜこんな髪と目の色なのか。でも、知った今、なんでこんなにつらいのか。ギルド総長は、あっさりと一族だと認めた。何の障害もなかったなら、なんで自分は孤児として過ごさねばならなかったのか。
セロはずっと聞き分けのいい子だった。知らない家をたらい回しにされ、時には温かい家庭を目にし、やがて捨てられても、つらく、うらやましく、それでも生きていくしかなかった。遠く、遠くを見ることでやっと、自分の境遇から目をそらすことができたのだ。
今さら親戚が出てきても、オレの子供時代は戻ってこない。戻ってこないんだ……。ふと、顔をあげると、もうダンの家のそばまで来ていた。そしてアーシュがうろうろしていた。道を行く人がちらちらとアーシュを見ているのにも気づかない。あんなにかわいいのに、どこか抜けていて、少し残念で、まっすぐだ。オレの15年しか生きていない人生の中で、6年間も一緒だった、大切な子。今も心配で出てきたのに違いない。心に温かい何かが広がった。
不幸だった。孤児が幸せなわけがない。でも、アーシュと出会ってからは、そんな事を思ったことはない。ただ毎日が楽しくて、大事にしたくて。あ、アーシュが気がついた。走ってきた。もうあと1ヶ月で、成人なのに。
「セロ!」
心配そうに見あげてくる。オレはギュッと抱きしめた。冷たい。どのくらい外で待ってくれていたのだろう。
「セロ?」
1人で悩むのはやめよう。オレの家族はここにいるのだから。




