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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
巣立つ子羊編

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アーシュ13歳9の月から勉強中

カレンさんは家庭教師という仕事をかなり真剣に考えてくれていた。貴族ではないのだから、貴族になる教育はいらない。アロイスが言ったように、高等学校で困らないだけの礼儀作法、言葉遣い、ダンス、教養に加えて、高等学校の教科の先取りもしてくれた。マリアやおじいちゃん先生は、今後帝国に留学生を送る際のマニュアルを作るのだと言って、授業に参加したりしていた。


また、王都にいるニコとブランも逃れられなかった。


「一応、困らない程度にはしゃべれるんだから、それでいいだろ?」


と言ったが、言葉と教養といった役に立つものには参加させられた。


教養は高等学校の教科書を使って行われた。ダンたちと四苦八苦して勉強した帝国の中等部の分は十分できているとほめてもらった。問題は、アレだ。礼儀作法とダンスだ。ダンスはウィルとマルは経験があるという。なんでも覚えているからってズルイと思う。ダンも商人の付き合い上、覚えているという。私はセロとため息をついた。そういえば、そもそもメリダはあまり音楽が一般的ではない。酒場で冒険者が歌っているくらいだ。私とセロは顔をしかめられながら、ウィルとマルとダンはは驚かれながらダンスの練習をした。


礼儀作法は仕方なく覚えた。推薦した大使に恥をかかせるわけにはいかないからだ。


夜は、カレンさんと魔法の訓練をし、マリアやソフィー、おばさんも加えておしゃべりもし、時にはお出かけをして楽しく過ごすのだった。子羊亭は、カレンさんだけでなく侍女の人もお気に入りだった。おばさんはカレンさんの持ってきたデザイン画で、帝国で流行のドレスや紳士ものの服を、一生懸命に仕立ててくれた。クリフも時々やって来て、ダンの屋敷はいつでもにぎやかなのであった。


そうして3ヶ月たった。


「メリルに行ってみたいの」


とカレンさんが言った。


「あなたたちの育ったところを見てみたい。覚えがいいから、家庭教師としての仕事もほとんど終わってしまったし」

「メリルまで一週間かかります。冬のさなか、旅は難しいのでは」


とセロが言うが、


「王都に着いてからは熱もまったく出ていないの。今までで一番体調がいいくらいよ」


と引かない。カレンさんはやっぱり活発でお転婆なのだ。ここ数年これほど生き生きとした姿を初めて見ましたと、侍女の人の許可も出て、12の月の初めには、メリルに旅立つことになったのだった。


マリアとソフィーにうらやましがられながらも、私たち4人とダン、そしてカレンさん一行でメリルに出発した。久しぶりに子羊館で休める。ギルド長に相談したいこともある。帝国に行くのに、アメリアさんに作っておいてもらいたいものもある。いろいろな思いを抱えて、馬車はメリルに着いた。


ギルド長は……いた!


「よう、お前ら、また帰ってきたのか?」

「またって。ここが家だから」

「そうだな。おかえり」

「それから、こちらがしばらく滞在する、家庭教師のカレンさんです」

「ハハ、お前ら、紹介の仕方がおかしいぞ。帝国の侯爵家のお姫さんだろ。それなりにな」


カレンさんは馬車からゆっくり下りてきた。膝を軽く折ってあいさつをし、まじめな顔で、


「はじめまして、家庭教師のカレンです」


と自己紹介した。


「お、おう、メリルにようこそ。ギルド長のグレッグです」


栗色の瞳と、濃い青の瞳が合った。


そこだけ時間が止まったようだった。何が起きたのか戸惑うカレンさんと、こちらもまた何もわかっていないギルド長は、それでもお互い目が離せなくて、あいさつのためのもう1歩の距離さえ縮められないでいた。


セロとダンと私は、顔を見合わせて、困ったようにお互い視線をそらした。だって人が恋に落ちた瞬間を、初めて見た。


「さあ、早く子羊館に案内しようぜ!」

「カレンさん、先にギルドのそばの串焼きを食べよう!」


……。ウィルとマルだ。カレンさんとギルド長ははっとして目をそらした。


「そ、そうだな、疲れてるだろうし、おい、お前ら、1回荷物置いてこい」

「串焼きは?」

「後だ後」

「はーい」


ダンの家の馬車は先に行かせ、子羊館までの道をゆっくりと歩いた。


「よう、セロ」

「アーシュか?大きくなってないな」

「ウィル、マル、無茶してないか」


などと声をかけられつつ、さほど大きくない町を抜けると、子羊館までの道をゆっくりと上っていく。丘の途中には、大きく育ったオリーブの他に、小さいオリーブの苗木がたくさん寒そうに植えられていた。丘を上って振り返ると、メリルの町並みが見える。


「ここで育ったのね」

「私はもう、6年になる」

「オレたちはもっとだ」

「俺は生まれてからずっと」

「小さくて、温かい町ね」


カレンさんは言った。私は


「私たちは、この町とギルド長に育てられたようなものなの」


と答えた。


「グレッグさん」

「そう」

「グレッグさん」

「……」


「さあ、子羊館を案内しようぜ」


それから、相変わらず外側は趣のある建物に侍女の人がおののきつつ、しかし、中に入ると暖かく落ち着いた食堂に顔がゆるみ、雑魚寝の部屋を見ては顔をしかめられながら、子羊館をゆっくりと案内するのであった。滞在中は、辺境伯が部屋を提供してくれるという。しかし、雑魚寝というものをしてみたかったカレンさんは、初日だけはここに泊まる予定だ。


夕食や初代のお風呂を堪能し、侍女の人にブツブツ言われながらも、女子3人で横になった。視点が低い、というのはそれだけで大きく違う。どこまでも寝返りをうてる広い雑魚寝部屋に3人、今までのメリルでのエピソードを話したりして過ごすのだった。特に最初の頃のギルド長の無茶振りは、カレンさんを驚かせ、時には憤慨させた。


「大人が子どもに無理をさせて!」


と言うことだ。今となってみれば確かに8歳の子どもにやらせることではない。それでも、おかげで生活が安定し、成長することができたのだ。私が守ろうとした小さな人たちは、みんなに育てられて十分に大きくなった。


旅の疲れには勝てず、いつしか3人並んで眠りについていた。メリル初日の夜である。




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