アーシュ13歳5の月帝国では
一方、アロイスも自宅に帰っていた。帝国は王族が直接治める中央の他に、北領、東領、南領があり、それぞれ侯爵が治めている。その北領の三男がアロイスである。北領はダンジョンも比較的多く、そのせいもあって武を重んじ、帝国でも軍部において力を持つ。だからこそ、息子は何人でも軍部に置きたいというのが家風であった。学究肌の息子など何の役に立つ?
逆に南領は数十年ほど前に、帝国が併合した新しい土地だ。歴史の浅さと警戒から、軍部では出世は難しい。栄達を狙うには文官になるのが早道だ。テオドールが役たたずとされる由縁である。
アロイスも帰ってすぐに父親に呼ばれた。
「アロイス、ただ今戻りました」
「うむ、蛮族の国、少しは鍛えられたか」
アロイスは苦笑した。魔石で回る国、メリダは帝国よりよほど快適であった。どこに行っても風呂があり、庶民でさえ暖房に事欠かない。もっともその恩恵を受けられぬ孤児たちの世界も垣間見た。
「良き友を得、冒険者としてダンジョンに潜る日々でした」
「ほう、確かに体つきもしっかりしてきたようだ、早速手合わせをしてみるか」
「かまいませんが、おじいさまにお礼を言いたくて」
「それもそうだ、早速明日にでも訪ねるが良い、使いは出しておく。では、庭に」
強くなったかどうかだけか、父の関心は。メリダについては一切聞かないのだな。まあいい、半年以上鍛えた自分が、帝国でどう通用するか、興味はある。
父との対戦は、かなり粘ったが、結局負けた。
「ずいぶん力がついた。課題だった体力は克服したようだが、おかしな剣の使い方をする。それは」
「はい、ダンジョンで魔物を倒す剣です」
「うーむ。しかし、それは帝国では少々邪道、高等学校に行くまでに戻しておけ」
「はい」
メリダにやった事の効用を自画自賛しつつ、父親は戻っていった。
次の日、祖父の屋敷を訪ねた。お礼が目的ではない。いとこのカレンに会うためだ。カレンは、父の弟の娘だ。祖父は引退してからは父の邪魔にならぬよう、領地にいるか、弟の屋敷の別宅にいる。祖父を訪ねると、案の定、カレンがニコニコしながらメリダの話を聞きたくて待っていた。
「まずは、おじいさま、取りなしありがとうございました」
「そのようすではかえって申し訳ないことをしたかな」
「いえ、しかし、有意義でした」
「ねえ、アロイス、魔法は、魔法はあったの?」
「ありました」
「まあ!それはどんななの?」
アロイスは年上のいとこをほほえましく思いながら、こういった。
「誰でも灯りをともしたり、風を起こしたりするのですよ」
「まあ」
カレンは遠くを見るような目をした。
「そのことで、カレン姉様にお願いがあるのです」
「なにかしら」
「来年、友がメリダから留学してくるのです」
「なんと!あの島国からか」
「はい、交換留学の道が開けたそうで」
「メリダの人と会えるのね!私、できるだけのお世話をするわ!」
「それなんですが」
アロイスは息を継いだ。
「カレン姉様には、友の教育の手助けのために、メリダに行っていただけないでしょうか」
「なっ」
おじいさまが驚いた。
「カレンの病を知っているだろう!健康な女子でさえ行かぬ辺境の地だぞ」
「……行きたい」
「カレン?」
「行きたいわ!どうせここにいても、あとはゆっくりと病が重くなっていくだけ。魔法の国、憧れの国なの。行ってみたい!」
「カレン!聞き分けのない」
「おじいさまだって知ってるでしょ。もう25歳、侯爵家の家系だとて、この病ではもう嫁の貰い手もない、ゆっくりと死を待つだけよ。今の体調ならぎりぎり行けると思うの」
「アロイス、余計なことを……」
「留学生は5人、私と同じ学校に来ます。しかし、平民なので、学校で困らないだけの礼儀作法と常識を。高等学校では成績のよかったカレン姉様なら、お任せできるかと」
「まあ、でも殿方にお教えすることなど……」
「女子が2人おりますので」
「それならお役に立てそうだわ」
「アロイス、辺境、平民で、5人で、うち女子2人、しかもお前と同じ学校など、異例ずくめだぞ」
「メリダの大使の導きにより」
「東領のか。あのわがままもののメリダびいきが……まあ、いい。カレン、頼るものなどない辺境の地だぞ。2度と帝国の地を踏めぬやも知れぬ」
「かまいません、どうぞお父様とお母様におとりなしを」
「アロイス、それほど大事な友か」
「はい!そして姉様にも、メリダをぜひにも見てきてほしいのです。」
「アロイス……ありがとう」
「定期便は8の月半ば。高等学校には間に合います。船までは私も送り届けましょう」
「まずは父母の説得だぞ。カレン。アロイス、おとなしい手のかからぬ子であったのに……」
おじいさまが嘆いて見せると、アロイスはニヤリとした。
「メリダに送っていただいたおかげです」
本当はそのおとなしさを心配していたおじいさまにはそれは好ましい変化に見えた。
それから伯父夫婦の説得が始まり、最終的には幼い頃からカレン付きであった侍従1人と、侍女1人とを付けて送り出すこととなった。カレンには甘い叔父が、医者も料理人も他の侍女も何人も付けるというのをなんとか断り、できるだけ身軽に旅支度を整え、出発を待つのであった。
一方テオドールとエーベル、アロイスの3人は、遅ればせながら高等学校の試験を受け、合格し、三男同士であるのをいいことに待ち合わせてはダンジョンに向かっていた。
帝都のダンジョンは、メリダに慣れていた3人を少なからず驚かせ、落胆させた。帝都から離れていて、交通の便が悪い。軍の駐屯地はあるが、やる気がなく、軍人は義務以外でダンジョンに潜ろうとはしない。ギルドはあるが、解体所がない。魔物肉は帝都まで持って行って卸すしかない。冒険者は収納バッグなど持っていないため、魔石を取った魔物はダンジョンに放置だ。したがって魔物肉は市場にほとんど流通しない。
もっとも、その分、広い国土を生かして、牛や豚など、そして羊、コッカも食用に供されている。牧畜は盛んなのだ。
ダンジョンに入れば、間引かれない魔物であふれ、階層の下に潜るどころではない。メリダなら「涌き」が心配されるところだが、帝国ではそこまではない。
逆に複数の魔物を相手にする訓練だと思う事にして、ひたすらダンジョンに潜った。アーシュのランチや、入れてくれるお茶がひたすら恋しかった。
「こんなダンジョンでも、あいつらなら目を輝かせるだろうな」
「飛び込んで行くでしょうね、きっと」
「帝国の女子は、かたくるしいかクスクスしてるかどちらかでつまらん」
自然とメリダの話になるのであった。アロイスが言った。
「しかし、あと1年もない。約束通り、よいダンジョンを見つけておこう」
「荒れていれば荒れているほど喜ぶと思うがな……」
「違いない」
「さあ、やるか」
1年は長い。友に恥じぬように、がんばろう。




