アーシュ12歳3の月セームへ
今日2話目です。
ソフィーとニコとブランに見送られ、私たち3人はニルムを立った。手前の村に戻り、ウィルとマルと合流して定期便に乗ってセームへ向かう。2人ともご機嫌で待っていた。肉ばかり食べていたらしい。
3の月の半ば、街道は春の花が咲き誇っていた。セームは果樹の町。この一面の木の花は、やがて夏に、秋に実を結ぶのだろう。幻想的な景色の中、私たちは帝国の教科書に四苦八苦していた。夏からずっと、勉強から遠ざかっていた。もちろん、帝国の話し言葉はバッチリだ。しかし教科書となると、少し難しい。結局、また教科の担当を決めて、教え合うこととなった。
ニルムから4日、セームに着いた。セームは大きな町だ。ダンジョンを3つ抱え、冒険者も多い。ギルドの規模は、王都の東ギルドに匹敵する。
それを一つの町で抱えているうえ、海沿いで漁港もあり、果樹の栽培も盛んだ。へたをすると、王都よりもにぎわっているかのようだった。
「わあ、すごいね」
「すごいな」
はしゃぐ私たちに、ダンが言った。
「本来ならギルドに行くべきなんだろうけど、1日だけ普通の宿屋に泊まって、町をみてみないか?」
どうする?行こうか!
町は開放的で、明るい雰囲気だ。屋台も多い。
「果汁を薄めた飲み物を売ってるね、お茶はない、けど、甘いものは足りてるのか……お茶は別か……」
「屋台は多いが、休めるところは少ないぞ。けど、この開放的な雰囲気では、王都の子羊亭の形では人が入りにくいな」
「オープンテラスにすればどう?」
「どういうこと?」
「要は、店の外にも座れるところを作って、外でも提供するってこと」
「冬はどうする?」
「冬は室内だよね、でも、晴れてる日、暖かい日はそれでも来るかも」
「カップルも多いしな、客寄せもかねて、行けるかもしれない」
「始まったな」
ウィルが言った。
「久しぶりにダンとアーシュがそろったからな」
セロが答える。私たちは気にせず続けた。市場も見てまわる。ダンが目を輝かせた。
「あった……ガガの実だ。おやじさん、これ、たくさん取れるの?」
「ああ、そこら辺に生えてるからな。ただ、この形まで乾燥させるのが大変でな。元気の出るお茶になるよ」
「少しもらおうかな」
「ありがとうな」
そして確かに干した果物が安くたくさん売っていた。私は大きな声で言った。
「安いよ!この値段なら、パウンドケーキにたくさん入れられるよ!」
「ここの人たちは、これをこのまま食べるのかな。おばさん、干し果物、ここらへんの人たち、どうやって食べてるの?」
ダンは冷静に聞いている。
「おや、めずらしいね、内陸の人かい?どうやってって、そのままさ」
「そのままおやつに?」
「酒のアテにする人もいるがね、たいていは疲れた時のおやつさね」
「おばさん、他にはおやつってないの?」
「子どものようなことを言うんだね、ここらではおやつはたいてい果物さ」
「廃蜜糖は」
「ありゃ苦いだろ、馬の薬さ」
「じゃ、これとこれと、ください」
「ありがとよ」
こんなふうにして、市場や町を歩いた。オルドのような重い雰囲気はない。孤児や、おちぶれた人も見当たらない。ダンが話しかけてきた。
「アーシュ、恐らくな、孤児も困ってる人も、歓楽街にいる」
「よせ、アーシュにそんな話」
セロがさえぎる。
「セロ、大丈夫だよ。ギルド周りならともかく、それは私には荷が重いな」
「だろうな、ただ、歓楽街に店を出すとすれば……」
「冷たい果実水」
「だよな」
「アメリアさんに作ってもらった水筒型のやつを、お土産として買っていってもらう」
「よせよ」
「セロ」
「女の人が食い物にされてるとこだぞ。そこで商売することは、その片棒を担ぐことになるんだぞ」
私は顔を伏せた。
「うん、ごめん」
「セロ、悪かったよ、ついな」
「串焼き食べようぜ」
ウィルが取りなしてくれた。二人そろうと、つい暴走してしまう。私はダンに言った。
「これだけ食材があると、料理がしたいな。干し果物を使って試作もしてみたいし」
「いっそのこと、1軒借りようか、どうせ2ヶ月くらいいるんだろ?」
それは思いつかなかった。みんなで顔を見合わせた。うん。
「「「「いいね!」」」」
パーティで、家を借りることになった。そういう冒険者も多いので、ギルド周りには、短期の貸家も結構ある。とりあえず、今日は宿屋に行って、明日ギルドに行って決めよう。
次の日、朝の冒険者も落ち着いた頃、私たちはソフィーからの紹介状を持ってギルドに向かった。
「すみません、ギルド長にお会いしたいのですが」
「お約束は?」
「していないのですが、これを」
受付にソフィーの紹介状を渡す。
「少し待っていてね」
受付の人が確認しに行った。ギルド内は大きい。そして酒場が結構場所を取っている。朝食を出すには狭いか、ランチの販売はそこの壁際で……
「お会いするそうよ、二階へどうぞ」
案内してくれた。ドアを叩くと
「入れ」
と声がした。
「失礼します」
私たちがぞろぞろ入っていくと、座っていた大柄な男性が机の後ろで立ち上がった。
「君たちが中央ギルドからの派遣か。2週間ほど早いようだが」
ギルド長がセロを見て言った。
「ちょうどニルムに用事があったものですから」
私が答えると、その男性は片方の眉をあげてこちらをチラリと見ると、セロに言った。
「なるほど、ランチと朝食の仕組みづくりと言うことで、それではお願いする」
そこで話は止まった。え?それだけ?
「まだ何か?」
その男性は声を出した。
「忙しいのだが」
なるほど。わかった。私は年頃のただの娘。相手にもされてないってことか。ソフィー、ありがとう。うつむくだけの娘なら、怖くて、泣いて帰るところだったよ。さあ、戦いの鐘が鳴る。
「依頼があった時点で、セームに施設の整備依頼と費用の概算が届いているはずです。それをご覧になりましたか?」
男性は煩わしそうに顔を上げた。
「確かにギルド長会議で預かったような気がするが……そもそも君はなんだね、横から口をだして」
「失礼しました。私はアーシュと言います。中央ギルド所属のソフィーから、ランチと朝食の仕組みづくりの手伝いを依頼されて来ました。よろしければギルド長とお話をしたいのですが」
「っ、ギルド長は私だ」
「そうですか、自己紹介も何もなかったので気づきませんでした」
「なんだと!」
負けるか!私はその人の目を見てゆっくりと言った。
「自己紹介がなかったので」
しばらくにらみ合っていたが、やがて男性が息を吐くと言った。
「セームギルド長のラスだ」
仲間たちが次々と挨拶した。
「同じく、依頼を受けたマルです」
「アーシュとマルのパーティメンバー、セロです。二人の手伝いに回ります」
「同じく、ウィル、手伝いです」
「私はグリッター商会のダンです。ランチの仕組みと同時に、お茶販売の提案をしています。実績はメリル、王都の東西ギルド、ナッシュ、メルシェなどです」
ギルド長は目を見開いた。
「君は子羊亭の」
「はい、オーナーです。いつもご利用ありがとうございます。そして仲間たちもみな、オーナーですので」
「君たちはメリルの子羊か!」




