アーシュ12歳忙しい3の月
テオドールたちは3の月の3週目には船に乗らなくてはならない。メリルから王都まで1週間、王都からニルムまでさらに1週間かかるので、2の月の半ばすぎにはメリルを出たほうがよい。すっかりメリルになじんだ留学生は、旅立つのを惜しんだ。
「まだ1年ある。お前たちは好きに過ごして、たまには戻ってこい」
「ギルド長、とりあえずニルムとセームに行って来ます」
「おう。あそこは、西領として比較的独立していてな、あまり東側に来るやつもいないから、おそらく子羊の事はあまり知られていない。のびのびと過ごしてくるといい」
「はい!」
メルシェから北上してきた帝国組は、メリルから王都への道は初めてだ。2の月とはいえ、春の気配のする草原を、若者たちは馬車に乗ってかけて行く。寒さでさえ、楽しさに変わる。やがて王都が見えてきた。東門だ。
「まさか」
「当然、いるだろうな」
「アーシュ」
「リカルドさん」
リカルドさんは優しく微笑むと、そっと抱きしめてくれた。
「もう抱き上げたりしないよ、また大きくなったね」
「うん、ディーエは?」
「ここにいるぜ」
「今度はセームに行くの」
「これはまた、西領か。遠いな。隊長を引退したらついて行けるのになあ、君たちがうらやましいよ」
後ろで騎士たちが焦っている。
「ダメだよ、王都を守らなくちゃ」
「アーシュに言われたら頑張らないとな」
騎士たちが親指を立てている。
「じゃあ、行くね」
「またな、アーシュ」
いつものやり取りをして、学院に向かう。
「おお、体も大きくなって。得るものはあったかの」
「はい、先生。オルドとメリルでの話を聞いてください」
「俺はナッシュでの話を!」
「もちろんじゃ。子羊の諸君、感謝する」
私たちは、3の月いっぱいは寮にいてもよいのだが、ダンがぜひにと、王都の屋敷に呼んでくれていたので、そこに泊まることになっていた。
「まあまあ、マリア、ソフィー、マル、アーシュ、待ってたのよ!もう大きいからちゃんづけじゃなくてよいわね」
ダンのお母さんが待っていた。
「アーシュとマルは去年からまた大きくなったのね。大丈夫、予想の範囲内よ!時間がないわ、急いで急いで」
それからドレスの試着が始まった。
「ちゃんとしたものは帝国に行って作るの。流行もあるからね。でも、今年から少し着るのに慣れておくのよ。マリアとソフィーはもちろん、社会人としてドレスをちゃんと仕立てるわよ!」
ほんの数日だが、あらかじめ用意してあった分も含め、何着か仕上がった。私たちは冒険者だ。特に馬車では、戦いを想定することもある。そこで、私とマルはスカートの時は、こっそりズボンもはいている。と言っても、見せるわけではないので、綿毛草を使ってふんわりとキルティングし、裾をすぼめたカワイイものだ。これが冬には実に温かい。
初めて知ったとマリアとソフィーに怒られ、そんなかわいくて便利なものを商品化しない手はないと仕立て屋さんに言われ、あれよあれよという間に、グリッター商会の出資で肌着やさんが誕生した。仕立て屋さんの店舗に置いて販売するそうだ。
そういうわけで、王都からニルムへも普通の旅行者として、普段着のドレスで移動する羽目になった。ニルムの一つ手前の村で、お別れだ。ここでソフィーが言った。
「あ、アーシュとセロ、ダンはニルムに行くわよ」
「え?」
「オレとマルだけ居残りか?」
「だって、大使が教科書送るって言ってたじゃない。とりあえずギルドにそれを取りに行かなきゃでしょ?早めに勉強しておきたいんじゃないの?」
「そうだった……ウィル、マル、待ってられる?」
「待ってられるって。オレたちのわがままだしな」
「ここのご飯おいしかったから大丈夫」
ニルムに行く途中、アロイスが言った。
「王都でドレスの話を聞いてから考えてたんだけど、帝国式の礼儀作法やダンスも覚えてた方がいいだろうな」
「え?勉強しに行くのに勉強が必要なの?」
「失礼なこというけど、君たち孤児なのに割と作法は出来てるよね。でも、市井ならそれでいいけど、貴族の行く学校なら、少しでもスキは見せないほうがいいから」
「……私たち、ただ留学して、楽しく勉強して来るんだと思ってたんだけど、ドレスのことも、作法のことも、なんかおおごとになってる気がする……」
「私に当てがある」
「当て?」
「私には年上の従姉妹がいてね、メリダにすごく憧れてるんだ。今回もすごくうらやましがられたんだけど」
「いとこ」
「そう、でも、体が弱くて、正直あと数年の命かもって言われてる」
「かわいそうに」
「帝国の風土病というか、主に貴族がかかる病気で、原因不明で少しずつ弱っていくんだ」
「そんな」
「だから嫁にも行けなくてね。1度でいいからメリダに来たいって」
「でも体が弱いんじゃ」
「知り合いがいるからって言えば、何とかなるかもしれない。彼女を作法の先生として派遣できないか頼んでみる。よければ、少しでも一緒に過ごしてやってくれないか」
私はセロとダンを見た。ダンも卒業したので、今年は冒険者組について回るそうだ。セロとウィルが嬉しそうだった。ダンが言った。
「王都のオレのうちに招けばいいだろ。母さんが喜ぶな。帝国ではやりのドレスなんかの情報を持たせてくれよ。体調で気を付ける事はあるのか」
「時々熱を出して弱っていくだけなんだ。熱を出した時に安静にしてもらえれば、それで」
「じゃあ、いいんじゃないのか。マルとアーシュは、ちゃんと女の人に教育してもらった方がいい」
「え、ダン、それどういうこと?女らしくないってこと?いや、確かにないけど」
「ん、そうじゃなくて、なんていうか、元からだけど、お前たち純粋培養なんだよ」
「孤児なのに?」
「親のいる時、親に大事にされて、孤児になっても、いい大人しか周りにいなかっただろ?冒険者に女はほとんどいないし、ギルドの受付の姉さんとか優しいしな。女同士のいざこざとかなかっただろう」
「そういえば、そう」
「んー、学院の女の子たちとか、けっこう、派閥とかあって、足引っ張りあってたりとか」
「はあ」
「アロイス、こんな感じだ、アーシュは」
「ん、わかってる。従姉妹にはそれも頼んどくよ」
「え?え?」
「いとこが行ったらよろしくなってこと」
「ん?わかった」
ニルムはシースのような漁港ではなく、港町だった。もちろん魚はおいしいらしい。帝国からの船はもう来ていた。私たちはとりあえずギルドに行って、預かってもらっていた帝国の中等部の教科書を受け取った。ソフィーは到着の挨拶だ。マリアやソフィーと同じ、金髪青目の人が多いこの町では、私やセロの容姿は目立つようだった。ダンのヘーゼルの瞳もめずらしいが、派手な色合いではないから目立たないのだ。
何度も振り返られて、少し居心地の悪い思いをしながら、帰ってきた。ここで本当にお別れだ。
「帝都で待ってる」
「元気で頑張れ」
「セロ、お前もな。アーシュ、楽しみにしてる」
「うん、来年ね」
船までは見送らなかった。ここで別れても、いずれはつながる。その時のために、お互いにがんばろう。海を越えた、見えない約束だ。




