アーシュ12歳2の月
メリルでは久しぶりに雑魚寝の部屋を使った。テオドールの喜ぶことといったらなかった。ダンも喜んでいたなあ。お布団で寝ていた自分にはちょっとわからない感覚だ。この時ばかりは私たちも一緒におしゃべりしながら寝た。最近は留学したあとの学校のこと。体育はなくて、剣やダンスがあること。魔法の授業などないこと。騎士科があり、普通科があること。制服はなく、女子はドレスを着ていること。
「高等学校に来たらさ、休みには一緒にダンジョンに行こうな」
「わかった。ちょうどいいダンジョンを調べておけよ」
そうしてもうメリルを経とうかというある日、私たちは珍しくウィルに呼ばれた。子羊館の居間ではなく、雑魚寝部屋だ。集まったのは、メリルにいる子羊と、留学生の面々だ。
「珍しいな、ウィル、お前から話なんて」
ニコが言った。私はセロと顔を見合わせた。聞いてる?聞いてない。マルはウィルと一緒にいる。
「オレたち、お互いに身の上話なんかしてこなかった。みんななんとなく事情があって親がいない。助け合って生きのびて冒険者になって、それでよかった。というかそもそもオレは、マルさえいきのびればオレ自身でさえどうでもよかったんだ」
マルは黙っている。ウィルは続けた。
「でも、今は違う。生きているだけじゃいやなんだ。世界はメリルだけじゃなくなった。大切なのもマルだけじゃなくなった。みんなと一緒に、広い世界に出て、強くなりたい」
「そんなこと、言わなくてもわかってるさ」
ニコが答えた。そう、わかってる。では、なぜ?
「おとうさまのゆくえがわかったから」
「マル?」
みんな驚いた。生きていた?孤児じゃなかったの?
「みんな知ってるだろ、オレたちの記憶力」
みんなうなずいた。
「オレたち、ニルムで生まれ育った。母親が死んで、後添いが来た。父は外国の人だった。本国に仕事で帰っている間に、その母がおかしくなった」
「外国、帝国がらみか!」
ニコが言った。セロは黙って聞いている。
「帝国ですらない。さらに遠くの騎馬民族の国だそうだ。なかなか帰ってこない父に耐えかねた母に、オレたちは姿を見せないよう閉じ込められ、やがて誘拐に見せかけて、メリルに捨てられた。それからはみんなと一緒だ」
「それはひどい話だが……」
ニコが言いよどむ。ひどい話だが、おそらく多かれ少なかれ、孤児はそのようなものだ。つまり、だからどうした、なのだ。もっとも、テオドールやアロイスは青い顔をしている。エーベルはただ、いたましそうにしている。ウィルは、留学生たちを見た。
「スティーヴン・マッケニー、知ってるか」
「っ、帝国でも有数の魔石商人だ。騎馬民族の国から魔石を……、彼なのか」
アロイスが聞いた。テオドールとエーベルは驚いていた。
「おそらく。幼い頃、おとうさまからよく聞いた」
「マッケニー家の子どもたち、いずれおとうさまと一緒に、世界中をかけめぐろう、そうおとうさまが言うと、おかあさまは、だめよ、スティーヴン、子どもたちは私のそばに、いつもそう答えていた」
マルが歌うように答えた。ニコが問う。
「帝国に行ったら、父親のもとを訪ねるのか?」
「訪ねるつもりはない」
「じゃあ、なんでオレたちに話した」
「父の話は、大使が持ってきた」
「大使が……」
「よほど似ているのだろうさ。アロイス、オレたちの姿は、帝国ではありふれたものか」
「いや、騎馬民族はほとんど国を出ないんだ。メリダの人と同じだな。だからその髪と目は割と目立つ」
「だからこそ、これから帝国に行ったら、いやその前にニルムでさえ、問題が起きるかもしれないんだ」
「確かにな」
ニコが納得したように言う。
「マルとも話した。オレは成人した。マルもあと1年だが、アーシュのおかげで経済的には自立している。今さら親がわかっても、共にある必要はない」
「しかし、つまりお前、跡継ぎってことだろ」
「それがどうした。後添いのおかあさまは、マルに優しかった。おとうさまが勝手をしたせいで、おかあさまの人生も狂わせたんだ」
「お前らを捨てた女だぞ」
「それはもういいんだ、オレたちは生きてる」
「ウィル……」
「もう、おかあさまの心を騒がせたくない。だからニルムは避けたいんだ」
「……」
「帝国に行ってからの事は、また考える。けど、みんなに知っておいてほしかった。ニルムには行きたくない。父親はいるけど特に関わりたくない。トラブルが起こるかもしれないけど、一緒に何とかしてほしい」
「すがすがしいほど巻き込む気まんまんだな」
ブランがあきれたように言った。
「マルは少し悩んでる」
「マルが悩むなんてな」
ブランがちゃかす。
「マルはアーシュが好き。アーシュもマルが好き」
もちろん!私はうなずいた。
「アーシュがいなくなったら?マルは悲しい。マルがいなくなって、おとうさまは悲しかったかな」
「そりゃ、お前……」
「もう忘れたならそれでいい。でも、生きてるってわかった方が嬉しいのなら、知らせてもいい」
「けど、それは帝国に行ってからだ」
ウィルが引き取った。
「だからアロイス、テオドール、エーベル、ニルムに見送りには行けない」
「かまわないよ」
「それなら、こうしたらどうかしら」
黙って聞いていたソフィーが言い出した。
「わたし、ギルドに就職して早々に、ニルムとセームに派遣されることになってるの」
「中央ギルドなのに?」
「ゆっくりでいいから、朝食とランチの仕組みをつくってこいって。特別手当を出すそうよ。あと、仲間を連れてっても構わんって。それも手当を出すって。マリアはもう、学院だから頼みづらいし、いずれにしてもアーシュたちに手伝ってもらおうと思ってたの」
「それはかまわないけど」
ああ、あの大柄な中央ギルド長か。私がセロとウィル、マルを見ると、うんとうなずいてる。
「でも、それとこれとは……」
「だから、みんなでニルムのそばまで見送りに行くの。そこからアーシュたち4人はセームへ。私とニコとブランは、留学生の見送りにニルムに行く。そしてそのままギルドで働く」
「ちょっと待て、オレたちもか?」
ニコがあわてて言う。
「まあ、1人でもできるけど、少しでも知った顔があった方がいいじゃない」
「ええ……」
「マリアがいないとだめなの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「ニコ、諦めろよ。同じ年同士だからしょうがない」
「さすがブラン!そういうことにしましょう。じゃあ、もういいかな、おやすみなさい」
「「「おやすみ……」」」
くすくす笑いながらソフィーとマリアが出ていった。
「なんの話だったっけな」
「さあな。ソフィーが1番得をしただけに終わったな」
ニコとブランはブツブツ言った。
「さて、ウィル、マル、承知した。何かあったら手助けはするさ」
「ありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
ニコとブランがいなくなった。
「驚いたが、帝国に戻ったら少しでも情報を集めておこう」
「いいよ、聞いてほしかっただけだ」
「おやすみ」
「おやすみ」
そして私たちが残った。
「セロ、アーシュ、最初に言わなくてごめん」
「私は別に……親が生きててよかったと思った」
「……」
「セロ……」
「オレさ、小さい頃親をなくしたらしくて、親をまったく覚えてないんだ。似たような髪も目も見たことない。親がいるって、どんな気持ちだろう」
「セロ、こんな感じだよ」
私は隣に座っているセロを抱き寄せて、背中をトントンと叩く。セロは私の肩に顔を隠す。トン、トンと繰り返す。ウィルがセロにもたれる。マルが私に身を寄せる。
「あたたかい」
「ん」
「ほっとする」
「ん」
「ねむくなる」
「ん」
少し涙声なのは、聞こえないことにした。その日は久しぶりに、4人で団子になって寝た。旅立つ日は、すぐにくる。
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