アーシュ12歳12の月から
今日も1話です。ひとつ前に、とりあえずの子羊の紹介を出しました。ほかの人物についてはおいおい足していきます。
「オレも、探して会いに行けばよかったのかな」
ブランがぽつりと言った。
「お前の母ちゃんも男といなくなったのか」
「ニコもか。お互いに話すようなことじゃなかったしな。まだ生きてるか、もう顔も思い出せねえ」
「探されたくなかったから、捨てたんだろうさ。捨てられたくなかったなんて、思う余裕もなかったな。オレたちをオルドから連れだして、メリルに連れてってくれた冒険者って、どうなったかな」
「さあな、名前すら覚えてねえ。恩知らずだな、オレたち」
「悪ガキだったからな」
「まあ、これでオルドへの義理は果たした」
「そうだな、先を見ようぜ」
おもったより長くオルドにいることになったが、そろそろ移動の時だ。残り少ない日々、留学生にとっての最善とは何か。
「私は、できるだけ多くの町を見てみたい。帝国では、領地と帝都しか見たことがなかった。特に海の見える町に行きたい」
とアロイスが言うと、テオドールは、
「俺はナッシュだ。魔法師の町と、スライムを見たい」
と言った。エーベルはどこでもよいそうだ。ナッシュ、シース、そしてメルシェ、メリルの順で回ることにした。真冬の寒い中でも、仲間とする馬車の旅は楽しい。ナッシュでスライムに驚くテオドールに笑い、ナッシュ焼きを食べ、シースでは元気に育っている孤児や友だちに会い、メルシェでギルド長に歓迎され、1の月の終わりにメリルに着いた。テオドールがセロに言った。
「ここがお前たちの町……」
「辺境だけど、オレたちにとっては始まりの町なんだ」
緩やかな丘陵のふもとにメリルの町が広がる。その丘の上に子羊館がある。
「よう、お前ら、ずいぶん帰ってこなかったな」
「ギルド長!」
相変わらずのギルド長だ。
「帝国からの留学生です」
と紹介すると、
「まあ、なんだ、しっかりダンジョンに潜っとけ」
困ったように頭をかいてそう言った。その日、久しぶりの帰郷の歓迎の席で、領主さまとギルド長に、私たちの帝国留学の話と、二コとブランの帝国派遣の話をした。
「本当はお世話になったメリルにも、戻りたいという気持ちもあるんです」
と私が言うと、領主さまは、
「なんの、メリルのためにお前たちの背中を押したのではない。若者が伸びていくのが面白かっただけだ。それに、ザッシュと共に、王都で領主代理をしていた息子と嫁も戻ってくる。今のメリルになんの憂いもない」
と言った。
「既にお前たちは、メリルにどれだけの貢献をしたと思う。工場も雇用も増え、辺境といえどにぎやかこの上ない。結果若者も増え、赤子も次々産まれている。次々産まれても、母親の働くところもあり、子どもを教育する仕組みもある」
「ギルドだってなあ、荷物持ちがしっかり育つことで、若手の冒険者がどんどん増えてるんだぜ。オレの仕事が増えて困ってるくらいだ。お前らは、メリルの誇りだ。自信を持って帝国にでもどこにでも行ってこい!」
そこからはにぎやかな宴会となった。
1歩外に出ると、真冬の空気がきん、と張っている。丘の下を眺めれば、まだぽつりぽつりと灯りが灯っている。
「ニコ」
「マリア」
「戻らないの?」
「にぎやかな席には、合わないような気がして」
「バカね」
「バカかな」
「じゃあ、私もここにいる」
「マリアは、どんなに日の当たるところでも似合うのに」
「そこに1人で立っていろと?」
「え……」
見つめれば、そこには月あかりに照らされて、静かに立つマリア。オレの光。手を伸ばせば届きそうだ。そうすれば、オレも日の当たるところに……
「バカね」
「バカかな」
「とっくに日の当たるところにいるじゃない」
そうかな。いつも少し離れて見てた。楽しそうに笑うアーシュとマル。デキのいい弟たち、セロとウィル。はなやかなマリアとソフィー。ブランが笑い転げてる。何がそんなにおかしい?人ごとみたいに言うなって?ほら、見ろ、お前、笑ってるぞ。真ん中に立って。
ああ、オレ、もう、日の当たるところにいたんだな。ならばマリア、
「帝国から戻ってくるのは、2年後になるか、3年後になるか、正直わからない」
「ええ」
「チビたちの行く末を見定めたら、必ず戻ってくる」
「ええ」
「それまで、待っていてもらえますか」
「私の小さい妹たちを、よろしくお願いします」
「わかってる、オレの妹たちでもある」
「ニコ」
「マリア」
「待っています」
真冬の月あかりのもと、二つの影は、そっと寄り添った。ニコ15歳、マリア16歳、1の月の、終わりの約束である。




