アーシュ12歳10の月オルドでの日々
剣士には力がいる。いくら技術が優れていても、12歳の女子の力では、オーガに対抗するには弱いのだ。
ルイさんもジュストさんも、クランでの責任もあり、いつも私たちに付き合ってくれるわけには行かない。親切な人が多く、いつでも手伝ってくれようとしてくれるのだが、頼りすぎてはいけない。自然と、マルと2人でダンジョンに潜ることも多くなった。そんな時、私は完全に補助に回る。マルの倒せるギリギリの強さまでオーガの体力を削ぐ。数を減らす。マルは力のない分、鋭い攻撃でいかに致命傷を狙うか考える。戦うことに関してなら、頭を使うことを惜しまないマルだから、少しずつ、少しずつダンジョンにも慣れていった。
時には子羊4人で、あるいは6人で、また帝国組と5人で潜ったりもする。ニコとブランは、なぜかジュストさんと潜っていることも多かった。うんざりした顔のニコ、楽しそうなジュストさん、そばで笑い転げているブラン、不思議な組み合わせは、案外とうまくいっているようだった。
そんな疲れるダンジョンには、飲み物が欠かせない。特にスープは、瞬く間に評判になった。オルドは山に囲まれているから、キノコの産地でもある。干しキノコのだしの効いたスープはことのほかおいしかった。
「なんでスープを商品化しないんだい?」
ルミエルさんに聞かれる。
「してもいいんですが、少し難しいところがあるんです」
「ほう、どういうところだね」
「ジュストさんは途中まで一緒に開発したから知ってると思うけど」
「うん、乾燥なんだよね」
ルイさんもジュストさんも話に加わっている。
「乾燥?」
「そうなんです。かなりしっかり水分を抜かないと、長持ちしなくて、すぐ風味が落ちてしまうんです」
「生活魔法で乾かしても?」
「それでも足りないんです。ルイさん、これ、普通に乾燥させた干し肉。こっちがスープ用」
「あ、全然違う。どうやったの?」
「こう、風で乾かすのではなく、食材から水分だけを抜く感じで」
「難しいな」
「ルミエルさんならわかるかな、洗濯物から水分だけを抜いて、パリッとさせる感じで」
「ああ、それならなんとなく……こう……!」
「出来てますよ!」
「ああ!この感覚、わかったよ!」
「ええ?わからん!」
「お2人には洗濯からやってもらいましょうか」
「「えー」」
この1件で、魔法師ではなく、近所の奥さんたちの方が乾燥ができるのでは?ということになり、実際にお願いしてみると、かなりの人ができるようになった。私はルミエルさんと目を合わせ、頷いた。行ける!
それからダンジョンにもぐりつつも、スープの開発に力を注いだ。材料を集めて、乾燥さえしっかりすれば、スープの配合はしっかり考えてある。キノコを増やすなど、多少変える事はお手の物だ。乾燥の人手は、近所の奥さんや未亡人を使う。それを1食分ずつ詰めて売るのには、孤児にも手伝ってもらう。
ニコとブランのいた頃には、オルドの盾というこのクランはなかったそうだ。ギルド長の友だちであったヒューゴさんとルイさんが中心になって、オルドでクランを作って行った結果、少し組織立ってきて、無理をする人が減ったそうだ。
「今でも、荒んだところはあるのさ」
ルミエルさんが言う。
「ここのダンジョンは、実入りもいい。無理して潜るやつも多い。結果、未亡人も孤児も出る。スープの工場もだけど、朝食、ランチの仕組みも作り上げて、何とか少しでも拾い上げたいね」
「メリルでは解体所で孤児を雇っていました。肉をはがすのとか、骨を運ぶのとかに」
「うちでも孤児を雇おうとしているのだがな。ギルドのイメージが悪くて、孤児がよってこない」
突然声がした。
「エリク」
大柄な男の人が、こちらを見下ろしていた。
「ギルド長だよ」
ルミエルさんが教えてくれた。
「黒髪の、子羊か。オルドはどうだ」
「アーシュと言います。確かに山が素敵で、キノコがおいしいです!」
「くっ、キノコか!はは!ダンジョンは苦戦しているようだが?」
「苦戦?してませんよ?」
「ずいぶん浅い階層を泳いでいるようではないか」
「もちろんです!無理したくない」
「ナッシュでも涌きを、王都でも涌きを抑えた実力があるというのに?」
「今の体の大きさと、力はどう工夫しても変わらない。私たちのゴールは今ではないんです。大人になってもしっかり冒険者を続けられること。そのために、今はできることをする」
「そこの金髪はそうは考えていないようだが」
はっとマルを見ると、手を握りしめ、口を引きむすんでいる。それでもこう言った。
「アーシュ、大丈夫、マルはわかっている、ちゃんとわかっているから」
「でも、悔しい、か?」
マルは頷いた。
「くくっ、では行こうか」
「待ちな、エリク!」
「ルミエル」
「あんたの地獄行きに、若い女の子が付き合えるわけないだろう!常識を考えな!」
「地獄行き?」
「ダンジョンでの宿泊訓練さ。頼んででも受けたいっていう若い冒険者も多いけど、女の子にはつらい訓練だ」
地獄行き?怖いね。ねえ、マル。マル?握りしめた手が震えている。少し下を見て、表情はいつもと変わらないように見えるけど……。行きたいんだね。でも、私のせいで我慢してる。強くなりたいって、心が叫んでる。
「エリクさん」
「なんだ」
「何人、何日ですか」
「ふむ。お前たち2人を含め、5人、7日だ」
「アーシュ、お止め!」
「食料は」
「各自持ちだ」
「食事、休憩の管理は私に任せてください」
「よかろう」
「出発は」
「明日」
「マル」
「アーシュ、いいの?」
「私も連れていくなら」
「小さい魔法師にはつらい行程だぞ」
「小さい?」
私は口角を少し上げて、ギルド長を見上げ、じっと見つめた。やがてギルド長は言った。
「謝罪しよう。覚悟のある魔法師には大きい小さいは関係ない」
魔法師なら胸をはれ!ルイさんとジュストさん、私が3人で駆け抜けるところには魔物などかけらも残らない。メリダで最強は魔法師なのだ。しかし、そのおごりがマルの成長を妨げているのならば!託してみよう。この強い人に。そう思ったのだった。




