アーシュ12歳8の月それぞれの進む先
呼び出された部屋には、おじいちゃん先生の他に、帝国の大使と見知らぬ大きな男の人がいた。
そうか!もう大使の来る季節だ!私がキラキラした目を向けると、大使は目元をゆるめ、軽く頷き、そして少し厳しい顔をした。
「今年はよい夏じゃったのう」
とおじいちゃん先生が言った。
「君たちが生き生きと過ごすようすを見られて、教育者としてこれほど嬉しいことはなかった。よい夏じゃった」
「さて、話を進めてくれないか。『涌き』はまだ終わっていないのでな」
大きな人が言った。『涌き』?
「すまんかった。学外生のみんな、留学生の諸君、こちらは中央ギルド長じゃ。中央ダンジョンにはよく行っておろう」
「うむ。紹介にあずかった中央ギルド長のコンラッドだ」
中央ギルド長だ!初めて見た!
「黒髪の、初めて見たという顔をしているな?」
中央ギルド長はニヤリとした。
「無理もない、こやつはギルド長なのにしょっちゅうダンジョンに潜っているのじゃからな」
私はダンジョンに潜って副ギルドに怒られていたメリルのギルド長を思い出していた。
「グレッグはギルド長らしさにこだわるからな。しょせんギルド長といえど冒険者であることに変わりはないのに」
中央ギルド長、何で私の考えていることがわかるの?
「私とて筋肉で物を考えているわけではない。お前がわかりやすすぎるのだ。さて、話を進めてもよいか」
「かまわぬよ」
「まずは7の月の『涌き』では世話になった。旅人に怪我人もなく、本当に助かった」
コンラッドさんは頭を下げた。
「来年、君たちは卒業だ。ギルドとしては、君たちをギルド職員として雇いたい」
「え、オレたちをですか?」
ブランが驚いて言った。
「『涌き』での実力もだが、中央ギルドでのようすも報告に上がっている。そこの帝国の留学生を指導し守り上達させている手腕は全ギルド員に評価されているのだ。中央ならもちろん、冒険者を続けながらでも構わない」
「ギルド職員……オレたちが……」
ブランは少しぼうぜんとしている。
「もちろん、あー、マリア、ソフィー、アーシュ、マルだったか、君たちも含む」
「え、私たちもですか?」
ソフィーも驚いて言った。
「むしろ君たちが本命である」
ギルド長はまたニヤリとした。
「ギルドに朝食とランチを導入した貢献は言うまでもないだろう。特に中央ギルドに来て、少しずつそれを取り入れてほしい。大きなクランもあり、3つのダンジョンを抱え、周辺の屋台なども多い中央ギルドは、安易に仕組みを変えるわけには行かないのでな。一定のところにとどまり、一定の収入を得るのも落ち着いたよい人生だぞ。ギルドの受付は冒険者に嫁ぎ放題だ」
そして重ねて言う。
「ギルド職は冒険者を落ち着いてからやる者も多い。子どもを産んで復帰する者もいる。来年から受付にはできれば1人は欲しいが、後はギルドはいつでも君たちを待っている。冒険者として気がすんだら、いつでも来るがいい」
そしておじいちゃん先生と大使を見ると、
「すまないが、これで失礼させてもらう」
と急いでいなくなった。
「忙しいやつよの。さて、ギルド長からの話だが、ゆっくりと考えるがよい。ただしマリアには、わしからの、いや、学院からのお願いがある」
「何でしょうか」
いぶかしげにマリアが問う。
「卒業したら、学院で教える側にたってもらいたい」
なるほど!
「今回の教育学のレポートは、そのまま実践に使えるよいものであった。また、既にシースとメリルで実績を残しておる。留学生も増えるかもしれない。ぜひ力を貸してほしいのじゃ」
「……少し考えさせてください」
「ギルドのこともある。ゆっくり考えてよい。さて、シルバーは、わかっているだろうが西領の領主からの仕事の話が来ている。よいか」
「はい。正直、ダンとする商売もおもしろかったですが、もともと西領のために働くつもりでした」
と、シルバーが答える。
「ダンは」
「オレは父を手伝いながら、商売を続けるつもりです」
「うむ、適材じゃ。そしてザッシュは」
「はい、メリルに戻って領主に仕えます」
みんな納得だ。
「辺境伯はな、縛るために学ばせたのではないと言っておったぞ。好きに生きるがよいと」
「だからこそメリルに戻る。それがオレのしたいことだから」
「そうか。クリフ、君は希望していたとおり、中央の官僚から採用の通知が来ておる」
「はい、ありがとうございます」
え?ザッシュ以外が全員驚いた。官僚?
「お前、ザッシュについて帰るんじゃないのか」
とニコが問う。
「メリルには帰りたい。ザッシュと一緒にな。だが、メリルのために働くザッシュに、本当に役に立つことは何か考えた時に、中央から、メリルを気にかける手もあることに気づいたんだ」
「うむ、学院出ならば、いずれ政策に関わることもある」
「ザッシュはそれでいいのか」
ニコはさらに問いかける。
「いいんだ。友の決意だ」
ザッシュとクリフが離れてしまう。それはなぜか、何よりも私たちがバラバラになるような気がして、自然と涙が目に浮かんだ。
ザッシュが優しく言う。
「ほら、アーシュ、その琥珀の目を見開いて、オレたちをよく見てごらん。もう子羊ではないんだ」
そう言われて改めて見ると、そこには身長も180cmを超えた、大柄な男子が4人、そして成人を迎えていつお嫁に行ってもいい美しい女子が2人、優しく笑っている。
「オレたちなんか、子羊どころか、メリルの黒羊とか言われてたんだぜ?」
ブランがおどけて言う。
「バカね、アーシュ。もう大きな羊だけど、それでもどこに行っても私たちは子羊なの。帰る場所がいっぱいになったって思いなさい」
マリアに抱きしめてもらった私を、セロがそっと引き離す。涙はマリアの肩に吸い込まれて消えた。
「さあ、まだ話は終わっていないよ」
「うん」
「さて、子羊組の小さいほう4人はな」
おじいちゃん先生が言うと、大使がさえぎった。
「そこから先は、私が話そう」




