アーシュ12歳7の月夏の日々
リカルドさんは私を見ると顔をほころばせ、高く抱えあげていった。
「アーシュ、大きくなったなあ、本当にきれいになって」
とまぶしげに言う。うん、大きくなったんだから、抱えないで?
「せっかく王都に来ているのに、会いに来ないとはさみしいではないか」
「忙しかったの」
私が答えると、リカルドさんはそっとおろしてくれた。
「大きくなったのに、最近抱えあげる人が多くて困る」
文句を言うと、リカルドさんは、少しひきつりながら、
「ほう。例えば、例えばだよ、誰がそんなことをしたのかな?」
と言った。
「ん、テオドールとか、セロとか」
「テオドール。ほう」
リカルドさんの視線が部屋をさまよい、見慣れぬ男子で固定された。リカルドさんは、一応東門隊長だ。まじめにしていると、かなり迫力がある。
「あああの、オレ、魔法、魔法を初めて見て」
「ほう、それで嬉しくて、つい、と」
「はは、はい」
「なるほど、で、セロ君」
「ええ」
セロは不敵な笑みを浮かべて、寄りかかっていた壁からリカルドさんに向き直った。その時、
「おい、アーシュ、東門の側に、おいしい串焼き屋ができたんだ。今日は誘いに来たんだけどな」
と、ディーエが話しかけてきた。
「行く!」
とマル。
「私も。テオドールは?」
「行きます!」
テオドールがていねいだ。
「セロは」
「すぐ行く」
「うん」
私たちは先に部屋を出た。
「へえ、ずいぶん生意気な顔をするようになったものだ」
「もともとの顔です」
「アーシュが何か言っていたようだが?」
「テオドールから取り返しただけですよ。ただちょっと下ろし忘れてただけで」
「下ろし忘れた?」
「ええ」
「フッ」
「フフッ」
「なあ、セロ君、あの子は普通の物差しじゃ測れないぞ」
「わかっています」
「ついていくだけじゃダメなんだ」
「わかってる。アーシュと肩を並べて歩くんだ」
「覚悟の上か」
「初めて会った時から、変わらない」
「ふん、まあいい。とりあえず抱えるの禁止な」
「はあ?何の権利があって!」
「おじのようなものだからな。家族権限だ」
「ならオレだって!」
「お兄ちゃんか?」
「う!それは……」
「ハハハ、精進したまえ」
「待て!リカルド!」
「リカルドさん、だ。串焼き食べに行くぞ」
セロたちが合流した。東門の串焼き屋さんは、ハーブの具合がちょっと違うらしい。
「前は1年に数えるほどしか食べなかったよね」
と私が言うと、
「裕福になったな」
とウィルが言った。
「ねえ、君たち親がいないってこないだ言ってた」
エーベルが話しかけてきた。彼はテオドールの従者という扱いなので、いつも1歩引いている。少し難しい話らしく、帝国語だ。
「そうだよ。それぞれ事情があると思うけど、私は8歳になる前にとうちゃんとかあちゃんが続けて亡くなっちゃった。もう4年になる」
「僕も親がいないんだ。スラムで死にかけてた時、テオドール様に拾われた。その時から、一生仕えるって決めたんだ」
「そんなに早くから決めたの?」
「5年くらい前」
「そか」
「親がいないのに、君たちは元気だ。生活にも困ってない」
「メリルはね、孤児が働いてお金を稼げる場所なの。馬やだったけど住むとこもあった。そこで少しずつ力を蓄えていったの。セロとウィルが冒険者になってからは、ホント困らなくなった」
ウィルが言う。
「アーシュが来た時からぜんぜん困らなくなったんだよ」
「野菜くずに、肉の切れ端、お豆にオートミール、それで生きていけた」
私が言うと、マルが答える。
「おいしくて、お腹いっぱい」
「君たちって誰がリーダーなの?」
エーベルが聞いてきた。私は、
「セロ?」
と答えると、
「違うよ、アーシュ。オレたちにはリーダーはいない。その時にやりたいことがある人がリーダーだろ。例えば、お菓子の時は?」
「「「アーシュ」」」
「ダンジョンに深く潜りたい時は」
「「「ウィル」」」
「シースで孤児に仕事をつけた時は」
「「「セロ」」」
「串焼き食べる時は」
「「「マル」」」
「それ、リーダーじゃないけどね」
エーベルがちゃちゃを入れた。
「オレたちは、肩を並べて歩くんだ。やりたいことがあれば、みんなで手伝う。だからみんな、ちゃんと1人で歩けるよう一生懸命がんばってる」
「誰かのためにじゃないの?」
「一緒に歩けるようにだ」
「一緒に……」
「後ろじゃなくてな」
エーベルは何かを考えているようだった。
それから8の月が来て、シルバーがニルムからやってきて、コツコツやったレポートを提出して、ダンジョンに潜って、買い食いして、子羊亭にも行って、時々は東西ギルドにもおじゃまして、冒険者になった初めての夏は、キラキラと輝き、みんなと一緒に過ごす、本当に最後の夏になったのだった。
そして8の月の終わり、子羊組は帝国留学生ともに、おじいちゃん先生に呼びだされた。




