アーシュ12歳5の月ナッシュ子羊亭準備
ダンに手紙を送って一週間後、近況の手紙とともにガガとパウンドケーキの材料が届いた。その間、ナッシュの鍛冶屋さんに頼んで、マドレーヌ型のようなものを作ってもらっていた。天板を丸い型に型押ししたもので、すぐにできた。マドレーヌはパウンドケーキとは厳密には配合が違うが、きれいに型が出ればそれでよい。
毎週、多めにガガと材料を送ってくれるとのこと。王都の子羊亭は変わらない人気で、ザッシュとクリフも元気なこと、そして3年間で初めて、帝国から留学生が来たことなどが記されていた。
「帝国から留学生だって!」
私が読み上げて驚くと、セロが
「すごいな、よほど優秀なのかな。オレ、帝国の人1人も見たことがない」
とワクワクした顔をした。
「ああ、子羊亭で大使の人に会ったの、私とマルだけか」
「オレダンジョンだったからなあ。今年は付き合うよ、会えるといいなあ」
「うまくすると留学生に会えるかもよ?」
「夏休みだろ」
「うーん、あれ?、まだ書いてある」
乱暴もので孤立し、溶け込む気配もない、と。
「あらら、これはやっかい払いかな?」
「厄介払い?」
「帝国でも持て余したけど、罰することのできない坊ちゃん、とりあえずメリダに行っとけ」
「わざわざメリダにか」
「だって簡単に帰れないもん」
「アーシュ、難しいことわかるんだな」
「予想だよ?」
「オレはわからないな」
とウィルが言う。
「オレたちと同じくらいだろ?持て余すって、何をしたらそうなるんだ?裕福なら、ダンみたいに商売したりとか、勉強したりとかすればいいじゃん」
もっともだ。でもね、
「ダンは選んで自分からやったことだけど、学校に行くしか許されなかったら?」
「うーん」
「じゃあ、冒険者をやりたいのに親が学院にしか行くことを許さなかったら?ウィル」
「やだよ、あ、そうか」
「確かにな、来たくなかったらなじまないよな」
セロがちょっとかわいそうな顔でそう言う。
「セロなら?」
「うれしい!」
私たちは、生きていくしか道はなかった。ただその道は、私たちに優しかった。大人は遠くから見守ってくれた。すべて自分で選んだ道だ。
「アーシュ、とりあえず明日から始まる。もう準備するべき」
「ホントだ、マル、ケーキ焼こう!」
子羊亭のガガには、パウンドケーキが付く。でもせっかくナッシュでするのなら、王都と同じではおもしろくないではないか?ではどうするのか。大きな干しぶどうを真ん中に入れて、こんもりと丸く焼く。そう、スライムだ。
「なんか憎い」
「マル、憎いって……売れないかな……」
「売れる。これを食べてスライムを倒す!」
「よし、おみやげに買えるように、たくさん作ろう!100個くらい!」
「アーシュ甘い!200個!」
「ええ?型はあるからそんなに大変じゃないけど……やるか!」
「アーシュなんだこれ!」
「ウィル、スライムケーキだけど」
「これおっかしいな、すげー、笑う」
お腹を抱えて笑っている。
「なんだよウィル、え、これ」
「スライムケーキ」
「は?スライム、ぷっ」
セロも笑っている。
「なにもう、味見させないから!中に干しぶどう入ってるのに!」
「待て、食べさせてくれ、クッ」
「オレも、フッ」
「もう!」
材料が届くまでの一週間、私たちは泊りがけでのダンジョンアタックを初めて体験した。
「女子の冒険者はこれが苦手でね」
「そうですね、小さいテントがあれば安心するかもですね」
「テント?安全地帯だぞ?」
「寝顔とか見られたくないんじゃ。着替えも楽だし。収納バッグに入りませんかね」
「考えたこともなかったな」
「そうですか?クランには女性はいないんですか?ヒューゴさん」
「いることはいるが、若いうちに引退することが多いな。残ってるやつは細かい事は気にしないしな」
「そうですか、はい、スープどうぞ」
「あっという間だな、うん、うまい……」
「甘いものもありますよ。寝る前はお茶やガガは目がさえるのでやめますからね」
そして子羊で寄り添って眠った。それを見ながら、ヒューゴとルイが語り合う。
「ホントにかわいいな、こいつら」
「素直だし、特にセロとウィルがな」
「孤児なのにすれてないんだよ」
「アーシュか」
「守られてるようで、守ってる」
「しばらく退屈しないですみそうだな」
泊まりだけではない。
「ウィル、お前は魔法師でもあるが、まずは剣士として体を作れ。マル、セロも私の組だ」
「アーシュは完全に魔法師だからな。剣はとりあえず鈍らない程度にして、私の組だ」
と、ヒューゴ組、ルイ組に別れてダンジョンで訓練を重ねた。
「アーシュ、お前が自分の力の限界を知っていれば、この間の涌きで半日もかからなかったはずだ。限界と力を見極めろ」
と言われ、15階より下にも連れていかれた。魔力の完全な枯渇も初めて体験した。濃い一週間だった。
そしてギルドの朝食の場所を借りて、子羊亭出張所の始まりだ!




