現状について
ひらり、ひらりと雪が降る。気がつけばもう、十二月。季節は既に秋から冬に変わっていた。結露した窓ガラスに指を滑らして、雪うさぎ、ひとつ。微かに熱を持った指先を冷やしてくれる。
ふと、校庭から笑い声が聞こえた。幼馴染の太陽の声だ。声をかけようと、窓を開ける。積もった雪の上で遊んでいる彼らは、とても楽しそうで、何だか気が引けたけれど、向こうが先に気がついてこちらに手を振った。
「柚木!もう帰んの?」
「うん。お母さんが、もう日が落ちるのが早いから早く帰ってきなさいって。」
そっか、と太陽は言うと、俺も一緒に帰るから待ってろと言って、友人に別れを告げてこちらへ向かっていた。
「…カノジョとかえればいいのに、律儀な奴だなあ。」
ぽつり、零した言葉に胸が痛んだ。
ひらり、ひらりと雪が降る。私の前を歩く彼は、傘を差していない。以前、本人に傘は差さないのかと聞いたら、「雪に傘は邪道!」と言われた。家に着いたら寒い寒い言うくせに、それとこれとは話が別らしい。
ふいに、彼が駆けるたびにぱたぱたと舞う紺色のマフラーに目がとまる。彼に不釣り合いな寒色のそれは、貰いものだと言っていた。
誰からなんて、言われなくてもわかってる。
「…似合わないよ。」
ぽつり、呟く。太陽にそんな色は、似合わないよ。太陽にはもっと明るい色が、陽だまりみたいな暖色が似合う。例えば、そう、オレンジとか、黄色とか。
私ならそんな色、選ばないのに。そう思う自分が醜くて、惨めで嫌になる。
「? 柚木、今なんて言った?」
「ううん、なんでもない。」
彼は追及してこない。その優しさが嬉しくて、少し寂しい。
「雪って、冷たくて気持ちいいよなー。」
「後から寒いって言うくせに。」
「いいの!それとこれとは話が別なの!」
「あはは、そうだったそうだった。」
むくれる彼にごめんね、肉まん奢ってあげるからと言うと、すぐに機嫌を直した。ちょろい。そこも可愛くて好きだけど。悪い人に騙されないか心配になる。
思えば彼の好きなところは沢山ある気がする。誰にでも分け隔てなく接する優しさも、悪いことをしたらすぐに謝る素直さが愛しい。少し癖っ毛の甘栗色の柔らかい髪の毛も、男の子にしてはくりっとした大きな目も、名前みたいに明るい笑顔も、ぜんぶ好きだ。
「柚木?なんか今日はずっとぼんやりしてるけど、風邪?」
心配そうな顔、心配そうな声。慌ててなんでもないよ、と言う。
「…雪がきれいだなって思ってただけだよ。」
「そっか、なら良いんだ。」
そう言ってまた雪の中駆けていく彼は、夜の闇の中でも一際明るい。閑散とした街に、煌めく星空。彼は夜を照らす、太陽。眩しくて、暖かくて、私を照らしてくれる愛しい人。
「俺も、雪はすきだよ。」
ゆき、その音に反応してしまう自分が恨めしい。「そっか。」絞り出した声は、震えていなかっただろうか。
「真っ白でさー、ひんやりして、まるでかき氷みたいだなーって!あー、シロップ欲しい。」
「こら、太陽。おなか壊すよ!…もう…。」
馬鹿だなあ。そんなところも好きだけど。
…そんなこと、言えないけれど。
私こと川越柚木の幼馴染であり想い人である高菜太陽には、彼女がいる。それも、とびっきり可愛い彼女が。
「付き合うことにしたんだ。」
そう言った彼の隣りに、可愛い女の子がいた。私以外の子が、彼に手をひかれて、当然のように隣に立っている。その事実に強い衝撃を覚えたのを今でも覚えている。
今年の夏休み明け、こうして私の8年にも渡る片思いに幕がひかれた。
現在、私は自分の身の振り方について大いに悩んでいる。