「二回り年上の惚れた女の隣に男がいてつらい」
「何それ」
家主が本を読む手を止めて首を傾げる。
メゾン・ド・リリー205号室。そこに集まる奇妙な男3人。かたや銀髪赤目、容姿端麗の白人の男、かたや身長が190cmはありそうなこれまた美形の男。前者が儚い人工物のような美しさなら、後者はギリシャ彫刻が動き出したような自然美だ。窓際で黙々と本を読む紫髪の家主が比較的まともに見えるほどに、この2人は異色だった。
そしてこの3人、全員18歳、高校3年生である。
事の発端を切り出したのはギリシャ彫刻。名を西野隆弘という。日本人名だが母親はイギリス人である。
家主の名はノハ・ティクス。この男もなかなかの変わり者だが一見人畜無害に見える。
そして銀髪赤目はテオ・マクニール。彼もここメゾン・ド・リリーの住民だ。
「何だ、また校長のことで何かあったのか?」
テオが声を上げる。隆弘は盛大にため息をついた。その姿はとても18歳には見えない。
本人に隠す気がないので周知の事実なのだが、隆弘は通っている高校の校長、後藤花子に思いを寄せている。しかし相手は32歳の立派な大人だ。成就には障害が多すぎる。
「いや、何で俺はまだ高校生なんだろうなって思ってよ」
「なんだいつもの発作か」
「俺だってバカじゃねぇ。年下ってだけで相当ハンデあるって分かってんだよ。しかも先生と生徒の関係じゃねぇか。俺がいくら押したってのらりくらりかわしやがる」
「お前と花ちゃんが付き合ったらお前じゃなくて花ちゃんが捕まるな」
「俺が成人すりゃあ済む話だぜ」
「それまでに彼氏とかができてる可能性もあるけどね」
知ってか知らずか、ノハが盛大に地雷を踏み抜いた。隆弘の元々鋭い目付きがより研ぎ澄まされる。大の大人でも一瞬で黙らせられるような迫力だ。
隆弘が気になるのは毎日花子が向かう校門前。あそこでいつもタバコを吸っているのだが、大抵の場合、同じ愛煙家である37歳の養護教諭、深夜霧もそこにいる。ただの教師同士ならいいが、その深夜が花子に惚れているというのだから放っておけない。
「あの野郎毎日一緒にタバコ吸いやがって…見せつけられてる気がしてクソムカつく」
「別に深夜先生はそんなつもりじゃないと思うけど」
「無意識だから余計ムカつくんだろうが。すげぇ幸せそうな顔しやがって…俺だってあの人の隣でタバコ吸いてぇよ」
「吸うのは勝手だが一発で退学だぞ」
「…それはそれで生徒っていうハンデが消えるぜ…」
「どうしよう隆弘が半ばヤケだ」
「ホントに好きなんだね」
「ポジティブって言いやがれ」
そう言いながら隆弘が取り出すのは、本来手に入らないはずのタバコ。示し合わせたようにテオも箱に手を伸ばす。家主は会話が途切れるとすぐに本に集中し、咎める様子はない。
こんな異質なきっかけで始まった3人の関係は、徐々によくあるものに、普通の友人としての関係になりつつあった。