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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第一章 異世界洗礼
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0―  その手に灯るのは


 そこは血のように赤い世界だった。

 空だけでなく自分が立っている水面も、眼に映るもの全てが、空と水面を隔てる水平線のその先までもが赤い。


「………………」


 『赤』以外の色を見付けるのが難しい風景を無言で見つめる名無。その姿に動揺も困惑も無い、あるのは疲れ切った表情だけだった。

 ただの人間が水面に立つことは出来ない。能力を使っているわけでも無い。では、この状況は何なのか。名無は情報を集めようと一歩、足を踏みだす――





 ――ごとっ





 と、不意に足にぶつかった物に目を向ける。

 それは首から上にある一塊。血の気の無い肌で、だらしなく口を開き、その表情を抗う事の出来ない絶望に染めた……何もかも諦めきった男の生首が名無の足下に転がっていた。


「……ああ、そうか。これが俺の行き着いた地獄(ばしよ)……か」


 深く重いため息を溢し顔を上げる名無。

 足下にある頭部を見ていたのは僅か数秒――たったそれだけの時間で、いつの間にかソレと同じ物が塵のように世界に散らばり、首から下の肉塊が山のように空高く積み上げられていた。



 ある者は、鋭い刃で身体をいくつもの肉片に切り刻まれていた。


 ある者は、削岩機に掛けられたように全身が穴だらけになっていた。


 ある者は、炎に包まれ黒い塊と化していた。



 斬殺、撲殺、刺殺、欧殺、扼殺、轢殺、爆殺、圧殺、焼殺、抉殺、誅殺、溺殺、射殺、……様々な死の形を、その身を持って体現し名無を囲んでいる。

 そして、何百何千何万と無残な肉塊と成り果てながらも、モノと化した彼等の眼球だけは傷一つ無く、一人残らず名無を捉えていた。

 見開かれた両眼が伝えてくるのは、名無が与えた理不尽な死に対する感情。

 恐怖、激高、疑念、困惑、動揺、悲哀。そんな幾つもの感情が絡み合う視線に耐えきれず名無は眼を瞑る。

 ――しかし、




【痛い】    【苦しい】    【熱い】    【呪われろ】   【暗い】


   【死にたくない】 【血が止まらない】    【殺さないで】


 【寒い】  【来るな】 【どうして】   【助けて】     【許さない】


   【止めてくれ】  【生きたかった】   【腕が無い】    【殺してやる】


【死ね】    【死ね】   【死ね】  【死ね】 【死ね】【しね】【死ね】【シネ】


【死ね】【死ネ】【しね】【シね】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【しね】【死ね】【シネ】【しネ】【死ネ】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【死ね】【しね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【しね】【しネ】【シね】【シネ】【死ね】【死ネ】【シね】【しネ】【しね】【シネ】【死ね】【シね】【死ネ】【シネ】【しネ】【しね】【シね】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【シネ】【しネ】【しね】【シね】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【死ネ】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【死ね】【しね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【しね】【しネ】【シね】【シネ】【死ね】【死ネ】【シね】【しネ】【しね】【シネ】【死ね】【シね】【死ネ】【シネ】【しネ】【しね】【シね】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【しね】【しネ】【シね】【シネ】【死ね】【死ネ】【シね】【しネ】【しね】【シネ】【死ね】【シね】【死ネ】【シネ】【しネ】【しね】【シね】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【しね】【死ね】【シネ】【しネ】【死ネ】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【死ね】【しね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【シネ】【しネ】【しね】【シね】【死ね】【シネ】【死ネ】【しネ】【シね】【死ね】【死ネ】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【死ね】【しね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【しね】【しネ】【シね】【シネ】【死ね】【死ネ】【シね】【しネ】【しね】【シネ】【死ね】【死ネ】【しね】【シね】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【しね】【死ね】【シネ】【しネ】【死ネ】【シネ】【しネ】【死ネ】【シね】【死ね】【しね】【シネ】【しネ】【死ネ】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】【死ね!】【死ね!!】【死ね!!】――――――




 ありとあらゆる絶望の嘆きが、ある限りの懇願の言葉が、この世の全ての慟哭が幾重にも重なり合い名無を責め立てる。

 その怨嗟と呪詛の声を遮ろうと、今度は耳を塞ぐ名無。


「……分かってる、分かってるさ」


 自分が何をしてきたのか、言われなくても分かっている。

 その罪を贖う術も、償う方法も持たないまま、戦う理由も無いまま……空っぽなままで人を殺した。

 手に握った刃で、《輪外者》としての能力で。一度もそれを拒む事をせずに、それを間違いだと唱える事もせずに。

 ただ言われるがままに殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……殺し続けた。

 自分が殺さなくてはいけない理由を持ちもしないで……。

 だからこそ、血と憎しみに染まったこの世界は残酷なのだろう。自分の意志で罪を背負う事の無かった自分への与えられるべくして与えられた罰。


「……教えてくれ」


 突きつけらる地獄にどうにも出来ない焦燥感と無力感に打ちのめされ、名無は閉じた瞼を更にきつく、耳を塞いぐ両手にいっそう力を込める。

 しかし、それは無意味な行動だった。

 きつく瞼を閉じようと、どれだけ耳を塞ごうと、虐殺の果てに造り出された光景は、名無の子供じみた悪あがきなど意に介さず彼の中に流れ込む。


「許されなくても良い、許してくれとも言わない。だから、だから、……誰か教えてくれ」


 抗う事も、眼を背ける事も、逃れる事もできない罪と呪いが渦巻く世界で、名無は抜け殻のように膝から崩れ落ちる。


「俺の、俺の願いは……叶えちゃいけない……ものなのか」


 その何処か幼さが滲む力の無い呟きに答えを返す者はいない、返ってくるのは止むことの無い死者の怨念だけ。

 そんな地獄が名無の罪悪感を高ぶらせ、求めて止まない願いを否定しようとした時――それは前触れもなく起こった。


「……なん、だ?」


 終わりの無い報いの世界に倒れ掛けた名無の右手に暖かな光が灯る。

 柔らかな陽光を思わせる光、それは今にも消えそうな淡い光を放ちながら確かな温もりを名無に与えていた。

 光はその温もりを持って死者の嘆きと血染めの世界から名無を護るように、優しい輝きを強めていく。


「………………」


 そして名無は、言葉では言い表せない何かを感じながら右手を握りしめる。

 まるで、欲しかった物を手に入れた子供のように口元を綻ばせて……。






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