敗者の枷(2)
「……くぅ…………くぅ…………くぅ………………」
レラの快気祝い、親睦会となったお茶会から戻ってきた名無達は自室に備え付けられているベッドに腰を下ろし、レラの膝を枕に気持ちよさそうに眠るティニーの寝顔に柔らかい笑みを溢す。
ベッドに寝かせようとする所までは良かったのだが、レラの温もりを感じられなかった数日間を埋めるように枕ではレラにすり寄り、そのままレラの膝に頭を預け眠りについたティニー。
睡魔と一進一退の攻防を繰り広げる中で、レラの温もりを恋しがる姿を見てしまっては引き剥がす事など出来るわけもなく。
「良く眠ってますね、心色も安定してます」
眠るティニーのお腹をぽんぽんと優しく、リズム良く叩くレラ。その絶妙な力加減と間隔は見ている側にも心地よい眠気を誘うほどだ。それを直に受けているティニーに煩わしさを見せる様子は無く穏やかな寝息をたてている。
「お茶とお菓子でお腹いっぱいになっちゃったんですね」
「それもあるだろうが、一番の理由はレラが眼を覚ましたからだろう。君が眼を覚ます間に何度か同じような状況になった事がある。だが、眠気を感じている様子は一度も無かったからな」
レラの隣に腰掛ける名無は申し訳ないと言うように苦笑を浮かべた。
「それに夜の睡眠時も何度か眼を覚ましていた。最初は慣れない場所で眠りが浅いのかと思ったりもしたんだが、野営している時にそんな事はなかっただろう?」
杏奈やミドの助言もあって、少しはティニーの心に寄り添う事が出来たとは思う。心細さや不安を感じた時は手を握ったり身を寄せてきたりしてくれた。しかし、こうして安心して眠れる程の安心感を与えてやれなかった事に不甲斐なさを感じずにはいられない。
「ある、ないで言えば無いにこした事はない戦場でなら俺でもある種の安心感を与える事は出来るだろう。だが、それは根底から異なるものだ。戦場である以上、次の瞬間には何が起きるか分からない。そんな場所で安心出来るわけが無い……ティニーが求めるものは、こうして気を抜いて身を委ねられるものだ。それは俺では駄目だ、君で無ければティニーに与える事が出来ない」
「そんな事はありません、私だけでも駄目です。ナナキさんも一緒じゃ無いと駄目なんです」
「それはどういう……?」
「ラウエルでティニーちゃんのお洋服を作る材料を買う為に出かけた時やティファさんと初めて戦った時、ナナキさんと少しでも離れると不安の色が強く見えたんです」
「あの時は余り良くない状況だった、ティニーが不安に思うのも当然だと思うんだが」
「はい。でも、ナナキさんが傍に居る時には不安の色は和らいでいました。私だけじゃレラちゃんの不安や怖いっていう気持ちを和らげてあげる事は出来ません」
「そんな事は――」
『――ワタシが記録したティニー様に関する統計データから判断しても、マスターとレラ様のどちらか一方だけではティニー様に掛かる精神的ストレスを解消しきれないと結果が出ています』
「マクスウェル」
部屋に戻ってもすぐに名無達の会話に参加しなかったマクスウェルがレラの言葉を引き継ぐ。話に参加していなかった間は念には念を入れて周囲の索敵をしていたに違いない、自分が会話に参加しても問題ないと分かってレラの言う事に同意の声を上げたのだろう。
『ストレスそのものは曖昧な概念ですが、医学知識に則って説明するのであれば生体側に刺激が与えられたときに生じる歪みです。人間は色々な刺激に対して驚き、恐れたり、怒りを感じ、時に興奮する等の心が様々な反応を示します。その心の変化がストレスと言えます』
ストレスを受ける側が限界を迎えた時、精神的に顕著に表れるのは自身他者に関する態度だろう。
何かあったわけでも無いのに気分が落ち込む、イライラする。仕事や勉学、運動に趣味等。すべき事、したい事に対してやる気が出ず集中できない。最悪何に対しても興味が持てなくなってしまうまでに陥る場合がある。
肉体的にも肩こりといった軽い物から頭痛、腹痛、動悸の不安定化。食欲不振または食欲過剰、全身の倦怠感に寒気。不眠や過眠といった重い症状にまで発展する事例も確認されているのだ。
ティニーの場合は食欲不振と不眠……とまで行かないものの、名無が言うように少なからず支障の兆しを見せていた。まだレラが眠っていたら身体と心、双方に何らかの症状を発症していただろう。
『実質的な役割で言えば肉体の守りはマスターが、心の護りはレラ様が担当していると言っても良いでしょう。しかし、それはあくまで建前です。ティニー様にして見ればそんな事は些細な事、ティニー様の精神的ストレスを緩和するにはマスターとレラ様が二人揃って初めて成立します』
「マクスウェルさんの言う通りだと私も思います、だからナナキさんだけじゃ駄目だなんて言わないで下さい。ティニーちゃんが聞いたら、きっと泣いちゃいますよ」
「そう、か……そうだな。ティニーを泣かせないよう精一杯務めよう」
「はい! それにマクスウェルさんもですよ……外の世界に出たばかりで分からない事や興味を持った事、私やナナキさんだけじゃ答えてあげられない沢山の事を丁寧に教えくれてるじゃないですいか。ティニーちゃんの『分からない』を『分かる』にしてくれる、それは誰にとっても簡単に出来る様な事じゃありません。マクスウェルさんもティニーちゃんの心を支えてくれてると思います、だから二人じゃなくて三人で」
『イエス、レラ様の進言確かに承りました。今後もマスターやレラ様と共にティニー様の情操教育に携わらせて頂きます』
身体や心だけではない。
ティニーが見た物が何なのか、それが良い物なのか悪い物なのか。すべき事なのか、そうでないのか。誇るべき事か、恥ずべき事か。正しい事なのか、間違いなのか……それら全てを教え伝える事の難しさは誰もが知る所だ。
ルゼがレラを諭した様に三人が見て感じて考え出す答えは異なる。
同じ答えに至ることもある、それぞれが別の答えを選ぶ事もある。浅はかだろうと考えが足りないとしても、幼い子供が自身の経験を元に導き出した物もまた一つの確かな答えなのだ。
名無とレラ、そしてマクスウェルの言葉を生き方を手本にどう生きるのか……ティニー自身が納得出来るような生き方が出来るかどうかはティニーに委ねる他ない。三人に出来る事は今までと変わらず優しく見守る事なのだから。
血の繋がりは無いとは言え、名無達がティニーの成長に悩み言葉を交わす姿は本当の家族を思わせる。此処に眠っているティニーが加わればまた違った会話が繰り広げられていたに違いない。
「それで……あの、話は変わってしまうんですがさっきのお茶会で少し気になった事があるんです…………ナナキさん達はどうですか?」
そんなゆったりとした雰囲気が流れる中、レラが怖ず怖ずと右手を小さく挙げて名無達に問いかける。それはこの穏やかな空気を壊してしまう、そう確信めいた震えた声で。
「レラが気に掛かっている事は俺とマクスウェルも気付いてる……此処に来てからティニー以外の子供は一度も見ていない」
「ナナキさん達でも見てないんですね」
「ああ」
そう、名無達が敗者の終点に来てから子供の姿は一度も見ていない。杏奈達の事情から推測するに考えられる理由はそう多くないだろう。
まず始めに考えられるのは自分達という魔王との戦い負ける事なく敗者の終点に辿り着いてしまった存在を見極める為、杏奈達に取って最大の弱点となり得る子供を眼の付かない場所に避難させた。
次に挙げる事が出来るのは魔王との戦いに敗れる事を考え、子供達に害が及ばないよう縁を切った。もしくは自立に必要な最低限の力を身に付けさせてから捨てたか……しかし、今上げた二つの理由は可能性としては低いと考えられる。
(杏奈さん達の外見、マクスウェルの生体スキャンから判別した年齢は年長者でも三十歳を超えるか超えないか。そんな年代の夫婦の子供……早く身籠もったと考えても八ヶ月から十ヶ月の程度の妊娠期間がある、それを照らし合わせるとニックスと同じかそれより下の子供が大半のはず)
幾ら魔法の素質に優れ、戦闘技術や知識、人との接し方を早く覚えたのだとしても親の助け無しに生きていける程この世界は甘くない。種族の壁を越えて愛を育む者達の間に生まれた子供、魔族にしろ人間族にしろ良い感情を抱く者の方が少ないはず。
自分が考えつくくらいだ、杏奈達がそれを分からないわけが無い。
この状況下からして絶対とは言えないが、少なくとも我が子が一人で生きられるだけの力と知識を身に付けるまで手放すとは思えない。加えてティニーという我が子の存在を強く意識させる子供を前にして、少しも子供の事を口に出さないのは不自然だ。
(他に考えられるのは此処から脱出する際の足枷になる人質となってしまうと子供を作らなかった、幽閉される際に子供を拉致されている……後者なら杏奈達が揃って脱出を考えていない様子にも説明が付く)
大人しく此処に敗者の終点に幽閉されている間は子供達の命は保証する、そういった条件を突きつけられていては下手に動くわけには行かない。脱出する準備を整えているにしても、子供達の居場所が分からない限り手はずが整っていたとしても実行は難しいだろう。
(ただ人質に取られているだけならない。だが、そうで無かったら……)
魔王に逆らった者達の子供とは言え……いや、だからこそ利用価値は大きい。
魔王に戦いを挑む確かな実力を持つ両親から生まれたのだ、それも魔族と人間族の混血。魔力に依存しない特殊能力、魔力の枯渇死を気にする事無く魔法を扱う事の出来る人間の肉体。二種族の血が最高の条件で混じり合えばこの二つを両立させる新たな種族を確立させる事が出来る。
それも幼少の頃から人間族としての教育を施せば苦も無く人間族をより優れた人間族へと塗り替えていく事も……尤も、これは最良の結果で混血児が生まれた場合だ。魔族の特殊能力を持つことが出来ても、その魔族の特徴が残ってしまえば人間族として振る舞うのはほぼ不可能。
可能な限り人間に近い外見を持つ魔族を捉えるにしても、その魔族はエルマリアのような強い力を持っている者が殆どだ。《異名騎士》では足りない、最低でも《精霊騎士》の位を持つ魔法騎士が数名で挑まなくては生け捕りは難しいだろう。
この効率の悪さを考えれば混血児を利用する事を躊躇うだろう、何より優れていると自負する人間族に劣ると蔑んでいる魔族の血を進んで入れようと思う者がそう居るとは思えない。
それでも――
(クアス・ルシェルシュ……あの男が実験素体として利用した可能性もある)
ラウエルの地下施設にあった多くの培養槽の中には子供の姿もあった。
ラウエルの住人達が暮らす地上の区画、もしくは奴隷館からクアスの実験の為に流された者達。だが、それはあの場で尤も筋が通るものだったと言うだけのこと。
もしかしたら、あの中に杏奈達の子供達が含まれていたかも知れない。魔族と人間族の混血児など狂気の域にいる研究者であるクアスにして見れば貴重な実験動物に見えたはずだ。
自分達の世界でも異能を持たない普通の人間と《輪外者》の違い、その間に生まれた子供は異能を保有するのかしないのか、能力の質にどのような変化をもたらすのか、知的発達の経過、身体機能の差異、寿命への影響……。様々な実験の為に小さな身体を切り裂かれ、薬を投薬され、その末に命を落とせば髪や皮膚。内臓等ありとあらゆる物が貴重な細胞サンプルとして分解され培養液の中で保存される。
死ぬまで苦痛を与えられ続け、死んだ後も人としての尊厳すら奪われる……そんな最悪の可能性が名無の頭をよぎった。
(もし今考えたことが事実であるなら……杏奈さん達にラウエルでの事を事細かに話さずに濁したのは正解だった)
あの時はティニーに与える影響を考えて控えての事だったが、杏奈達の逆鱗に触れる事なくやり過ごす形になったのは幸運だった。既に死に体だったとは言っても、跡形も残らず手厚く埋葬する事も出来なくしてしまったのは間違いなく自分が起因している。
事情が異なるとは言え自分達に仲間意識を持ってくれている彼女達でも怒りに身を任せても何もおかしくない。その怒りが自分だけに向くのなら良いが、レラやティニーにまで向けられてしまう事も充分にあり得る。
(その事を考えれば悪戯に子供の話題に触れるのは悪手、杏奈さん達が何事も無いように振る舞っている間は動くべきじゃない。少なくとも彼女達の方から打ち明けてくれるまでは……)
目覚めたばかりのレラが気付く程の違和感、それを名無が気付いていないとは杏奈達も思ってはいないだろう。しかし、だからと言って名無が考えたように彼の方からその事に触れる事は出来ない。
もし痺れを切らし名無の方から動けば虎の尾を踏む事になる、漸くレラとティニーが互いに心に余裕を持つことが出来る状況が整いつつあるのだ。今は自ら進んで危険に飛び込むべきではない、名無は重い鉛のように胸の内に居座る沈痛な感情に顔を顰める。
触れずともその表情だけで名無が杏奈達に科せられているであろう足枷に心を痛めている事を悟るレラ、二人の間に言葉は無く重い沈黙だけが鎮座する。
「…………ん……うぅ…………」
そんな名無達の重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、深い眠りに入っていたティニーの目蓋が微かに震える。眼が覚めるとまではいかないようだったが、重い空気が漂い続けば眼を覚ますのも時間の問題だろう。
小さくない不安に無意識に張っていた緊張の糸を緩めることが出来たティニー、だと言うのに今起こしてしまうのは忍びない。名無は肩から力を抜いてティニーの頭を優しく撫でた。
「話は此処までにしよう、眠っているティニーにも良くない」
「そうですね、気持ちよく眠っているティニーちゃんを起こしてしまうかも知れませんし」
『幼少期の子供達はワタシ達が考えている以上に大人達の感情に敏感です。感じ取る感情が何に向けられどんな真意を孕んでいるか、その全てを理解できなくとも漠然とした場の流れを把握できる感受性を有しています……眠っていても感じ取ると言う事はティニー様はそれが他者よりも強いのでしょう』
(強いと言うより強くなった、と言うのが正直な所だろうな)
自我を持ってたった三年だ、その三年間でティニーは常人では受け止めきれない人の悪意に晒された。それでも心を失わずに済んだのは、ティファが残した『生きて』という願い。
その願いに応えようとするティニーの優しくも苛烈な決意がティニーの感受性を高めてしまったのだろう。勿論、感受性だけでその場の流れ全てを理解できるものではない。が、良くも悪くもティニーのこれからに大きく関わってくる力になると考えるべきだ。
これから先、レラと同じように……もしかしたらレラ以上に精神的な負担が大きくなるかもしれない。その負担を減らす為にも今まで以上に戦闘時には即断即決の気概で挑まなくては……。
「何にせよ、今は余計な気を張らないように過ごそう。勘違いを押し通してしまっている手前、俺達が言えた事ではないだろうが多くの理解者がいるこの場所であれば問題も起きにくいだろうからな」
「そうですね」
張り詰めていた空気は名無達が葉台を切り上げた事で霧散し、代わりに名無とレラの手の温もりが優しくティニーの眠りを包み込む。暫くの間ティニーの寝息だけが聞こえる静けさが続くが、三人が三人とも自然体でいられる穏やかなもの。
重苦しい空気に瞼を震わせていたティニーは再び心地よい眠りに誘われ、安らかな寝顔を浮かべていた。もうティニーの眠りを妨げる物は無い、後はティニーが眼を覚ますまでこの時間を過ごすだけ。
「…………ふぁ…………」
そんな中、右手で隠れたレラの口元から小さな欠伸が溢れ出る。
「す、すみません……ティニーちゃんを見ていたら、つい……」
「謝る必要は無い、体調が良くなったとは言っても病み上がりと変わらないのは確かだ。レラも休むと良い」
ティニーの健やかに眠る様子につられレラも僅かながらの眠気を感じ始めているようだ、名無はベッドから立ち上がり眠っているティニーを抱きかかえようと両手を伸ばす。
「わ、私は大丈夫ですからもう少し……もう少しこのままでいさせて下さい」
体調に問題は無くとも疲れは知らず知らずのうちに蓄積していくものだ。何よりティニーを寝かしつけるために彼女に触れてていたのだ、肉体的な疲れだけではなく精神的な疲れも溜まり始めていつのかもしれない。
しかし、レラはティ二ーを抱きかかえようとしていた名無の手をやんわりと押しとどめた。
「何度も言うのは口うるさいと思うが無理はしない方が良い。心象酔いの症状が落ちついた事で目覚めることが出来たとは言っても、それは直ぐに心の色を見ても問題が無いと言う事じゃ無いはずだ。今ここで無理をして、また君が倒れれば……」
「ナナキさんの言う通り休んだ方が良いのは分かってるんです、でも……」
名無の言葉に耳を傾けながらもレラはティニーの頬に掛かった髪を静かにかき上げ頬に触れる。肌と肌の接触はレラの持つ心の色を読み取る力の発動条件、その力の使いすぎで倒れたと言うのにティニーの頬に触れるレラの手つきはどこまでも優しいものだった。
「ティニーちゃんの心の色はとても落ち着いてます。雲が無くて風もない穏やかな青空みたいに、私の好きな色で視ていて凄く落ち着くんです。だからもう少し見ていたくて……」
「分かった、君の意思を尊重しよう。マクスウェルも良いな?」
『レラ様の体温、心拍数共に異常は見受けられません。心象酔いの統計データを得る為の経過観察の続行は充分可能です』
「ありがとうございます、マクスウェルさん…………ふぁ……」
名無とマクスウェルの同意を得られ安堵の表情を浮かべるレラだったが、それでも感じている眠気が強くなってきているのだろう。また可愛らしい欠伸がレラの口元から零れる、ティニーの寝顔だけでなく心色も後押ししているのがハッキリと分かる。
名無は苦笑を溢しもう一度レラの横に腰を下ろした。
「俺の肩で良ければ貸そう」
「えっ?」
「睡眠に必要不可欠な寝具として不合格も良い所だが、仮眠の手助けにはなるだろう」
「で、でも……それだとナナキさんが休めません」
「俺の事は気にしなくて良い、充分に休めているからな。君が眠りやすいよう心がけるが、寝心地の悪さは謝らせてくれ」
環境の変化に敏感な子供であるティニーが全幅の信頼を寄せ眠るレラの膝枕と比べると、その質は非常に悪いと言わざる終えない。
レラの太腿は柔らかさだけでなく、頭や首に負担が掛からない丁度良い高さをティニーに与えている、深い眠りを提供する枕として最適。片や名無の鍛え上がられた硬い筋肉としっかりとした骨格は戦いに適切な物でも、枕としての役割を果たせるだけの力は無いに等しい。
その事を誰よりも自覚している名無、ティニーの眠りを妨げずレラの要望も尊重しレラを気遣う自分の意思も全て叶えるにはコレしか浮かばなかった。
「そ、そんな事ありません! ……でも、本当に良いんですか?」
「ああ、遠慮無く使ってくれ」
「…………そ、それじゃ……」
名無の思いがけない提案に驚くレラだったが、躊躇いながらも僅かに頬を朱く染めながら名無の肩に頭を預ける。
「少しの間、お借りしますね」
「ああ」
「辛くなったりしたら……直ぐに言って下さいね」
「ああ、辛く感じたらそうしよう」
「何かあったら……気にせず、おこしてください……ね」
「ああ、異変があれば」
「それから……それから…………」
「心配はいらない、今はゆっくり眠ってくれ」
「………………は、い…………」
寝心地は決して良いとは言えない名無の肩を枕に身体から力を抜いて身を預けるレラ、再三名無を気遣うものの感じていた眠気が最高潮に達したのだろう。名無の言葉に返事を返すのと殆ど同時にレラは眠りにつくのだった。
「……眠ったか」
『イエス。脳波、心拍数共に安定しています。マスターがレラ様達を意図的に起こそうとしない限りは落ち着いて休めるでしょう。ワタシは索敵を維持し待機状態に移行します、マスターも休息を取るのであれば安心して休んで下さい』
「俺の事は気にしなくて良い、仮初めとは言え一家の大黒柱だ。少しはそれらしく振る舞えるようにする訓練には丁度良い」
『では、ワタシは索敵では無くレラ様とティニー様のバイタルの記録に集中します。肌に触れてはいないとは言え、服越しでも何らかの影響があるかを可能な範囲で確認します』
「ああ、任せる」
『イエス、マスター――待機状態に移行します』
レラの首元で淡い点滅を繰り返し、マクスウェルもなりを潜める。
一人だけ取り残されたような状態になってしまったが、名無は特に気に止める事なく寝具としての役割に徹した。
(どうかこの時間が続いてくれと願うのは、彼女の術中に嵌まってしまっているのだろうな……)
ミドは自分達が此処に残るかどうか選択権を預けてくれている。しかし、杏奈は残るように仕向けている節がある。
それが善意から来ている物だということは分かっている。それでも彼女が垣間見せた異質な横顔が頭の隅に引っかかっていた、彼女の言うがままを受け入れれば拙いと培ってきた経験が危険信号を発している……受け入れなかったとしても良い結果にならないであろう事も。
(……今はよそう……)
考えた最悪の結果を向かえることになったとしても向き合う覚悟は既に出来ている、刃を交える事にも迷いは無い。だからこそ、この不穏を孕む落ち着きを二人に気付かれるわけには行かない。それが難しいことだとは分かってはいても、レラとティニーにのし掛かってしまう重荷を背負うのは自分の役目なのだから。
名無は胸の内に閉まった不安を和らげるように眠るレラとティニーの穏和な寝息に耳を傾け、二人の安楽な目覚めを静かに待ち続けるのだった。
今話も読んで頂きありがとうございました!
少しでも楽しんで頂けていたら幸いです<(_ _)>




