表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
51/111

06  その是非を問えずとも(1)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 戦いの火蓋を先んじて切ったのはクアスだった。

 名無が対輪外者用武器を振りかぶると同時に地を蹴り、爆ぜる床も遅れる音も置き去りにして距離と詰めるクアス。

 二人の間にあった十メートル程の距離は無いも等しく、瞬きの瞬間よりも早く名無を自身の間合いに捉えるクアス。右足の踏み込みから袈裟斬りを繰り出す動作はまさに流麗、踏み込む分動きが滞ることは避けられないのだが、それすらも省ききった一撃は停留することなく名無の左肩へと吸い込まれ鮮血が散る――


「ふむ、やはり迅い」


 はずの斬撃は空を切り、その禍々しい刀身が纏う剣圧が空間を根こそぎ奪うかのように轟音と共に深々と刃の軌跡を刻む。


「『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』を手にしていなくては、君に追いすがるどころか反応する事も出来なかっただろう」


 自分の目の前から姿を消した名無の身のこなしに賞賛を送りながらも、クアスは己が一撃で巻き上げた噴煙に背を向ける。

 そんなクアスの眼が自身の頭上から大刀を振り下ろす名無の姿を捉えた。


「――――」


 名無はクアスの賞賛に言葉を返す事なく振り上げた大刀を振り下ろし、クアスは名無を迎え撃つように異形の剣を振り上げる。

 ――次の瞬間、大気が爆ぜた。

 互いに音すら置き去りにする一撃によって大刀と剣の間にあった空気が一気に押し出され、眼に見えない圧力となって施設の壁に亀裂を生み出す。クアスの足下も名無の苛烈な一撃に耐えきれずひび割れ砕けていく。

 しかし、名無とクアスは止まらない。。

 二人が放つ剣撃は幾重も重なり、二人の間だけでなく周囲にも斬撃の余波を容赦なく刻みつける。其処に常人が立ち入る事はかなわない、触れるどころか近づくモノ全て灰塵となってしまう程の攻撃密度と速度。

 剣を、戦いを、力を求める者達の到達点と言っても過言では無い純粋な剣撃のみの応酬。たとえ無詠唱であろうとも魔法を使おうものなら即座に首を刎ねられかねない。

 刹那の瞬間に振るわれる名無の一刀は一撃にあらず、一呼吸の間とも成れば優に十は繰り出されている。休む間もなく繰り出される鈍色の刃は一切の慈悲も垣間見えず、振るう毎に研ぎ澄まされていく。

 それも第二区画の比では無い、この施設内――都市そのものを超広域魔法具として活用した『無炎にて蝕む獄円炉(ノントリオ・ルロ・ウォード)』で無ければ今頃は繰り出されぶつかり合う力の奔流で地下深くに生き埋めになっていてもおかしくない程だ。

 しかし、


「この速さ、この威力……素晴らしい、彼が君に期待を寄せるのも納得がいく」


 そんな名無の攻撃をクアスは苦も無く対応して見せていた。

 言うまでも無く一撃一撃が死に直結する威力、魔法で肉体強度を向上させていても身体に当たれば深手を負う事はさけられない。だと言うのに、クアスの表情に焦りは無く、恰も流れ作業かのような気軽さで命のやり取りを熟していた。


「だが、足りない。何故、全力を出さない? 更に上があるはずだ、此処に来て様子見で出し惜しみをしているわけでは無いのだろう?」


「………………」


「もし、『聖約魔律調整体(テスタメント・レプリツク)』に組み込んだティファという呼称の娘を助けようとしているのなら諦めた方が良い。時間の無駄でしかなのでね」


「無駄かどうかは俺が判断する、余計な助言は不要だ」


 自分が全力で戦っていない。

 その事実をクアスが気づいていることは、向こうに自分の事を知る者達がいる以上分かっていたことだ。そして自分がティファの生存に一縷の望みを掛けている事も知られている事も。

 だからこそ遊びは無くとも飄々としたクアスの様子にも納得がいく――だからと言っておとなしく引き下がる気はさらさら無い。


(異形の魔法具は姿形だけじゃない、使える魔法、出せる声、身体の匂い、取る仕草、性格、態度、口調、記憶に至るまで完璧に再現したと言っていた。それはつまり、あの肉体はティファ本人の物もの、もしくはティファを組み込んだ事に起因しているはず)


 記憶の移し替えは自分の知る科学技術でも可能、能力をも用いたのならより確実。あの身体も髪、肌、血と肉体の一部があれば培養が可能だろう。しかし、自分が知りうる限りの科学技術で有機物を有機物と無機物、二つの性質を完全に融合させた物は造り上げることは出来ない。

 その点は魔法具制作の分野が使われている事は間違いない、特に心器の制作には人の肉体と魂を使用する。疑似人体魔法具としての機能を十全に発揮させるために人格の付与まで可能にしているのなら尚更だ。


(アレがティニーが気づかない精度でティファの再現を出来ていたのは、記憶だけでなく感情……魂に至るまで取り込んでいる可能性がある。なら、ティファの人格を呼び起こす事が出来るかもしれない)


 クアスを殺さずに倒しティファの人格を呼び起こす……都合が良すぎる考えなのは分かっている。そうだと分かってはいても必要なのだ。この戦況を好転させるためにでは無い、覆すためでは無い。

 たった一人、不条理な現実に押しつぶされそうになっている少女に希望が、救いが必要なのだ……それがどんなに小さな物だとしても。


(俺にティファの人格を呼び起こす事は出来ない。この場でそれが出来るとしたら――)


 名無はクアスと剣戟の応酬を続けながらティニーに望みを掛ける。


(ティニーがティファの人格を呼び起こすのに、どれだけ時間が掛かるか分からない。だが、クアスさえ倒してしまえばその心配もいらない)


 なら、やるべき事は決まっている。

 『聖約魔律調整体』を手にしているクアスを倒し、ティニーの安全を確保してティファの人格を呼び起こす。どのみちこの施設から出る為にはこの施設の関係者二人分の魔力が必要になる。ティファの人格を呼び起こす事が出来なくてともクアスが死ねば異形の剣に選択肢は無いも同然

 戦闘能力、性能は『聖約魔律調整体』の方が上なのだとしても、二人かがりで刃を交えている状況に比べればずっと対処しやすい。


「……ふむ、このままでは埒があかないな。君が全力で戦える様こちらから動くべきか?」


 止まること無く求める最善の結果のために思考を巡らせる名無だったが、休む間もなく響き渡っていた金属音はクアスの言葉と共に途切れる。


(後ろ)


 クアスに意趣返しのつもりはない。

 ほんの僅かに単調になってしまった名無の攻撃を見切り、振りの大きい攻撃をかわし『認知引換(アドミツト・リプレイス)』を使って自分と名無の背後で待っていた瓦礫の位置を交換しただけのこと。幾ら強い言っても背後は人にとって死角、どれだけ鍛えようと変わらない共通の弱点といえる。

 しかし、魔法、能力、規格外の身体能力と何かしろの要素で補うことは出来る。

 その中で名無は『虐殺継承』によって強化された視覚で瞬時に前方だけで無く上下左右の視界を一瞥、一瞬で自分の背後に回ったクアスの動きに反応してみせる。

 名無は左手に持つ小刀を逆手に持ち替え、反時計回りに回転しながらクアスの姿を視界に捕らえる。


(奴もまだ底は見せていない。だが、これ以上向こうの都合に付き合う必要は無い)


 自分に振り下ろされている凶刃の側面に小刀に切っ先を叩き付け軌道をそらし、がら空きになったクアスの胸部へ大刀で刺突を繰り出す名無。最小の動きでクアスの攻撃をいなし、絶命に至る一刺し。

 『聖約魔律調整体』の恩恵を得て驚異的な戦闘能力を見せるクアスを置き去りにする動き、そこから繰り出された刺突で戦いはあっけなく終わりを迎える――届いてさえいればだが。

「驚いた、侮っていたわけでは無いが此処まで急激に戦闘能力が上昇するとは。これは私も決死の覚悟で迎え撃たなくてはならないらしい」


「それはこっちの台詞だな」


 クアスの上段からの一撃を紙一重で合わせ放った後の先は確かにクアスの反応を超えた交叉法だった。そんな名無の一撃はクアスの胸部、衣服に触れるかどうかの位置でギシギシと軋みながら止められていた、異形の剣から伸びる無数の触手が大刀の刀身に巻き付くという思いもしない方法で。


 『聖約魔律調整体』によるある種の完全防御、クアスの反応速度を超えても選定騎士を凌駕する性能を持つ『聖約魔律調整体』の無数の眼球が名無の動きを捉えていた。イディオットの時には見られなかった形状の変化。

 大刀だけでなく小刀にまで絡みついてきた触手によって対輪外者武器の刀身には亀裂が入る。名無の一撃を止められる以上、巻き付く力はそれだけで充分な攻撃手段として警戒しなくてはならないほどだ。


「では、お互い全力を尽くそう」


「………………」


 クアスは異形の剣を振り上げ、その動きに追従するように触手が対輪外者武器の刀身をより強く締め上げる。そして、二人の戦いの仕切り直しを宣言するように対輪外者武器は甲高い破砕音と共に砕け散る。





(――まさかマスターという例外を除いて一個人が、これだけの力を備えうるとは予想すらしていませんでした)


 名無が戦闘態勢になってから現在までずっと周囲警戒、対輪外者武器(ノーティス)の刀身構築に演算にさいていたマクスウェルは、言葉に出すこと無くクアスの力に驚愕していた。

(《輪外者》としての肉体と異能、魔法による肉体強化、疑似人体魔法具による絶大なる戦力向上効果。それもマスターの『虐殺継承』に見劣りしない同質の……もうワタシの計測結果に基づいた助言は意味をなさない)


 破壊された刀身をすぐさま構築し直すと同時に、その場を飛び退く名無。

 直後、禍々しい刀身から伸びていた無数の触手が、先端を本体にも劣らぬ鋭利な刃へと変え音もなく白い床に突き刺さる。

 攻撃の余波は凶刃が振りまいてきたものと比べるまでもなく小さい。しかし、蛇剣を思わせる変幻自在の軌道を描く刃が宿す圧倒的な貫通力は軽視できない。それが優に十を超える数で名無の肉体を貫こうと追いすがっていた。

 それも一本一本に魔法による属性補助が掛けれており、火、水、風――熱、高水圧、振動と異なる現象であっても絶大な攻撃力が宿っている。


(これだけの目まぐるしい状況の変化、口答にせよ電気信号を介すにせよ情報の共有が追いつかない。むしろマスターの行動を阻害してしまう、一瞬にも満たない停滞であっても致命的な戦い)


 息をするだけで喉が焼けてしまう高熱量の炎、足下から突き上げる金属さえ紙のごとく貫く土の槍、身動きすることすらままならない激流……そんな魔法は一度も使われていない。

 だが、だからこそ今も絶え間なく更新され続ける名無とクアスとの戦闘データは膨大。解析結果を出した次の瞬間にはもう役に立たない情報と化してしまう有様だ。


(身体的な戦闘能力はマスターが優勢、戦闘技術に関しても少なからず上回っている。しかし、魔法の技量に関してはクアス・ルシェルシュが圧倒している)


 この隔離空間で大きな魔法を使えば影響は強く残る、それは敵対する者だけでなく自分自身に対してもそうだ。自らが放った魔法の残滓で不覚を取るなど愚かにも程がある。

 名無もクアスもその事が分かっているからこそ、規模の大きい魔法は使っていない。

 名無とクアス――正確にはクアスが『聖約魔律調整体』の触手に各属性の魔法を付与し攻撃力を底上げ。そして、けん制と援護射撃を兼ねた魔力消費が少なく効果範囲の狭い光の槍を機関銃の様に放ち続けている、加えて使い勝手が悪いと口にしていた《輪外者》としての能力も活用して。


(戦いの余波で宙に巻き上がる瓦礫だけでなく放った魔法と自分自身の位置を入れ替える移動術、その初動の入りを察知させない駆動はマスターでも先読みしきれない。扱いづらいと言っておきながら完全に能力を使いこなしている。その上、『聖約魔律調整体』との連携は最早同一人物による物としか思えない間の無さ)


 凶刃が届いてしまえば即死は免れない脳の頸椎と心臓、たとえ小さな傷だとしても激しい痛みと心理的影響が大きい眼球。これらの内臓器官だけで無く肉体の関節部やアキレス腱と言った破壊してしまえば身動きが出来なくなる部位に殺到する凶刃の群れ、飛び交う魔法、隙の無い追撃。

 そのどれもが一寸の狂いも無く正確に、淡々と命を奪うためだけに一切の無駄を省いた攻撃が人体の急所目がけて繰り出され続けている。


「――っ」


 無感情に襲いかかる十を超える触手の攻撃を凌ぐ名無ではあったが、脳天目がけて投射されたクアスの光の槍を交わしきれず僅かに被弾してしまう。

 名無も魔法と能力で肉体強化を施しているため致命傷になる程の傷にはならない。けれど、『虐殺継承』を解放した状態での被弾は近年久しい物だった……とは言え、名無の防戦一方というわけでは無い。

 脳天への攻撃を避けきれず裂けた頬の傷、肩や腕に足と至る所にかすり傷を負っても全く動揺すること無くクアスの身を削っていた。


(僅かながらも被弾は前提にしての最短で距離を詰めての反撃、総合的に見て戦況はマスターが優性。ですが……クアス・ルシェルシュの戦闘能力が徐々に上昇してきている)


 名無の攻撃によってクアスの純白のスーツは血に染まっている、クアスも致命傷といえるだけの傷は無かったがダメージは名無よりも多い……それでも時間が経つにつれクアスの力、速度、耐久力が上がってきていた。


(上昇速度は微々たるものですが、少しずつマスターとの差を埋めてきている。恐らくコーディー様が言っていた街全てを使用した魔法具と魔法的概念で連結しているのでしょう)


 『虐殺継承』は直接手に掛けた者から全ての力を奪い我が物とする力。『聖約魔律調整体』の力は同質の物だとしても現状街の住人が命を落とす度に、その力をクアスに還元している。向こうは力を増幅し続けている上にそれを止める術もない、せめて増幅比率を正確に把握したいが、地下深くに位置するこの場所からでは地上の状況と照らし合わせることは出来ない。

 だが、


(このまま戦いが長引けば形勢が傾いてしまう恐れがある。だと言うのに、ワタシではこれ以上の支援は難しい……クアス・ルシェルシュ達がマスターに追いついてしまえば、ティファ様の人格喚起は不可能に近くなってしまう。マスター、猶予はあまりありませんよ)


 戦闘が進むにつれ確実に強くなっているクアスの攻撃に対応できるよう、随時武器の強度と質を上げていくマクスウェル。それも間違いなく名無の助けになっているが、クアスと共に自身の主の身を脅かす悍ましい魔法具と比べれば微々たるもの。

 マクスウェルは自身と『聖約魔律調整体』との性能差を冷静に分析、苦言を飲み込むも時間と共に危ぶまれる名無の優勢に焦りを募らせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ