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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第三章 偽幸現壊
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    坩堝の糸口(2)


「――主人殿の言うその『たいがいじゅせい』やら『さいぼうぞうしょくのそくしん』ってのが『じっけん』とかっていう小難しい理屈で出来てる儀式って事は何となく分かったけどよ……要は奴隷を使ってガキ共をぽんぽん生ませて魔法で成長させて『じんたいじっけん』てのをしてる奴等が何処にいるかしらねえかって話だろ?」


「大まかに纏めるとそうだ」


「あたしは他のとこから流されてきたからな、悪いがこの街の裏事情はそう詳しくねえ」


「僕も、分からないです…………ごめんなさい」


「謝る必要は無い、見聞きした事が無い事を教えろといって答えられる者はいないさ」


『しかし、こちらとしては痛手である事に変わりありません。新たな情報は得られず、ワタシ達の動向を易々と晒してしまったのですから』


「不利になるのは覚悟の上だった、それに何も収穫が無かったわけじゃない」


 奴隷館から拠点として利用している廃墟へと戻ってきた名無は、マクスウェルと共に奴隷館から引き取った大柄の女性コーディーとティニーと同じ年頃の少年フェイに聞き取りをしていた。

 しかし、その成果は芳しくない。

 結果としては分かったのは奴隷館とティニーが決して無関係では無い事だけ。廃墟へと戻る途中も襲撃に警戒を払っていた名無達ではあったが、それも肩すかしをくらってしまった状況だ。

 何事もなく帰ってくることが出来たとは言え、殆ど進展しない現状にマクスウェルは苦言を溢しレラの表情も暗い。

 だが、名無は二人ほど落胆した様子はなかった。


「コーディーさん達はこの街の出身者ではないが協力者に違いはない、俺達だけでは気付けない事に気づいてくれる事もあるだろう」


『第三者の視点を借りて情報の精査に努める事に異論はありません、ですが協力者として信頼出来るかは別問題です』


「お前の言う事は尤もだ。だが、正攻法で協力者を集めようとすればそれこそ敵にこちらの懐に入られかねない。それにレラのお陰でこの二人ならその心配が無いことは証明されてる」


『身の潔白を証明するだけであれば確かにレラ様の心色を読み取る能力で充分な説得力は得られます。しかしコーディー様の実力は不明瞭、フェイ様に関しても戦闘面だけでなく他の観点からも判断しなくては――』


「あー……話の腰を折って悪いんだけどよ、ちょっと良いかい?」


 自分達の扱いで意見が割れる名無達を見かね声を掛けるコーディー。


「気にしなくていい、寧ろ何か提案があるなら聞かせてくれ」


「いや、提案とかそう言うんじゃねえんだ。なんつうか……あたし達の扱いが、な?」


 疑念でも困惑でも無い、確信めいた根拠が有りながら言葉を濁しているコーディーの言動に苦笑を溢す名無。


「そうだな、貴方が考えている通り俺は人間としては異端者と揶揄される側、奴隷の身分すら与えられることの無い出来損ないだ。俺を力尽くでねじ伏せると言うならそうしてくれて良い、その場合は俺も抵抗はさせてもらう事になるが」


「別に主人殿に逆らおうなんて考えちゃいないさ、言葉が通じる相手で安心したって話だよ」


 言葉を濁した時に見せていた苦虫を噛みつぶしたような表情が消え、代わりに晴れ晴れとした上機嫌な笑みを浮かべるコーディー。


「人間だろうが出来損ないだろうが相手より弱けりゃ何されても文句は言えない。でも、主人殿はあたし達をどうこうする気がない。もっと言えば強えから好き勝手しようって気が元から無いってのは分かったよ」


「俺の人となりに関わるようなことは出来損ないという事くらいしか話していないんだが」


「もう一個付け足すなら捻くれてる……つうより相手に譲歩しすぎるきらいがあるか。あんたの隣にいる魔族のお嬢ちゃんを見りゃ一発で言動と行動が全然噛み合って分かる……なあ、魔族のお嬢ちゃん?」


「え、えっと……」


 名無達が話をしている間、気を抜いていたわけでは無かったがまさか自然に話しかけられるとは思っていなかったレラは口籠もり思わず名無に眼を向ける。このまま普通に答えても名無が彼女を咎めることはなかったが、思うような成果が上がっていないとは言え今はティニーに関する情報を得る話の途中である。

 そんな中で話が逸れる流れに乗って良いものなのかと名無の判断を仰ぐレラ。


「大丈夫だ、まだ話の途中だが大きく話が逸れない限りはレラも話に加わってくれて構わない。マクスウェルも言っていたと思うが、情報が少ない場合は一つでも多くの意見や可能性を模索し質を高めていく必要がある」


「それじゃ私もお話しにまざらせてもらいますね」


 名無から何の問題も無いと太鼓判を得られたレラは胸を撫で下ろしてコーディーの問いかけに答えを返す。


「コーディーさんの言う通りナナキさんは良い人です、他の人が嫌な事をしてきても私を護ってくれます」


「そうだろうよ、魔族のお嬢ちゃんのきっちりとした見てくれだけで大事にされてることが分かる。それにあたし等にこんな格好させてくれる上に武器までくれるんだからな」


 コーディーの眼が自身の身体に向けられる。

 彼女の女性離れした巨躯を飾るのは華やかなドレスでも、レラの様な旅向きな動きやすさ重視の衣服でも無い。その巨躯が放つ押しつぶすような雰囲気に見合う鈍色の輝きを放つ西洋甲冑……それも肩や膝を保護するショルダーガードとニーガードには円錐状の突起が付いていた。

 武器による攻撃だけでなく純粋な肉弾戦においても一定上の殺傷能力を持たせた作りだ、その肝心の武器もコーディーの身の丈と同程度の大斧である。奴隷に身を落としたとは言え元は魔法騎士、屈強な肉体に相応しい武具を身につけたその姿は今も尚現役で通用するであろう凄みを醸し出している。

 フェイも病衣服から白のYシャツと動きを邪魔しない丈の短い黒いポンチョに革のハーフパンツへ衣替えしている、軽装ながらもラウエルの一般的な生活基準を満たすものとなっていた。


「普通は奴隷に武器なんざ与えない、着るもんだって死ぬまで奴隷服のままってのもざらだ」


「気に入らなかったのか? だが、好きな物を選んでくれと言ってそれを選んだのは他でもない貴方だろう。選んだ物の性能や質に対して不満があっても俺にはどうすることも出来ないんだが」


「気に入らねえとかって話じゃねえ、先に言ったろ待遇が良すぎるってな……今だってこんな砕けた口利いてんだ。あんたみたいなお人好しじゃなかったら、とっくに首と胴体がおさらばしてる」


「誤解しないで欲しいんだが、俺に貴方達に危害を加えるつもりはない」


「……魔族のお嬢ちゃん、主人殿はいつもこうなのかい?」


「……はい」


 コーディーとしては名無に感謝していると言っているだけなのだが、彼にはそれが身の危険を感じていると取られていた。どうしてここまで認識の違いが出てしまうのか思わず頭を捻ってしまいたくなるが、只単にコーディー達の不安を少しでも解消しようと二人を思いやりすぎているからである。

 何時から奴隷として生活してきたかは分からないが、コーディーもフェイも確実に良い扱いを受けてこなかったことは対面しただけで理解出来た。弱肉強食の理に毒されていない人間であれば、コーディーとフェイを無碍に扱うことはしないだろう……誰よりも『力』という尺度に縛られ続けてきた名無であれば尚更だ。

 そんな名無の過剰とも言える気遣いにコーディーは呆れた視線を送り、レラは苦笑いを浮かべる。


「まあ、なんだ。あたし達を引き抜いてくれた事は心底感謝してる、何の不満もねえから言われた仕事はきっちりやってやるってことさ。これ以上分かり易く言えって言ってもいえねえんだが、言いたいことは伝わったかい?」


「ああ、手間を取らせて済まなかった…………彼女はこう言ってくれているがどうする?」


『では、話が終わり次第確認を取りましょう。マスターにはコーディー様との手合わせで戦闘能力を、レラ様はワタシと一緒にフェイ様の精神状態の他に何が出来るのか聞き取りをお願いします。その結果を基に協力して頂く内容を決めると言う事で』


「だそうだ、良いだろうか?」


「あたしは構わないよ」


「僕も大丈夫、です」


「なら話を戻すが、二人に頼みたい事がある……その前に紹介した子がいる」


 二人の協力とマクスウェルの了解を得た名無はレラへと視線を向ける、その視線を受けたレラは少し間を置いてから頷き胸ポケットに手を入れそれをそっと床に置いた。


「何だ、虫かい?」


「ごみ、かも……」


「いや、レラが置いたのは虫でも塵でも無い――今言った二人に紹介したい人物だ」

 コーディー達からしてみればレラが床に置いたのは虫か何かと思うほどに小さい物体、だがそれは名無の両眼が銀の光を輝かせれば眩い光と共に本来の姿を取り戻す。


「こりゃあ驚いたね」


「女の子……だったんだ」


 『拡縮扱納』を解除することで元の状態に戻ったティニーを眼にした二人は驚きに眼を瞬かせる、何も事情を知れない二人にしてみれば当然の反応と言える。だが、まだ眠った居る状態だ。これでは二人に事情を説明するにも最大の当事者を眠らせたままではまずい。驚く二人をしり目に名無は『意心起醒』でティニーの意識を覚醒させる。


「……うぅ……? ナナキ、お兄ちゃん……」


「おはよう、と言っても昼近いがな。君の事で少し話したいことがある、まだ眠いかも知れないが起きてくれ」


「う、うん――っひぅ!?」


 寝起きではあったが自分に関係する話だと言われたティニーは目元を擦って眠気を覚ます。しかし、眠りにつく前にはいなかった二人の――厳密には大柄のコーディー―を見て小さな悲鳴を上げるティニー。完全に眼が覚めたようだが、すぐにレラの後ろへと隠れてしまう。


「怖がらなくても大丈夫です、コーディーさんもフェイ君もティニーちゃんを苛めたりしませんよ」


「う……うん」


 脇目も振らずに一目散に自分の後ろに隠れてしまったティニーを優しく諭すレラ。ティニーもレラが嘘をついていないことは分かってはいる様だが、今さっきで名無達と同じように心を開くまでには当然至らない。

 レラの背に隠れ怖々と顔を出してコーディとフェイを覗き見ている。こうなることはコーディー達を引き取ったときから予想できていた事だが、名無を前にしたときよりも幾分柔らかい対応である。


(もっと取り乱すかも知れないと思ったが大丈夫なようだな。それでもこの差は…………いや、何も問題は無いのだから気にすることはない)


 体格が違うとは言えコーディーは同じ女だからだろうか、フェイは同年代の子供だからだろうか……ティニーの事情を考えればやむを得ないとは思うのだが自分の時と似た反応で有りながら程度が大分軽い。その事にひっそりと傷つきながらも安堵する名無。


「この人間のお嬢ちゃ……魔族のお嬢ちゃん、あんたが良けりゃあ名前で呼んでも良いかい? 普段から名前呼びしないんだが、人間のとか魔族のとかって呼びわけんのが面倒だ」


「わ、私は構いませんよ」


「ありがとうよ……で、このタイミングでお嬢ちゃんを出してきたって事は主人殿の話に関係あるって考えて良いのかい?」


「ああ、この場の誰よりも当事者だ」


「そうかい……じゃあ早速腕試しに移ろうじゃないか。話を続けるにしてもあたしの実力が分からないんじゃ進めにくいだろ」


「良いのか? 話を聞いて無理そうなら断ってくれても問題無いが……」


 向こうの手勢と直に刃を交えたのは一度きり。

 しかし、ラウエルは敵陣も同然。その上、あの異形の剣と同じ魔法具を他にも保有している可能性がある。

 あれは異名騎士では太刀打ちできない、少なくても精霊騎士以上の実力者で無ければ対処は難しいだろう。武具の類を迷うことなく選んだ事からコーディーが魔法騎士である事はまず間違いないが、その実力はまだ分かっていない……だがコーディーの言う事も正論だ。

「言ったろ、きっちり仕事してやるって。それに鈍った身体を慣らすには動いた方が良いからな」


「感謝する、それじゃ外に出よう。レラ達も一緒に来てくれ」


 手合わせとは言えティニーとフェイの事を考えると二人の目の前で剣を交えるのは憚れるが、宿屋では警戒していながら転移魔法で敵の接近を許してしまった。その失敗を踏まえて転移魔法対策に魔法による結界も張っている。

 転移を完全に阻止することは出来ないまでも、転移してくるタイミングは数秒でも先に察知することが出来る。

 子供達の心情を優先したい感情を押し殺し、名無はレラ達を自分の眼の届く範囲に置くことを選ぶ。


「コーディーと手合わせをする間は三人を巻き込まないよう配慮する、話し合いの邪魔にはならないだろう」


「ありがとうございます。でも、無理は……」


「ああ、今後に支障が出ない程度で納める。行こうか」


 心配するレラを宥め名無は魔法騎士としてのコーディーの力を知るため、レラ達も連れ廃墟の外へと向かうのだった。





「んで、まず何から見せれば良いんだい? 素手、武器有り、魔法だけ、それとも一片に済ませるか」


 廃墟の後ろ手にある空き地、元は広い庭であったであろう敷地で大斧を地面に突き立て身体をほぐすコーディー。印象的に準備運動などするように見えないがやはりそこは女性、何事も下準備を整え可能な限り万全な状態で事に望む気質のようだ。


「好きなように仕掛けてくれて構わない、勝敗の有無を重要視している訳じゃ無い。全体的にどの程度なのか確認出来れば充分だ」


「あいよ。でも、勝敗云々を言わせて貰えればあたしの負けだな。あんたを見た時から勝てる気が全然湧かねえ」


「褒められている気はしないな」


 コーディーの賞賛の声に苦笑で応えた名無は大刀形態の対輪外者武器(ノーティス)を構え、コーディーも大斧を両手に携える。


「あたしが送れる最高の褒め言葉なんだけどねぇ。まっ、あとは主人殿のお眼鏡にかなうよう気張るだけ――さっ!」


 始まりの合図は無い、相手の出方を窺う駆け引きも無い。

 未だ言葉交わし続けるような雰囲気の中、全く悪びれること無くコーディーは先手を取った。重く刺々しい鎧と己が巨躯とはかけ離れた無駄の無い動きで地を蹴って名無に接近、その勢いと流れのままに手にした斧刃の鋭利な先端にあるスパイクで刺突をくり出すコーディー。

 最短の距離を奔るコーディーの刺突を最小限の動きで名無は苦も無く捌き流す、しかしそのコーディーの思わぬ繊細な一撃に眼を見張った。


「おらあああぁぁぁぁっ!!」


 そんな名無の反応などお構いなしに裂帛の気合を以て、鋭い攻撃を一度二度三度と繰り出すコーディー。

 対輪外者武器と斧刃の切っ先が交差し、金切り声が木霊し火花が散り、その苛烈さが埒外の速さを伴っている事を証明していた。

 槍の撃は稲妻。点の攻撃は遊びが無く、的確に苛烈に名無を攻め立てる。


(近接戦闘に関しては間違いなくルクイ村で戦った異名騎士より強い)


 だが、コーディーの猛攻を浴び続けながらも冷静に彼女の動きを観察する名無。

 始めにコーディーの斧刃を捌いた時、大刀を通して感じた衝撃が驚くほど軽かった事に驚いた。


(見た目通りの重騎兵じゃない、重騎兵の利点を残し活かす事のできる槍騎兵というわけか)


 しかし、名無が驚いたのはそれだけでは無い。

 気合いに相応しい高速の連撃の中に重騎兵の本領とも呼べる重い一撃が、まったく同じ速度と精度で紛れ込み受け流していた名無の上体が僅かに後ろに押される。見た目はまったく同じ一撃であるが故に判別することが出来ず体勢を崩した名無の隙を見逃さず、斧刃を振り上げ柄の下部に付けられた石突きで追撃。

 それを左半身をずらし躱す名無だったが、そこから刺突攻撃では無く両先端にある斧刃と石突き。その二つを駆使した斬撃と遠心力を活かした回転攻撃が織り交ぜられてきる。

 息をつかせる間も無く放たれる攻撃を受け止め、流し、時に躱す。

 異形の剣程の余波が起きることは無かったが、二人の動きは最早手合わせなどでは無く実戦の域へと達していた。


 ――鋭敏なる潺は此処に出づる


 そして、二人の戦いは次の段階へ。


(来たか)


 額、喉、鳩尾……舞の如く振るわれる柔の斧捌き。

 空気を震わせるけたたましい金属音は鳴り止まぬず、的確に人体の急所だけに疾さに威力と重さのせた連撃は名無の肉体に届かずとも確かな脅威として彼の身に追いすがっている。

 大刀と斧刃が目まぐるしくぶつかり合い、火花を散らす頻度が増していく中でコーディーの詠唱を聞き取る名無。


 ――静謐なる命流は静穏を崩す逆巻く刃へ


 ――薄く鋭く輝く水面は只仇を映す


「『騒者誅する湖上の(ラウ・ツォント・ドール)』」

       

 猛然たる攻め込みを続けながら口早に詠唱を完成させるコーディー。

 彼女の声が形づくったのは二人を無数に囲み浮かぶ水の槍、その矛先は只見れば何の変化も無い穂先。だが、目をこらすことで微かに捕らえる事が出来る水の流動。そこから生まれる切れ味は一本一本が名工が鍛え上げた業物に匹敵する。生半可な鎧では弾くどころか受け止めることすら出来ず貫かれるだろう。


「あたしのとっておきだ、遠慮無くぶっ放すぜ!!」


 名無をその場に縫い付け間の切れる暇の無さを感じさせていた猛攻を一片させる。何の不自然さも見せずに中断、後方へと大きく跳躍する事で自分の放つ魔法の射程圏内から離脱して形づくっていた水槍を名無へと射出した。


(初動の仕掛けと敵との間合いを意識すれば必然的に動きに力みが出る。戦いから離れて長いだろうに、それをまったく気取らせずにやってのけるとは……かなりの戦闘経験を積んでいるな)


 指摘する点があるとすれば魔法を無詠唱で発動させるべきだった事くらいかと評価を下しながら、自身に向かってくる一群の内の自分の間合いに入った一本を切り払う名無。しかし、対輪外者武器の刃が水槍に触れた途端に水槍が霧散する。


(これは――)


 対輪外者武器が触れた物だけでは無く飛来していた物全てが瞬く間に形を失っていく様子に疑問の視線をコーディーに向ける名無。だが次の瞬間、水面が爆ぜるような轟音と鈍い閃光に包まれた。

 けれどそれは名無の視界に限ったことでは無く、戦っていた二人を飲み込んでいた。その正体は深く濃く、そして人肌を簡単に爛れさせる程の熱を内包した霧。


「これなら主人殿のお眼鏡にかなったとはおもうんだが、あたしは合格かい?」


 辺りが深い霧に満ちる中で先に姿を見せたのはコーディーだった。

 彼女を中心に風が揺れ吹き肌を蝕む熱霧を遠ざけている、これも魔法の一種ではあるが詠唱の一小節も必要ともしない初歩中の初歩的なもの。魔法で最も重要なのはどういう形で、どれだけの規模で、どのような効果を発揮させるか。発動させる属性の精霊との相互理解だ。魔力を媒体に精霊に働きかけるまでは通常の魔法と何ら変わらないが、コーディーの目的はあくまで熱の疎外と視界の確保。

 そこまで大規模で綿密な意識集約が必要としない物であれば、自然と身につく程度の魔法行使である。


「おーい、主人殿……………………………………まさか死んじまったとか言わねえよな?」


「その心配は必要ない、今の魔法に驚かされてしまったんだ」


 自分の呼び掛けに暫く名無の返事が返ってこず頭に過ぎった一抹の不安に顔を引きつらせるコーディーだったが、コーディーの悪い予感は外れ名無も彼女と同じように風を纏って何の問題も無く歩み寄る姿を見せるのだった。


「近接戦闘で俺の行動を制限し詠唱魔法による意識誘導、その二つを囮に本命の無詠唱魔法を叩き込む……あと少し反応が遅ければ危なかった」


「何があと少し反応が遅かったら、だ。余裕で凌ぎきっておいてそりゃあ無いだろ、今のを喰らった奴は大体なにが起きたか分からずに死んでるっつうのに」


「余裕が無かったとは言わないが貴方の技量は本物だ、油断して良い相手ではないさ」


「主人殿が本気で言ってるのは分かるが……ったく、その場から一歩も動かせなかったあたしにしてみれば皮肉だよ」


「正確に言えば動いていたが?」


「細かい訂正を入れないでくれよ、軸足にしてた右足を地面から一度もはなしてねえだろうが。あー、これでも精霊騎士に推薦されるまでいったんだが世界は広いねえ」


 手合わせを初めて終始有利な流れを作っていたのはコーディーだったが、その中でも名無は右足を軸に彼女の攻撃を対処しきったのだ。最後の魔法に関しては突如起きた爆発と広がった霧でどうなったのかは分からないが、普段と何ら変わらない名無の姿を見れば答えは一目瞭然だろう。

 お互いに本気を出した結果では無いにし明らかに差がありすぎる。精霊騎士という異名騎士より更に上の高みに届きかけた事がある事実が彼女の自信となっていたのだろうが、まざまざと直面した事実にコーディーは手にしていた槍を肩に掛け眉間に深い皺を寄せ悔しさを滲ませるのだった。


「すまない、貴方を不愉快にさせる気はなかった。だが、俺としては貴方の実力が確かな物だと分かって良かったと思っている」


「じゃああたしは合格って事で良いかい?」


「精霊騎士に推薦される程の実力者であるならレラ達も安心できるはずだ、是非協力して欲しい」


「あんたの要求に何処まで応えられるか一気に不安になっちまったが、よろしく頼むぜ主人殿」


 お互いの実力差に僅かばかり蟠りが残ってしまったものの、無事にコーディーの協力を得られた名無。これならばマクスウェルも反対すること無く承諾するだろう。


「でよ……肝心の手伝いの話ってのは結構な厄介事だよな」


「そうだな、俺一人で対処していては後手に回ってしまう案件だ」


「その事で気になったことがあるんだが聞いて良いか?」


「気になること?」


「ああ」


 自分達の周りがまだ霧に包まれながらも、その向こうにいるはずの三人の――ティニーを眼で追うコーディー。


「さっき聞いた『じんたいじっけん』ってので、あのちっこいお嬢ちゃんが生まれてでかくなったってとこなんだろうが…………本当にやってる奴等がいるのか?」


「俺が嘘をついていると?」


「そうじゃねえよ。お嬢ちゃん一人にかかる手間と労力を考えりゃ欠陥儀式も良いところだ、それを分かっていて本当にやる奴等がいるのかって話さ」


「欠陥、というのは?」


「態と知らんフリすんなよ。気を抜かせておいてお試し途中なんだろ、あたしでも分かる事をあんたが気付いてないはず無いからね」


「それは悪いことをした、なら答え合わせと行こう」


「あいよ」


 と答えるコーディーではあったが、名無がまだ彼女の実力を試しているというのはちょっとした勘違いである。彼にしてみれば魔法でも科学と同じようにクローン体を造る事が出来ると考えての事だったのだが、実際には魔法という超常の力を持ってしても困難を極める事実を今知ったのだ。


(クローン技術の抱える問題は生まれてくるクローン体を道具として認識できてしまう命に対する価値観、成長過程で起こりえる異常発生の高さ、限りなく同一の肉体であっても異なる人格の形成。ティニーが人体実験の為に生み出された可能性が高い以上、コレすらも問題点としてあげる必要性は無くなる……この事を話しても欠点があると断言する彼女の様子からして、こちらの世界の基準で考えればすぐ分かる事なのだろうな)


 戦闘面、生活面においての魔法の扱いは大分慣れてはきたが、それ以外で高い応用性を求められる使い方に関してはまだまだ未熟だ……名無は自信と余裕に満ちた表情を浮かべるコーディの答えを待つ。


「あたしが思い当たるのは二つくらいだな、一つは魔法儀式をやるのに必要になってくる人数だ。儀式そのものを発動し続けなきゃならない奴、『くろーん』とやたの元になるっていう肉片の鮮度を維持する奴、その肉片の成長を促してやる奴、作る事が出来る肉体に魔力やら魂やら定着させる奴……兎に角人手がいるのは間違いない」


「二つ目は?」


「単純に儀式に必要な魔力量だよ。人一人完成させんのにどれだけ時間が掛かるか分からんが、仮に一日で済むとしてもどの役割も精霊騎士以上じゃなけりゃ魔力が足りねえ。お嬢ちゃんと全く同じのを造り上げるまで付きっきりで儀式を維持し続けなきゃならないなら尚更だ」


「その二つが貴方が俺が探している人間達がいないと思える理由か……」


「あたし的には結構良い線いってると思うんだが、どうだい主人殿?」


「確かに説得力がある意見だ……あくまでティニーの存在に眼を瞑ればな」


 コーディーの指摘した魔法によるクローン技術の欠陥は内容の通り労力が掛かる、ましてやコーディー達異名騎士を超える精霊騎士でなくては成立しないとなれば人体実験によってクローン体を無数に造り出すことは現実的に不可能だ。

 しかし、ティニーという人体実験の被験者が実在している以上は必ず人工的に命を造り出す術を持った者達が暗躍していることを指し示している。

 他にも異形の魔法具を造り出し自分達を襲撃してきている、これもコーディーの意見を覆す実証案の一つだろう。


「ティニーには監視が付いている、俺達と一緒に行動していてもそれは変わらない。今の所近くには監視者はいないが、こうしている今も天蓋の上からずっと見られているぞ」


「そいつは本当かい?」


「ああ、掻い摘まんで話すがラウエルに到着して一騒ぎ起こしてしまったんだ。相手は死なないよう撃退したんだが、次の日には俺が殺した事になっていた。その後に今度は俺が殺したことになった男から襲撃を受けた、それも魔法具に身体を乗っ取られて変わり果てた姿で」


「おいおい、厄介どころの話じゃねえな。監視の事も驚いたがたった一日であんたの話をを改ざんして浸透させるようなおが相手とは……こりゃ骨が折れそうなお勤めだ」


 乱暴に自分の髪を掻きむしって盛大に溜め息を溢すコーディー。

 一度は天蓋の空に眼を向けようとしていたが顔を上げることはなかった、名無から知らされていない振りを通して自分の行動から少しでも眼を逸らさせるための行動だった。


「それで主人殿としてはこの後どう動く気なんだい?」


「俺はレラとティニーと一緒に。コーディーさんはフェイを連れて、二手に分かれてこの廃墟区画を調べよう」


「そんなんで良いのかい? 監視とやらに気付いてんだ、下手に動かない方が特じゃ無いのか」


「いや見られているのならそれを踏まえて動く、この廃墟にも何か手がかりがあるかもしれないからな。幸い戦闘になっても周りを気にする必要が無い分遠慮無く調べられる」


「成る程、相手が動くようなら手がかりがあるって事がほぼ確定か」


「コーディーさんがいるお陰で行動の幅を広げられるのはありがたい……そろそろレラ達と合流しよう、向こうも終わっているだろうからな」


「そうするとしますか」


 軽い手合わせと言ってはいても時間はそれなり経過していた、熱を持っていた霧も今は冷え二人の足下で気持ちばかりの水たまりとなっていた。視界も周囲の様子が窺え、手合わせが終わるのを待っていたレラ達の姿もはっきりと見えている。

 名無達は纏っていた風を霧散させ、手合わせの残滓である砕け焼け焦げた街路を踏みしめ正しく廃れたままの場所に経つ三人の元へと歩いて行くのだった。





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