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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第二章 慕情結句
23/111

02  信用ではなく信頼を(1)


 雲一つ無かった青空が姿を隠していく太陽を惜しむように、その身を茜色に染める黄昏時。エルマリアが領主として治める街『シャルア』に到着した名無とレラ。二人は煉瓦色の街並みがより鮮やかな赤を強める中、煌びやかな街の風景を眺める事の出来る小高い丘の上に有る豪奢な洋館の門前で、


「「………………」」


 沈む夕日が作る自分達の長い影を地に落としながら名無達は揃って口を噤んでいた。




「「「「「お帰りなさいませ、エルマリア様」」」」」




 その原因は門前にずらりと並ぶ少女達。

 ざっと四、五十人はいるだろうか。年齢も、髪の色も、背の高さも、様々。年の頃は十歳前後から十代後半と言ったところだろう。

 小さな子供から少女、そして少女から女性へと変わろうとしている端整な顔立ちをした少女達が身じろぎ一つせず屋敷の主人であるエルマリアを出迎えている。

 それも一人の例外もなく頭には手の込んだ細工が施されている白いカチューシャをのせ、同じく汚れ一つ無い真っ白なエプロンにロングドレスを思わせる紺色の服――所謂、メイド服に身を包んで主人を出迎える光景は二人にとって異様な物に見えた。


「出迎えご苦労様、今日はお客様を連れてきたから持てなして上げて――エイシャ」


 エルマリアはメイド達に労いの言葉を掛けながら彼女達の中で、先頭に立つ蒼い髪と目元を飾る眼鏡が印象的なメイド、エイシャに声を掛ける。


「はい、承知しております。お二方の身の回りのお世話はしっかりとさせて頂きます」


「ええ、お願いね。ナナキ君、レラちゃん、落ち着いたらまた」


 見た事も受けた事も無い上流階級の出迎えに終始黙り込んでいる名無達に別れを告げ、エルマリアはエイシャと他二名のメイドに後を任せ残りのメイド達を引き連れ屋敷へと入っていった。


「「………………」」


 残された名無とレラは一緒に残っているエイシャ達を前に、どうしたものかと互いに戸惑い顔を見せ合っている。そんな中、置かれた状況についていけない二人に優しく声を掛けるエイシャ。


「私はこの屋敷でメイド長を任されております、エイシャと申します。お二方がご滞在中、私と後ろに控えていますルルカとコイネの三人でお世話させて頂きます。どうぞご用の際は遠慮無くお声かけください」


「ルルカと言います、よろしくお願いいたします」


「コイネって言います! よろしくおねがいしまーす!」


 夕日の光を浴びて赤みがかった銀髪を肩で切り添えたメイド、ルルカ。彼女もまた容姿端麗といった言葉に見合う容姿をしており、外見から年齢は名無達に近いようだが、エイシャやコイネと比べても堅い雰囲気を纏っていた。

 そしてもう一人、織物の様に滑らかな亜麻色の長髪を後ろで二つにまとめている少女。門の前で並んでいた少女達の中でも特に若い、間違いなく最年少のメイドであるコイネは人懐っこい笑みを浮かべている。

 二人は自己紹介もそこそこに名無達へと歩み寄り両手を差し出すのだった。


「……何か?」


「えっと…………?」


「お部屋にご案内いたしますので、ルルカ達に荷物をお預けください」


「お荷物をお預かりいたします」


「します!!」


「そう言うことなら」


「お、お願いします」


 持てなされることになれていない名無達は、遠慮がちではあったが自分達の持っていた手荷物をルルカ達に預ける。


(装備はどうする……いや、ここで預けることを拒否しても意味は無いな)


 自分にとって対輪外者武器による近接戦が主な戦闘手段である事は間違いない。だが、純粋な剣士でも無い。

 体術による肉弾戦、魔法による全距離対応戦と他にも戦う方法はある。武器による戦法に固執する必要はない、軽はずみかも知れないが此処は流れに身を任せた方が無難だろう。

 エイシャ達から信用を得る為、名無はホルスターに治めている対輪外者武器に手を伸ばす。


「武器等の類の物はそのままお持ちくださって大丈夫です」


「……良いのか?」


「はい」


 武器の所持を認められて驚く名無に同意しながらエイシャの視線がレラに向く。


「エルマリア様からすでにお聞きだと思いますが、この街はエルマリア様を除いた住人全てが人間です。ですが、エルマリア様と同じ魔族で有るレラ様に無礼を働く者はいません。それでも、ナナキ様が万全の状態であればレラ様も一層安心頂けると思いますので」


「譲歩、感謝する」


「お客様に心から快適に過ごして頂けるよう尽くすのは使用人として当然の勤め、どうぞお気になさらず。では、こちらへどうぞ」


「ああ」


「はい」


 持てなしとは全く異なる配慮に困惑しつつも、二人はエイシャ達の気遣いを素直に受け取り三人の後を追うように屋敷の門をくぐるのだった。





 エイシャ達に連れられ屋敷の中を歩く名無とレラ。

 屋敷の外観もさることながら、屋内の造りも見事と言うしかない豪奢な装飾が施されていた。

 廊下には歩くだけの通路には勿体ない踏み心地の良い朱い絨毯が敷かれている。無数にある窓の一つ一つには色合いが美しいガラスがはめ込まれ、壁には大陸中から集めたであろう刀剣が飾られている。

 更には戦場に立つ兵士が身に付ける鎧から、中世の貴族と言った上流階級の人間達が飾る美術的価値がありそうな壺や絵画まであった。まるで気品と威厳をかね揃えた物の見本市だ。


「だ、大丈夫でしょうか? お屋敷もそうですけど、こんな綺麗な引敷は見たことありません。その上を歩いてしまって」


「確かに嗜好品でもあるだろうが消耗品の意味合いが強いはずだ、でなければ俺達はおろか、彼女達も碌に動けないからな」


「そ、そうですよね……それは、分かってるんですけど」


 微妙に震えている声を漏らし怖々と歩くレラを励ますように率直な意見を口にする名無。彼女の不安は分からないでもないが、淀みなく名無は天井や壁と周囲に眼を配る。


(見た限りおかしな所は無いがマクスウェルのセンサーが何か捉えているかも知れない)


 今の所危害を加えてくる様子は皆無だが、有るマリアと出会ってからマクスウェルが会話に参加することは無かった。おそらくルクイ村と同じく自分達に取って拙い状況にでもならない限り、エルマリア達の前で喋ることは無いだろう。

 しかし、マクスウェルが魔法具の類であると疑われている前提で動く必要はあるかもしれない。


「こちらがご用意させて頂いたお部屋になります」


 友好的とは言え気が抜けないと歩く名無だったが、暫くしてエイシャ達の足がある扉の前で止まる。

 名無達が宛がわれたのは来客用に造られた客室の一室。室内は天蓋付きの大きなベッドがあっても狭さを感じさせない広い造りになっており、屋敷の雰囲気にあった家具や調度品で纏められていた。一介の客人としてみればこれまた優遇された扱いである。

 これにはレラだけでなく名無も思わず苦い表情を浮かべた。


「荷物の方はベッドの横に置いておきますのでご確認ください、あとドレスルームのクローゼットにお召し物を何着か用意しております。もし宜しければそちらもお使いください」


「何から何まですまない」


「ほ、本当にありがとうございます」


「いえ、当然の勤めですので。それとこれで最後になりますが、只今お食事の準備をしております。少々時間が掛かりますので準備が整い次第お呼びします、それまではどうぞご自由におくつろぎください」


 では、とエイシャ達は優雅に一礼し部屋を出て行った。


「ようやく一息付ける……か」


「そうですね」


 湖からずっと力が入っていた肩が下がる二人。

 名無に関しては最低限の警戒を続けている状態だが、それでもさっきよりはずっと脱力している。


「このまま立っていても疲れるだろう。食事の準備が出来たら声を掛けてくると言うし、とりあえず身体を休めよう。座ると良い」


「ありがとうございます、ナナキさん」


 名無は備え付けの椅子の背もたれを軽く引きレラを椅子に座らせる。自身もテーブルを挟み向かい側に有る椅子に椅子に腰を下ろす。


「休むといった手前すまないんだが、吸血鬼についてレラが知っている事を教えて欲しい」


「私も吸血鬼の方と会うのはエルマリアさんが初めてで……でも、ガロ村長やグノー先生から少しだけお話しを聞いたことがあります」


「それで良い、教えてくれないか?」


「分かりました。えっと……湖でエルマリアさんが言った通り吸血鬼の皆さんは魔族の中でもとても長生きで、それこそ永遠に近いくらいだそうです」


「不老不死、では無いのか?」


「はい、凄くゆっくりですけど年は取るそうです。吸血鬼の方も魔力が無くなれば生きてはいられません。でも、その……生きている人間から血を吸うことで魔力を回復したり蓄えたり出来るそうで……」


「その奪った魔力で高めた治癒力で傷や病気を治すことが出来る、だな」


「はい」


 原則的に魔族が魔力を消費するのは魔法を使った時だ。

 ガロやミリィの《輪外者》に劣らない身体能力やレラのような特殊能力は種として生まれ持った資質であって魔力消費の心配は無い。

 しかし、吸血鬼の体質はその原則に当てはまっていないのだろう。

 生きた人間の血を吸って魔力を補給する。いかにも吸血鬼らしい方法だが定期的な魔力供給を可能にする手段があると言うことは、それだけ吸血鬼の一族は魔力の消費が激しいと言うも方も出来る。


(魔力供給が必要とは言え魔力させ底を尽かせなければ生命維持と継続的な戦闘が可能……魔力的不死、と言ったところか)


 それが自分の知る吸血鬼の驚異的な自己治癒能力に対する解釈の一つと言えるだろう。


「他には何かあるのか? 君と同じように特別な力を持っているとか」


「確か自分の血と影を思い通りに扱うことが出来るってグノー先生が言ってました、それと血を吸うだけじゃ無くて私達と一緒で普通の食事を取ることも出来ます。あとは暑さや寒さに強いとか……ごめんなさい、私が覚えているのはこれくらいです」


「そんなことは無い。今話してくれた物だけでも俺が知っている吸血鬼とは違う点があると分かった」


「そう言って貰えると助かります」


 大まかにではあるがレラのお陰で吸血鬼に関する知識は得られた。戦闘能力に関しては未知数だが、吸血鬼固有力がどういった物なのかが分かっただけでもありがたい。


(こうして話していても監視の気配は感じない。監視的な能力で見られているのなら、発動者を倒す以外に手はないが……)


 周囲に気を配りながらも視線を落とし、名無は訝しげに右手を握りしめる。


(……もうなんともない。だが、あの時に感じた違和感は間違いなく彼女の力だろう)


 レラが話してくれた物とは、また別の能力。

 ハッキリとした効果は分からないがエルマリアと一緒にいる間、ずっと言い表せない違和感を感じていた。あの感覚からすれば少なくとも自分が懸念している監視や盗聴の類の力では無いはず……。

 名無は未だ明確な答えを出せずにいたが、自分の経験と直感を信じマクスウェルに触れる。


『――まだ安全だと確定した訳ではありませんが、ワタシ達の周囲に監視者らしき反応はありません。とりあえずですが、この部屋でなら互いの意見を確認する事は出来るかと』


「なら一つ確かめたい事がある。レラ、それにマクスウェルも……湖でエルマリアさんと対峙した時、俺におかしな所はなかったか?」


「こ、心の色が青色から淡紅色に何度も点滅する感じで変わってました」


『ワタシの方でも脳波に僅かな乱れを確認しました。マスターの実体験、レラ様の能力、そしてワタシの生体スキャン。三つの要素を持って判断すれば、ヴァルファール氏は他者の精神に何らかの作用を起こす能力も持っていると思われます』


「レラは身体に何か異常を感じるか?」


「わ、私は特に何も」


「そうなると能力の対象は俺だけと言う事か」


『順当に考えるのであれば、我々の最大戦力であるマスターの弱体化及び無力化を狙っている……そうであったのなら判断しやすかったのですが』


 エルマリアが名無を警戒して能力による精神干渉を行ったのであれば、エイシャ達も戦力を削ぐべく対輪外者武器とマクスウェルを進んで預かるよう言うはずだ。

 しかし、彼女達はそれをしなかった。


「レラと同じように制御するしないとは別の能力か?」


『その可能性は充分にあり得ます。その場合、呼吸をするように使用していると考えた方が賢明かと。湖での二の舞にならないよう細心の注意を心がけておいてください』


「ああ、それにエルマリアさんや他の女性陣の考えがはっきりと分からない以上はこちらから下手に動けない。ルクイ村の時と同じように、その場その場で対処していこう」


『であるのであれば、しっかりと休息を取るべきだと進言します。食事までの一息がてら水分補給をしてはどうでしょう、必要な物は揃っているようですから』


「そうみたいだな」


テーブルの上には、これまた手の込んだ装飾が施されたティーセットが並んでいた。もしかしなくても茶葉や砂糖などが入った器の中身も高級で良質な物に違いない。


「種類が沢山ありますね、ナナキさんは何か飲みたいものはありますか? 私でも良かったら淹れますよ」


「レラはこう言った紅茶には詳しいのか?」


「そこまで詳しくはありません。けど、村の近くの森にも幾つか紅茶にできる植物があったので少し位なら」


「なら頼めるか? 茶葉は君が飲む物と一緒で良い」


「はい、ちょっと待っててくださいね。お湯の方も魔法瓶の中に入ってるので、そんなに時間は掛かりませんから」


 戦闘用魔法具と違い、私生活で多用され調法される物を魔具と呼ぶ。原理は魔法具と同じなのだが、日々の家事炊事に使われる物の効果は様々。伝統的な見た目でありながら物を暖めたり冷やしたり、現代社会の電化製品に通じるような物が数多くある。

 紅茶を入れる為にレラが手にした魔法瓶もその一つで、お湯や冷水を容器内に入れた直後の温度で保存できる物だ。

 その魔法瓶の蓋を開け好みの茶葉を入れておいたティーポットにお湯を入れ数分間蒸らすレラ、少しして蒸らし終えると二人分のティーカップに紅茶を注ぐ。

 本来の紅茶の入れ方としては幾つか手順を踏まなくてはならないが、紅茶を入れ慣れている物であればコレで充分。


「ちゃんとした淹れ方じゃ無いので本物の紅茶とは言えないと思いますけど、味は悪くないと思います」


「そうか、あまり気にした事は無かったが……」


 カップの中の紅茶は明るく、やや濃いめのオレンジ色をしている。見た目通り紅茶も自分が知るものとあまり変わりがないようだと、名無は危機感を覚えた鉛色の果物を前にしたときとは違い、躊躇うこと無くレラが淹れてくれた紅茶を口にした。


「……うまい」


「お口に合って良かったです、苦手な人は砂糖やミルクを入れないと飲めないんですけどナナキさんは大丈夫みたいですね」


「頻繁に飲んでいた訳じゃないが、機会があれば次も飲んでみようと思う」


 最初にさやわやかな香りが鼻を通り、後から紅茶特有の渋みとコクが舌を潤す。砂糖もミルク混ぜ無かったおかげか、素人の自分でもより茶葉の香りがはっきりと分かる。


「他に飲んでみたい物はありますか? あ、あったら遠慮しないで言ってくださいね」


「いや、これで充分だ」


「そ、そうですか? 他にして欲しい事とかしなきゃいけない事かは……」


「…………特にない、な」


 本当なら部屋の中に不審な物が無いか念入りに調べたいところだが、この部屋の中にある物の配置が少し変わった事で自分達が何をしていたか分かってしまう程に熟知している可能性が否めない。

 メイドの正式な呼び名は使用人、その仕事は主の身の回りの世話だけで無く屋敷内の清掃や備品の管理。中には戦闘を受け持った者もいると聞いたことがある。

 もちろん荒事を担当している以上、もはやメイドとは言えないのだろうが情報の流れや変化には敏感な職業の一つと言って良い。主人や客人の僅かな身の動き、表情から考えを読み何をして欲しいのか何をするべきなのか判断し動く事が出来る。まして魔族であるエルマリアに仕えているのだ、ただ容姿の整った使用人と高をくくって動くのは得策ではないだろう。

 しかし、


「………………」


 ティーカップに口を付けたり離したり、不作法にならない範囲で部屋のあちこちに眼を向けたり、明らかに落ち着けずにそわそわしているレラを見てしまっては黙って紅茶を飲んでいるわけにはいかなかった。


「そういえば、着替えを用意してもらっていたんだったな」


「き、着替えですか? ドレスルームのクローゼットに入ってるって、さっきエイシャさんが言ってましたね」


「ああ、個人的にどんな物があるのか気になっていてな。俺は着替えてみようと思うんだが、レラもどうだ?」


「そ、そうですね……それじゃ、見てみましょうか?」


 名無のあからさまな気遣いに気付いた様子はなかったが、幾らか気が紛れたのかレラの肩から力が抜け視線も落ち着きを取り戻す。慣れない環境でじっとすると言うのは、人によって無駄に緊張を高めてしまい疲れてしまうもの。


 逆に何かしろ動いていた方が、レラには精神的な余裕が出来て丁度良いのかもしれない。


「そうしよう、ありがたい事にドレスルームは個別だ。ゆっくり選ぶ事も出来る」


 紅茶を飲みきりレラが動きやすいように自ら率先して男性用のマークが付いているドレスルームに向かう名無、レラも使ったカップ等を片付け名無の後を追ってドレスルームへ。


「俺の方が早く済むとは思うが、気にせず服を選んでくれて良い」


「は、はい」


「では、また後でな」


 扉を開けてドレスルームの中に入る名無。

 中も部屋と同じよう造りで、外装に金の装飾が施された全身をくまなく映し出せる大きな鏡とクローゼットがあった。着替えるだけの部屋にしては贅沢な造りだと思いながらも、名無は迷うこと無くクローゼットを開く。


「レラに異変があれば言ってくれ、すぐ動けるようにしておく」


『イエス、マスター。それはそうとマスターはタキシードと燕尾服、どちらを着るつもりですか?』


「礼服とは縁がなかったからな、どっちが良いのか分からない。あまり目立つような色をした物は好みじゃないと言うくらいか」


 名無の言う通り、クローゼットの中には男性用の礼服がずらりと並んでいる。燕尾服に関しては明るい暖色系が多く目立つ色が揃えられている。その一方でタキシードは黒や濃淡のある灰色に白と、標準的な物からさわやかな色合いのものが揃っていた。

 他にもシャツやネクタイに小物も充実している、男性用でこれなのだからレラの方はもっと多彩な種類の物が置いてあるに違いない。


『では無難に長め丈の黒いタキシードを、パンツは細めの物を選ぶと良いかと。インナーのベストとネクタイ、それとポケットチーフは暗い灰色で統一してください。この組み合わせであれば特に問題無いでしょう』


「助かる」


 マクスウェルの助言を受けて、着々と礼服に着替えていく名無。普段から軍服と言う事もありネクタイを巻くのに多少時間が取られてしまったが、それでも無事に着替え終わる。

 黒のタキシードではあまり代わり映えしないかと思われたが思いの他、名無の寡黙な雰囲気とかみ合い、引き締まった出で立ちの中に洗練された華やかさが見て取れた。


『初めて着たとは思えないクオリティです、これならば社会一般的なドレスコードに牴触する心配もありません』


 馬子にも衣装と言う事だろう。

 名無は鏡に映る自分の姿を見て苦笑を漏らしながら、ドレスルームを出る。当然というのもおかしいが、そこにレラの姿は無い。


「レラは?」


『ドレスに着替え終わっているようです。現在は身に付けるアクセサリーを選んでいるようですので、そう待つ事は無いかと』


「急がせてしまったか」


『マスターを待たせないと言う事もあるでしょうが、レラ様はブルーリッドです。あの空のように蒼い肌であれば見合う衣服は自然と限られてきます、アクセサリーにも同じ事が言えますので選べる品は多くは無いのでしょう』


「そうなのか? 彼女なら何を着ても似合うと思うんだが……」


『マスター、今の発言は時に褒め言葉としてでは無く不適切な対応と取られる場合がありますので注意してください』


「どうしてだ?」


『何を着ても似合うと言う事は、女性が着ている服を見ずに言える事でもあるからです。もし何も見ずに言えばレラ様や他の方々が苦心して選んだ服だけで無く、その服を選ぶために費やした時間と努力を踏みにじる事に繋がり、当然女性達は良く思わないでしょう』


「そ、そういうものなのか?」


『そういうものです。女性に対する注意点の一つですので、しっかりと覚えていくことを推奨します』


 名無は女性に対するデリカシーが無いわけでは無いが、良くも悪くも率直な感想を口にしてしまう傾向がある。それは悪いことでは無いがもう口にだす言葉の影響力を考えてほしいものだとマクスウェルは低い声で釘を刺すのだった。


「ご、ごめんなさい。待たせてしまいましたか?」


「いや、俺も着替えを終えたばかり…………」


 主の素直さを褒めるべきか諫めるべきか迷うマクスウェルを余所に、名無は着替えを済ませ出てきたレラの姿を見て声を失った。黙った後も色違いの瞳にレラをしっかりと映して。


「………………」


「ナナキさん?」


 急に黙り込んでしまった名無の様子に首を傾げるレラ。

 彼女が身に付けていたのは首から胸元の部分が大胆に開いた青のイブニングドレス。彼女の蒼い肌よりも淡く落ち着いた色は、そのまま彼女の肌をより上品にかつ鮮やかに引き立てていた。そして腰回りからミニスカートを包むように揺れる透け感のあるロングスリーブのスカートも、レラの可憐な雰囲気を後押ししている。

 アクセサリーも宝石と言った貴金属などの類では無く、フリルをあしらった黒いリボンで首元と両手首両足首を飾る程度に。ドレスはともかくとしても、さすがに貴重品まで借りる勇気が出なかったのかも知れないが、それでも十二分に彼女の魅力を引き出す装いに仕上がっていた。

 そんな彼女の姿に名無は何も言えず、ただ呆けた顔を浮かべる。


「……やっぱり、私にはドレスとか似合い……ませんよね。その、すぐに着替えてきますね」


 見惚れから来る名無の無言を悪い意味で受け取ってしまったレラは肩を丸め、ドレスルームに戻ろうと踵を返す。だが、レラの落ち込んだ様子をめにして名無は彼女の右手を掴み引き留める。


「その……すまない、想像以上で咄嗟に言葉が出なかった」


 普段の格好も控えめなレラにしては明るい雰囲気のものだが、彼女の優しさや暖かさが感じられ微笑ましい可憐さもある。だが、今のレラはエルマリアにも全く劣らない。それこそ良家の令嬢を思わせる気品と輝きを感じさせられる、このままドレス姿で街に出れば男だけで無く同性からの眼も惹きつけるに違いない。


「そ、それは……このドレスが似合ってるって事ですか?」


「ああ、良く似合ってる。外見で判断するつもりは無いが、女性に見惚れてしまったのは初めてだ」


「そ、そう……ですか………………っ」


 握られた手を通して名無の心色を読み取ってしまうレラ、その色はまさに今の言葉の通りなのだろう。嘘の無い言葉と心の色にレラの顔が朱く茹で上がる。


「レラ?」


 今度はレラが無言になり、名無が不安げに眉を寄せる。今も自分が原因で第三者が見ればむず痒くなってしまう空気にしてしまっている、その事実に気付く事無く疑問符を浮かべる名無。


『マスター、レラ様。仲睦まじくご歓談中のところ申し訳ありませんが、索敵範囲内に熱量を感知。おそらくメイド長がこちらに向かってきていると思われます』


「もう一度来ると言っていたが、思ったより早かったな。武装はしているか?」


『少なくても身に付けている物に武器の類は無いようです。ヴァルファール氏は謝罪をとマスター達を招きましたが、他に何か目的があるかもしれません。それがはっきりするまではワタシは待機状態を維持しますが宜しいですか?』


「ああ。今度はレラの協力も得られる、この部屋に戻ってくるまではそうしてくれ」


『イエス、マスター』


 ルクイ村の時はマクスウェル以外に名無の無害性を証明できる者が無かった。しかし今回は同じ魔族で女性のレラがいてくれる、何がエルマリア達の琴線に触れてしまうか分からないが、彼女がいてくれるだけで取れる選択肢は広げられる。戦う事が出来なくても心強い事に変わりは無い。


「わ、私は何をすれば良いですか?」


「俺が今の様になった時、レラには話に割って入って欲しい」


「今……?」


「ああ、俺が君のドレス姿を見てすぐに感想を言えなかった時のようにだ。話の内容によってはすぐに答え無ければならない事もある、そんな時に黙り込んでいると彼女達に要らない警戒をさせてしまうかもしれない……頼めるか?」


「が、が……頑張ってみます」


 いったんは消えた羞恥心にまた顔が朱くなるものの、名無の期待に応えようと小さな握り拳を作って意気込みを見せる。

「助かる」




 ――コンコン




 名無がレラに礼の言葉を言うどほぼ同時、客室の扉をノックする音が響く。


「ナナキ様、レラ様。お食事の準備が整いましたので食間まで案内をしに参りました。入ってもよろしいでしょうか?」


「少し待ってくれ」


 扉の向こうで入室の許可を取るエイシャに返事を返しながら、レラに視線を向け最後の確認をとる名無。


「……………」


 気持ちの上でも準備が出来ていると静かに頷くレラ。


「もう大丈夫だ、入ってきてくれて問題ない」


「では、失礼します――――召し物をお着替えになったのですね、お二人とも大変よくお似合いですよ」


「貴女の眼から見ておかしな所が無いのなら安心だな、褒め言葉も素直に受け取ることが出来る」


「お世辞では無く本当の事です、レラ様も大変お綺麗ですよ」


「あ、ありがとうございます」


「早速、エルマリア様にも見て頂かなくてはなりませんね。エルマリア様も一緒にお食事を取るとのことでしたので、このままご案内させて頂いても?」


「頼む」


「では、こちらへ」


 名無とレラは着慣れない服に違和感を抱きながらも、二人は自分達とは対照的に紺のロングスカートを優雅に翻して歩くエイシャの後に続くのだった。






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