出奔
ある雨の日。
「いいものがあるからおいでよ」
きんじょの子どもたちにさそわれたベトリーヒは、古い小屋に入りました。
「いいものってなに?」
「今から取りにいくからベトリーヒはここでまってて」
と、子どもたちは小屋から出ていきました。
ベトリーヒはおとなしく待っていましたが、子どもたちはなかなか戻ってきません。
雷がなり、怖くなったベトリーヒは小屋の外へ出ようとしました。しかし、扉にはカギがかかっていて、外に出ることはできませんでした。
ベトリーヒは、罠にかかって閉じ込められたのです。
しばらく小屋の中でさめざめと泣いていたベトリーヒでしたが、声が聞こえたので顔を上げました。
「ベトリーヒ、泣かないで。」
それは妖精でした。
「妖精さん、たすけて」
「わかった」
そう言うと妖精は魔法でカギを外しました。
「妖精さん、ありがとう」
「どういたしまして」
小屋から出たベトリーヒは、あまりの仕打ちに悲しくなりました。
そして、あまりの悲しさからついに里を飛び出しました。
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雨の日特有の匂いが鼻を掠めた。外ではしとしとと雨が降っている。
ベトリーヒは、雨の日は嫌いだ。
雨の日は森に行けない。だから、必然的に室内にいることになる。
霊薬を作るために草をすり潰す。
室内には子どもたちの声が溢れている。今日はまだマシかもしれない。
そんなことを考えていたら、目の前に複数の影が迫っていた。
いつのまにか、子どもたちの声が止んでいる。
「ベトリーヒ、何してんだ?」
ああ、めんどくさいなと思った。
声をかけてきたのは子どもたちの中でリーダー格の男の子。率先してベトリーヒをいじめる奴だ。
ベトリーヒはなるべく子どもを刺激しないように、簡潔に答えた。
「霊薬を作っている」
「ふーん。」
男の子は鉢の中を一瞥すると、興味が無さそうに相槌を打った。
「なあ、ベトリーヒ。小屋に行かないか? いいものがあるんだ」
男の子は卑劣な笑みを浮かべながら言った。周りにいる子どもたちも同じように嗤っている。
「この雨の中? 嫌よ。」
ベトリーヒは、どうせまた碌でもないことでも考えているのだろうと思った。
「おまえ、ベトロ癖に断るのか!」
「そうだ!」
子どもたちは美しい顔を歪めて怒り出した。
ベトリーヒは、椅子から立ち、その場を去ろうとした。しかし、
「どこに行くんだ?」
いつの間にか回り込んでいた男の子によって退路を塞がれた。
「どいて」
男の子を押し退けようと触れた瞬間に、ベトリーヒは意識を奪われた。
「こいつ、傷さえなければ可愛い顔なのにな、もったいない。でも、傷が無かったらいじめ甲斐がなくなる」
床の硬い感触を感じて目が覚めた。薄暗い部屋の中は埃っぽく、雨音がはっきり聞こえる。
扉を開けて外に出ようとしたが、扉の鍵は閉まっていた。
ベトリーヒは、この部屋の感じからどうやら先ほどの小屋に強制的に連れられ、閉じ込められたらしいと気付いた。
もう充分だと思った。こんな惨めな気分になってまで里にいる必要はないと思った。
いじめられ、罵詈雑言を浴びせられ、蔑んだ目やかわいそうなものを見る目で見られ、誰からも必要とされない。
今まで溜め込んでいたものが全て出る気分だった。
「ははっ、あはははは!」
ベトリーヒは笑った。
なんて惨めで、残酷で、下らないのだろう。自分の無力さを思い知らされた。笑う彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
里を出よう。元より両親はいない。里の中に別れを惜しむような人もいない。
里を出て外の世界で生きていけるかどうかはわからない。でも、ここにいるよりはましだろうと思った。
小屋の外に人の気配は感じられない。
ベトリーヒは、小屋の扉を思い切り蹴った。
扉は脆く、容易く外れた。ベトリーヒは小屋を脱出すると、何処へともなく歩き出した。
どれくらい歩いただろう。
気付いたら、地平線の谷が目の前に広がっていた。
ある人は、ここは世界の裏側に繋がっているといい、またある人は、ここに飛び込めば死ぬと言った。
谷底は白い雲で覆われ、神秘的な光景だ。だからこそ、様々な憶測が生まれるのだろう。
「……行こう」
しばらく谷底を見つめていたベトリーヒは、ついに決意を固めた。
別に、死にたかったわけではない。ただ、後戻りはできないと思っただけだ。
ここまできてやめてしまえば、もう里を出られないと思った。
長い間の屈辱に終止符を打ち、今こそ里を出る時だ。
ベトリーヒの瞳に光が宿った。
ベトリーヒは何の迷いもなく谷底に向かって歩き出した。
「そこを飛び降りてはいけない!今すぐ戻ってくるんだ!」
遠くで大人の声が聞こえたが、もう遅かった。
谷底は目前に迫っていた。
そして、ベトリーヒは地平線の谷に飛び降り、エルフの里を出た。
主人公たちが喋っている言語で
ベトロ=醜い
という形容詞
ベトリーヒは、ベトロを女性形に活用して主人公の本名を加えたあだ名




