16.間話_好き好んで『ゴキブリと蜘蛛の館』なんて作品を書く人だったわね・・・。
えぐい展開。
今日も徹夜だー。
気休め投稿。
__舞台が回転し別のシーンになる。
再び王子の部屋のセットに戻る。
「王子様、開けます。いいですね?」
若い女の声と共に暗室のような王子の部屋に一筋の光が差す。
そこに立っていたのはウィリア、彼の婚約者だった。
ウィリア役の娘は華奢で守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出していた。
客席からまばらに歓声が上がったのを見るとそれなりに名声を得ているのだろうか。
彼女は豊かな黒髪を波打たせ、ウィリアは呼気も荒く王子の傍ににじり寄った。
「ウィリア・・・君が訪ねてくるとは・・・いつも私から呼んでいたのに。」
「だって・・・最近の王子様ったら冷たいんだもの。
貴方こもりっきりって聞いたわ。私にも会わないで・・・。」
「すまない・・・。でももう大丈夫だ。」
恋人の頭をゆったりと撫ぜる。
「・・・お前の髪は美しいな・・・。まるで河のようにゆったりと波打って豊かで・・・。」
「・・・ふふ。ならもっと伸ばすわ・・・。」
ほんのり顔を赤くしてウィリアは答える。
そして気持ちよさそうに目を閉じた。
「お前の姿を見たら少し希望が湧いたな・・・。
そういえば、あの女も豊かで美しい髪をしていた・・・。」
その言葉にキッと王子の方に振り向くウィリア。
「なによ、貴方もしかして浮気してたの?」
「違うよ・・・君だけさ、ウィリア。」
王子は少し疲れたように笑いかけた。
「なんだか・・・随分窶れたわ。何かあったのね?」
「・・・何もないさ。ただ、時期外れの風邪になったようだ・・・。」
納得してないような顔でウィリアは黙り込んだ。
「ウィリア・・・どうしたんだ?」
「いえ・・・嘘付いてるような気がして。
何があっても受け止めるわよ?言ってよ。」
「・・・何もないさ。」
「そう・・・。浮気してないわよね?」
「全然。」
「そう。」
ウィリアはニッコリと笑った。王子の言葉に嘘が無かったからだ。
「私、実は貴方が恋煩いしてるんじゃないかって気を揉んでたの・・・。
でもやっぱり貴方は変わらず私一筋の堅物だったのね。愛してるわ。」
「疑いが解けてなによりだ・・・。(何故私が寝込むと恋煩いになるのだ・・・。)」
「ねぇ、そろそろ結婚しない?」
「・・・そう、だな。結婚しよう。(あの妖精が気掛かりだが・・・。
アルベルトがなんとかしてくれるだろう・・・。)」
「じゃあ次会うときは結婚式の前日よ。・・・私の親に話通しておいてね。」
「ちょっと待て、時期を考えねば・・・。」
「いいえ、私と結婚できるならその風邪だって早く治るんじゃない?
いい加減浮気の心配しなくて済むし、私的には早く結婚したいの。」
じゃあね、そう言うとウィリアは気取ったように
ドレスの裾を掴んで一礼し、部屋を出る。いやに貴族然としたその姿は笑いを誘う。
「・・・普段しない癖にこのじゃじゃ馬が・・・。」
王子は、くつくつと笑いを漏らした。
長い回廊に出てウィリアは一人ごちた。
「まったく・・・風邪ってなんなのよ・・・。
まぁ結婚できるからいいか・・・。」
その顔に満面の笑みを浮かべるウィリアだったが・・・。
「そなた・・・そんなに浮かれていて良いのか?」
フフフと不気味な声を立てる何者かの声。
ウィリアは金縛りにあったようにその場に立ち尽くした。
「な、なんなのよ?」
彼女は恐怖を感じたのかギュッと胸のあたりを掴んだ。そして周囲をじっと伺う。
その時、回廊の暗がりから煙が立ち上るかのように黒い影が浮かんだ。
若く、美しい女。
「お前は・・・誰?」
「私?あの王子のファーストキスの相手?かしらね?親を除いたら・・・。」
ゲラゲラと笑うその女の口元は生々しい程赤い。
「・・・あなた何者なのっ?こっちに来ないで!」
「そんな偉そうなこと言っていいの?私は魔術師。貴方は力なき者。
うふふ・・・怯えた顔しちゃって・・・。あんたの髪綺麗ねぇ・・・あの王子が褒めるだけあって
中々いい髪してるじゃない?」
その女はウィリアに近づくと、愛しげに彼女の髪筋に口付けた。
「やめなさいっ!何する気なの?」
「うふふ・・・なんだと思う?」
そう言うとハサミを取り出し、ジャキジャキその女はウィリアの髪を切ったではないか。
「キャアアッ何するの?私の髪が・・・。」
「うふふ・・・これだけあればいくらでも貴方に変身できるわねぇ・・・飽きるまで。」
クスクスとカンに触るような声を立てる女。
「・・・あなた・・・何する気、なの?」
「秘密。敵にカード見せる馬鹿はいないわ。」
ゆったりと微笑むと女は邪悪な笑いを漏らして
何やら指をそっと動かした。そうしてまたゲラゲラ笑い出す。
「貴方、今の姿を鏡で見てご覧?面白いわよ?」
そう言って女は鏡をウィリアに渡した。
ウィリアは客席側に顔を向けると客席は悲鳴に包まれた・・・。
彼女が覗き込むと・・・
「にゃに、ごれ・・・。う、うぞよ・・・。」
__そこには醜く顔が変形した老婆がいたのだ・・・。
この世のものとは思えないほど恐ろしい老婆が。
「アーハハハ、まぁ一生その姿でいなさいな。
その姿見たら王子だって幻滅ねぇ・・・絶対愛せないわよ。」
アハハハッと笑いを残して黒衣の女は消えた。
ウィリアは絶望のあまりその場に倒れこむ。
「え、えぐいっ!えぐすぎる!」
ルイッツァは叫んだ。
「・・・女の生命線ともいえる若さと美しさを・・・無残すぎる。」
げんなりした顔をするヴェーラ。
「お二人さん・・・やっぱり女だとこの演出はきつい?」
ベルナールはのんびり聞いた。
「きついどころか・・・最悪よ、最悪。」
「私だったら死にたくなるわよ。
なまじ今まで障害もなく若く美しかったんでしょ?
それに幾らなんでもあの顔はないわ・・・この世のものとは思えないじゃない。
どんなブスだってあんなひどい顔見たことないわよ!」
ルイッツァとヴェーラは涙目になる。
「可愛そうよ・・・ウィリア・・・。」
「そうね・・・なんて逆恨みババア!美人なのに!」
二人は好き放題マスィールを罵っている。
「この舞台はルザネリーケの舞台ですよ・・・。
えぐいのは奴の作風ですから覚悟しないと。」
「そうだったわね。好き好んで『ゴキブリと蜘蛛の館』なんて作品を書く人だったわね・・・。」
ヴェーラはまた何かを想像してしまったのかブルリと身を震わした。
シーンは変わり、結婚式の場面。
ウィリアに扮しているマスィールと王子は大聖堂にいた。
二人は結婚の誓約をし、公式文書に印を押す。
マスィールはダマスク織りの赤と金のドレス、
黒いダイヤのアクセサリーを身に付けている。その姿は妖艶且つ
高貴でありながら怪しげな雰囲気を醸し出していた。
それに対し、王子は青と銀を基調とする寒色系の出で立ちでその姿を
スラリと引き締まって見せていた。その二色のコントラストが美しい。
二人は甘ったるい会話を紡ぎ合う。
「昨晩の君は・・・可愛かった。待ちきれず・・・その・・・してしまったが
痛くなかったかい?明日は私達の晴れの日だから体調を崩してはまずい
とは分かっていたが君と二人でいるとつい・・・すまないな・・・。」
王子はウィリアの肩を抱き寄せる。
「・・・いいえ、いいの。愛しているわ・・・。」
そう言うとマスィールは王子に口付ける。
「(まったく甘ったるいことだ・・・。そいつは本当はマスィール殿なのに・・・。
ウィリア様には悪いことをしてしまった・・・。
だけどこれもリュランを得るためだったのだ。)」
アルベルトは悲しげに心情を客席に向かって吐露する。
「(俺とリュランの恋に乾杯。)」
マスィールに微笑みかける王子はうん?と声を漏らす。
「そういえば、君の唇・・・今日は心臓の血のように鮮やかな赤だ。
いつもは瑞々しいベリーのような色なのに・・・。私はどんな君も美しいと思うけど
いつもの色の方が君には似合うと思う・・・。」
「そ、そう!?王子様・・・?(ま、まずいわね・・・。いつもの口紅使っちゃったわ。)」
「まぁ、今の君は最高に綺麗だよ・・・。」
その言葉を聞いてマスィールは扇子を取り出してクスクス笑う。
「・・・なんだい?おかしかったか?」
「もう、そんな風に惚気けるなんて・・・(この王子様・・・あくまで
この私をウィリアだと疑わないのね・・・虚しいわ。愛する人間も分からないとは・・・。
そして・・・貴方が見ているのはあの憎い女であって私じゃない・・・。)」
「照れたその顔も綺麗だ。潤んだ瞳に赤い頬が何ともそそられる。」
「上手いのね。でもそんな美辞麗句はいらないわ。」
マスィールは少し俯くと扇子をパチリと閉じた。
まつげが憂いある影を彼女の顔に落としている。
「王子様・・・貴方はこれから『私』を愛するの。『私』だけを・・・分かった?」
アルベルトが彼女の様子を伺う。
「(落ち込んでいるのか?あの毒々しいマスィール殿が・・・。)」
「何を言っているんだ・・・当然じゃないか。私は・・・君を子供の頃から想っているんだぞ?」
「(へぇ・・・子供の頃からね・・・。)そう・・・当たり前よね。
(私がこの姿でいる限りは愛してもらえるわ・・・。)」
彼女は王子を見上げ、笑いかけた。
ヨーロッパにおいて罪は病気と結びつけられて考えられてきて、ハンセン病などは彼らの罪の結果であると捉えられてきたそうです…。
そう考えると呪いでハンセン病的な外見に変えられるというのは精神的に結構くるものがあると思うのですが…どうでしょう?
因みにこの小説の舞台は適当架空ヨーロッパです。
読んでくださってありがとうございます(^0_0^)