13.間話_変人・ルザネリーケ
ルザネリーケをいずれ出したい…。
そして「ある変身の物語」は結構暗めに作りました…汗。
本当は「とある~」とか単純に「変身物語」にしたかったんですが、
「とある~」は禁書目録っぽいし、「変身物語」は
古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学にだぶってしまう…。
だから微妙に崩しました…w
王子はアルベルトを下がらせてから無言で庭園に再び戻ると四阿に腰掛ける。
・・・結局額飾りを奪うことにした王子はそれでも迷いが生じたのか
まんじりともせずしばらく暁の空を眺めていた。
それから悶々と悩むがとうとう決意を固める。
その決心が鈍らぬうちに光が差し始めた
曙色の空に向かって「リュラン」、「リュラン」と二度程呼ぶ。
「・・・まぁ、なんの御用ですの?」
光の妖精リュラン・・・アデリーヌは朝焼けの赤い光と共に現れ、軽やかなステップを刻む。
「・・・もしかして私の求愛を受け入れて下さいますの?」
「・・・あ、ああ・・・私と結婚してくれ・・・。」
「まぁ嬉しいですわ・・・。私を愛してくださるのね・・・。
嫌われてしまったかと思った!」
ここでリュランは喜びのダンスを踊る。
上機嫌な妖精は軽快に飛び跳ね、優雅なターンをする。
妖精のあまりに無邪気な感情の発露を見た王子は彼女が卑怯で傲慢な存在ではないこと
を思い知る。そして・・・罪悪感を覚える。
「(この女はこんなに・・・私を想って・・・。)」
「麗しい私の王子様!あなたは私の想いを受入れてくれたわ!
こんなに甘い気持ちは初めてなの・・・。ねぇ、私は綺麗?」
「(・・・うう、なんという罪悪感よ・・・。ウィリア私に勇気を!)
・・・ま、まるで・・・その髪はハチミツのように透き通っていて甘い匂いがしそうだ・・・。」
「まぁ・・・なんて嬉しいことをおっしゃいますの?真に美しいのは私などより貴方の凛々しいお姿ですわ。なんて・・・美しいのでしょう。貴方はきっと神の愛子なのね。
その金茶色の髪によく映えましてよ。受け取ってくださいまし。」
「(・・・ああ、とうとう額飾りを外した・・・。)この・・・額飾りはそなたにこそ似合う・・・。」
「いえ、これは貴方のもの。私を妃にしてくださるなら全く惜しくないですわ。」
「(・・・いかん、いかん。情に流されるな!手に入れればこの国やウィリアは安泰なのだ・・・。)
わ、分かった・・・。受け取ろう!」
「・・・宝石の精リュレンネル。お前の主人はもう私ではない。
王子様にお仕えするのだ・・・すまぬ、リュレンネルよ・・・。願わくば、その善なる光が四方を遍く照らさんことを。」
祈るように額が飾りに向かってリュランは命じる。
「リュレンネル・・・彼女はこの額飾りを守る精霊であり額飾りそのものです。私の大事な友人でした・・・。」
彼女は額飾りを王子に差し出した。
それを受け取りつつ王子は彼女を包む光が失われつつあるのに気付いた。
「もしや・・・そなたは本当にこの・・・額飾りを失えば人間に?
これを返せば・・・そなたは妖精に戻れるのか・・・?」
「ご案じなさいますな。悲しいことではありません・・・。
永遠の若さも不老不死の力も失いますが
・・・その代わり私は貴方と共に生きることが出来るのです・・・。
リュレンネルを私は貴方様と引き換えに手放しました。つまり・・・私はリュレンネルを捨てたのです。リュレンネルは最早・・・私を主人とは認めないでしょう。妖精にとって自分の力を守る精霊は家族より近しい友・・・それを捨てるなど・・・豪語道断・・・なのです・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ダメだ。この女を裏切るなんて。だがこうなってしまった以上私は騙し続けるしかないのか・・・。ウィリアを私は愛している!重婚?・・・いかん。神の掟に背く行為よ・・・。じゃあ額飾りを返せばいいのか?それは出来ない・・・・・・彼女は額飾りを手放しリュレンネルとかいう精霊は私と契約したのだから・・・。)」
苦悩の眉間に深く皺を刻みうつむく王子に妖精は訝しげに問いかける。
「・・・どうなさいました?」
その問いかけに慌てたように顔を上げ、王子は取り繕うように引きつった笑いを浮かべた。
「・・・あ、いや・・・私には呪いのような予言があってだな・・・。
・・・私に恋慕を抱き近づいた者は悉く死ぬとかなんとか・・・幼い頃城に自称魔術師とか言う奴がやって来て・・・まぁ、そんな予言をして行った訳だ・・・(しどろもどろ)。そなたが危ない故・・・暫く結婚は出来ぬ・・・。」
「・・・まぁなんて恐ろしい・・・。ですが貴方の妻になれるならば呪いなど恐れませんわ!」
「いや!そなたは私の大事な・・・女、だ。故に予言を覆す方法を見つけるまでは待っていてもらいたい!リュ・・・レンネル・・・を用いればなんとかなるかもしれぬ・・・。」
「・・・・・・あなたがそうおっしゃいますなら・・・。
ですがあまり待たせないで下さいね・・・。」
「・・・ああ、愛しい・・・人・・・よ。」
王子はそっとリュランの手の甲に口づけをすると衛兵を呼んで月の塔に彼女を連れて行かせた。月の塔は城の東塔で中心部から離れた寂れた場所だった。
王子は監視の兵をそこに配備し、余計な情報が漏れぬ様にした。
王子は自室に引きこもり、恋人であるウィリアにも会わずひたすら罪悪感に耐え続けた・・・。
彼は額飾りを目の届かぬところに置いて心の平安を保った。
薄暗い部屋カーテンが締められた部屋に蹲り彼はつぶやいた。
「幾つもの太陽が空をかけて行った・・・昼と夜を幾度超えたか分からぬ・・・。
しかし・・・リュランはまだそこにいる・・・。消えてはくれない・・・。私はどうすれば良い?」
「・・・王子様・・・。いい加減入ってよろしいでしょうか?アルベルトです・・・。」
「・・・アルベルト・・・だな。入ってくれ・・・。」
侍従は部屋に入ると薄闇の中に佇む王子を発見した。その姿は窶れ、青みがかっている。
月が空に架かり、カーテンの隙間から王子の顔半分を照らしている。
思いつめた人間の瞳がユラユラと不気味に浮かんでいる。
その瞳は何も映していないただの虚ろだった。
なぁ、アルベルトよ・・・と王子はアルベルトに話しかける。
「アルベルトよ・・・私は疲れた・・・。こんなに人の愛を裏切ることが自分の心に傷をつけることだとは・・・知らなかった。私は今罪悪感に苛まれている。あの女を愛してやることは出来ない。私には将来を誓った幼馴染がいる・・・。ウィリアを裏切ることはリュランを裏切ることより尚辛いのだ・・・。私がすべきことは定まっている。リュランに全てを打ち明けるべきなのだ。卑怯な自分の心が疎ましい・・・。殺されようとも・・・罰を受けるべきではないのか?」
憔悴しきった王子は誰彼構わず縋りたいのだろうか・・・声に覇気がない。
「王子様・・・賽は投げられたのですよ。王子様は崇高な目的のために小悪を成された・・・。
それを思い出してください。大いなる善の前に多少の悪を犯すのが人間です。ともすればそのような人間こそが優れた君主なのです。心を傷められますな・・・王子様のなされたことは罪ではありますが真の悪というわけでもない・・・神もわかってくださるでしょう。」
「・・・そうか・・・。結局私は彼女を騙すしかないのだな・・・。
この国のため、ひいては私たちの未来のため・・・。」
「・・・王子様、私にお任せ下さいませんか?私が彼女をなんとかいたしましょう。
王子様が無理であるなら・・・私が彼女の面倒を見ましょう。
寄る辺なき草にならぬように・・・。私と彼女の結婚を許してくださいませんか・・・。」
必死な形相で王子に詰め寄るアルベルト。
その様子を見た王子は乾いた笑いを漏らした。
「・・・ハハハ・・・そういうことなのか・・・。
アルベルトよ、そなたは彼女に惚れているのだな・・・。
そなたの進言を聞いた時は気付かなんだが、ようやく今、得心がいった。
何故そなたが理屈を並べ立てて私に彼女の額飾りを奪わせたか・・・。
そなたは・・・国の為・・・私の為・・・というより・・・あの女が欲しかっただけなのか・・・。
・・・だが怒る気にもなれん。そなたも私も欲の張った人間・・・同じ穴の狢なのか!
いいだろう。彼女を口説き落すが良い!それで罪が少しでも薄れるのなら!」
「・・・・・・・・・では、彼女の部屋に立ち入る許可が欲しゅうございます。」
「・・・好きに致せ。私はもう関わらない・・・。
そなたに任せる・・・あの妖精のことは二度と私の耳に入れるな!
彼女はそなたのものだ!いいか・・・お前が何とかするのだ・・・。下がれ・・・。」
「御意。(これで彼女は俺のものだ・・・。)」
アルベルトは意気揚々と去っていく。
王子はアルベルトのその後ろ姿を暫く眺めていた。
「・・・ああ私も彼も・・・なんと浅ましいことか。
特に、私は・・・逃げたのだ・・・。最低だな・・・。」
ひとりごちるとテーブルのワインをグラスに注いだ。
「・・・ああ、血のようだ。犠牲の赤よ!彼女が流すであろう血の涙のようだ・・・。
彼女の犠牲の上に立つ楼閣はさぞや立派なものであろうな・・・。そうであらねば・・・あの妖精が浮かばれぬ。」
王子は投げやりな風情で言うとそのグラスを飲みほした。
「なんだか・・・・・・やっぱり…ちょっと変わってますね・・・。」
ダフネンは苦笑した。
「そうだな・・・ちょっと変わっているかもな。
・・・題名の変身とやらはいつ出てくるのか…もっとライトな劇かと・・・。」
ミカエルがフウムと唸った。
「そうですよね・・・ヒーローはまさかの責任放棄ですしね・・・。」
ダフネンはうーん、と唸った。
「劇にも・・・トレンドがあるんですよ。
最近はミカエルさんの言うようにライトな恋愛ものがトレンドなんですよ。」
「ふーん。さすが劇作家・・・詳しいな。なんで最近劇の舞台装置の注文が
四阿とかそんなんばっかりなのか考えていたところだったよ。」
ベルナールは笑った。
「・・・四阿ですか・・・恋人の語らいの場ですね。
その装置が人気なんですか・・・恋人といえばイメージは確かにそんな感じですかね。
特に英雄とか貴族が出てこない身近な恋愛劇の方が最近では喜ばれるらしくて、
そこらじゅう二番煎じっぽい劇が氾濫してますよ・・・。
・・・最近皆不況で疲れてますから。
そういうほのぼのした感じが受けるんですよ。
なのに・・・時代に逆行した身分高き主人公・・・そして恋じゃない・・・。
うーん、やっぱりルザネリーケかな?」
「ねぇ、ダフネンあんた、この台本書いた人に心当たりあるの?
さっき何か言ってたけど・・・。」
ヴェーラはダフネンに尋ねた。
「・・・ああ、ヴェーラさんはルザネリーケの評判聞いたことないですか?
・・・トレンド、セオリーなんてもの自分が気に入らないと悉く無視する奴で・・・独創的だけど、変な作品ばっかり書いてる奴ですよ。今回の劇はまだまともな方です。」
「あ・・・ルザネリーケって私の酒屋によく来るわ!
あの・・・ちょっと変わった服装の奴でしょ?チケット駄賃がわりに貰ったから一回彼の劇見たこともあるわ・・・。」
「ルイッツァさん・・・。そいつです。奴は台本も変だけど、趣味も変わってましてね・・・
今は古典主義にハマってて・・・服装も古めかしいのを好んで着るんですよ・・・全く。オールドファッションなんて軽い表現では済まされませんよ・・・あいつの服は。ところで、どんな劇でした?」
ルザネリーケは我が道を行く、自由気まま人。だけどその独創性が一部のファンから認められている…ってことで小さな劇場で彼の作品を上演すればそれなりに人が集まるけど…大衆向けではない人。本人は自覚せず、ゴーイングマイウェイ。
読んでくださりありがとうございます。