外章 〈餓狼〉伝説 一幕
〈蒼き薔薇〉と太郎が撤退した後の、〈餓狼〉班の活躍話です。
【関連話】普通科? 太郎、初めての死線 前編
「大したものだ…」
「ああ… あの一年坊のことか」
百地の漏らした呟きには、一風変わった一年坊主に対する賛辞が含まれていた。
「この状況で、気持ちよさそうにリラックスしてやがるからな。太いヤローだぜ」
横目でもう一度、一年坊主を確認するが、相変わらずムカつくくらいリラックスしている。「先輩、後よろしく」とか言い出しそうな面だ。……まあ、リアルで言いやがったら指導してやるが。
「百地、お前はどう思うよ。この状況」
「……分からん」
「だよな。JDF(防衛軍)の山岳部隊にも今まで発見されずに居た、族長オークを頂点とした魔物の集落。そんな事が成立するのかって話しだぜ」
しかも、族長級オークは三対もいやがった。
て事はだ。あの山間の沢に三部族も共同で居たってことになる。本当に〈蛮王〉が誕生するかもしれねぇな。
そんな事を考えていると、理究のヤツがタメ息を吐き、堅剛が「クツクツ」と笑っていた。「なんだ?」と二人の視線を追うと、一年坊主が刃隠に絡まれていた。
なるほど… ご愁傷様だな。
「剣持、お前も気づいたか。賭けぬか? あの一年が喰われるか、喰われぬかで」
「くだらねぇ… 刃隠に狙われて貞操が無事だったヤツなんて聞いた事ねぇぞ。賭けになんのかそれ?」
「カカカっ、ヤッパならんか!」
「ならねぇーよ」
一時避難先の洞窟の中でも、教室でしている話題と大差ねぇな。
深刻な面して気が滅入るよりは遥かにマシだが――
と、ウチの辛気臭い連中を見た。
何を分析しているのやら声にならない独り言を漏らす〈魔道士〉詔司と、眉間に皺を寄せ刃隠をチラ見している〈探索者〉勉だ。
特に勉の野郎は、碌なことを考えてなさそうだ。
アイツは刃隠に根深い劣等感を持っているからなぁ… この状況で爆発してくれるなよな。
まあ、でも、コイツらも〈餓狼〉だ。
本気でヤバい敵に出くわしたら、目を覚まし今まで研いできた牙を見せるだろう……
「お前ら、仮眠とっとけよ…」
俺は〈餓狼〉班の面子にそう言い残し、少しでも体を休める為、そっと目を閉じた――
暫くして室山巡査が皆を呼び集め、見解を述べた。
途中、ウチのテンパり馬鹿が〈蒼き薔薇〉に噛み付くアクシデントもあったが、結局、室山巡査が大人の対応で収めてくれた。
そして、肝心の室山巡査の見解だが…
端的に言えば「生き延びるには〈共生派〉の集落に逃げ込むしかない」と、そういう事らしい。笑えるくらい誰も乗り気じゃないが…
俺たちの学園のある山奥に〈共生派〉の里が点在していることは知っていた。だが、今の今まで交流した事などなかった。
俺の理由はごく単純なものだ。それは、剣が鈍ることを恐れた為だ。
俺たち武芸科は、いざ有事になれば秩序を乱すものたちと、命を掛けて戦わなければならない。ただの学生ではいられない立場だ。
〈共生派〉と呼ばれる者たちは、星人だったり異世界人だったり、それらに帰属することを選んだこの世界の住人だったりと様々で、要はかつての敵だった者たち、もしくはその子孫たちだ。今の待遇に不満を持つものも当然いる。
そして、俺たち〈餓狼〉そしておそらく〈蒼き薔薇〉も、その様な連中と既に命の奪い合いを経験していた。
室山巡査の見解に乗り気になれないのは、そんな理由からだ。
正直言ってどの面下げて、「助けてくれ」などと言えばいいのか分からないという事もある。
これは悩みどころだ。
いや、正直それしか手はないだろうが……踏み切れん。〈蒼き薔薇〉も、やはりウチと同じ心情のようだ。
あと、一年坊主……にはまだ荷が重い問題だな。……ん、オイコラっ、なんちゅうすっとぼけ顔してやがるんだ。この深刻な場面で! ちったぁーマシな顔しろっ!
心の中で一年坊主を罵っていると、そのすっとぼけ野郎は「たまに遊びに行くんですけど、悪い人たちじゃないですよ」などと、あっけらかんと言い放った。
異次元生物でも見ている気分だった。
一年坊主いわく、今から行く共生派は、困った人を見捨てないいい人たちだそうだ。そして、話を聞く限り、一年坊主の村の住人ともいくらか交流があるらしい事も分かった。
俺たちが怖々と見つめるなか、一年坊主は「心の狭い先輩方だ」とでも思ってそうな面で、迷惑そうに俺たちの視線からそっぽを向いた。
――まあ、いい。
一年坊主の話しが本当ならば、邪険にはされんだろう。
どうせ、もう、まともな策など無い。出たとこ勝負で敵は斬ればいい。
俺は、覚悟を決めた――
「蹴散らせっ!」
そう叫びつつ、戦士級コボルトを撫斬りにし、裏に抜けようとする戦士級ゴブを蹴り倒す。一時的に避難していた洞窟を出て、〈共生派〉の里に向かう最中で敵の強襲を受けた。
敵は、戦士級だけあって気を使い攻撃を仕掛けてくるが、どうと言うこともない。この程度の気では、俺の防御を抜く出来ないからだ。それに、戦いながら皆の様子を確認するも、危なっかしい戦いをしている者は一人もいなかった。あの一年坊主も含めてだ。
一年坊主は、〈職業〉覚醒者や〈ESP〉覚醒者でも無いにも関わらず、まるで気が見えているかの様に、敵の攻撃を捌き、余裕をもって反撃に転じていた。俺が「見えているのかっ!」と問えば「微ミョーですけどね」なんて言葉が返ってくる。頼もしい一年坊主だと思った。戦闘経験が浅い割にそこそこ戦えるのは勝負度胸が良いのだろう。
変な奴だ… 久々に変わり種を見つけた気分だ。
そう思いつつも、俺は何だか嬉しくなった。
ウチの〈餓狼〉班の〈破戒武僧〉堅剛に「はしゃぎ過ぎだ」と窘められるほど、俺はゴブやコボルト相手にハッチャケてしまった。
だが、程々に楽しい時間は早く過ぎ去るもの――
俺の頭の中で警報が鳴った。
皆に警告も発する間も無く、敵によって致命的な攻撃が放たれたことを感じる。
対応しようにも、もう遅い。
後方で鈍い音が幾つか聞こえ、二人の気に大きな揺らぎが生じ、その内、一人の気が急速に失われてゆく。
おそらく巡査のものだと思うが、この攻撃を放った方角から目を逸らすことなど出来なかった。それは俺だけではなく、この場にいる全員がそうだった。
敵は遥か怪物――
それがこの場にいる武芸者の共通の認識だった。
想定を遥かに超えていたのだろう。
神楽や刃隠まで気に怯えからくる揺らぎを生じさせている。
コレでは戦えん。
そう俺は判断し――
「〈蒼き薔薇〉、撤退しろ!」
そう断じてやった。
神楽は俺を睨んだ。だが、どうにもならん。
明らかに勝てない公算の高い敵との戦闘で、優秀な女武芸者を消耗させることは、武芸者男子の恥。武芸者諸法度にも禁じられている行為だ。
大義は我に有り、邪魔をするな神楽。ここから先は〈餓狼〉の時間だ!
俺たちと蛮族オークどもの間に大規模な煙幕が発生した。
〈餓狼〉にとっては戦の合図、〈蒼き薔薇〉にとっては撤退の合図だ。
後方から〈蒼き薔薇〉の気配が遠ざかってゆくのを感じる。ただ一人を除いてはだ。
やはりと言うか尼さんは置いてゆくのか…
そう思ったその時「キィン!」と甲高い音が聞こえ、尼さんと一年坊主の気配が同時に遠ざかっていく。
味なまねをするガキだ。
甘さか男気か… その判断がいい方向に向かうといいな山田。
俺は体内の魔素も、外部から取り込んだ魔素も、己の気に変えそれを一気に練り上げる。
さあ、戦いの時。
勝ち目の薄い死地でこそ輝くものがある。
戦いは全てをさらけ出す。そいつが獲得してきた強さも弱さも全部だ。
詔司、勉。テメェら、もう目は覚ましたか。牙を見せているか。上品に戦う必要はもうねぇぞ。ココにいるのは、餓えた獣だけだ。己の全てをかけて敵を滅ばせ。
「〈餓狼〉! 喰らい尽くせっ!!」
――剣持武士〈武者〉・視点――
〈破戒武僧〉堅剛と共に、煙幕を抜けてきた戦士級蛮族オークを迎え撃つ。
〈破戒武僧〉にして筋肉ダルマ堅剛は、必殺の肉弾戦車――実際は密度の高い気を纏った、ただのタックル――で、蛮族オークの先陣を粉砕。蛮族オークは、大型ダンプに轢かれた家畜より酷い有様になった。
俺は堅剛が切り開いた道を駆け、蛮族オーク第二陣に切り込んだ。
この第二陣は混成部隊だ。
蛮族オーク、ゴブ、ホブゴブ、コボルト。どいつもこいつも戦士級。……いや、一際デカいヤツは戦士長級かもしれん。
戦士長級オークを視界に入れつつ、ゴブを斬り捨て返す刀でホブゴブの腹、ついでに利き腕を薙ぐ。ホブゴブの絶叫が想像以上に耳障りだった俺は、九の字に体を曲げていたホブゴブの顔面に膝を叩き込み、その口を永久に封じた。
コボルトは堅剛の正拳突きで爆散し、やはり最後の仕上げは戦士長級。
俺は舌なめずりをしながら、ヤツとの間合いを詰め、勝負の時。
戦士長級の筋肉がヤツの気合と共に膨張した。
来るっ――
だがその瞬間、戦士長級オークの分厚い胸から刀身の赤黒い曲刀が現れた。
チッ、獲物を盗られたかっ!
「百地っ! 俺の獲物をパクってんじゃねぇっ!」
戦士長級オークの背後で、僅かに感じられる〈暗殺者〉百地の気配がまた消えた。
次の獲物を探しに行ったらしい。
……消化不良だぜ。
俺は次の獲物に向けて闘志を滾らせた――
――勉〈探索者〉・視点――
「相変わらず、好き勝手に暴れるなアイツら…」
フォローが大変なんだよっ。
両手の〈釘打ち銃〉の銃口を黒犬に向け、リズム良く撃つ。
拳銃より取り回しの悪いこの〈釘打ち銃〉だが、メリットはある。
拳銃の玉より釘は面積が大きい為、より強力な魔法式を組み込むことが出来る。
例えば、黒犬のような、非実体化できるような敵に有効打撃を与えられる魔法を込めるとか、そんなところだ。
ちなみに今回のモノは、幽体系の魔物とやり合う必要があったとき〈密教僧〉理究に、一週間がかりで念仏を唱えてもらった有難い一品だ。
儀礼済の釘に撃たれた黒犬どもは、尽くその体を黒い霧に変え消滅してゆく。
お前らの独特の気配にも慣れたしな…
非実体化状態であっても逃がしはしない。ましてや、ウチの〈魔法〉職のところまでなど通す気はない。
「死ね死ね! 犬コロどもがぁっ!」
――理究〈密教僧〉 視点――
「オン マユラ キランディ ソワカ…」
孔雀明王の真言を唱え、黒犬や烏が持つような魔性の技に備える。
孔雀明王の真言には、人々の厄災や苦痛を取り除き魔を払う法力――密教僧の主張、一般的には魔力――が宿り、今回のように実体を掴ませないような敵には極めて有効な魔ほぅ……いや、真言なのです。
真言に宿る力によって、族長級オーク率いる部隊が出現した闇を払うこと、黒犬や烏の能力を減じることには成功したものの、まだ手を緩めるわけにはいかない。
「また、闇から仲間を呼び出されても困りますからね…」
私は、より真言の効果をを上げるため、集中を高めた――
――詔司〈魔道士〉 視点――
近場にいる理究から発せられる力の高まりを感じた。
それと共に真言の威力が上がり、目に見えて魔性の者どもの動きが鈍ってゆく。
――単に、能力を封じるだけじゃねぇのか? 前みたときより、スゲェじゃねぇーか。また、差を付けられた気分だぜ。理究さんよォ。
「染まらぬ力よ! 我が元に集い、敵と共に弾けろ!! 爆裂魔弾!」
俺の両手に、圧縮さた無属性の魔力球が無数に精製され、それが一気に敵に向かって放たれた。
狙いは、前線のウチの獣――特に剣持・堅剛――どもを迂回して、コッチに向かって来やがった小賢しい戦士級コボルト&その他ノーマル級ザコ一団だ。
無数の魔力球は、一団全体にバラ撒かれる様に直撃し、そして爆発に近い膨張を起こす。
集団、そして足の速いコボルトに有効な面での殲滅攻撃。
膨張に巻き込まれた魔物どもは、四肢や臓腑を飛び散らせ絶命していった。
「生き残ったヤツラも哀れなもんだ。満身創痍なうえ勉の釘打ち銃で蜂の巣か… 人生、ああは、なりたくないね」
心の底からそう思う。
どうせ死ぬなら強敵と戦い命を賭した極限魔法をかましたい。
〈魔道士〉に覚醒した頃からの俺の願望だ。〈餓狼〉に居続ける最大の理由でもある。
今回はどうだろうか? 今は順調に推移しているこの戦いも、流れが変わり〈餓狼〉にとって危機的な「ナニカ」が起こるのか。
そう考えると、背筋がブルっと震え、強烈な「魔」の予感……いや存在を感じた。
俺や他の〈餓狼〉がかかった、不治の病が悪化しそうな予感に、俺は打ち震えた――
――百地〈暗殺者〉 視点――
「百地っ! 俺の獲物をパクってんじゃねぇっ!」
負け犬――剣持のこと――の遠吠えを聞き流し、気配を消しつつ戦士長級オークの背から離れた。
――あの男は熱くなると場を弁えないきらいがある。戦士長級は、いくら剣持いえど正面から戦えばそれなりに手こずってしまうもの。戦いの潮流を掴むためには、今は一体の魔物に時間などかけてはいられない。
と、思考しながらも、音を消し気配を消し、次の驚異の死角に入り込む。
派手に暴れる剣持や堅剛に気を取られ、怯えるゴブ、怒れるホブゴブ、闘志を燃やす蛮族オークの戦士たち。
その者たちの何らかの感情が高まったとき、俺は〈暗殺者〉の仕事を遂行する。
心の均衡が崩れれば必ず隙ができ、俺はその隙間に刃を忍ばせた。
「百地っ、オイコラッ、根暗殺し屋! 俺の鍛錬相手に何をする!!」
今度は、筋肉質の暑苦しい負け犬――堅剛のこと――に絡まれた。
あろう事かその駄犬は、俺に正拳突きを打ってくる。
――まごう事なき駄犬だ。頭の中身まで筋肉に侵されているのだろう。
俺はそう考え、やはり次の脅威の死角に潜り込んだ。
それにしても、あの駄犬。
〈暗殺者〉と〈殺し屋〉の区別もつかんのか……?
――堅剛〈破戒武僧〉 視点――
「カカカッ、剣持も未熟! いざ尋常になどと、勝負に囚われるから鍛錬相手を百地などに奪われるのだ」
戦士級ホブゴブの顔面を拳で砕いたあと、哀れな剣持を見た。
〈破戒武僧〉でありながら「信心が足りんからそうなる!」と剣持に喝を入れ、戦士級オークの足を掴むとそのまま振り上げ、ゴブやコボルトのノーマルどもに叩きつけた。
戒律を破り破門され〈破戒武僧〉となった今も、己からは仏の加護が失われていない。この筋肉がそれ証明していると敵を粉砕する度にそう思っている。
確かに、敬虔な〈武僧〉であった頃のような法力の使い方は出来なくなった。
だが、御仏の加護は筋肉に宿ったのだ。
筋肉に法力を纏い戦い、時に民草を癒す。それが俺という〈破戒武僧〉の姿なのだ。
「カカカッ、《金剛力士》様に感謝感激雨霰ェェッ!!」
両手を左右に伸ばし、そのまま高速大回転。
気を纏い、《金剛力士》様の力も借り、力任せに敵をなぎ倒す。
ゴブやコボルトを粉微塵にし、ホブゴブを宙に弾き飛ばした。飛ばされたホブゴブは既に絶命しているが、ヤツにはまだ役目がある。人体投擲という役目がな。
宙を舞ったホブゴブ――既に死体――は、ノーマル級の雑多な集団に直撃し、生者の何匹かを巻き添えにその役目を終えた。
それに気分を良くした俺は、狙いを体躯の大きなコボルトに狙いを定めた。
そのコボルトは通常の戦士級とは違い、片目を眼帯で隠し、武者甲冑に身を包んでいた。そして、その隣には、小姓ともいうべき愛らしい小柄なコボルトを侍らせている。
――コイツは上物だ。
絶対の確信を持ってそう判断した。そして、俺は未だ高速回転中。
高速回転で近づく俺。
ゆるりと腰の太刀を抜き去る甲冑コボルト。
そして、甲冑コボルトが構えその身に宿る力を解放するのか、目をカッと見開く。
――見せてみろ。お前の力をっ。……ぬ?
目を見開いたまま、甲冑コボルトが動きを止め、何やら痙攣をしていた。
高速回転を止めよく見れば、甲冑コボルトの脇に鈍く光るのもが突き刺さっていた。
さらに、甲冑コボルトに陰気な気配が薄らと纏わりついている。
――き、貴様ぁぁ!
「百地っ、オイコラッ、根暗殺し屋! 俺の鍛錬相手に何をする!!」
怒りに任せて正拳を百地に放つも、口惜しいことにヤツはヒラリとかわし、魔物の中に紛れてゆく。
――気に入らん。
苛立ち混じりに蹴りを放ち、小姓コボルトを挽き肉に変えて、次の鍛錬相手を探すことにした。
――剣持〈武者〉 視点――
「まだ、動かねぇーか…」
ヤツら――族長級オーク&デカい黒犬――が現れてから、常に意識一部を割き警戒してきたが、一向に動く気配がない。
――舐めているのか?
その考えに若干苛立つ俺がいた。
戦闘そのものは順調で、それ自体は悪いことではなく歓迎すべきことだ。
強者の横槍が入らないため、順序よくザコを狩れている。
それどころか、未だ〈餓狼〉からはケガ人すら出ていなかった――
――何ニヤけていやがる…
俺は族長級オークを睨み、苛立ちを募らせていた。
理究の真言の成果か、族長級オークの傍に蹲る一際デカい黒犬も、大人しくヤル気を感じられない。
――何を狙っている。
俺がそう疑問を持ちつつ、他の有象無象を捌き、警戒を緩めない。
だが、戦いの均衡などと言うものは、いとも簡単に強者に覆されてしまう。
族長級オークの側で侍っていた黒犬が、緩慢な動作で立ち上がると、大きく息を吸い、そして吠えた。
凄まじい音量だ。辺り一帯の空気……いや魔素に至るまで、激しく震えた。
――何だとっ。理究の真言の力まで揺らされている! コレは破られるぞ!!
そう思ったその時、幾つもの闇が現れ、今まで見たこともない魔物どもが現れた。
カテゴライズするなら合成獣と言ったところか、だが迷宮で見かけるものと雰囲気は違うような気もする。
ソイツらは、巨躯を誇る猪の下半身を持ち、その上に戦士級オーク以上の上半身を持っていた。
――半豚人猪とでも呼称すればいいのか…
そんな考えが一瞬過る。
オークボアどもは、下半身の猪、上半身のオーク共々奇声を挙げ、一斉に動き出した。
〈餓狼〉の面子は油断なく身構えるも、ヤツらは拙い事に俺たちに向かっては来なかった。
オークボアどもは、大きく俺たちを迂回し、かなりの速度で神楽たちが撤退した方向へと駆けていく。
しかもその中の一体は、明らかに他の個体と違う気を纏い、強者の風格を持っている者がいた。
その事実に一瞬焦りはするが、どうする事も出来んと俺は切り捨てる。
なぜなら、現れた闇はそのまま維持され、強力な魔物が現れる気配があったからだ。
――族長級オーク。
自然とそう考えた。
既にいる族長級オーク一体だけでも、俺たちに死地と言うものを見せてくれるだろう。
にも関わらず、まだ出てきてくれそうな事に、俺の闘争本能が歓喜を挙げた。
現れたのは、やはりと言うべきか、二体の族長級オーク。
そして、見たこともないゴブリン種の取り巻きだった。
「カカカッ、面白そうだなぁ」
心の底から危機を楽しむ声が聞こえた。
――堅剛、お前は子供か? ウキウキしすぎなんだよ。
と、ツッコミを入れるが、俺も堅剛の事は言えん。
コレは決して女の前では言えんことだが、女を抱いている時以上の興奮が俺の体を支配しようとしている。最高の気分だ。
――あの新種のゴブリン、強そうだ。ユニーク個体って雰囲気じゃねぇーが、戦士長級オーク以上の圧力を感じるぜ。
通常のゴブより遥かに背が高く、痩せマッチョの新種ゴブリンを見て、そんな感想を抱きさらに観察を続ける。
――何だあの武装、ずいぶんイイもん持ってんじゃねぇーか。アァ、新種とは言え、ゴブの癖して生意気だぞ。業物級くらいか? さすがに良業物級はないか… それにしても、まあ、カラフルだなぁオイっ、迷宮でもありがちだが得意魔法属性の色なんだろうなぁ。ハハっ、おもしれー!
新種ゴブリンどもは、半数がこの場に残り、残り半分はやはり大きく迂回しオークボアたちを追って木々の中へ消えた。
――気配を消すのも中々に上手い。コレは楽しめそうだ。
そして三匹になった族長級オークだが――
右端にいるのは、元からいた族長級オーク。
謎の頭蓋骨を兜代わりに被り、謎の毛皮に身を包み、巨大なマサカリを武器としている。
コイツが手懐けている黒犬は、理究の真言を打ち破るほどの能力を持つ。ユニーク個体か… それとも、コイツも族長級ってヤツか? 分からん。とりあえず、黒犬リーダーって事でいいだろ。
左端にいる無手の族長級オークは、ローブなのか〈武僧〉の袈裟なのかよく分からんモノを着込んでいる。三匹の中では一番の軽装だ。
だがコイツは、不可思議な魔力を纏い、濃密な武の気配を感じさせる野郎だ。
後衛などでは有り得んだろうな。
そして真ん中に陣取った十文字槍を持つ族長級オーク。
多分… コイツが一番ヤバい。そんな気がする。
謎の毛皮に身を包んでいるだけではなく、これまた謎の鱗で補強された胴丸を着込んでいた。
適度に動き易そうではある。
そして、気になるのが、コイツの持つ槍の柄に薄らと幾つもの切れ目が入っていることだ。
予想以上の上物を前に俺の集中力が未だ嘗てないほど高まっているのか、普段なら見えなかったであろうその切れ目を発見してしまった。
結局俺は、それを多節棍のような槍と結論付け、戦闘のイメージを思い描いた。
そして戦いの火蓋は、黒犬リーダーの咆哮によって切られた。
黒犬リーダーの劈くような咆哮。
理究の真言を打ち破ったときより、遥かに喧しい音量に一瞬眉を潜め、注意を削がれてしまう。
――何ッ!?
その一瞬で黒犬リーダーの姿が消え、後方から仲間の苦痛が込められた叫びとヤツの気配が現れた。
――この一瞬で転移だと!?
「影からか!?」
勉の声と釘打ち銃を打ち続ける音がした。
――詔司〈魔道士〉 視点――
黒犬の咆哮が鳴り響くなか、いきなりソイツは現れた。
当の咆哮の主、黒犬だ。
通常の黒犬の三倍以上の巨躯にも関わらず、一瞬で現れ理究の腹を深く切り裂いた。
理究のヤツが、上半身と下半身の泣き別れにならずにすんだのは、ただの運としか言いようがない。たまたま、あの犬コロが目測を誤ったのだろう。
「影からか!?」
理究が血飛沫を上げ、錐揉み状態で吹き飛ばされるなか、それに気づいた勉が釘打ち銃のトリガーを引きまくるが、黒犬には当たらない。
まるで射線の未来位置が分かるかのように躍動し、俺に襲いかかってきた。
咄嗟に魔力障壁を貼るも強度が足らず、右腕を呑まれる形で、右肩と脇に獰猛な牙を突き立てられてしまった。
激痛が走り息が詰まるなか、意外と冷静に「ココからが勝負」と呟く俺がいた――
――堅剛〈破戒武僧〉 視点――
「影からか!?」
勉の声と釘打ち銃を撃つ音が耳に入ってきた。
どうやら、敵の攻撃を受けたらしが、残念ながら助けには行けない。
なぜなら俺の目の前に、族長級オークの〈槍使い〉が迫ってきたからだ。
――速い!
俺は素早く金剛呪を唱え、さらに気を練り上げ、硬気功で迎え撃つ。
〈槍使い〉の攻撃は、迷宮に住む下位竜種の牙を防いだ俺の防御を抜け、深くはないがそれでも無数の傷を付けていく。
――この〈槍使い〉とは相性が悪い。
そう思い他の面子を見やると、黒犬の飼い主のマサカリ殺法に襲われ、百地が手をこまねいていた。
――あの馬鹿、〈暗殺者〉が気取られて真っ向勝負挑まれてどうする! 拙い状況だが、今はまだ大きく動けん。我慢の時か。
俺は肉体を削られながらも忍耐強く、この戦いの潮流が変わるのをまった。
――剣持〈武者〉 視点――
堅剛が敵の〈槍使い〉と激突する頃、俺も〈武僧〉オークと激突した。
初手は〈武僧〉オークの抜き手だ。
ヤツは速射砲のように飛び込んできて俺の喉を狙う一撃を放った。
当然、そんなものを喰らってやる義理はなく、体をずらし抜き手の軌道から急所を外し、それと連動しヤツの道を太刀で払う。
――直撃する!
そう思った。そうとしか思えない状況だった。
だが、俺の刃がヤツの体に触れた瞬間、伝わる感触に違和感を覚えた。
その直後、俺の顔面に凄まじい衝撃。意識が消し飛びそうだった。
どうやら、顔面を蹴り飛ばされたらしい。
なんとか体勢を整え〈武僧〉オークを見ると、ヤツはどこも傷ついてなどいなかった。
――どういう事だ? 今、当たったはずっ。
分析する間も無く、二度目の激突。
俺は〈武僧〉オークに敢えて先手を取らせ、猛威を振るうヤツの連撃をさばく。
そして、その中の正拳突きを選び、ヤツの突き出した腕を目掛けて太刀を振るった。
完全に直撃コース。
俺は刹那の瞬間に、〈武僧〉オークの腕が宙を舞う未来を想像したが、実際ヤツの腕は太刀に弾き返されただけだった。
――コイツ、俺の太刀が通じんのか!
その驚愕が緊張となって体に伝わり、俺の反応を鈍らせる。
いつの間にか、俺の懐で身を沈めた〈武僧〉オークが、下から抉るような拳打を俺の腹に埋めた。
「ゴハァァっ!」
体から空気が一気に抜け、激痛が体を重くさせた。
俺の動きが止まるなか、〈武僧〉オークの流麗ともいえる連撃を一瞬の内に叩き込まれ、派手にブッ飛ばされてしまった。
――コイツは強い。いや、それ以上に相性悪すぎだぜ。
俺は刃が通らない〈武僧〉オークと対峙し、堅剛は自慢の防御を貫く〈槍使い〉と戦い、百地は格上相手に正面から真っ向勝負を挑まれている。
後方では、理究が重症で、勉は黒犬リーダーに弄ばれ苛立ちが募っていた。詔司は、今現在黒犬リーダーに右腕を呑まれた状態で、しかもヤツの牙は詔司の右肩と脇に食い込み、肉を引きちぎるかのように振り回されている。
そんな中、タイミングを合わせたかの様に、新種のゴブどもが俺たちに襲いかかってきた。
まさに絶体絶命と言ったところか。
だが、俺の顔に……いや〈餓狼〉班全員に張り付いていたのは恐怖でも恐れでもない。獰猛な笑みだった。
だってそうだろう?
ココからが本物の死線なんだぜ。
そしてこの死地こそが、俺たち〈餓狼〉が求めていたパラダイスだ――
「このぉ~戦闘狂どもがぁーっ!」と〈餓狼〉班のメンバー紹介を始めます。
『作者が設定を忘れない』という偉大な目的を兼ねているため、読者の皆様、どうかご協力をお願いいたします。
〈餓狼〉
剣持武士〈けんもちたけし〉
職業〈武者〉
所属〈学園・武芸科三年〉
〈餓狼〉班 リーダーにして前衛・言うまでもなく戦闘狂。
〈武者〉和風の武具なら何でも使い熟し、組み打ちなんかも得意な万能職。
ただし、盾を使うのだけは苦手。
後輩の前では、爽やかな先輩気取ることが多々ある。
しかし、よくボロをだす。気づいてないのは本人だけ。
なに気に神楽舞がお気に入り。
豪血寺堅剛〈ごうけつじけんごう〉
職業〈破戒武僧〉
所属〈学園・武芸科〉
〈餓狼〉班 撲殺僧侶にしてマッチョな肉の盾、勿論前衛
〈破戒武僧〉は戒律を犯した時に〈武僧〉から変化した。
どんな戒律を犯したかは、後に語られることになる……筈。
御仏に見捨てられる事こそなかったが、法力に関して放出技が使えなくなってしまった。哀れ堅剛w
だが、そのことにより、より己の肉体と御仏の慈悲に傾倒するようになった。
百地幻間〈ももちげんま〉
職業〈暗殺者〉
所属〈学園・武芸科〉
〈餓狼〉班 遊撃&暗殺担当 人呼んで必殺仕事人
リアル忍びの家系に生まれたのに〈忍〉に覚醒せず〈暗殺者〉に覚醒してしまったお方。それに対してコンプレックスとかは無い。リアリストだから。
刃隠忍〈はがくれしのぶ〉の事を認め一目置いている。
あと、危ない筋からの勧誘が後を絶たないことが悩み。
渡勉〈わたりつとむ〉
職業〈探索者〉
所属〈学園・武芸科〉
〈探索者〉は、特に迷宮内でその真価を発揮する職業で、索敵は勿論のこと、罠解除からお宝探しまでなんでもござれの〈斥候〉職。〈斥候職〉としての腕前は学園の中でもトップクラスなのだが、ライバル関係にある〈蒼き薔薇〉に二人ほど、自分とかぶり〈斥候〉の腕前が良いのがいる為、プライドが傷ついている。
特に刃隠舞〈はがくれまい〉には、強いコンプレックスを持っている。
賀茂詔司〈かもしょうじ〉
職業〈魔道士〉
所属〈学園・武芸科〉
魔法に強い憧れを持ち、その願望通りに〈魔道士〉に覚醒した経緯を持つ。
実は戦闘狂揃いの〈餓狼〉班においても、一・二を争うほど窮地で光る才能を持っているお方。
同じ〈餓狼〉班の理究〈りきゅう〉をライバル視しており、常に先を越されていると思い込んでいる。〈餓狼〉では誰もそんな事を思っていないが、それが賀茂詔司〈かもしょうじ〉の成長の原動力になっているのは明らかなので、誰も訂正などはしない。
千里理究〈せんりりきゅう〉
職業〈密教僧〉
所属〈学園・武芸科、真言系のお寺〉
〈密教僧〉は、御仏を信仰しその力を借りて、様々な現象を起こす職業。
高等部の生徒で明王系の呪を成功させることのできる少数派。実は肉体を鍛えたいと思っている。隠れ堅剛ファン。