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俺のLevel!  作者: aki
7/10

普通科? 太郎、初めての死線 前編

注)残酷・または現在の価値観に合わない表現があります。

  今回は、学生武芸者の葛藤を書きました。

  

「はっ…はぁ…はぁっ…拙いぞ」


 魔物の集団から命からがら逃げるさなか、先輩の誰かが怨嗟を吐き出すように呟いた。

 拙い状況なのは確かで、その発言には異論はないんだが、特にプランがないんだったら黙って走ってほしいと思う。

 唯でさえ疲れてんだから… それも、精神的にゴリゴリとだ。


 その理由は、先程から俺たちの撤退速度をコントロールする為か、黒犬〈ブラックドック〉どもが撤退する俺らの横腹にピッタリと張り付き、散発的に襲いかかって来るからだ。黒犬〈ブラックドック〉の攻撃は、言ってしまえば嫌がせ以外のなにものでもなく、決してガチンコで襲っては来ない。コッチが覚悟を決め、足を止めて本格的に戦おうとするとさっさと離れていってしまう。

 それが延々と繰り返されることによって、俺たちに疲労と苛立ちが蓄積され、少しずつ撤退コースも歪められていった。


 そして不気味なのが、族長級オークに率いられている筈の魔物の本隊だ。

 ヤツラも、俺たちの背後を一定の距離を開けて追ってくるのだが、時折、俺たちが黒犬〈ブラックドック〉の対応に手間取ると、一気に距離を詰めて俺たちを焦らせてくれる。

 当然、焦りが出ればケガも増えるのだが、黒犬〈ブラックドック〉が張り付きいつ襲ってくるかも分からない為、時間を掛けて治療も出来ない。はっきり言ってジリ貧の状態だ。ドコかで仕掛ける必要がある。



「また来るよっ!」


 〈くノ一〉先輩の危険を告げる声。

 始めは黒犬〈ブラックドック〉や烏〈レイブン〉の索敵に戸惑っていたが、今では慣れたもの。誰よりも早く索敵し、危険を知らせてくれる。頼りになる先輩だ。


 集団の右側面から突っ込んでくる黒犬〈ブラックドック〉どもの数は七。さっきまでより二匹増えてやがる。

 右側面は〈餓狼〉の担当で、彼らはすぐに足を止めず各々の武器を抜いただけだ。それは〈餓狼〉そして〈蒼き薔薇〉の〈魔法〉職の先輩方も同じで、速度を維持したまま詠唱を始める。


 俺たちが、足を止める気どころか速度を落とす気もないと判断した黒犬〈ブラックドック〉どもは、その疾走をさらに加速させ、陣の横腹を喰い破ろうとする。が――


「仏道に背く、虚ろなる者どもを縛れ…」


 一瞬早く、〈僧侶〉先輩の詠唱が完成。

 オーブ〈光の玉〉を無数に纏った幾つもの縄が、黒犬〈ブラックドック〉どもを追尾し一匹残らず縛り上げた。

 すかさず、〈餓狼〉の面子が身動きの取れなくなった黒犬〈ブラックドック〉に躍りかかる。

 危機が迫れば実体化を解き逃走を図る黒犬〈ブラックドック〉だが、今回は洩れなく血しぶきを上げ絶命していく。

 どうやら〈僧侶〉先輩の術は、黒犬〈ブラックドック〉の能力を封じる力があるらしい。

 だが「ようやく鬱憤を晴らせる」と喜ぶ暇もなく「走るぞ!」と室山巡査の檄が飛び、俺たちは休む暇もなく走り始めた。




 煮え湯を飲まされ続けた黒犬〈ブラックドック〉に一矢報いたものの、その後、何度かの魔物の襲撃を受け、俺たちは完全に撤退コースから外れてしまった。


「撒けたか。敵本隊は、そこまで足は早くないようだな…」


 安堵が滲み出ている室山巡査の言葉は、ココにいるもの全員の気持ち代弁している。

 俺たちは、敵本隊を撒いた後に見つけた天然洞窟で身を隠し、ようやくの休息にありついていた…


 ハァ……空気重っ……

 そんなんじゃ疲れはとれませんよ。

 俺はお得意の自然の音を利用したヒーリングに、少し皆とは離れた場所で一人勤しむ。洞窟を通り抜ける風の反響など、心を落ち着かせ、体の疲れを癒すには丁度いい。


 暫くして、一人自然に癒される俺に静かに近づく存在が――


「フフ… 君、感がいいね」


 話しかけてきたのは〈くノ一〉先輩。

 何度もいうが、忍装束のスリットが悩ましい〈くノ一〉先輩だ。


「こんなに静かな足音は〈くノ一〉先輩だけですよ」

「そう… 音は出していないつもりだったけど、コレに気づくの…」


「はい。それに、この狭い空間にこれだけの近い距離ですから…」

「ふぅん… だけど山田君。だからと言って、普通それだけでは気づけないよ。あと、なに? その〈くノ一〉先輩っていうの?」


 〈くノ一〉先輩の疑問に俺は苦笑いで返すしかない。だって名前知らないし。

 

「仕方のないコね。私の名は刃隠忍〈はがくれしのぶ〉。覚えておくように」


 〈くノ一〉先輩改め刃隠先輩は、そう言って俺のデコを白い指先でつつくと、そうすることが自然といった風情で、俺の隣へと腰を下ろした。

 俺にとって、刃隠先輩の行動はまったく予期していなかったもので、緊張で心音が早くなる。嫌な緊張ではないけど、「せっかく自然のヒーリングで癒されていたのに…」という思いも、無きにしも非ず。


「フフ… 邪魔したようね」

「そんな事はないですよ」


「……プッ。顔に出てる。ばればれよ」


 とくに悪びれもせず何で分かったのかと尋ねると、刃隠先輩は「男子の嘘はみーんな下手」と、笑って切って捨てた。俺は正直、「笑って言い切られるほど下手なのか…」と呆然としてしまった。結構ダメージはデカかったようだ。

 そのあと先輩は「こらこら落ち込まない。男子の嘘なんて下手だからこそ可愛げがあるんでしょ」と慰めにならない教えを授けてくれた。


「ま、君を弄るのはコレくらいにして…」


 弄りだったんかいっ!


「君の隣が一番安らげそうだったから、君の側に来たのよ」


 そう言って先輩は艶然と哂う。魔性の笑みだった。

 俺は憮然として「そうですか、まだ弄り足りないんですか」と不貞腐れた。


「フフフ… 怒らない♪ 不貞腐れない♪ 別に色っぽい意味じゃなくてね。私には君が、とてもリラックスしているように見えたの。まるで、森にピクニックに出かけたついでに、森林浴で癒されているような。おかしな事を言っているなと思うかもしれないけど、私にはそう感じられたから… だから、君がどうしてそうなっているのかを知りたくて近づいたのよ」


 女子の感は… いや先輩の感は鋭いといったところか。

 さらに先輩は――


「重い空気の中で時間を過ごして、中途半端に心と体を休めて洞窟を出たとしても、いい未来が待っているようには思えない。お先真っ暗よ。せっかく今まで、皆で上手くやってこれたのに…」


 先輩の言葉には、これからへの悲嘆が込められていた。

 体や声音が震えるなどといった怯えは見せないまでも、言葉に滲むそれは隠せないようだ。

 俺も不安はあるが、本気で心配すべきは自分の身一つで、ある意味割り切った感がある。この場に、俺が命をかけてでも守りたい人間はいない。その分、気持ちは楽だ。

 だが先輩は〈蒼き薔薇〉で中等部時代からの仲間の命を半ば背負っている。勿論、それは先輩だけではなく、他の〈蒼き薔薇〉の面子も同じだろうが… 積み重ねたものが多い分、不安も大きいのだろう。


 まだ俺には実感の伴わない話しだ。

 キョーコやタクロー、それに委員長あたりがヤバい状況にでもなれば、俺もこうなってしまうのだろうか… 先輩にかけるべき言葉が俺の中にはなかった。だから――


「先輩、〈くノ一〉って五感が優れてましたよね」

「ええ、そうだけど…」


「リラックスの仕方、教えますよ」


 今の俺が先輩にしてあげられる事は、こんな些細なことだけだ。

 方法論は、心を落ち着かせ耳を澄ませること。そして、心地よく感じる音だけを拾い、体の中に響かせるようイメージする。それだけ。

 先輩は俺の話す言葉をただ静かに聴いて、そっと瞼を閉じた。

 強い不安を抱えた状態、しかも薄暗い洞窟の中で、心地よい音だけを拾うというのは難しいらしく、最初は苦戦していた先輩だったが、徐々に慣れ落ち着いた雰囲気が先輩の周りを纏うようになった。

 どうやら上手くいったらしい。

 先輩の口の端に笑みが薄らと浮かび、表情が和らいだようだ。

 しばらく、俺と先輩の周りにゆっくりとした時間が流れ、二人の心と体の疲労を大きく和らげた。



「みんな集まってくれ」


 室山巡査が皆に呼びかけた。離れた場所にいた面子を集めるためだ。

 俺と刃隠先輩もヒーリングを中断させ、巡査の元へ行かなければならないのだが――


「こら… 太郎、先に立ち上がったんだったら、女性には手を差し伸べるものよ」


 そんな事を言われた。

 いきなり「太郎」と名前で呼ばれ面食らった感もあるけど、悪い気はしない。


「はは、そうですね。では、先輩。どうぞ」


 先輩は俺の手を取り、すっと立ち上がった。

 決して疲労は抜けきってなどいないだろう。だけど、先輩の表情はどこかすっきりした様子で、それは間近で見ている俺を安心させるものだった。

 二人は軽快とまではいかないものの、確かな足取りで巡査の元へと向かった。



「みんな集まったな。さて、これからどう動くかだが…」


 室山巡査が切り出した。一同にピリっとした緊張が走る。

 巡査いわくこの洞窟の外は、すでに敵の勢力圏内に陥ってるとのことだ。〈蒼き薔薇〉班の〈呪禁道士〉先輩いわく、〈魔道〉の類を用いた通信手段が使えない状態らしい。さらに不味い事に、それ以外にも探知魔法の類が掛けられているとのことだ。

 コレ、詰んでね? 洞窟出た瞬間、敵にサーチANDデストロイされるじゃねぇーか!

 先輩方も俺と同じ想像をしたのか、苦り切った表情を浮かべている。


「参ったな。コレが本物の死闘というものか…」


 剣持先輩が愚痴る。

 でも、どういう意味それ? 先輩方は今まで散々死闘を潜り抜けてきたんじゃないのか?


「ん? ああ、不思議か山田。俺たち〈餓狼〉も、そして〈蒼き薔薇〉も主に迷宮攻略をメインに活動してきた。勿論、星人やESP犯罪者と殺りあったことだってあるさ。だけどな、どれもこれもある程度、戦場を選べるんだよ、実際な。迷宮なら安全マージンを取って階層を進めばいいし、星人やESP犯罪者との戦いなら、前もって情報をかき集めた後、コチラのタイミングで叩けばいい。だけど、今回の敵はコチラに戦場を選ばせてくれない相手だ。しかも、ロクな情報がない。正直な話し、ここまで不利な条件での戦いというのは経験がない」


 剣持先輩の語りを否定するものは〈餓狼〉にも〈蒼き薔薇〉にもいなかった。


「警察の山岳警備も似たようなものだ。あのレベルの統率された集団と正面から戦えるのかと言えば疑問だな。どうしたってJDF〈防衛軍〉の山岳部隊の力がいる。問題はいつ連中がこの地域に帰ってくるのか……だな」

「そうですね… 学園や町のこと。不安は尽きないですが、まずは私たちが生き残ることを考えないといけませんね」

「だが、アレはもはや魔物の軍と言っていいレベルだぞ。ただの武装集団というレベルを超えている! その情報は伝えなくていいのか!」


 巡査と神楽先輩は、自力対応を諦めてる感じだな。〈餓狼〉の確か……〈探索者〉先輩は吠えてる。けどさ、どうやって学園なり、警察署なりまで駆け込むつもりだ。それとも〈探索者〉先輩くらいになると、単独なら可能なのか?


「無理よ」


 無理か…

 神楽先輩の速攻のダメ出し。


「だが、誰かがっ――」

「『誰かが』? 〈斥候〉職の貴方がこの時点で名乗り出れないのなら、『誰か』にそれを求めるのは止めなさいっ! 言っておくけど〈蒼き薔薇〉からは、貴方の言う『誰か』は出さない」


 神楽先輩にばっさり切られ、顔を歪める〈探索者〉先輩。その視線の先には……神楽先輩ではなく刃隠先輩がいた。

 なるほど、確かに敵を察知する能力は高かったな。

 で、当の刃隠先輩と言えば、どこ吹く風といった様子で余裕な感じ。…あっ、ウィンクしていきた。似合ってますよ。先輩。

 さらに、神楽先輩が続ける――


「剣持君も言っていたけど、私たちが挙げてきた成果というのは、徹底して戦いを選んできた結果なのよ。未知の領域を情報も録にないままに、独力で踏破する力は私たちにはないの! 魔物と好戦的に戦ってきた貴方たち〈餓狼〉だって、未知の領域で手当たり次第に魔物と交戦してきたわけじゃないでしょう! 」


 神楽先輩の剣幕に、一旦静まり返る一同。誰も話し出そうとはしない。美人の怒りは絵になり過ぎてて迫力がある。

 そこで、大人の責務なのか、苦笑しつつも室山巡査が話を始めた。


「まず初めに、この中から『誰か』を情報を伝えるために、敵勢力圏内を突き抜けろと送り出す気はない。そもそも、あれだけの勢力がいま活発に動いているのなら、確実に魔素濃度の分布の変化が観測せれているだろう。少なくとも、私たちが危険を冒し『誰か』が情報を伝えるまでもなく、何者かの一定の勢力が活動してると認識されている筈だ。警戒報も既に出ているだろう。後は、各自治体の対応に任せてしまえばいい。君たち学生が背負い込む必要はない」


 再びの沈黙。

 顔に浮かべた感情は人それぞれだ。

 明らかに「ホッ」とした表情を浮かべている先輩方には賛同する。俺も好き好んで死にたいわけじゃないしな。

 悔しがっている先輩方には賛同は出来ないまでも、全くその気持ちが分からないって事でもない。

 普段、武芸科の生徒ってのは、〈臣民の盾〉としての教育を受けている連中だ。学生ながら非戦闘員保護義務なんてものを課せられている。

 ウチのクラスの武芸科弱小班の連中ですら、嫌だ嫌だとは口では言いながらも〈臣民の盾〉としての意識を持っている。俺より弱いヤツですら、魔物が出たときは俺の前に立って戦うくらいにはな。

 ましてや先輩方は、学園のトップエリートだ。その意識は、ウチのクラスの武芸科連中より、遥かに高いということくらい簡単に想像できた。


「次に、この場を引き払いドコへ避難するかだが… 私は共生派の里を目指そうと考えている」


 意見を求めると言うよりも、決定事項を伝えるといった感じだな。

 でも、悪くないんじゃない。

 俺もたまに、共生派の里を訪ねたりするけど、住んでるヤツラは悪い連中じゃない。それにヤツラなら、いざとなったら一緒に戦ってくれそうだしね。


「…共生派か」

「受け入れてくれるかしら。最悪、魔物を引っ張っていくことになるのだし…」


 剣持先輩や神楽先輩は不安が先立つようだ。


「協定は遵守している里だ。一旦入ってしまえば、協定に準じた行動を取ってくれる筈だ」


 俺以外の先輩方一同は、「ノリ気じゃないが仕方がない」と煮え切らない様子。

 何がそんなに不満なのか先輩方は。俺なんかそこに、友だちとか知り合いが結構いるんだけど…


「室山巡査」

「なんだ? 山田太郎」


「室山巡査が行こうとしている共生派の集落って、ターコイズさんの所ですよね?」

「知っているのか?」


「はい。たまに遊びに行くんですけど、悪い人たちじゃないですよ」

「……たまに遊びに行くのか」


「それに強い魔物に追っかけられた時、何回か助けて貰ったことあるんスよね」

「ほう? だが、今回ほど大きな規模の魔物の集団ではないだろう?」


「まあ、そうなんスけど… でも、助けを求めてきた人を見捨てるような人たちじゃないっスよ」

「そうか…」


 室山巡査は、覚悟を決めたと言わんばかりに、深く頷いた。

 先輩方といえば、怖々と俺と巡査を見つめているが……


 共生派と関わっていることが、そんなに変わったことか?

 ウチの村じゃ結構いるぞ、そんなヤツ。キョーコなんて、〈共生派里巡り〉なんてランニングメニューで自主練してんだぞ。

 全く… 偏見はイカンよ。


「ヨシっ。やるべき事は決まった。この場所が敵に発覚する前に移動する。準備始めっ」


 巡査の号令のもと行動へ移る。

 洞窟の外は、〈僧侶〉先輩や〈呪禁道士〉先輩がかけた結界の中じゃない。洞窟を一歩外にでれば、蛮族オークどもに索敵されてしまうだろう。

 おそらく、共生派の里までノンストップだ。逃げきれなければ、男の俺は間違いなく死ぬだろうし、女の先輩方は死ぬより悲惨な目に遭うかも知れない。

 俺たちが立たされているのは、人生の岐路と言うヤツだと思う。



「蹴散らせっ!」


 やはりと言うべきか、天然洞窟を出た瞬間、補足された俺たちは、黒犬〈ブラックドック〉に纏わりつかれ、そこを戦士級ゴブや戦士級コボルトの強襲を受けた。


 〈戦士級〉の魔物というものは、集団行動などの連携はさほどでもないが個体の能力に優れている。俺たち人間の〈職業〉覚醒者、〈戦士〉と大差がない。体内に取り込んだ〈魔素〉を気〈オーラ〉に変換し、とてつもない力を発揮してくる場合がある。


「ギギィィッ!」


 今も、刃物に気〈オーラ〉を纏わせる技、闘気剣〈オーラブレード〉を使い攻撃を仕掛けてきた。


「あらよっと…」


 俺はヒョイっと余裕をもってかわし、剣鉈で戦士級ゴブの首をを刈る。

 闘気剣〈オーラブレード〉の使い手相手にギリギリの見極めでかわす事は御法度だ。気〈オーラ〉を刃状に変え、間合いをちょろまかしてくるからな。

 そして、気〈オーラ〉は防御にも使えるが、今回の俺の武器は業物の剣鉈、敵の何にも守られていない首を切り裂くことに何の問題もなかった。

 戦士級ゴブは、首から血飛沫を上げゆっくりと倒れていく。楽勝。


「見えているのかっ」


 剣持先輩が俺に聞く。おそらく「気〈オーラ〉が見えているのか?」と言う意味だろう。その答えは、微ミョーにイエスだ。正確には「すごく嫌なかんじがする」が正解だ。


「微ミョーですけどね」

「十分っ!」


 どういう訳か、元気付いた剣持先輩が近づいては袈裟懸けに近づきすぎてはブン投げてと、戦士級のゴブANDコボルト相手に無双し始めた。

 素手だろが武器だろうが、高い戦闘能力を発揮する〈武者〉の無双モード。はっきり言って大歓迎だ。

俺たちは、剣持先輩に続けと魔物どもに躍りかかった。

 

 やっぱ、剣持先輩、神楽先輩、刃隠先輩の三人は、戦闘能力という点において別格だな。

 ゴブやコボルトといえ、戦士級をものともしていない。剣持先輩にいたっては、敵の闘気剣〈オーラブレード〉で傷を負うことがなく、たまに鷲掴みにしてそのままへし折っている。


 このまま行けるぞと誰もが思ったとき、ソイツらが現れた――



 ぞわっ……


 いままで感じたことのない悪寒が背筋を走り、頭の中で警鐘が鳴り響く。


 ド! ド!


 鈍い音がした。

 しかも、俺の近くで。

 

 何の音なのかは分からない。

 確認したい気持ちはやまやまなんだが、生い茂った緑の奥に、いつの間にか発生していた闇から俺は目が離せない。「離してしまえば、死んでしまう」と、なぜか俺はそう考えていた。


 何かから空気が抜けるような音が聞こえ、近くから血の匂いが漂ってくる。

 ゴブやコボルトの血の匂いではない事が、俺をひどく惑わせた。


「コレは、想定以上ね…」

「ええ…」


 刃隠先輩と神楽先輩の会話が聞こえてきた。二人の声色には、緊張・不安・怯えが3:3:4くらいの割合でブレンドされている。

 闇に向かって油断なく構え、臨戦態勢ではいる二人だが、心は実力を発揮できる状態にはない。ヤル気漲っているのは、剣持先輩と剣持先輩率いる〈餓狼〉の前衛のみだ。


 そして――


 闇から現れたモノは、俺が蛮族オークと思っていた個体、族長級オークだった。愛犬の黒犬〈ブラックドック〉もいる。よく見ると、他の個体より一際デカく、毛並みもやたらと艶ってる。「まさか、ボス犬じゃねぇーだろうな?」と俺が疑うなか、さらに闇からは蛮族スタイルのオークどもが現れた。


「〈蒼き薔薇〉、撤退しろ!」


 巡査ではなく、剣持先輩が有無を言わせない厳しい口調でいった。

 神楽先輩は一瞬目を剥き剣持先輩を睨みつけたが、唇を一度噛み締めた後、背後の〈蒼き薔薇〉の面子に向かってハンドサインを出すと、刃隠先輩と目線で合図を交わした。


 緊急時――

 絶対的に勝てない相手と出会ってしまった場合、武芸者男子は武芸者女子〈または民間人〉を逃がす為のあらゆる手段を講じなければならない。

 なぜならば、優秀な武芸者女子を母胎とする子供は、基礎的な能力値が高くレベルアップ時の能力向上値も高いと科学的に証明されているからだ。

 男子には過酷なルールだが、成功し生きて帰れれば極めて名誉なことであり、特典もてんこ盛りでつくが…

 今がその時か。


「山田、お前もだ。道詳しいんだろ? 女子をエスコートしろ」


 俺も逃げていいらしい。戦力外だからか。


「山田、言っておくが逃げろとは言ってないからな。エスコートしろだ」


 釘を刺された。いや、刺されなくても置いて逃げたりはしませんよ?


「神楽、〈餓狼〉が仕掛けたタイミングが逃げ時だ」

「分かった。剣持… ご武運を…」


「オウっ、任せろ」



 二人の会話が終わり、一拍の間。

 〈餓狼〉が仕掛けた――


 俺たちと蛮族オークの間に、視界を遮る煙幕が発生した。しかも、薬品的なものと魔術的なのもも二種類だ。

 辺りに、オークやゴブリンが嫌うと言われる異様な匂いが広がり、さらに〈魔道士〉の魔法が煙幕の向こう側へ飛んでいった。


 〈蒼き薔薇〉は予定通りに撤退を始め、駆け出そうとしている。

 俺もその後ろを追走しようと振り返ると、血の匂いの正体が目に飛び込んできた。

 それは、室山巡査とその後ろにいた〈蒼き薔薇〉の〈僧侶〉先輩だった。

 元凶は二本の黒い槍のようなもので、室山巡査を貫通し、背後にいた〈もしくは、室山巡査に庇われた〉〈僧侶〉先輩をも貫いていた。

 〈蒼き薔薇〉の面子は誰も〈僧侶〉先輩を見ない。〈僧侶〉先輩は、室山巡査のように死んではいない筈なのに、助けも求めず死んだかのように俯いていた。

 

 〈僧侶〉先輩を助けている暇がないって事か。

 〈僧侶〉先輩も仲間の撤退の邪魔になるから救援を求めない。


 くそったれっ…


 俺は、〈僧侶〉先輩の横を通り過ぎる瞬間、剣鉈を抜き、巡査と〈僧侶〉先輩を縫い止めていた槍を目掛け一閃した。

 ダメで元々。出来なかったら諦める。

 そんな考えの元に放った一撃は、「キィン!」と甲高い音を立て、黒い槍を断ち切った。


 俺は、そのまま強引に〈僧侶〉先輩を小脇に抱え駆け出す。

 

 少しだけ後ろを探ると〈餓狼〉の何人かが俺を見て「ニヤリ」と口元を笑みで歪めていた。


「女子は最後までエスコートするんだろ、先輩?」


 俺は今度こそトップスピードに乗り、木々生い茂る中を疾走した……

 


 次回へ続く。




『俺のLevel!』で初の殉職者が…


 室山岩男♂(32)

 職業覚醒者:Type〈山伏〉

 職業 山岳警備隊(山のお巡りさん) 階級:巡査

 妻子あり。


 覚醒した職業〈山伏〉は、山岳行動に特化した〈武僧〉に近い存在。

 山から得た力で仲間をサポートが本来の姿。

 実は彼と山の中で行動を共にするだけで、サポートが受けられる。

 条件は〈山伏〉が共に行動する者として認めること。

 サポート切れちゃったことに主人公たちは何時気づくのだろうか?

 ちなみに、〈僧侶〉先輩を庇ったのは、未熟児で生まれた自分の娘と小柄な〈僧侶〉先輩を被らせてしまっ為。


 作者の書くファンタジー小説の特徴は、オーク系は結構強いため、死人がよく出ます。

 今後共、ご注意を。

 以上、マイナーキャラの設定集でした。






 

 

 

 

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