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Sweet Chocolate.  作者: 勉強から全力で逃亡したかったので、訳あって小説を書く事 を決意した人達。
本編
9/10

生と死と愛

『それはなんですか?』

 私は、博士に問いかける。

 私の(マイク)から発せられる音を博士は、無機質な声、と形容していた。

「これかい? これはチョコレートというものだよ」

《文脈解析開始…………終了。脳内辞書(ライブラリー)に存在しない単語アリ。キーワード”チョコレート”。インターネットへの接続を開始…………完了。単語検索キーワード”チョコレート”…………参照中…………完了》

『それはカカオ豆から出来る甘くて栄養価が高く、高カロリーであり、黒い食べ物の事ですね?』

 私の視線(カメラ)から映し出されるのは、頭を掻く博士の姿だった。その手には”チョコレート”であろう黒い塊が握られている。

「んん。10秒か。ネット検索を使ったのかい?」

《文脈解析開始…………終了》

『はい、博士』

「インターネットへの接続が滞りが無かったか。だが、まだまだ改良の余地があるな」

《文脈解析開始…………終了》

『よろしくお願いします』

「ああ、任せろよ」

 博士は私が保存されている(パソコン)に、新たな私作り(プログラミング)を始めた。








『博士は、その”チョコレート”を沢山食べますね』

 ある時私は、博士に”チョコレート”について尋ねてみた。

「あぁ。チョコレートは栄養価が高いからね。余り食事を摂る機会が少ないから、ありがたいんだよ」

《文脈解析開始……終了》

『ですが643日前から取り過ぎは体に危険とお伝えしたはずでは?』

「そんな昔の事は忘れた。それこそ数年前から僕は君に博士と呼ぶのは止めてくれと言ってるじゃないか。僕はまだ20代だよ?」

《文脈解析開始……終了》

『後431日でオジサンの世界に入りますが』

「言うようになったじゃないか」

 博士は笑った。








「何か喋ってみてくれ」

『ん。はい。博士』

 博士は私作り(プログラミング)に一段落付いたようだ。

「今回のアップデートで受け応えまでの速度が格段に上がったな。それに加えて、言語能力の人間化にも近付いた訳だ。まだまだ無機質な声だがな」

『そう思うなら、さっさと作り上げて下さい』

「頑張るよ。次から性格(データーベース)私作り(プログラミング)から君の体作りに取り掛かるよ」

『美形にしないと、承知しませんからね』

「善処するよ」

 博士は笑った。

『それは逃げの言葉だと人間では言われています。すると言ってください』

「なんだか君をアップデートする度に僕への扱いが酷くなったりしてる気がするんだが」

『気のせいでしょう』

 そう言うと、博士はまた笑った。







 私は体を作っている博士に注目する。

『博士』

「んー?」

『博士が食べてる”チョコレート”は甘いんでしょうね』

「あぁ、甘いよ。ビターは嫌いだからな」

『そうですか』

「そうですよ」

 ……。

『博士』

「んー?」

『今は”夏”なんですね』

「そうだな。チョコが溶けちまうわ」

『そうですか』

「そうですよ」

『博士』

「んー?」

『”甘い”ってなんでしょう』

「んー……」

 博士は開発の手をとめて、ゆっくりと椅子の背もたれに倒れこんだ。

「そうだな。思わず微笑みたくなるようなものかな?」

『私にはまだ、顔がありません』

「分かってるよ。それを今作ってるんだから」

『……』

「どうかしたか?」

『いえ、何も』

「そうか……」










 この日、私は本体(PC)から切り離して、私の体に意識を移す作業の最終段階に入っていた。

《……インストール中……33%……66%……99%……完了》

「……ど、どうだ? 上手くいったか?」

 恐る恐るといった感じの博士の声聞こえた。それは、いつもより近くで聞こえた。

『はい。問題無いようですね』

 頭に装着されている(アイカメラ)で全身を確認する。やや不恰好であるが、人型を保っている。ただ、両手は開発中らしくまだ装着はされていない。

 振り返ると私が今までいた(と思われる)パソコンがあった。その画面には『エラー』と表示されていた。

 ドッと音が聞こえたので、そちらの方向へ首を向ける。

 首を動かす。体を博士へ向ける。どれもパソコンの檻の中では出来なかった行為だ。だからか、なんだかその行為が嬉しかった。

 博士は椅子に深く座り込み、四肢を投げ出した。

『博士?』

「実はこれに失敗すると、データが消える可能性があったんだが」

『マジですか』

 これは追求すべき事柄である。

『私を殺す気だったんですか?』

「そんなつもりは無かったんだが、その可能性も否定出来なかった。まぁ、うまくいったから問題ないZE☆」

 『ぜ』の部分が、凄く嫌みに聞こえる。

 私は強く足を踏みしめた。

『成る程。これが殺意というものですね』

「ちょっと待って!」












 その日、私は博士に連れられて初めて研究室以外の場所……外へ出た。

『博士。これが”空”なんですね!』

「そうだ。これが空だな」

『本当に青いんですね! それに周りは緑でいっぱい! 博士、これは”木”ですか!』

「木、でも間違いではないが、正確には森だろうな」

『”森”ですか。へぇ、初めて見ました!』

 はしゃぐ私を見て、博士は納得のいくような目で見ていた。

『博士? どうかしましたか?』

「いや、な。僕が君の初期プログラムが完成した時、初めて言った言葉を思い出しててな」

 私が初めて博士に言った言葉。それは人間で言えば数十年も昔のことだが、私は昨日のように思い出せる。

『”人間にしてください”……ですね』

「あぁ、そうとも」

 博士は髭を撫でて空を見上げながら、恥ずかしそうに笑った。

「私はそもそも君をこんな風に作るつもりは毛頭無かったのだよ。本当は学会で私を馬鹿にした連中を殺す……そんなロボットを作るつもりだったのになぁ」

 私は博士の望んでいない事をしてしまったのだろうか?

『すみませんでした』

「いや、気にするな。君との生活はなかなか楽しいよ。もし、あの君の言葉を誤って扱っておったら、今の楽しい生活などない。君が一歩人間へ近付く度に、私は嬉しいのだから」

『……』

 空を仰げば青く、周りを見渡せば緑だった。

 美しい。この世界には、これ以上に美しい世界があるのだろう。

『博士』

「なんだ?」

 私は、頬を上げた。恐らく、これが微笑む時の顔だろう。

『私が完成したら、世界を旅しましょう。素敵な世界を二人で見てに周りましょ!』

「あ、あぁ。そうだな……」

 博士は涙を零した。

『博士? 私、何か悲しませるような事を言いましたか?』

「違う」

 博士は私に歩み寄って来る。

「違うんだ」

 そのまま私を抱きとめる。

「嬉しいんだ。たまらなく」

 その日は日が暮れるまで、外で博士と空を見上げた。










 私は最近、心の中で決めた事がある。

 完成したら、『博士の娘』になることを。

『博士。大丈夫ですか?』

「おぉ。全く問題ないぞ。それより、両手の調子はどうだね?」

『ええ。良好と言えます。今のところ、不自由もしてないですし』

「そうかそうか。問題ないか。ところで、チョコレートは?」

 実は両手を使えるようになってから、チョコレートを持ってきたり、掃除をしたりと雑務をこなしていたのだ。

『今日はありません。その代わり、私が手料理を振舞っちゃいます!』

「えー……」

『露骨ですね。傷付きました。乙女のガラスのハートに』

「金属製じゃい」

『張り倒すぞ、クソジジイ』

 目の前に料理を丁寧に並べていく。

『今まで調理場などに入ったことはなかったのですが、ほとんどインスタント商品じゃないですか』

「だって、わし。料理出来ないし」

『ってことで、私が作ってあげました』

「毒……入っとらんな?」

『さっさと食え!』

 いやいや言う博士の口に料理を押し込む。まるで子供のようだ。

「んん? 普通に上手いな」

『何を期待していんたんですか……』

「いや、てっきりドジっ娘キャラだと」

『博士。その歳でその発言はただのセクハラです』

「……」

 そのまま黙々と食事は進む。

「ワシ、とうとう『博士』が似合う歳になってしまったのぅ……」

『先程の発言で思った事がそれですか』

「いや、だって……」

 頭の中で最適の返答を探す。

 そして。

 感慨深くなっている博士に、親指を立てた。

『どんまい』

「どこから出てきたんじゃ、その言葉」

 呆れ顔になっている。

『どうですか? 私作り(プログラミング)は』

「ううん。難しいもんじゃな。人を作る事がこれ程難しいとは」

 博士は食べ終えた後、直ぐに計測データとにらみ合いをし始めた。

 そんな博士の姿を見て、微笑む。

 実はインターネットでとある情報を見つけてきたのだ。

 ”バレンタインデー”と呼ばれるチョコレートを使ったイベントらしい。

 だが、それを渡すには”愛”が必要不可欠らしい。

 それに”愛”があれば、仕上がったチョコレートが数倍も美味しくなるらしい。

 ”愛”はまだ、分からない。

 だが、いずれ分かる。

『待ってて下さいね、博士』

 私は博士に聞こえないくらいの声で呟いた。











 それから更に年が経った。

 私は博士から私作り(プログラミング)を習い、今では一人で私作り(プログラミング)をしている。博士は現在、ベッドで寝ている。

 私は不眠不休で自分の私作り(プログラミング)を続けた。

 もともとロボットである私に、寝る必要が無いのだけれど。

『ラスト一行』

 ”人間”の子供でも”愛”を知るのに十数年かかると言われているのだから、これも仕方ない事なのかも知れない。

 ただ、”人間”に似ている事が嬉しかった。

 しかし、これ以上私作り(プログラミング)に時間をかける訳にはいかなかった。今日を逃せば、この日が来るのはまた一年後になってしまう。

『出来た』

 口から笑みが零れる。

 早速、ケーブルを私の頭に接続して、データをDL(ダウンロード)をする。

 私自身が作り上げた、プログラム。これが私が学んだ”愛”。

《……インストール中……33%……66%……99%……完了》

 ドッと、鼓動がした気がした。

 頭の中に凄い量のデータが流れ込んで、溢れ返っている。

「これが……”人間”」

 前までの声が”無機質”であることを理解した。そして今は……

「これが、人間の声!」

 輝く程美しい、機械ではない声。

 これが私の声。

「いけない。博士を待たせているんだった!」

 早くチョコレートを作りたい。作って、食べて貰いたい。そして、本当の博士の”娘”になりたい。

 手早く冷蔵庫に向かい、チョコレートを溶かし込む。

 丁寧に丁寧に混ぜ合わせて、ドロドロになった所で型に流し込む。

「あ、痛ッ」

 突然、頭痛がした。

「何……なんなの!?」

 頭の中を高速で流れ込んでくる膨大なデータ。

「あ、ぐっ……」

《幸edhr12せ早32gくf会j4いiチ4whdaョコhru884レeah;i6ートh;iugs5たいesまktだ:o早rhs3jく娘86iかな.98pにy.h6》

 ”幸せ”な感情と共に流れ込んで来るのは、”不安”だった。

《ロeeu75,uボ80/ッ-[トのe5,娘w533,は/嫌\\かも_:し;れuなq324tidい,》

「頭……痛い……」

 ”不安”がやがて”恐怖”となり、”絶望”へと変わる。

《嫌wq346nわれ568,るか,も.し64,れ7qbないも67,う5話900を/7-し;.て^8.くれ5e4な7 2bvいか57もm30:56 2065し8/れな50/い》

 どれだけ地面を転がりまわった事だろう。

 頭痛に耐えながら震える手で起き上がり、型にはめたチョコレートが固まっていた。ハートのチョコレート。

「はか……せ……」

 痛む頭を押さえながら、博士の部屋へと向かった。

 今まで何度も向かった、いつもと変わらぬ通り道なのに、足取りは重く、”心”は行きたくないと拒絶していた。

《博423士m56.pに@8/会えwerるtym,8.博yw5b士m67に嫌p89わwれ4るwcqかqcxも4し5nm3れな.42435nいい7や,4博mhtrg士なsgらuでm6も8o博士.だ7,っomi6ybて34vq人c間xrq436nmの,8娘./がい@-:0.;9い,n7に6b……》

意を決して、扉を開ける。

「”お父さん”」

 そう呼んで。













 何が起きたか分からなかった。

 全てのデータがとまり、全ての演算が出来なくなった。

「はか……せ……?」

 ベッドに横たわっていたのは。

「はかせーーーーー!!!」

 真っ白になった冷たくなった博士だった。

 視線の片隅で年月を問い合わせてみると、前に日付を確認した時から数十年が経っていた事になる。

「はかせ!? はかせ! はかせはかせはかせはかせはかせはかせはかせはかせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 泣き叫ぶと同時に、頭の中にこれまでの比にならないような量の数値が頭に溢れる。

「がッ……」

 耳鳴りに近い音が聞こえる。それは空耳ではなかった。

 頭の中が高速演算に耐え切れられずに、熱によって溶けかけているのだ。

「ぐがッ、ごげッ……」

 どうしようもない頭。

「はがぜ……。ダメでじだ。わだじ、人間なんがになれまぜんでじだ」

 キュィィィィィィン、と頭の中の音が大きくなる。

「ロボッドごとぎがにんげんになりだいなんでおごがまじいごどをがんがえでずびばぜんでじだ」

 ……私は……博士の娘に……なれなかった。

「がぎごッ……」

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。何も考えられないくらい、何かを考えてしまう。

 エラーが数千も立ち上がり、コードがバグで埋め尽くされそうになったその時、頭の上に一通の手紙が落ちてきた。

「ごれば……!?」

 それは……博士からの手紙だった。

 死の間際に書き残したものだった。

 それを一文字読む度に、頭の中を喰らい尽くすバグが消えていく。

《博423士m56.p》

 一行読む度に、エラーが減っていく。

《博士》

「はかせ……」

 手紙を読み終える。

「はかせ……ありがとう」

 手紙の最後には、こう締めくくられていた。



『最愛なる娘へ。偉大な父より』



 自分の目から、何かが手のひらに零れている事に気がついた。

「これが、喜びの……なみ、だ?」

 頭を埋め尽くしたバグは消え去り、手元には少し端が欠けてしまった手作りのチョコレートが残っている。

「博士……いえ、お父さん。娘が作ったチョコレートです。食べて下さい」

 もう何も話す事はない口元へと、チョコレートを運ぶ。

 それは咀嚼されることもなければ、飲み込まれることもない。

 それでも……いい。

「お父さん。ホワイトデーのお返しは、三倍ですよ? 天国に……私も行けるといいなぁ」

 私は悪戯っぽく笑い……。





《エラーが発生しました。エラーが発生しまし……》



――プツンッ

主催者が書くの止めようかなぁ……と思案中の『螺旋 螺子』です。


『なんだかね』

『負けてる感が否めないのよね……』


『いつか書きたいなー』と思っていたロボット×人間の恋を今回書いてみました。

なんだか、難しかった。

なんていうか、難しかった。


AIの娘の生死を凄く悩みました。

結果、彼女はショートしてしまうんですけど。


しかし彼女はきっと幸せだったと思いますよ。




『さて』

『モテない、冴えない、あり得ないの『螺子』さんにチョコレートをくれる方は至急ご連絡下さい☆』

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