兄の暗躍
2月13日、バレンタイン。町全体がチョコレート会社の謀略に嵌り、そこかしこに甘い香りが漂う俺とは無縁な日。
「夕飯買って帰るか……」
近くのスーパーに入り、商品を物色する。今頃妹は彼氏様に貢ぐチョコレート菓子をせっせと量産しているんだろう。失敗作を並べられる俺のみにもなってみろ。今日はシチューにしようと鶏肉とたまねぎを購入し、店をでる。
「まったく、こいつら全員爆発しやがれ」
ピンク色のオーラを振りまきながら周囲を徘徊するカップルたちに悪態をつきながら自宅へ急ぐ。まだ春は遠いのか気温は低く、白い吐息が出てしまう。家のキッチンの窓から明かりが漏れている。中2にもなるのによくもこう毎年続けられるものだ。その情熱の1割でも勉強に注げれば少しはいい成績になるだろうに。
「ただいま」
玄関のドアを開けて中へ入る。キッチンからは街と同じ甘い香りが漂ってくる。妹はオーブンの前に立っていて焼きあがるのを待っていた。今年はチョコレートケーキのようだった。
「おかえり、おにい。今日の晩御飯は?」
もうすぐ焼きあがるのかミトンを準備しながら妹が尋ねてくる。何時もは下ろしている長い髪を上のほうで束ねてポニーテールにしている。我が妹ながら整った顔立ちをしているが如何せんチビでちょっとおばかだ。今だってエプロンの蝶結びが逆結びになっていた。
「きょうはクリームシチューだ。お前好きだったろ」
「ん、ありがと」
エプロンを結びなおしてやり、机に置いたレジ袋からさっき購入した食材を冷蔵庫に仕舞う。
チンッ、という音と共に妹がオーブンに駆け寄る。焼きあがったようだ。
「あちち……っしょ、あとは冷ますだけだね。おにい、冷蔵庫開けて」
「とりあえず荒熱取れよ」
「あ、そうだった。エヘヘ」
はぁ、とため息をつきながら濡れたタオルを用意してやり、そこにケーキをおく。妹が夕飯作ろうか?といってきたが断っておいた。あいつも疲れているだろうしな。
「じゃあ作るか」
腕まくりをして手早くシチューを作る。1時間も掛からずに完成し、食卓にはシチューとサラダ、そして白米が2人前並んだ。
「おーい、できたぞー」
妹を呼んで、食事を取る。妹はケーキが気になって仕方ないらしく、時折ケーキの方を見ていた。
「ごちそうさま」
夕食を食べ終え、食器を洗って乾燥機に入れる。ケーキからはもう湯気は立っておらず、荒熱は取れたようだった。ケーキにラップを掛け、冷蔵庫に仕舞う。
「おにい、ケーキ食べちゃいけないからね!」
妹が俺に念を押し、自室へ戻っていった。食べるなといわれたら食べたくなるじゃないか。そっと冷蔵庫からさっき入れたばかりのケーキを取り出し、欠片を食べる。
「?! うおぇ……今年もか……」
やっぱりだ。この口の中に広がるこの独特の風味、全身を弄られるような悪寒。これをまずいといわず何をまずいというのだろうか。はっきり言おう。俺の妹は料理が下手だ。見た目はなぜかおいしそうに見えるがまずい、とにかくまずい。それゆえに毎日の食事は俺が作ってるし、妹には作らせない。しかし妹自身は料理に相当の自身を持っているのか何かと作りたがる。バレンタインデーなんかはおにいが作ってどうするんだと威嚇して調理器具はおろかチョコレートの欠片にさえ触れさせてくれない。そして毎年生産されるのがこのチョコレート菓子(仮)だ。
「おにい先お風呂入るねー」
妹が風呂場に向かったようだ。妹の風呂は長い。最低でも1時間は入る。今のうちだ。素早くレジ袋からチョコレートケーキの材料を取り出し、製作に取り掛かる。妹が風呂から上がってくるまでに仕上げねば。
「よし!」
腕まくりをして、チョコレートを取り出す。小さく刻み湯せんにかけて溶かす。お湯はシチューを作っているときに沸かしておいた。ナイスだ俺。レンジで少し温めて軟らかくしたバターを泡だて器で練り、粉砂糖を加える。妹が湯船に使っているときの鼻歌が聞こえてくる。
「ラッキーだ。これが聞こえるんなら15分は湯船に浸かったままだ」
卵黄とアーモンドバターも加え、さらに混ぜる。しっかりと混ざったところでさっき溶かしたチョコレートを投入し、どんどん混ぜる。
「こんなもんか、次」
別の容器に卵白とグラニュー糖を入れて角が立つくらいまで混ぜる。それを生地に3分の1ほど投入し、切るように混ぜる。妹はまだ湯船に浸かっているようで、シャワーの類の音は聞こえない。ふるいにかけた薄力粉とココアパウダーを混ぜ入れ、泡を消さないように注意しながら残りのメレンゲを素早く混ぜる。それをケーキ型に流し込み、表面を平らにして140度のオーブンで40分焼く。ここまで20分も掛かっていないので妹が来るまでには焼きあがるだろう。
「問題はこれをどうするかだな」
テーブルに鎮座するチョコレートケーキ(仮)を見つめる。処分するか? もったいないな。しょうがないから親友の山田にホール丸ごとくれてやろう。毎年涙を流して喜んでいるがあいつの味覚は大丈夫だろうか。
部屋から読みかけの文庫本を持ってきて椅子に座って続きを読む。妹は漸くシャワーを浴び始めたようで、水の流れる音が聞こえ始めた。本がクライマックスを迎えるころ、漸くケーキが焼きあがった。妹はまた湯船に浸かっているようで、風呂からは鼻歌が聞こえてくる。
「よいしょっと、あちっ」
ミトンをつけてオーブンから熱々のケーキ型を取り出す。中ではチョコレート生地が甘い匂いと共に湯気を立てていた。濡れたタオルの上にそれをおき、荒熱を取る。20分くらいでいいだろう。妹もあと30分は上がってこない。鼻歌がその証拠だ。ケーキがおいしそうに焼けて浮かれているのだろう。もっともおいしそうなのは見た目だけだが。
妹作のケーキ(仮)を冷蔵庫の奥に押しやり、読書を再開する。物語はもう終盤に差し掛かっていた。
「?! やばッ」
風呂場のドアが開く音が聞こえる。もう上がったようだ。読み違えたか。急いでラップを掛け冷蔵庫に仕舞う。足音はもうドアのそばまで来ていた。
「おにい、お風呂あいたよーって、なにしてんの?」
髪を下ろした妹が火照った顔をして当然の疑問を投げかける。なぜなら俺は冷蔵庫にケーキを仕舞おうとしている体勢だからだ。
「おにい、私食べちゃだめって言ったよね……」
「い、いやあのこれにはその、深い事情がありまして……」
「問答無用!!」
妹がジャンプして俺の首にしがみつく、妹は足が床についていないため必然的に全体重が俺の首に来る。当然しまる。
「うえ、やめろって!! ほら、食べてないだろ!」
「ふん!」
傷一つないケーキを見せてとりあえずは納得してもらう。だが妹は拗ねて寝てしまった。
「はぁ……これだからこの日はいやなんだ。めんどくさい」
明日の朝は妹より早く起きてケーキをラッピングしたほうがいいだろう。妹がやると粉々になりそうだ。そのあとは山田にケーキ(仮)を渡しにいこう。本当に、面倒くさい。
翌日、一人の妹とその彼氏がケーキのうまさに感激し、一人の青年が理不尽な被害を被ったというがそれは些細な問題だ。俺はこのチョコレートの山を何とかしないといけないんだ。
「おまえら下駄箱やら机やらにチョコを入れるな! 渡すんなら手渡しにしろおおおおおぉぉ!!!!」
はい、駄文失礼しました。
こんな男、滅亡すれば戦争はなくなるはずです。
ちなみにこの作品の主人公は私の友人を忠実に再現しほんのちょっぴり脚色したものです。
毎年こんな感じです。私は親友の山田ポジションです。爆発すればいいですね。
こんな駄文飛ばしたほうが有意義な時間が過ごせたと思われますがここまで読んでくださりありがとうございました。
【花使いの栽培師】のほうもよければ読んでみてください。最高にくだらないです。
この企画を立ち上げてくださった螺子さん、参加してくださった皆さん、そしてここまで読んでくださった皆さん。ありがとうございました。