シスターチョコる
冬の夜空を見上げる。
動く度に敷き広げたシートがカサカサと音を立て静かな丘に僅かな音が反射する。
隣からは人の温もりが感じられ何とはなくその温度に寄りかかってしまう自分がいる。
「なぁ、本当に見れんのか?」
振り向き隣を見るとそいつはフフッと笑んでまた空に視線を戻した。
「……人の質問に答えろよ」
俺は「はぁ」とため息を付き地面を見ても仕方がないのでまた空を仰ぐ。
あれからいくらと時間が経っただろうか? 周りの外気もグッと落ち肌にはその寒さが針の様に刺す。 俺はこのままでは朝まで待つことになると危惧し隣を振り向こうとしたその時、
冬の闇空に一瞬、光が走った。
開けたままのせいか乾燥した瞳を潤すため瞼を閉じた。 開ける。
開いた視界にそこに幻想を見た。
幾重にも地に降り注ぐ光がまるで奇跡を具現にした様に眩く神々しく輝き視界を一杯に埋め尽くす。
流星群。
その光景に俺は只々見惚れていた。 ……開いた口さえも閉じるのを忘れるくらいに。
「ね、兄ちゃん」
見惚れほぅほぅとした俺を現実に引き戻す声が隣からそっと耳に響く。 耳打ちのようだ。
俺は空を見つめたままその声に生返事を返す。
「なんだい、妹よ」
「どう? あたしの言うことはあたるっしょ?」
妹の自信に溢れた様な興奮したような声が耳に溶けていく。 なんだかいい気分だ。
「まぁ、たまには当たったな」
「何だいその感謝の欠片もない言葉は!」
妹が憤慨し耳元で喚く。 ……うぜぇ。
いつまでも喚く妹があまりにうざくて俺は星を見るのを中断する。
「あのなぁ、俺は今は星が見たい喋りかけるな」
ボリボリと頭の後ろを掻きまた空を見上げる。
「もー、つれないなぁ。 メグメグツンデレ兄ちゃんに困っちゃうテヘッ☆ ……ま、いいや」
妹のメグが何か一人事、とても痛々しい言葉を流す。 とりあえずカタカナばかりで読みにくかったと感想するか。
空を見上げると突然と視界に指が「チッチ」と声と共に揺れる。 無論アホの手だ。
俺は溜息と共に仕方なくまた視線をメグに戻す。
「何なんだよ」
意識はしてないが至極不機嫌な声が出てしまう。
「あぁん! 兄ちゃんがメグに冷たーいもうドライアイスぅ~」
「……うぜぇ」
あまりのウザさに表情筋が吊り上がりピクピクと動いた気がした。
「さて、おふざけもここまでにしてっと」
「あ? 今まで素だったろ」
「……兄ちゃん! 今日何の日か知ってる?」
「……人の話し聞けよ」
「兄ちゃん何の日か知ってる?」
……こいつ聞く気ねぇな。
メグは頑として俺の質問を無視して自分の質問の答えが返ってくるのを今か今かと待つ。
無……し、しようかとしたら頬の肉を抓られた。 いてぇ。
「あー、今日は2月……14? だったか?」
「ぴんぽーん正解~」
メグは手で丸を作り目の前に掲げる。
……は? 終わり?
じー。
「兄ちゃんの目が卑猥」
「誰が卑猥だゴラ」
とりあえず頬を抓っておいた。
「いふぁいいふぁい! いはいを……兄ちゃん!」
「で? 何?」
「ええ!? 謝ってくれなの!?」
「で? 何?」
「ぐぬぬ……兄ちゃんにしては生意気……」
「で『あー! もうわかったよ!!!』 ……そうか」
やっと答える気になったかアホめ。
俺はじっと手で赤く染まった頬を覆う涙目のメグを見据える。 ……あれ? そんなに痛かったのか?
するとメグは何かを決心したのか覆った手を勢い良く振り払い叫んだ。
「きょ、今日は!」
「今日?」
「ば、ばばば、バレンタインだよ!!」
「……あー、そっかそんな日だったっけ」
「……ふへ?」
メグは俺の漏らした言葉に気の抜けたような声で返す。 ……は?
「えー、兄ちゃん男の子なのにバレンタインに興味ないのー?」
「はあ? そんなもの俺には関係性無しだろ」
「あー、はいはい独り身兄ちゃんには無関係な話だねぇ……はぁ」
「なんでテメェが溜息つくんだこっちが尽きてぇわ」
俺が盛大にはぁと白い靄と共に息を吐く。
すると隣のメグが悩ましそうにこちらを見つめていた。
「……なんだよ」
「なんだかなぁ……兄ちゃんは妹から貰えたりするかもって思ったりしないの?」
「はぁあ? 何で俺がお前に期待するんだよ兄妹だぞ?」
「じゃあ兄ちゃんは!」
バッと声に引かれ立ち上がったメグを見上げると温かい何かが落ちてきた。 ……涙だった。
「妹からチョコ貰ったって嬉しくとも何ともないって言うの!?」
「んなこと言ってねぇよ」
「じゃあ何!!!」
いつも以上に感情的に怒る自分の妹を見て俺は驚いた。 今までメグがここまで怒ったのを見たことがなかったからだ。
俺はその圧倒的な感情の波に流されないようボソッと小声でふてくされて答える。
「……嬉しいに決まってるだろ」
「……え?」
「だから!」
俺は羞恥心に耐え自分の感情を殺しながら大声で言い放つ。
「お前に貰って嬉しくないわけないだろが!」
「……へへ」
妹の顔からぽろぽろと零れる涙が止まり、笑顔が灯る。
「やっぱり兄ちゃんはツンデレだなぁ、へへ」
「そーゆーお前は本物のブラコンだな」
俺が指摘したのを聞いたかはわからん……いや聞けよ。
メグは持ってきていた鞄をゴソゴソと探るとやがて一つの袋を持って俺の前に戻ってきた。
「はい、兄ちゃんこれチョコ」
「……おう」
いや、何だろ少し照れる。 いやいや、妹だから。
俺はその袋から星形に象られたチョコを取り出すとパクッと一口サイズのそれを口に入れる。
チョコは個体から温度に晒されどろどろと口の中で溶けやがてねちっこい甘さだけが口内にこびり付いていく。 ……あんまチョコって好きじゃないんだよなー。 なんて思ったり。
だが、俺もそこまでデリカシーに問題を作るつもりはないので気持ちには気持ちで返すことにする。
「おう、美味い」
「そっか、良かった……ま、溶かしただけなんだよね☆」
「ここでバラさずせめて一人の時に言えよ」
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
「俺が気にする……はぁ」
「まーた溜息幸せが逃げてっちゃうよ~」
「うっせ、余計なお世話だこのやろ」
「べー」
下を出したメグがアハハと笑いながら駆けていく。 おーい、あんまり遠くに行くなよ迷子になるからなぁ。
と、思いながら俺はその甘ったるい塊を口に含みまた空を見上げる。
そこにはまだ絶え間ないくらいに星がザーザーと雨のように降り注ぎ続けていた。
「しし座流星群か、」
流星群の正体を言って俺はその星に呟く。
「ま、こんなバレンタインならまた来てもいいかもな……なーんて」
「あ、また兄ちゃんがツンデレ発言してるー」
「げっ、消えたんじゃなかったのかよ」
「消えたとは何だー! 消えたとはー!」
遠くにいた妹がこちらに走って来ては俺の首をがっしりとロックする。
……まぁ、こんな温かいバレンタインならもう一度くらい……あれ?
朦々と目の前の景色が揺れ段々と星も遠のいていく……眠気が急に?
「……ぁ」
掠れた声で呟き俺は気付く。
このヘッドロックのせいだわー……と。
「あれ? 兄ちゃん!? 兄ちゃーーーん!!!」
ゆっさゆっさと揺らしながら俺の名を呼ぶ妹の顔を眺めながら俺は朦朧とする意識の中、幸せを感じたような気がした。 あ、これ多分死ぬ間際の幸福感だわ、やべぇ。
冬風が吹き突き刺さるような寒さの中、俺は気を失った。
これが去年の話。
☆
長い長い夢からふっと目が覚める。
「……あー、寒い」
起きての一言目は昨日と変わらなかった。
足元を見ると細いカーテンの隙間から上った太陽の陽光が差し込む。 ボサボサであろう頭を掻きながら机に置かれた電子時計に目を配る。
A.M.7:30。
いつも通りの起床時間に目覚めたみたいだ。
その時ふと机の上に置かれた妙に装飾気のある包装紙に目が移った。
「……なんだこれ?」
寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りあまり力が入らない手でビリビリと包装を破っていく。 中にはいくつかの星形チョコが詰まっていた。
「あぁ」
と、俺は理解する。
時計を確認すると今日は、
二月十四日。 バレンタインである。
俺は微笑み袋から一つまみチョコを取り出し咀嚼する。
朝からドギツイ甘さがねっとりと口内を蹂躙するが何故かそれが俺には幸せに思えた。
カサッと包装紙から白い紙がひらひらと舞い落ちる。 中身を見た俺は後悔した。
『今年もホワイトデーを楽しみにしてるね☆ ※去年より気持ちでいいから盛ってね?(笑)』
「はぁ」と溜息を吐く自分がいる。
だが、どこかその溜息も満更な気分ではない。 しかし俺は思う。
最後までメグは妹は、
「……うぜぇ」
――――――――――と。
主催者の螺子君の短編に必見(笑)