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乙女たるもの恋されろ!  作者: わかくさ
1章 混迷のバースデーパーティ
2/21

2話 --- ちいさな棘

『あー。えっと』


わたしが奇声を上げた後、会場はすっかり静まり返っていた。凍りついたような空気の中でいちばん先に我に返ったのは渋谷くんだった。


『んっと。……まぁそれはさておき。で、広海。誰だって?選べ選べ、みんな知りたがってるぞー』


仕切り直しとばかりに改めて渋谷くんが尋ねる。どうやら高大の発言はなかったことにするらしい。会場にかすかに笑いが起きる。誰もが今のは笑えなくもない冗談だったのだと受け流そうとしていた。前座はこれでおしまいでこっからがおもしろい本題なのだと。にもかかわらず空気を読まない顰めっ面の高大は再びまっすぐこちらを指差した。


『だからあれ』


むっつりと答える高大に、学校ではいつも仲間とへらへら楽しそうに笑っている渋谷くんもむっとした顔になった。


『……おい。オレ今おまえに本気でむかついたぞ。広海ってば変なとこで頑固だよな。撤回する気も自分に正直になって選び直す気もないわけ?』


表情を変えない高大に、渋谷くんはすごく物言いたげな沈黙の後。大げさにため息を吐くといかにもつまらなそうに言った。


『やれやれ。……じゃあ、もうそれでいいや。残念だけど今日は上野さんってことにしといてやるよ。とりあえず上野さんおめでとーってことで。その他の女子のみなさんはよかったね、しばらくこの頑固頭はフリーでいる気みたいだよ」


女の子たちからはまたうれしそうな声が上がる。


『女子のみなさんにはむしろこの結果喜んでもらえてみたいだけどさ。……はぁまったく。折角のオレらの厚い友情を無下にしやがって。じゃあ広海、もう今晩オレと泊まるか、このオレとふたりきりで熱い一夜をさぁー。絶対やだけど』


投げやりに渋谷くんが言うと、途端に沈黙で冷え切っていた会場に爆笑が起きる。遠巻きから笑いに混じって揶揄する声が聞こえてきた。






「渋谷くん、プレゼント受け取ってもらえないなんて気の毒ね」

「しっかし嫌味だよな、どんな相手も食い放題のくせにあえてチョイスがアレとか」

「馬ァ鹿。美人はもう食い飽きてんだろー、高大さまは」

「てか、なに真に受けてんだよ。どう考えても本気で手ぇ出すわけないじゃん、ギャグだギャグ」

「分かってていってるんだっつの」

「でも高大案外本気だったんじゃん?非モテ系女子の処女貰ってやるって。やさしいボランティア精神っての?」

「えーそんなボランティアだったらわざわざ高大がやんなくても俺やっちゃうのに」

「おまえ、ああいうの趣味なのかよ?」

「だからボランティアならまあ許容、的な。でもああいう処女ってめんどくさそーか」

「確かに。重そうだよな、責任とって結婚して~とか言われちゃうんじゃん?」

「なんだよそれ、やっぱやーめた」

「やだぁひどーい」

「もうっ。さすがに言いすぎじゃなぁい?かわいそうだよ上野さん」






どの声に含んでいるのもほんのちいさな棘程度でしかない悪意だ。ひとを傷つけるほどじゃなく、ほんのささやかな、刺さっても痛いと思うよりわずらわしいなっておもうくらいの。わたしが傍にいるのにとても愉しそうに言いたい放題言っているのも、ただ面白がってるからだ。でもわたしに聞こえているのに。いや、だからこそあえて聞かせているんだ。それに気付いた途端。どこに刺さっているかも分からないくらいちいさなちいさな棘なのに、それがたくさん自分のいちばん弱いところに突き立っていくのだけは分かって。


「上野、」

「……もう!ほんっと、すっごい悪趣味ですよね」


気遣わしげな、私より痛み感じてるみたいな声でエリナ部長が呼びかけてくるから、わたしは遮るように殊更明るい声を出していた。


「招待客をピエロにして笑いを取るなんて!これだから桁の違うお金持ちの遊びって庶民のわたしには感覚ついてけないんですよ。ひどいですよ、こういうこと平気で出来ちゃうなんてあのひとたち美人以外は女じゃないどころか同じ人類じゃないくらいに思ってるんです、きっと。わたしは類人猿か!っての」


あはは、と出来るだけおかしそうな顔で笑ってみる。


「こっちだってセレブな皆様方の視界を汚さないように隅っこでおとなしく目立たないようにしてたってのに。なぁんでわざわざいじってくるかなもう本当に……ほんとうに……ね」


いけないいけない。こんな好奇の視線に晒されているのに、このまま口を開くことをやめてしまったら取り返しのつかないことになる。どうでもいいことを言い続けた。


「まぁ、でも!庶民の分際で憧れの帝宮ホテルのお料理たくさん食べられたから、その料金だと思ってあげますよ!そう思えばむしろ得したくらいかも。オマール海老のひとくちパスタもお野菜のコンソメジュレもおいしかったし」

「上野、もういいよ」


わたしの顔を覗き込んで、部長がぎゅっと手を握ってくる。やめて。そんなことされたら。


「あはは、部長ってばやだなそんな顔しちゃって。こんなのお遊びですよ、お遊び。……ああ。でも、忍ちゃんに恥かせちゃったな。彼女がみんなに笑われるようなアレだなんてきっとすごい恥ずかしいですよね。そうだ、そういえば忍ちゃんどこ行ったかな。すみません部長、わたし忍ちゃん探しに行ってくるんでお先失礼しますね!じゃあまた学校で!」


にっこり笑って急ぎ足にならないようにあえてゆっくり歩く。遠巻きから冷やかす視線がいくつもいくつも突き刺さってくる。


全然わたし気にしてませんけど。だってわたし、自分の分ってものをわきまえてるし。地味で平凡でその程度の人間って分かってるし。こういう扱いなんてべつに普通じゃない?そんな顔してどうにか。


会場はビンゴゲームが始まってまた渋谷くんが楽しそうにあれこれ話しているのが聞こえた。なんの悪意もない明るい声。読み上げられる豪華な賞品に会場からはこぼれんばかりの歓声が上がる。ほんのちょっと前に起きたことなんてもう誰も気にしてない、誰も覚えてないみたいな、そんな浮かれたパーティーのさざめき。


たまらなくなって、すこしだけ足が速くなってしまう。扉を出たら、もう駄目だった。


「……忍ちゃんっ」

会場には居なかったから廊下かフロアにはいると思ったのに姿がない。

「忍ちゃんっ」

震える手でポケットから取り出した携帯でコールしたまま歩き続けるのに、やっぱりどこにも見当たらないし、電話もなぜか話中になっていて繋がらない。

「……忍ちゃん、どこなの」


声がなさけなく崩れそうになるからぐっと下唇を噛み締めて堪えると、エントランスホールに続く階段を猛ダッシュで下りた。高い天井から吊り下げられたバカラのアンティークシャンデリアを抱くようにゆるやかにうねるこの螺旋階段は、ここで挙式をする花嫁さんたちが最もうつくしく撮れると評判の帝宮ホテル自慢のフォトスポットだ。まるで夜空の星団のような数え切れないクリスタルが柔らかくも圧倒的な輝きできらめく、御伽の国のお姫様のための階段。


『女の子はね、誰でも人生で一度だけどんな子でもお姫様になれる日があるのよ』


わたしもドレスの似合うお姫様みたいなお顔の子だったらよかったのにと落胆する私に、母がそんなことを言ったことがあった。


『その日のためにママはお仕事して頑張って貯金するから、初実も嫌だなんて言わずに学童クラブ、頑張って行こうね』


いつになるかも分からない娘の結婚式のためにずっと前から母がこつこつ私名義で毎月貯金してるのを知っている。帝宮ホテルは子供のときに目にして以来ずっとずっと憧れの場所だった。いつかわたしだけの王子様のために、きっとここでわたしもすてきな花嫁さんになるんだって夢見てた。でもお母さん、きっとわたしはもう二度とここへ来ることはないよ--------。


転がり落ちるような勢いでフロントに下りてきたわたしに、笑顔のホテルクラークもドアマンも何事かと様子を伺ってくる。


-------早くしなきゃ。一刻も早くここを出なくちゃ。


品がないのも行儀が悪いのも分かってるのに、駆けるような速さになってしまうことをやめられない。ドアマンの待つ回転扉までが果てしなく遠い。あと一歩。もう一歩。それまで耐えなくちゃ。もう一歩。あと数歩で出口にたどり着こうとしていたそのとき。わたし以上の足音を立てて背後に何かが迫ってきた。振り向くより先に肩を掴まれる。感触だけで分かる。この大きな手は、男の人のものだ。


「忍ちゃ……」


思わず縋るような声で勢いよく身を反転してそのまま腕の中に飛び込みかけて。そこに立っているひとの顔を見たら動けなくなってしまった。いまいちばん会いたいと思っていた人とは似ても似つかない人。決壊間近だった目元からすっと潤みが引くほど驚いてしまった。


クラシカルなブリティッシュスーツを着ていた忍ちゃんとは対照的な、遊び心があるブラウンの光沢生地のスリーピース。それをさらりと着こなす日本人離れした逞しくて圧倒的な存在感の見事なプロポーションに、150センチちょっとのわたしが目を合わせるのには首を逸らして見上げないといけないくらい高い身長。着ているカジュアルスーツと似合いのゆるくセットされた髪と胸ポケットのチェーンブローチはいかにもお洒落でこなれていた。こんなモデルさんみたいな男の人、わたしの知り合いにはいない。でも相手はわたしを知っているようでじっと不躾なくらいわたしを見てくる。印象的な鳶色の瞳と、それによく調和した栗色の髪。やっぱり知らないけど、どこかで見たような。わたしもしばらくじっと見返してはっと気付く。


「あの、もしかして……」


スーツ姿がとても様になりすぎててとても高校生には見えなかったし、髪を下ろして制服を着ているときとはあまりにギャップがあるから誰だか分からなかったけど。たぶんこのひとって最近編入してきてユキちゃんがカッコイイって騒いでいた隣のクラスの帰国生だ。名前は確か。


「……和泉くん……だっけ?」


呼びかけても何の反応もない。能面みたいな無表情はなんだか怒っているようにも見えて怖くなった。


「あの、えっと何か用でも?わたし今ちょっと人探してて-------」

「こっち」


たった一言だけ。ぶっきらぼうに言うと和泉くんはまるでついて来いというように親指で合図する。そして何の説明もしないまま長い脚ですたすた歩き出してしまった。歩幅が広いのであっという間に距離が開く。でも振り返る様子もない。わたしがついてこようがついてこまいがどっちでもかまわないと言わんばかりだ。最前の胸の中で張り詰めそうになっていた感情がまるごと吹っ飛ぶくらい訳の分からない状況に、しばらくそのしなやかな後ろ姿を眺めたまま動き出せずにいた。けれど和泉くんの姿がホテル右翼館に続く階段に消えそうになったところで、わたしはあわてて走り出した。





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