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乙女たるもの恋されろ!  作者: わかくさ
1章 混迷のバースデーパーティ
1/21

1話 --- 「あれ」って何なの

『女子たるもの、腕を磨くために日々お裁縫やお料理に励みましょうね』


わたしが所属する家庭科部の部長のお言葉だ。未来のだんなさまのために日々女子力向上を目指すというのがこの部の主な活動理念。部長の言葉におおいに賛同したわたしだけど、ひとつだけ同意しかねることがあった。


『どうせ目指すなら玉の輿。成星院学園の女子なら、やっぱり高大広海くんのお嫁さんの座を志さないと!』


高大広海コウダイヒロミというやたらスケールのでかそうな名前の男子はうちの学園でいちばんの有名人で、老舗高級ホテルチェーンのH&Lホテルグループの御曹司だ。


ほんとに男なのと疑いたくなるほどつるりとしたたまご肌に、大きくてくっきりした二重。とってもきれいな鼻筋はすっと伸びていて、大きめの唇はきれいなピンク色、笑うとこぼれる白い歯が無駄に爽やか。全体的に綺麗にまとまっているのに、伸びたままの下手に整えたりしていない黒い眉毛がきりっと印象を男らしく整えている。早い話が、かなりのイケメンってこと。


家柄だけでなくこの容姿のこともあって、高大に告ってくるのは高等部生に限らず下は幼稚舎の女の子から上は大学院のおねえさままでまさによりどりみどり。あまりにもその数が半端ないのでいつしか『高大に告るのは在学中に一人一回まで』なんて掟まで出来たほどだ。


おまけに良いとこのお坊ちゃんのくせに学園祭では仲間の悪ふざけでむりやり上げられたステージで、即興なのにばっちりダンスパフォーマンスなんか決めちゃうようなひとだから、女子だけでなく男子にも、そして先生たちにまで人気がある。


ミスター成星院学園、学園一のモテ男、成星院のスーパースター。


それが高大広海。


だけど。わたしにはわたしだけのすてきな王子様がいる。だから高大のお嫁さんの座なんて知ったことじゃない。


「ねぇ忍ちゃん、喉かわいた?わたし飲むものもらってこよっか?」


パーティー会場のいちばん隅っこで、わたしはその王子様・御園生忍ミソノシノブとお皿片手にビュッフェのローストビーフをたのしんでいた。


「烏龍茶がいいんだろ?僕が取ってくるよ」

「え!わたし行くって」


忍ちゃんが苦笑する。


初実ウイミはこのソースの配合が気になって仕方ないんだろ?いいからさ。じっくり味の検分でもしてなよ」

「あ、わかっちゃった?」

「そりゃね。さっきからソースばっかり舐めてるだろ」


そういうと私を残し、忍ちゃんは颯爽とした足取りで給仕さんのもとへ歩み寄る。ああ、なんてやさしいんだろ。しかも私が味付けが気になって仕方ないことも分かっててくれたなんて。ちゃんとわたしのこと見てくれてるんだなぁとうれしくなってしまう。


忍ちゃんのためにも、もうひとくちローストビーフを口に運ぶ。途端に鼻に抜けていく爽やかな香気。噛み締めるとそれがあふれ出た肉のうまみと渾然一体となって口の中に広がる。肉料理なのにすっきりと、でもついもうちょっとと手を伸ばしたくなるほど後を引く。柑橘ソースがじつにいい仕事をしていた。これは柚子の味だ。ローストビーフに柑橘系のソースを添えるときはオレンジが使われることが多いけど、食べ慣れたそれよりこの柚子の方がわたしの好みだ。爽やかな中に微かに感じる苦味はきっと柚子の外皮を薄く削って混ぜてあるからで、フレッシュな後味のオリーブオイルはきっと早摘みの緑果のままで搾った良質なもの、ぴりっとした酸味はマスタードで柚子の香味を損ねない程度に入って味を引き締めている。忍ちゃんも「うまい」と言ったこの味、どうやったら家でも再現できるかなと思案しつつ、もう一口かぶりついたとき。


「ちょっと上野。何ひとりでがっついてんの」

「ぶ、部長!」


ひとり黙々とソースの味を吟味していた私に話しかけてきたのは、わが家庭科部の部長花村エリナ先輩だ。いつもはすっきりしたボブスタイルの部長は今日はビジューの飾りを散らした華やかなアップスタイルにして、細い腰と魅惑的なまあるいヒップをこれでもかと強調したマーメイドラインの大人っぽいロングドレスに身を包んでいた。


「……うわぁ先輩、お姫さまみたい!」


鮮やかなターコイズブルーはまんま人魚姫だった。思わずぽわぁと見蕩れていると、先輩に呆れたように返される。


「上野はなんで制服なのよ」

「え。今日って制服でもOKでしたよね?」


制服は冠婚葬祭可のとても経済的で便利なオールマイティウェアだ。


「だからってほんとに制服で来る奴があるか。周り見てみなさいよ、みんな超気合入った格好じゃない」


たしかに会場にいる子は、かわいいピンクのふわふわだったり、エレガントなロングだったり、はたまたセクシーなカクテルだったり、みんな自身によく似合いのドレスを着てきている。


「みんな高大くんの目に留まるために必死だっていうのに」

「うーん、でもわたしには関係ないことだし」

「あらあら上野ってばまたそんな枯れたこと言って」

「枯れてませんって」

「ああ、そっか。上野にはもう王子様がいるんだっけ」


忍ちゃんのことが話題に出るときはどう自制してもつい浮かれたような口ぶりになってしまう。でも部長は「はい」と答えたわたしにいやな顔せずに応じてくれた。


「それにしたってその王子様のためにドレスくらい着てきなさいよね」

「忍ちゃんはそんなこと気にする人じゃありませんよっ」

胸を張っていうと、盛大なため息を吐かれる。

「まったく上野は男心の分からないやつよね。料理裁縫はあんなによく出来るのに、その女子力台無しだわ」

「部長はいつにも増して今日は女子力全開ですよね、うーんすてき。すてきです!」

「だから。上野にうっとりした目でそんなこと言われてもうれしくないんだってば」


そういって子犬をあしらうようにシッシと邪険に手を振った部長は会場の遥か遠くを見遣る。まるで結婚式のように会場前方に作られた高砂席と、その上に垂れ下がった『高大広海の生誕を祝う会』という幕。


ここは高大広海の一族が経営するH&Lホテルグループの中でも特に格式の高い帝宮ホテルで、色取り取りの華やかな装花で飾られたこの宴会場では、今日で16歳になった御曹司のために盛大なお誕生日会が開かれていた。



もともとこの会は高大の友人たちが企画したもので、はじめは「たくさんのひとに広海の誕生日を祝ってもらおう」という主旨のもと学生会館を借りて行われる予定だった。けれど計画を聞いた彼の母親が「将来社交の場に出て活躍する皆さんに、我が社のホテルと一流を自負するスタッフたちのサービスを通じてすこしでもその空気に馴染んでいただけたら」という申し出のもと、高等部の同級生は全員招待、他学年生も事前に招待チケットを申請すれば参加可能という大規模なものになった。


わたしは参加するつもりはなかったけれど、クラスメイトの親友ユキちゃんにどうしてもとせがまれて一緒に来ていた。そんなわたしを心配してか一学年上の忍ちゃんがわざわざチケット申請までして付いてきてくれたけれど、忍ちゃんが姿を見せるとユキちゃんは「やだ。気が利かなくてごめんねっ」と言い残し、来て早々に姿を消してしまった。どうやらユキちゃんはマネージャーを務めるサッカー部の面々と合流したようでこちらに戻ってくる様子はない。食事が気楽な立食式だったこともあって、忍ちゃんと「折角来たのだからちょっとだけつまんでいこうか」と帰る前にビュッフェを楽しむことになり。そして今に至る。



「もう人多すぎ、目に留まるどころか視界に入るのすら四苦八苦よ」


ぼやく部長の視線の先には、何重もの人垣が出来ていてその中央にいるはずである高大広海の姿は覆い隠されていた。着飾った女子たちがここぞとばかりに今フリーらしい高大にアピール合戦をしているのだろう。


「じゃあ部長も一緒に食べましょうよ。このローストビーフ、ソースが絶品ですよ!あっちにある海老と枝豆の湯葉包みも!出汁醤油がいい仕事してるんです!」

「……まったく。上野といると自分のしてることが馬鹿らしくなってくるわ」


そんなことを言いつつ、諦めたように取り皿を手にしたエリナ部長は器に盛ったローストビーフを優雅に口に運ぶ。


「あら。ほんとにおいしい」


食べる姿まできれいな部長に、遠巻きから熱い視線を送る男子たちが見えるけれど部長はそれに気付かず「おいしいわね」と花の咲くような笑顔を見せる。エリナ部長は日仏ハーフの色白さんで女のわたしでもその細い腰に思わず抱きつきたくなっちゃうほどの美人だ。おまけに面倒見のいい姉御肌で、たぶん今もひとりきりになった私を見つけてわざわざ話しかけに来てくれたんだと思う。


なにも高大なんかを追い掛け回さなくたって、エリナ部長の美貌と性格ならいくらでもお金持ちのお坊ちゃまを手玉に取れそうなのに。そんなことを考えていると、会場の前方で仲間の手を借りてようやく女子の人垣から出てきた高大が高砂席に座るのが見えた。係員に指示されて取り囲んでいた女子たちは渋々と言った様子で一定の距離を取る。高砂席で頬杖を付いて行儀悪く座る高大は遠目で見てもあきらかに不機嫌そうで、女子たちにうんざりという顔だった。


『さてさて。じゃあここからは高大広海くんの一番の親友、渋谷春人シブヤハルヒトが進行させてもらいます』


会を取り仕切っていた品のいいおじさま司会者からマイクを渡され、高大の友人がしゃべりだす。この渋谷くんもお父さんが大手食品会社の役員だとかのお坊ちゃんで、成績はイマイチだけど顔がかっこよくてセンスもいいからクラスでも派手なグループにいる人気者だ。明るくクラスのムードメーカー的な存在だけど、ノリが軽いちゃらちゃらした人に苦手意識のあるわたしはクラスメイトだけどまだ一度も口を利いたことがなかった。


『まずは広海、ハッピーバースデイ!』

『……それ、もう聞き飽きたよ』


如何にも投げやりな調子で高大が返すと、会場にどっと笑いが沸く。本人は不機嫌顔のままなのが余計に笑いを誘った。


『じゃあプレゼントはどうよ?』

『べつにいらないし』


これにも笑いが起こる。H&Lグループの創業一族の御曹司にいまさら欲しいものなんてないのだろう。あったとしてもいくらでも都合できるお金はあるのだし。だいたい今日の誕生会だって、司会者さんも生で演奏するオーケストラのみなさんも、姿勢の綺麗な給仕さんたちも彼の母親の厚意で総動員されているのはみんなプロの職業人だ。人件費だけでも相当な金額になるはずだ。とても一介の高校生の誕生パーティーだとは思えないその豪華さに庶民のわたしは辟易するくらいだ。


『そんなこといって。なにか一個くらいあんでしょ』

『ない』

『いやあるね。欲しいものがない年頃の男なんてありえませんから』

『……欲しいものだって……?』


気だるそうに俯いていた高大が、不意に顔を上げる。


「え?今こっち見た……?」


隣にいるエリナ部長がちょっと興奮したように言ってわたしの肘を引っ張る。……馬鹿じゃないのかわたし。今高大と目が合ったような気がしたのは、どう考えても気のせいに決まってる。こんなに綺麗な人がいるんだもん、高大は部長みたんだってば。


『ほんとにないの?』

『ないって言ってるだろ』

『えー。盛り上がらないな。じゃあさ、これはどうよ』


渋谷くんは得意げな顔になると、左手を高々を掲げた。


『皆さん、これなんだかわかる?』


わたしたちは遠目だから分からなかったけれど、前に固まっていた女の子たちから「鍵!」と声が上がる。


『そう。これはここ帝宮ホテルのジュニアスイートのキイでーす。これはオレたちからのプレゼントね。ちなみにスイートじゃないのは勘弁、さすがに高校生じゃ手が出せないもんで』


そういって胡乱な目をする高大の手元にキイを落とす。


『春人?なんだよこれ』

『まあまあ。こっからが贈り物のミソでね。では広海くん!』


渋谷くんは大げさな身振りで会場に向かって手を差し出す。


『今日この会場に来ている女の子の中から、誰でも好きな子選んで仲良くジュニアスイートに宿泊しちゃってください!』


渋谷くんがそういうと、会場がきゃーという黄色い声に染まる。


「……うっわ。えげつな」

「さすがに私でもどうかと思うわね」


わたしが吐き捨てると、肉食系なエリナ部長もさすがに同意を見せた。


『ほらほら選んで欲しい娘は挙手しちゃってよ。っとすげー数だな。広海もこんなに立候補いるんだから誰でもいいから選んでやれよ』

『……馬鹿いうな』

『誰でもいいんだってば。ほらちゃんとゴムも用意してあるし』


そういって渋谷くんは懐から取り出したちいさな小箱を高大に押し付ける。また女の子たちから悲鳴みたいな声が上がる。なんでこんな下品な茶番にうれしそうな声が出せるのか、同じ女子として理解にくるしむところだ。


『よせって』

『選びきれなかったら複数人でもいいからさー、なんちゃって!』


そのままなんとしても選ばせようとする渋谷くんと固辞しようとする高大の応酬が続いた。けれどついに会場からは「選べ」コールまで沸き起こり、何が何でもそうしないと収拾つかないような状況になっていた。しばらく「え・ら・べ!え・ら・べ!」のコールの中、憎々しげに手の中のキイを睨んでいた高大はふうと深いため息を吐くと、意を決したように顔を上げた。


『お。ようやくその気になったか。で。どの娘?』

『……あれ』


会場にいる全員の視線が、高大が指し示す方を辿る。何故か嫉妬や羨望の熱気の入り混じったその大勢の視線が、わたしとエリナ部長にぶつかってそこでぴたりと止まる。


「……なんなの」


あからさまに敵意剥き出しの女子たちの視線に、怯えたようにエリナ部長がわたしに身を寄せてくるから「大丈夫です」といって守るようにこのひとの腕を掴んで支えた。


『あれって』

『だからあれ。あれでいいや』


高大はこちらを向いてもう一度言った。


『あれって。あのブルーのドレスの素敵なおねえさま?うわー広海ってば超面食いじゃん』


ヒュウと冷やかすように口笛を吹かれ、エリナ部長がぎゅっとわたしの手を握ってきた。肉食系といわれつつも実は部長が純愛ものの少女漫画が愛読書だってこと知ってる。こんな金持ちぼんぼんの余興みたいなことにほんとはすごく乙女でかわいい部長を巻き込んでなるものか。わたしもぎゅっと部長の手を握り返して高大を睨みつける。と目が合うとなぜか高大が笑ったように見えた。それもなにか苦いものを含んだような顔で。


『ちがう。そっちじゃなくて』

『え。じゃあ……?』

『あっちの地味な方』


そういってまっすぐこちらを指し示す。地味って。この場にいる地味なのはわたしくらいなもんで。でもまさかそんな。ありえないというか。いやいやないない。


『あいつ。上野初実』


脳内で否定を重ねるわたしに高大は名指しという決定打で止めを刺した。


『え。……っと、上野さん!?』


渋谷くんの声がひっくり返る。でも渋谷くんより、悲鳴を上げる女の子たちよりいちばんびびってるのはわたしなわけで。


「ぅわわわ、わた、わたし……!?」


高大が鼻で笑うほど動転しきった声で叫んでいた。







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