Part9 調査開始 紫色の結晶
校門前、異常無し…………かな。
じゃあ、中に入ってみよう。
冥夜君を家に置いて(閉じ込めて?)、一人で学校に来たんだけど、最近はずっと二人だったから、いざ一人となると、若干寂しいね。
家で冥夜君に書いてもらった、簡単な校内図を片手に、校舎内に入っていく。
教師や警察の人に見付からないように、気をつけないと………………
「………………っと」
言ったそばから、教師を発見。
近くにあった女子トイレに身を潜める。
「………………行った、かな」
耳を澄ませて、足音を聞く。
先程まで聞こえていた足音は、無くなっていた。
周りを警戒しながら女子トイレから出て、まずは自分の教室に向かう。
警察の話を盗み聞いた限りだと、どうもこの近くで死体が発見されたらしい。
「と言っても、できることは精々魔力の痕跡を辿るくらいだし…………」
何より、冥夜君の魔力が、ある程度空気中に放出されてしまっているため、それすらも簡単にはいかない。
集中すれば魔力を種類分けできなくもないけど、下手をすれば見つかってしまう。
立入禁止の校舎内にいるのだから、見つかったらまず容疑者扱いは確実だろう。
それは非常にマズイ。
だから、周囲への警戒は怠らないようにしないと。
「やっぱり、魔力が一際強いのは冥夜君の席付近、か」
それはまあ、当たり前といえば当たり前か。
今までずっと座ってた席だし。
………………ちょっと後ろめたいけど、漁ります。
はい。机の中。
ゴソゴソ………………ゴソゴソ………………
ん?
机の奥に、何か固い物が………………
「何だろ、これ」
取り出したのは、紫色の、拳大の結晶。
魔力は感じない。
何も関係ないものなのかな?
「でも、嫌な予感がする…………一応、持っておこう」
持っている鞄に結晶を入れておく。
他に、手掛かりになるものは…………
「ん、あれは……」
教卓の下、教室に入ってきたときは死角になっていた場所。
そこに、血痕があった。
側にしゃがんで、すぐにそれを調べはじめる。
少しだけだけど、魔力の痕跡がある…………
「魔族であるのは、これで確定か……」
あとは、魔族がどんな人間や動物に化けているのか、それと、どんな魔族なのか…………
他にも、犯行経路の特定とかもしておいた方がいいかな。
「他の場所も見てみよう」
立ち上がって教室の出入口を向く。
人影が、そこに立っていた。
逆光で顔はよく見えない。
「…………!」
マズイ、警察や教師ならまだいいけど、この状況で魔族に見つかったりしたら…………
しかし、そこに立っていたのは、予想だにしない人物だった。
「嘘…………どうやって…………」
その人物------暗月冥夜は、右手を軽く上げてきた。
ここに来たってことは、魔力が使えるようになったってこと?
『霧玄さんの許可をもらってきた』
「まさか、魔力が使えるようになったの…………?」
『一応な』
紙を見せる冥夜君の服は、ところどころ破けていた。
血が滲んでいる場所もあった。
「無茶…………したんだね」
『ああ』
隠そうともせずに頷く、冥夜君。
相変わらずだね。
『状況は?』
「とりあえず、魔族の仕業だってことは確定。けど、どんな魔族かはわからない」
『そうか……』
冥夜君から少し目を離し、時計を確認する。
もう、6時過ぎか。
「今日は一旦家に戻ろう。日が沈んだら魔族の力が強くなっちゃうから、戦うならなるべく昼間の方がいい」
『お、おう。来たばっかだが……』
「ゴメンね。明日からは一緒に来てもらって大丈夫?」
『おう』
◆◇◆◇◆◇
「ただいま〜」
「おぉ、帰ったか。風呂、沸いとるぞ。先に入ってくると良い。疲れただろう」
玄関に入ると、目の前に霧玄さんが立っていた。
いつも着ている和服とは違い、今は甚平に身を包んでいる。
「わかった。けど、冥夜君の方が疲れてるでしょ? 先に入っても良いよ?」
『良いのか?』
「うん。大丈夫だよ」
『悪いな』
零に向かって軽く手を挙げ、風呂に向かう。
実は、めちゃくちゃ汗かいてたんだ。俺。
「お父さん………………」
「うむ」
冥夜がいなくなった玄関。
二人の間には、重苦しい空気が流れていた。
「やはり、彼には何かあるようだ」
「だよね。あの大烏天狗に一撃入れたんでしょ? 私でも一年かかったよ、それ」
零が溜息をつく。
実は零は、『天才』として名が通っていた。
魔力の制御、零は二年で体得したが、通常はその倍以上…………推定五年はかかるものである。
それを、冥夜はたったの一週間やそこらで制御している。
これは、『天才』という言葉ですら生温い。
「『化け物』…………か」
「そんなこと言いたくないけど、流石にこれは異常だよね…………」
「とにかく、少し警戒しておくにこしたことはない。いきなり魔力の暴走などがあるかもしれん」
「そうだね。明日からは一緒に学校の調査だから、気をつけて見てみるよ」
「頼んだぞ」
最後にそう言い残して、霧玄はその場を立ち去った。
残された零は、小さく溜息をつく。
「まさか………………ね」
頭に浮かんだ有り得ない想像を掻き消し、零も自室に向かった。
零の鞄の中、紫色の結晶が不気味に光を放ったことを、誰も知らなかった…………