Part8 地獄特訓! 沸き起こる疑問
休校の知らせを聞き、回れ右して帰宅した。
帰宅途中まで神谷がいたからあまり魔族の話はしていないが、やはり零は魔族の仕業だと踏んでいるらしい。
「私は少し学校で調査してみる。冥夜君は訓練して、少しでも魔力を使えるようになっておいて」
『一人で行くのか?』
「うん。まだ魔力が使えない冥夜君が行くと、割と本気で危ないからね。調査するだけ。魔族と戦闘なんてしないから、安心して」
そう言って、零はすぐに学校へ向かった。
ご丁寧に、家の周りに結界を張って。
霧玄さんによると、この結界は魔力を纏っていれば抜けられるらしい。
つまり、霧玄さんと空さんは出入り可能だが、俺は出入り不可。
ついていこうとしても、無駄みたいだ。
というわけで、道場なう。
霧玄さんと向き合い、訓練の準備。
「先程言っていたこと…………あれは本当かね?」
霧玄さんが尋ねてきて、それに頷く。
「本気で相手をしてほしいなどと……………………下手をすれば、いや、ほぼ確実に死ぬぞ」
『死にませんよ』
「ほう?」
『死んでなんかいられない。もう、1分1秒だって無駄にできない。だから、お願いします』
紙を見せると、霧玄さんは頭に手を当て、溜息をついた。
「後悔しても知らんぞ」
『何もしないで後悔するよりマシです』
「よろしい。では、始めよう。ここからは……………………地獄の特訓だ」
霧玄さんが目を閉じて何やら唱えると、霧玄さんの隣に2mはあるであろう天狗が現れる。
「魔族序列第六位、『大烏天狗』。様々な種族のある魔族の中で、6番目に強い種族であり、私の使役できる最強の魔族だ」
大烏天狗………………
鼻の長い黒い面をつけ、右手に葉でできた扇を手にしている。
魔族で、6番目に強い………………
「本気のこやつと戦うとなると、死亡確率は前回より跳ね上がる。ほぼ100%と言っても良いだろう。それでも、やるか?」
力強く頷く。
霧玄さんは安心したような、また、決心したような表情で頷いた。
「では、君の攻撃が、大烏天狗にマトモに入ったら、特訓は終了だ。その時点で、君は下級魔族や、中級魔族の下位種族には勝てるようになっているだろうからな」
コクリ。
頷くと、霧玄さんは道場の隅に移動し、右手を上げる。
「では………………始め!」
霧玄さんの手が振り下ろされると同時、大烏天狗が肉薄する。
速ぇ…………!
大烏天狗の手刀を辛うじて避けるが、大烏天狗の移動時に吹いた風によって、体勢を崩してしまう。
そこにすかさず、右足での蹴りが放たれた。
避けられない。
咄嗟に体を動かす。
避けるために、ではなく、蹴りを弾き返すために。
右手に魔力を纏わせ、大烏天狗の足を弾く。
若干体勢を崩した大烏天狗に一撃入れるべく、間髪入れずに左足で蹴りを放つが、大烏天狗は右手の扇で風を起こし、こちらの体勢を崩すとともに、距離を取った。
強い………………流石は、魔族第6位…………
かなり距離は離れているが、あのスピードだ。
気を抜けば一気に詰めて来るだろう。
神経を張り巡らす。
気を抜くな、集中しろ…………!
ブワァ…………
突然、足元から風が吹いた。
下…………………?
一瞬。
たった一瞬、視線を足元に向ける。
向けてしまった。
視線を、逸らしてしまった。
風を切る音。
気付いたときには、大烏天狗は目の前に迫っていた。
ドスッ…………
大烏天狗の拳が、俺の腹にめり込む。
骨が折れたような音がした。
「……………………!」
血を吐いた。
肺の中の空気が押し出され、軽い酸欠状態に陥る。
足元が覚束ない。
視界が霞む。
けど……………………
まだ生きてる。
両足に魔力を叩き込む。
皮膚が裂け、血が飛び散った。
が、魔力の補助を受けることで、足の震えが止まった。
未だ至近距離にいる大烏天狗に、拳を振り下ろす。
ギリギリのところで、避けられた。
扇が振るわれ、風が起きる。
地面と垂直に、吹き上げられる。
マズイ、空中じゃ、避けようがない!
跳躍する大烏天狗。
膝を折り、蹴りの体勢を取っている。
右手の先に魔力を溜める。
大烏天狗の蹴りが当たる寸前、溜めた魔力を一気に爆散させ、その勢いで蹴りをかわす。
その勢いのまま、空中で一回転。
左足で蹴りを入れようとするが、扇に阻まれ、不発に終わる。
左足を受け止めた扇を蹴り、距離を取る。
強い、けど………………
このままいけば………………
「油断するのは関心せんな」
え?
霧玄さんの言葉の直後、腹部に鋭い痛み。
服が、みるみるうちに赤く染まっていく。
腹部には、硬化した葉が刺さっていた。
前を向くと、扇をこちらに向けた大烏天狗。
扇の一部が、少しだけ無くなっていた。
撃てんのかよ、それ………………
くそ、まだまだだ…………
死ぬわけにはいかない。けど、今やめるわけにもいかない!
どうすれば魔力を自由に使える?
考えろ、イメージしろ…………
……………………イメージ?
そうか。
わかったぜ、魔力の使い方!
イメージする。
奴に勝つ未来を。
やるべきことは一つだ!
俺の身体から発生する魔力。
その魔力は、鞭のように細く、長く、また強靭になっていく。
そして………………
大烏天狗を、拘束した。
コイツで、終わりだ!
今まで通り、右手に魔力を集中。
思い切り、叩き付ける!
『ヌゥゥゥゥゥゥゥ!』
大烏天狗の腹部に拳は直撃し、確かに大烏天狗にダメージを与えた。
「………………まさか、本当にやってのけるとはな」
満身創痍な俺に、霧玄さんはそう言った。
肋骨は折れ、腹部には葉が刺さった傷が残っている。
気が抜け、足に溜めていた魔力が消えていく。
支えを失い、その場に倒れ込む。
「ふむ。とりあえずは合格、といったところか。どれ、治してやろう」
治せるのか?
「治す、というのは正確ではないな。人体組織に魔力を注入することで、自然回復力を底上げ、治癒させる」
何でもありか、魔力。
治るなら文句はないけど………………
霧玄が手に魔力を溜め、そこから徐々に傷口へ流れ込んでいく。
ゆっくりと、傷が塞がった。
「零を追うか?」
頷いて、立ち上がる。
「ならば、もう私は何も言わん。行ってこい」
止められるかと思ったが、すんなりとOKが出た。
霧玄さんに感謝の意を込めて頭を下げ、道場を出て玄関に向かった。
◆◇◆◇◆◇
「どういうことだ………………」
冥夜が出ていった道場に一人残された霧玄。
その呟きは、自然と出ていた。
冥夜の成長は確かに早い。
過去に前例がないスピードだ。
一週間やそこらで、魔族序列第7位以上…………『上級魔族』に一撃を加える?
そんな人間は、今まで見たことも聞いたこともない。
ただ、それより気になるのは…………
「やはり、少なすぎる…………」
あやつの身体に宿った魔力。
その全体量が少なすぎる。
通常、魔力というのは誰もが体内に持っているもの。それが、訓練や魔族との接触により、呼び覚まされる。
そうして、魔力は使えるようになる。
個人差はあるとはいえ、魔力の全体量は誰でも同じようなものだ。
しかし、あやつは何だ。
多く見積もっても、『常人の10分の1以下』だ。
あやつには、何かある。
本人ですら覚えていないところ、もしくは知らないところに。
「まだ、推測するには材料が少なすぎる。もう少し、材料を集めよう。それまでは、下手に動いたらマズイ」
霧玄の呟きは、誰にも聞かれずに消えていった……………………
さあ、どんどん冥夜の設定の伏線が増えていく。
回収しきれるかな…………