Part4 虚野家
蝉の声が喧しく響く。
目の前にそびえ立つのは、有り得ないほど巨大な豪邸。
なんじゃこりゃ………………
「虚野家はこっちの業界ではそこそこ有名でね。先祖代々この仕事やってることもあって、無駄に広い家があちこちにあるんだよ」
「ほとんどは空き家同然だがね。ハッハッハッ」
苦笑しながら説明する零と、豪快に笑う霧玄さん。
このレベルの家があちこちに…………?
東京ドーム2個分はありそうだぞ!?
「あ、でもここが一番大きい家で、他はこの半分くらいだよ」
それでも十分過ぎるだろ………………
「まあ、立ち話もなんだ。中に入ろうじゃないか。夕飯の準備もできているだろう」
「そうだね。ほら、冥夜君。大丈夫だよ。この家、今は私と両親しか住んでないし」
…………ナンデスッテ?
この激広な家というか屋敷に、3人しか住んでいないだって?
贅沢にも程があるだろう。
4分の1くらい土地を分けてほしい。
なんて考えていたが、後ろから零が「ほら、入ろ入ろ」と背中を押すものだから、仕方なく思考をやめ、玄関に入る。
広っ………………
「どうする? まず部屋に荷物置いてきちゃう?」
零は俺が右手に持っている荷物を見ながら言う。
男子高校生の一人暮らしなんてたかがしれていて、荷物はそんなに多くない。
『荷物は後でいい』
俺の意思表示手段、ルーズリーフに書く。
荷物はそんなに重くないし、喫茶店で何も食べなかったから、どうにも腹がへった。
「じゃあ、先にご飯だね。居間はすぐそこだから、ついて来て」
頷いて、歩きはじめた零を追う。
「ほら着いた。ね? すぐそこでしょ?」
ちょっと待ってほしい。
どういうことだろうか。
普通、家に入ってまっすぐに居間に向かったなら、1分もかからないくらいだろう。
ここで問題だ。
Q、玄関から居間まで、何分かかったでしょう?
答えはなんと5分。
玄関から徒歩5分は、零にとって『すぐそこ』らしい。
「? どしたの?」
本気で不思議そうな顔をする零。
…………突っ込んだら負けか?
首を横に振ると、零は首を傾げたあと、「ま、いっか」と呟いた。
「あら、零。帰ってきてたの?」
居間の奥…………台所だろうか? から、女性の声が聞こえてきた。
台所から出て来たのは、零と同じく黒の長髪の女性。
深紅の着物を身につけている。
「そちらが、昨日言っていた?」
「うん。暗月冥夜君。冥夜君、こちら、私のお母さんの…………」
「虚野 空です。よろしくね、暗月冥夜君」
軽く会釈。
「じゃあ、晩御飯にしよっか。もう用意できてるから、座って座って」
空さんに背中を押されて、席につかされる。
さっきから妙に良い匂いがしてると思ったんだが、俺が来るのは最初っから決まってたのか?
ふむ。
座った椅子の横に、荷物を置く。
少し待っていたら、空さんがいくつもお盆を持ってきた。
って、お盆が浮いてる!?
驚いた顔をしていると、零が隣の席につきながら笑っていた。
「あれも、魔力を使ってるんだよ。集中して、お盆の下を見てみて?」
?
言われた通りに、集中して見てみる。
………………?
ボンヤリと、紫色の霧が見える。
あれが、魔力?
「紫色の霧みたいなの、見える?」
コクリと頷く。
「その霧が、魔力。うん、とりあえず、魔力を見るだけの素養はあるみたいだね」
『素養?』
「うん。魔力は、全く使えない人と使える人、2つに分けられるんだけど、全く使えない人は、魔力視認することも出来ないから、見えたってことは、冥夜君は魔力を使うことが出来るってこと」
訓練次第だけどね、と言う。
まてよ?
あの紫色の霧が魔力ってことは…………
『これも、魔力か?』
ルーズリーフに書いて零に見せると同時に、右手に力を込める。
すると、右手を包み込むように紫色の霧が発生する。
「嘘……………………」
「まあ……………………」
「なんと……………………」
その場にいた全員が目を見開いた。
零にいたっては、開いた口が塞がらないといった様子。
「冥夜君……それ、どこで習った?」
『習ったわけじゃない。いつの間にか出来るようになってたんだ』
「私、修行始めてからその段階まで、3ヶ月かかったんだけど…………」
「思った以上に、修行も早く終わりそうだな」
霧玄さんが愉快そうに笑う。
まあ、早く修行が終わるなら、それが一番だけど………………
「とりあえず、修行は明日からだ。今日はしっかりと身体を休めておきなさい」
「じゃあ、そろそろ食べよっか。冷めちゃったら美味しさ半減だしね」
「「「いただきます」」」
虚野家の声に合わせ、頭を下げる。
声が出ないとはいえ、こういうことはしっかりと、な。
メニューは純和風。
焼き魚に、味噌汁、漬物に白御飯。
家はでかくても、人数が少ないっていうのがあるからか、量は一般家庭と同じくらいか?
◆◇◆◇◆◇◆◇
食事の後、零に案内されて部屋にやってきた。
うーん、『部屋』なのに、俺が住んでたアパートの一室より広いんだが。
「布団とかは、そこの押し入れに入ってるから。荷物とかも適当に置いといて大丈夫だよ」
テキパキと部屋の用意をしていく零。
お、机の上にお茶のセットがある。
ここは旅館か?
「私の部屋が隣だから、何かあったら聞きに来て。あ、でも………………」
いきなり、表情を曇らせる零。
どうしたんだ?
「襲わないでよ?」
飲みかけていたお茶を盛大に噴いた。
いきなり何言い出すんだコイツは!?
「いや、だって…………私だって一応年頃の女の子だし…………」
そりゃあ心配もするだろうが、タイミングが悪すぎる。
何故お茶を口に含むと同時に言うんだ、そういうことを。
ハァ………………
先程部屋の隅に置いた荷物から、ルーズリーフとシャーペンを取り出す。
これから、小さなメモ帳でも持ち歩くか…………………
『何のためにこの家に来たと思ってんだ。1ヶ月で魔力のコントロールをマスターするんだ。そんなことしてる暇があれば、1秒でも長く訓練してるっての』
「…………そうだね。冥夜君なら、そう言うと思った」
なら言うなや。
全く。
「っと、最後にもう一つ。お父さん、ああ見えてかなりスパルタだから、気をつけてね」
『マジ?』
「うん。じゃ、私も部屋に戻るね。おやすみ」
手を振りながら、部屋から出ていく零。
スパルタねぇ………………
上等。
1ヶ月でマスターするなら、ある程度は無茶しなきゃな。
幸い、あと1週間で夏休みだ。
修行の時間は、十分ある。
とりあえず、明日の修行の為にできることは……………………
寝るか。
今日はいろいろとありすぎて疲れた。
明日に疲れを残さないようにしないとな。
布団に入り目を閉じると、深い眠りについた。