Part2 魔族
〜とある喫茶店〜
俺は何をしてるんだ。
目の前に運ばれてきた珈琲。
そこから立ち上る香りが鼻腔をくすぐった。
「冥夜君って、珈琲ブラックで飲めるんだ。私には無理だな〜」
机に両肘をついて頬を支え、ニコニコと微笑む黒髪の少女。
今日うちのクラスに転校してきた。
で、なんで俺はそんな奴と喫茶店に来ている?
話の流れで来てしまったが、うぅむ………………
俺、飯は一人で食う派なんだよな…………
「それって、典型的なボッチだよね」
心を読むな。
んでもって、ボッチ言うな。
「いや、だって…………ねぇ?」
やめろ、可哀相な奴を見る目で俺を見るな!
っていうか、何故会話が成立する!?
「昔からなんだけどさ、私、人の表情から考えていることを読むのが得意なの」
これはもう、得意ってレベルじゃないだろ………………
で、話ってなんだ?
「そんな急かさなくても良いじゃん。お昼もまだなんだし」
…………意外と便利だな。
紙に書かなくても言いたいことが通じるって。
他の奴らも身につければ良いのに…………
「流石に、誰でもはできないと思うけど………………まあ良いや。話っていうのは、私の父親の仕事についてなんだけど…………」
親の仕事?
そんなことの話を、なんで俺に?
「…………今から話す話、多分、とてもじゃないけど、簡単に信じられる話じゃないの。けど………………君を巻き込んでしまうかもしれないから」
巻き込むだと?
何というか………………穏やかじゃない話になりそうだな。
「まず、前提からして信じてもらえないかもしれない。というか、多分信じられない話になるのだけど………………」
構わないと言うふうに、俺は頷く。
転校生−−−−というのもなんか違和感を感じるようになってきたな。
零は、話し始めた。
「この世界には、人間とは違う、魔界から来た『魔族』が、人間に紛れて生活してるの」
いきなり凄いとこ行ったな。
「で、私の父親は、その『魔族』を排除する仕事をしていて、わたしも手伝ったりしてるんだけど………………」
だけど?
「私の見る限りでは、冥夜君。君に、『魔族』の使用する『魔力』がこびりついてるの」
『魔力』?
それが、俺についているだって?
「別に、冥夜君が魔族なんじゃないかって疑ってるわけじゃないの。ただ、魔族の被害を受けた人に魔力がこびりついてることがよくあるから、もしかして、今までに魔族の被害にあったんじゃないかって」
なるほど。
つまりは、情報収集か。
確かに、俺がその魔族とやらの被害に遭っていたなら、そいつに関する情報を持っている可能性は高い。
だが……………………
『そういうことなら、協力はできそうにない』
自前のルーズリーフに書き連ねる。
「どうして?」
『俺は、喉が潰れたあの事故以前の記憶が無いんだ』
「………………え?」
『病院で眼を覚ますまでの記憶が一つもない。記憶喪失ってやつだ』
だから、俺がたとえ過去に魔族の被害に遭っていたとしても、俺はそれを覚えていない。
零にとって有益な情報は、何もないわけだ。
「…………そっか。ゴメンね。このことは忘れて?」
伝票を持って立ち上がる零。
俺はその左腕を掴んだ。そして、空いている右手でルーズリーフに字を書いていく。
『少し聞きたいことがある。とりあえず座れ』
それを見せると、零は少しだけ驚いたような顔をした。
が、すぐに頷いて、先程まで座っていた席についた。
『俺に、魔力がこびりついていると言っていたな』
「うん。でも、残滓みたいなものだからあまり多くないし、身体に害は無いと思うけど…………」
『俺にこびりついている魔力、コイツをコントロール出来たりはしないのか?』
「…………どうして?」
『情報面では協力出来ない。けど、魔力のコントロールが出来るのなら、戦闘面では協力出来るんじゃないか?』
俺の書いた字を見て、零は再び驚いた顔をする。
流石に予想外だったか?
「出来るとは思う。けど、私でも完全にコントロールするまでは2年かかったし、どんなに頑張っても、1年はかかると思う。だいいち、一般人を戦闘に巻き込むなんて、お父さんが許すとは思えない…………」
『1ヶ月だ』
「1ヶ月?」
『1ヶ月でマスターしてやる。教えてくれ』
「そんな無茶な………………」
頭を抱える零。
ふぅむ…………そんなに無茶なことなのか…………
「…………一応、お父さんに聞いてみる。明日、学校で結果を教えるよ」
呆れ顔の零の言葉に、俺は深く頷いた。
結局、その後は特に何もないまま別れた。
自分の頼んだ分の金は払おうとしたが、「私が連れてきたんだから」と零に伝票を奪われてしまった。
〜暗月家〜
帰宅。
ただいま、なんて言えないが、元々言う必要もない。
両親はすでに亡くなっている『らしい』から。
まあ、事故以前のことらしいから、詳しくは知らないが。
「(魔力………………か)」
ベッドに横になり、右手の掌を見る。
力を込めると、紫色の薄い霧のようなものが掌を覆った。
両親が死んだのは事故以前。
俺が魔族の被害に遭ったのも、恐らくは事故以前。
であるなら。
『両親が死んだ理由も魔族にあるかもしれない』。
やってやるさ。
どんなにきつくたって、知ったことじゃない。
俺は、俺にできることをする。
決意と同時、身体全体に力が湧いた気がした。