Part15 真実と過去②
「ディアボロ…………?」
『左様。死したお主を迎えに来た、といったところか。お主達人間からすれば、死神のような存在だ』
「死した…………やっぱ、俺、死んだのか」
『左様。お主は死して、魔界へ送られる途中の段階にいる。…………だが』
姿の見えない、『悪魔』ディアボロは、そのまま続ける。
『お主が強く望むのなら、生かしてやることも出来る』
「何!?」
生き返れる?
そんなことが出来るのか?
『一応、だがな。必要なのは、生き返りたいと願う理由。人間界への強い未練。私が認めるだけの理由があるのなら、生かしてやろう』
生きたい、理由…………
強い、未練…………
『ただし、生き返ったとしても、大きな代償が付き纏うだろう』
大きな代償…………
けど、そんなことは関係ない。ただ俺は、伝えたいだけなのだから。
彼女に、自分の想いを。
「大切な人が、向こうで生きてる。その人に、伝えたいことがあるんだ。俺は、それまでは死にたくない。いや………………死ねない」
『………………理解した。お主を生かそう。ただし、お主の願いに、この代償はちと苛酷であろうが、それでもよろしいか?』
「構わない。彼女にまた会えるというのなら」
『よかろう。では、ゆっくりと目を閉じるのだ』
言われた通りに、目を閉じる。
目を開けていようが、自分の身体しか見えていなかったが。
この後、ディアボロが発した言葉が、今の自分の全てを物語っていたのだろう。
『融合』
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は再び闇に沈んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚まして、最初に視界に入ったのは白い天井だった。
薬品の匂いがすることも考えると、病院の一室なのだろう。
本当に、生き返ったのか…………?
「先生、目を覚ましました!」
すぐそばで、看護師の声がした。
俺の担当医を呼んでいるのだろう。
「おお、目を覚ましたか。聞こえるかい?」
現れたのは、白髪が目立つ初老の男性だった。
聞こえるという意味を込めて、静かに頷いた。
「良かった…………それにしても、あの状態で生き延びるなんて、奇跡だな……身体に、何か異常はないかい?」
問われて、身体の状態を確認する。
全身痛いが、それくらいだ。異常と言えるほどのものはない。
大丈夫です、そう答えようとして。
自分の身体に起きていた『異常』に、気付いた。
声が出ない。
どれだけ話そうとしても、空気が口の中から抜けていくだけで、音が発せられない。
そこで、ディアボロの言っていた言葉の意味を理解した。
『生き返ったとしても、大きな代償が付き纏うだろう』
『お主の願いに、この代償はちと苛酷であろうが、それでもよろしいか?』
苛酷。
確かにそうだった。
彼女に、想いを伝える?
声が出せないのに?
冷静に考えれば、手紙で伝えたりすることも出来ただろう。
けど、俺はどうしても、自分の言葉でこの想いを伝えたかった。
しかし、それは叶わないものだった?
…………嘘だ。
そんな事になるなら、生き返る必要なんてなかった。
俺は………………
◆◇◆◇◆◇◆◇
一年ほどして、俺は退院した。
死んでもおかしくない、いや、むしろ死ななかったのが奇跡な状態だったため、回復にはかなりの時間がかかった。
病院から出て、真っ先に向かったのは自分の家ではなく、彼女の家だった。
想いを伝えることは出来ない。
それでも、ただ、会いたかった。
彼女の笑顔を見たかった。
彼女の家が建っていた場所…………そこにあったのは、夜空に輝く満月を隠してしまうほどの、大きなマンションだった。
目を疑った。
どんなに小さくても。
どんなにボロボロでも。
彼女の家は、確かにここにあったはずだ。
間違えるはずがない。
「やはりここにいたのか」
背後から男の声。
振り返ると、そこに立っていたのは父親、暗月 真夜だった。
「退院したのなら、まず親に顔を見せるべきだろう。だというのに、お前はまたあの負け組の娘のことなど気にしおって………………」
真夜のその言葉に、並々ならぬ怒りが沸き上がる。
「ちなみに、あの娘なら引っ越したぞ。ここに我が社のマンションが建つということでな。立ち退いてもらった」
………………今、何て言った?
マンションを建てるために、立ち退かせた?
「良い機会だ。お前もあんな娘のことは忘れて、私の跡を継げるように成長してくれ」
立ち退かせた……………コイツガ、ゲンインカ。
一気に、怒りが爆発した。
全身から紫色の霧が噴出し、爪は鋭く長く、瞳の色も紫色に変色した。
ここからは、もう自分の意思で身体を動かすことは出来なかった。
俺の腕が、真夜の胸部を貫通した。
「な…………にを…………」
一気に腕を引き抜き、首を掴む。
そのまま、息絶えた真夜を引きずりながら、自宅を目指した。
自宅で、真夜と同じように母親も殺し、家を、焼いた。
満点の星空を、炎の赤が彩っていた。
その炎は徐々に勢いを増し、夜空に浮かぶ満月すら、焼いてしまいそうだった。




