Part12 魔女と声
遅くなりました。
12話です。
さぁて、こっから第1章ラストスパートだ!
一陣の風が吹き荒れる。
雲に隠れた満月が、朧な灯を放っていた。
黒いローブから覗く金色の髪が、風に揺れた。
「神谷…………さん?」
振り絞るような声で、零が呟いた。
黒いローブは、笑みを浮かべて言う。
「そうだよ、零ちゃん。私は神谷遥。髪は伸びてるけど、見ればわかるでしょ?」
いつもの声色、いつもの調子で笑う神谷。
確かに、髪が長いこと以外は紛れもなく神谷だ。
しかし、先程から感じるこの感覚は……………………
尋常じゃない、魔力。
「そう、神谷遥。魔族序列第四位、『魔女』の神谷遥だよ」
神谷の笑みが、一気に冷めたものに変わる。
直後、俺と零の身体は宙を舞っていた。
「ひゃあ!?」
背中が校舎に叩きつけられる。
先程いた場所から校舎まで、4、50メートルはあったのに、である。
「狼牙はいい働きをしてくれたわ。恐らく一番邪魔なアンタを、こうして行動不能にしてくれたんだから」
神谷は俺の目の前に立つと、見下したような目でこちらを見下ろす。
「ま、魔力を極限まで『減らしておいた』んだから、どっちにしても脅威にはならなかっただろうけど」
「魔力を減らしておいた? …………どういう意味?」
「文字通りの意味よ。アンタも気付いてるんでしょ? 冥夜の、異常なほどの魔力の少なさに」
どういうことだ?
俺の魔力が、異常なほど少ない?
「それ、私がやったのよ。中学の時から3年もかけて、冥夜の魔力を封印したの」
「封印?」
「無駄話はここまで。一方的に虐殺するのもつまらないし、ゲームをしましょう」
神谷が、悪戯好きな少女のような笑みを浮かべる。
「冥夜の魔力は、『ある物』に封じて、校舎のどこかに隠しておいた。私に殺される前に、それを見つけ出してみせなさい。封印した魔力が解放されれば、私にも勝てるかもしれないわよ?」
「そんな………………」
「じゃ、ゲーム開始」
言うやいなや、超スピードで急接近。
俺と零の間に滑り込むと、零を思い切り蹴り飛ばした。
「アンタはそこで見てなさい。どうせ動けないんでしょ」
俺に吐き捨てるように言って、すぐに、蹴り飛ばした零を追う神谷。
くそっ、結局俺は役立たずかよ…………!
冥夜は、力の入らない拳を握り締めた。
◆◇◆◇◆◇
「ハァ…………ハァ…………」
「ホラホラ、もっと速く走らないと。簡単に終わっちゃったら、つまんないじゃん」
背後から、ローブ姿の神谷さんが追ってくる。
『ゲーム』とやらが始まって、まだ5分程度しか走ってないのに、もう息が切れてる。
魔力を使って運動能力を底上げしているにも関わらずだ。
普段の運動不足が、こんなところで足を引っ張るなんて…………
廊下の角を曲がる。
曲がった先で、一番近い教室に飛び込んだ。
この程度では、撒けるとは思わないけど、駄目押しにコレ!
走っている間に練り上げた魔力を人型にする。すると、その人型魔力は私と同じ姿になり、走り出した。
神谷さんが、魔力人形の方を追いかけてくれるとだいぶ楽になる………………
廊下を走っている、魔力人形。
その後を追う形で、神谷が走り抜ける。
よし、引っ掛かった!
さて、今のうちに魔力を封印してある物を探さないと。
まずはこの教室から…………
とはいえ、どんな物に封じられているかすらわからないし、骨の折れる作業になりそうだ。
とりあえず、机の中を片っ端から漁りはじめる。
どのくらいのサイズかわからないから、見逃さないように………………
「なさそう、かな。次は………………」
次に目についたのは、掃除用具入れ。
教室の後方にあるそれを開くと、掃除用具入れ特有の嫌な臭いが鼻をついた。
「ここも、無いか……」
仕方ない。一つ目の教室で見つかるとは思わなかったし、次に行こう。
この教室を諦め、廊下に出たその時。
首に衝撃がはしった。
首筋に食い込む誰かの五指。
呼吸すらままならなくなる。
「見ぃつけた」
漆黒のローブから覗く、不気味な笑顔。
神谷遥だ。
「案外呆気なかったね。魔力でできた人形には少し驚いたけど、詰めが甘いよ。さっきまで息切れしてたのに、いきなり息切れしなくなったら普通は気付くでしょ」
そう言っている間にも、首を締め付ける力は強くなっていく。
マズイ、意識が………………
「さて、このまま絞め殺されるのが良い? それとも、あの人狼みたいに一思いに消してあげようか?」
薄れ行く意識。
その片隅で考えたのは、ただ一人、あの少年。
危険だとわかりつつ、私と一緒に戦うことを、迷いなく選んだ少年。
冥夜…………君………………
意識を自ら手放そうとした瞬間、『私の鞄から』尋常じゃない魔力が噴き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
くそ、動けよ!
なんで立ち上がることも出来ねぇんだ、こんなとこで寝てる場合じゃねぇだろうが!
身体に力を入れても、身体を少し持ち上げるのが精一杯。
立ち上がることすら出来ない。
零が戦ってるんだ、戦闘面で協力するって決めたのは俺だ。
立ち上がれ、戦うんだ。
例え、この身がぶっ壊れたって!
何も出来ずに後悔したくはない!
決意をした瞬間、身体に力が溢れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
鞄から溢れ出す魔力。
それは何故だか、感じたことのある、懐かしいもので。
私には、それが誰の魔力だか、すぐにわかった。
「冥夜………………君?」
動揺している神谷さんの腕を振りほどき、鞄を開ける。
『嫌な予感がする…………一応、持っておこう』
魔力を放っていたのは、昨日見つけた、紫色の結晶だった。
もしかして………………
「これが、冥夜君の魔力?」
「何でそれを………………! く、仕方ない。なら、解放される前に…………」
神谷さんがそう言って、再びこちらに手を伸ばす。
しかし、その手が私に届くことはなかった。
耳元で風を切る音が聞こえ、神谷さんの身体は廊下の向こうへ飛んで行ったからだ。
腕を振りきった体勢で立っていた『彼』は、『出せるはずのない声で』、こう言った。
「神谷………………ケンカ売る相手が違ぇじゃねぇか。お前の相手は………………
俺だろ?」




