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終ワリノ始マリ

作者: 七島新希

 テレビの画面上では一人の女性ピアニストがピアノを演奏している。周囲は暗く、スポットライトに照らされたピアノと、それを奏でる赤いドレスに、絹のような黒髪を結い上げたピアニストの姿だけが浮かび上がっていた。 

 女性が演奏している曲はショパンの革命のエチュード。ピアニストは黒い澄んだ瞳をピアノに注ぎ、奏でるメロディーは時に強く鋭く、時に弱く繊細に、曲の造形が浮かび上がってくるようで、すばらしかった。

 鍵盤の上を軽やかに動く手は細くて長く、そして少し筋肉質で引き締まっていた。

 そんな、革命のエチュードを演奏するピアニストの映像が流されているテレビの部屋は、曲のメロディーのみが流れており静かだった。部屋は寝室なのか大きめのベッドが一台置いてあり、その上には一人の女が横たわっていた。そして、そのベッドの脇には一人の男が立っていた。

「キミは今日も綺麗だね」

 男は呟く。しかし、反応はない。テレビのピアノ演奏が部屋に響くのみだった。だが当然のことなので、男は別段気にした素振りは見せなかった。

男は女――彼女の髪をなでる。一度も染めたことがないであろうサラサラな黒髪。その髪を手で梳いてやれば引っ掛かることなく、滑らかに毛先まで指が通る。

男はしばらくの間、彼女の髪を梳き弄ぶことに興じる。

「髪も変わらずサラサラ、肌もスベスベ。やっぱりキミはすばらしい」

男は彼女の頬に手を滑らせる。その肌は青白く冷たいが、男は上機嫌だった。

「キミの瞳も綺麗なんだけどね。もう濁っちゃっているだろうから、閉じておくしかないんだよね。でも最後にその澄んだ目に映されたのがボクでよかったよ」

 男は閉じられた彼女のまぶたにそっと触れる。彼女はピクリとも動かない。男は構わず手を首へ、そして肩へと滑らせていく。

 彼女が着ているのは真っ白なウエディングドレスだった。純白で清純さの証。結婚式場で着るそれは、この場にはそぐわず異質。

 対する男は白いTシャツにジーンズというラフな格好。生活感があった。

 男は彼女の剥き出しの肩を撫で、腕へと手を動かしていく。そして、彼女の手へと、到達する。

「キミの一番の魅力はやっぱり手だよね」

 男は彼女の手の甲へと指を這わせた後、その手を持ち上げた。

細く長い綺麗な手。それでいて少し筋肉質で引き締まった手。

今は力なく男にされるがままになる手。任すことも拒絶することもない、意思のない手。

「僕は鍵盤を軽やかに駆けているのを見るのが一番好きだったけれど、仕方ないよね。キミをずっと永遠に変わらず愛せるようにするためなら、安い犠牲さ」

 男はもう片方の手で、彼女の五本全ての指をつまむようにしながら、触っていく。

 親指。

 人差し指。

 中指。

 薬指。

 小指。

 指の形、弾力を確かめるように、優しく丁寧に、男は彼女の指をなぞる。

 突然、盛大な拍手と歓声が部屋に響き渡った。その音の源はつけっぱなしのテレビ。画面上の女性ピアニストが演奏を終えたのだった。

 男はテレビの方へ振り返り、眉を潜めながら不快感をその顔へ露骨に表した。そして近くの小テーブルの上に置いてあるリモコンを手に取り、テレビに向ける。しかし、電源を切ったりはしなかった。ボリュームを落としただけだった。

 再び元の場所へと男はリモコンを戻した。うっすらと埃が積もっていて手が少し汚れたので、男は両手をこすり合わせて払う。

 テレビをつけたのは久し振りだった。普段は置物状態なため、手入れもされてなく、よく見ると液晶画面にも埃がついていた。

「『始めあるものは必ず終わりあり』と言うように、キミの弾いていた曲もいつも、今だって始まって終わっていた。何事も始まりがある限り、終わりからは逃れられない。どんな楽しいことだって始まれば終わりの時を迎え、栄えていたものはやがて滅び、生きているものはやがて死ぬ。それはとても悲しいことだ。ことによってはキミが弾いていたショパンの革命のエチュードのように絶望と怒りに打ちひしがれる」

 男は一人、語る。ボリュームの落とされたテレビ画面上では二人の解説者が背後の画面での先程の演奏のVTRの前で、女性ピアニストの演奏のすばらしさについて話していた。

「けれど、始まりさえなければ、終わりもない。始まらなければ終わりようがない。最初から終わっていれば、それは半永久的に続く。何も変わらない、永遠。そう、キミとボクのようにさ」

 彼女が横たわるベッドに上がりながら、男は言う。覆い被さるように乗っかり、男は彼女の肩を掴み、上から顔を近づける。

 冷たく体温が全くない彼女。男が何をしようとも微動だにせず、瞳を閉じたまま、彼女はただ横たわっている。

“もう彼女が行方不明になって一年が経つんですね。これからの活躍が期待された、まだ若いすばらしいピアニストでしたのに”

“惜しい人をなくしたものです”

 解説者二人の言葉と共に、テレビ画面上にピアノを弾くピアニストの顔がアップになる。それは髪を結っているものの、ベッドに横たわる彼女と瓜二つ。

「熱も反応もないし、濡れなくて物足りないけれど、キミはいつまでも変わらずに受け入れてくれるから、ボクは満足している。ずっとずっと永久に愛し合おうね」

 男は血の気のない彼女の唇に口づけ、ウエディングドレスに手を掛けた。






END.


・あとがき


 この話のテーマは概要にも書いてある通り「異常性愛」です。もっとストレートに言ってしまえば「死姦」です。それそのものの描写は一切ないので全年齢ですが。

 一番最初に思いついた時は、どこか狂っているけれど、狂っている張本人にはそれが当然であり普通だと思っているであろう心理描写を書きたいと思っていて一人称でちょこっとだけ書いていたのですが、難し過ぎたため断念してしまっていました。

 しかし、他サイトでの賞の募集ジャンルと項目を読んで、三人称で、カメラを意識して動作等の情景描写に主眼をおいて書いてみようと思い立ち、結果このような形になりました。

 ちなみにこの短編の題名「終ワリノ始マリ」は終わっているその状況そのものこそが始まりでしょう! と男に対して皮肉を込めて付けました。

 作中で一年も経過しているのなら彼女は腐ってしまっているのでは? と疑問に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、彼女は腐ってはいません。男がそうならないようにするなんらかの処理を行っています。男がそれをわざわざ語るのもおかしな話ですし、描写においてもそれを示唆する余地がなかったため、本文中では書けませんでした。私の力不足です。処理ってどんな方法だよとも思われるかもしれませんが、フィクションということでどうかご容赦を。

 執筆中にはデッドボールPのMAYU曲「ホルマリンの海」にお世話になりました。聴きながら書いていたりしました。

 それではここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。


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