【第一章】学校前の僕と姉と妹。01
たわいもない会話を続けながら、僕たちは通学路を歩いていた。勿論、そのたわいもない会話に僕も参加している。
つい先刻に美咲姉さんに言われた言葉が頭から離れなかった。妹達をお願い、そのようなことを言われたのは別に初めてのことじゃない。
7年前に唯一の男手となった僕は、何かとそういった仕事が良く回ってきていた。僕も少しでも姉さんや母さんの負担を軽くしてあげようと思っていて、嫌がる様子もなくただ課せられた仕事を忠実に行っていた。だけど、おそらく今回のそれは、それだけじゃ足りないような気がするのだ。
考えた。僕は必死になって考えたが、答えはやはり見つからなかった。だから僕は、考えることをやめて、姉さんや妹たちの会話に混じることにしたのだ。
いつかの一葉姉さんはこう言っていた。
「今見つからない答えは、いくら考えても見つからないから、今は諦めなさい。でもね、諦めたままじゃいつまで経っても見つからない。じゃあどうする?信じるのよ、自分を。自分を信じられない人は、結局は何も見つけられない。でも、自分を信じ続けることができる人は、自ずと答えを探し当てるの。だから、今はクヨクヨしない、しちゃいけない。明日の自分を信じて、明日に答えを見つけられるように、今の自分は諦めて、明日の自分が答えを探し当てられるように、今の自分を鍛えるの。そうして見つけた答えが、きっと貴方が求めた正解よ」
今思うと、とても深い話だ。僕はその言葉の意味の何割を理解しているのか、それすらわからない。わからないけど、一葉姉さんが言った言葉は信じられる。だから僕は、明日の自分を信じて、今の自分を鍛えることにしよう。
一葉姉さんはこんなこも言っていた。ようは切り返しが大事だと。切り返しが素早くできないと、見つけられるはずの答えも見逃してしまう。
「例えお得意様の接待をドタキャンしても、部長のカツラをひっぺがしても、路上にガムのゴミを落としても、ようは気にしなければ問題ないっ!」
そんな馬鹿げた発言に、僕たち姉弟/兄妹が総ツッコミをいれたのは言うまでもない。
まぁ、そんな過去話を思い出していた僕は、クヨクヨ悩んでも仕方が無いと思い、今に至るというわけだ。明日の僕が答えを探し当てることを信じて。
はい、ここでシリアスなモードはお終いだ。そう思った時には、僕の中にあったモヤモヤは何時の間にか消えていた。
「………人、増えてきたね」
それと同時に華の声が聞こえてきたため、僕はそれに答えることにした。
「そう言われてみれば、そうだね。まぁ、ここから学校が近いってのもあるし、時間的に電車通学の人たちと重なるからでしょ」
適当に答えた僕の言葉に、華は「………うん」とただ一言だけを呟いて、僕の方に近づいてきた。キョロキョロと周りを疑うような視線を通わせながら、僕の腕を握る。
以前、華は今とても綺麗になびいている日本人にとっては異質の髪の色のせいでいい意味でも悪い意味でも注目されていた。原因は、親族が言うにはかなり遠いご先祖様にアメリカ人の血が混じっている人物がいて、そのDNAを華はかなり強く影響してしまったのではないか、と話していた。ようするに、隔世遺伝というやつだ。
華は最初、この髪の色をとても気に入っていたのだが、丁度小学生ごろに自覚するであろう周りとの調和に、自分の髪の色は他の人とは違うと完全に認識してしまい、それから少ない期間ではあったがイジメにあっていたのだ。それ以降、華は周りの人との調和を気にする反面、周りの人に変な注目を浴びないように避ける態度をとるようになった。今起こしている態度も、そのうちの一つであろう。
僕も華の気持ちはすごく理解できる。………内容は天と地ほどの差があるが。それはそのうち嫌でも理解することになる。
「おぉーっ!おぉおおーっ!!」
「どうしたのよ香、そんな興奮したような声をあげて?」
「興奮してんだよっ、美咲姉ちゃんっ!だってあたしっ、今歩いている人たちと同じ学園に行くんだよっ!?私服じゃないんだよっ!?制服なんだよっ!?興奮するじゃんっ!!」
「あぁー、はいはい。わかった、わかったからあまり耳元で大きな声をあげないで頂戴。頭に響くから」
「まぁ、香が興奮する理由もわからなくもないです。初めてのことだらけで、ワクワクしているのでしょうから」
「うんっ、そんなんだよっ!さっすが、咲夜姉ちゃんはわかってるねっ!!」
「香は好奇心の塊みたいなものですからぁ」
大声で話す香を心底嫌そうな顔で睨みつけている華。香が大声を出すたびに通行人がこちらに注目しているが僕にもはわかる。目立ちたくない華にとって、今の香は最大の敵と認識されているのかもしれない。
ちなみに、僕たちの構図を言葉で表すと
ーーー月乃魅夜学園で知らぬものはいない姉、美咲姉さん。
ーーー県道界では名のしれた剣士、学園では大和撫子の二つ名を持つ姉、咲夜姉さん。
ーーーとても綺麗な金髪が特徴な、美人毒舌ロリ妹、華。
ーーーツインテールを揺らしながら、一部の萌え達に熱く指示されている小動物妹、由美香
ーーーとても活発ではしゃぎまわっている元気な妹、香。
ーーーそして、その中で一番綺麗な腰まで届く黒髪を後ろで束ねている、一瞬女の子に見える僕。
という構図だ。………十分に目立ちすぎてるな、こりゃ。これだけ目立っているのに、さらに追い打ちをかける形で香が騒いでしまっては、もう中も区を浴びることは避けられないだろう。そんなことなどお構いなしと騒いでいる香を見ながら、同じ目的同士の華と一歩下がってみんなについて行くことにした。
と言っても、今いる場から月乃魅夜学園までの距離は100mもなく、あっという間に校門をくぐり抜けることになった。
中等部と高等部は校舎は違うものの、正門はどちらもこの場所にあるため、僕たち全員がこの門をくぐることになる。