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「悪役令嬢になりますわ!」 愛する婚約者の幸せのため、砂糖菓子令嬢は婚約破棄を目指す!

掲載日:2026/06/12

その物語は、アマレッティをわくわくさせた。


巷で流行っている恋愛小説だ。


罪なき令嬢が悪役に仕立て上げられ、社交パーティの最中に、大勢が見守る中で婚約破棄を言い渡される。

彼女は涙を流しながらも、愛する婚約者の幸せのためその罪を被り身を引くのだ。


「これだわ!」


アマレッティは胸の前で本を抱きしめる。

愛する人の幸せを願う。

その為に、自分が悪く言われても身を引く。


婚約者であるアッサムも、きっと同じなのだ。

王命による婚約で、望んでもいない身分違いの相手を押し付けられた。

アマレッティにのみ見せる、無愛想な態度がそれを物語る。


きっと彼には、本当に想う人がいるに違いない。

大好きな彼に、本当に想う人がいるのなら…


ならば自分がするべきことは一つ。

自分が悪者になればいい。


「婚約破棄の準備をしなくては!」


アマレッティは勢いよく立ち上がった。


――パスティッチェリア公爵家。

当主は現国王の弟。

王家に最も近い公爵家であり、アマレッティの兄たちは将来を嘱望されている。


けれど、末娘であるアマレッティだけは少し違った。


政治話より恋愛小説をこよなく愛し、社交より製菓店巡り。

父母も兄たちも、唯一の女の子を溺愛している。

さらに伯父にあたる国王も、娘は居るのものの、この姪は特別可愛いようで激甘である。

もちろん権力のある家門の娘に、嫌がらせをする者もいない。

悪意にさらされず、周りの人間に蝶よ花よと育てられ、一身に愛情のシャワーを受けて育った。

そうして出来上がったのが、夢に夢見る女の子アマレッティである。


その婚約者アッサム・テネーロ子爵。

元は平民でありながら、実力一つで騎士爵を得たことを皮切りに、数々の功績を挙げ騎士団副団長にまで上り詰めた。さらに子爵位を叙爵した、実力者だ。


そんな、実力派の騎士団副団長とアマレッティの婚約は王命である。

アマレッティは婚約の話を聞いた時、これは自分の都合のいい夢だと本気で思った。

だって、長年思い焦がれた相手だったのだ。

アマレッティの一方的な想いなのだけれど。

それは、一目惚れと言っていいものだった。


幼い頃、王城内で迷子になったアマレッティを助けてくれた騎士団長は憧れの存在だった。騎士団の公開練習に通うようになったのも、彼の姿を見たいと思ったからである。

恋愛小説好きのアマレッティは、それを初恋だと信じて疑わなかった。


けれど、ある日。

彼女は本当の恋に出会った。

――アッサムだ。


ご令嬢たちに秋波を送られても一顧だにせず、一心不乱に剣を振るその姿に目と心を奪われた。

騎士団長には感じた事の無い、胸の音高鳴り、募る想い。そうか、これが恋なのだとアマレッティは初めて知った。

しかし、当時のアッサムは騎士見習いの平民だった。対して自分は公爵令嬢。身分差に苦しみながらかなわぬ恋に身を焦がしていた。そっと木陰から見守り、匿名で差し入れをする。それが、アマレッティに出来る精一杯だった。


因みに、騎士団長に話を戻すとかなりの年上。彼の結婚話を聞いた時は、本気で泣いた。今思えば、大好きな憧れのお兄さんを取られてしまうという、子供のわがままの様な気持ちだったのだけれど。

余りにも泣くアマレッティを見た国王が、騎士団長の結婚に待ったをかけそうになったとか。

後でその話を聞いた時は、冗談だと思ったが割と国王が本気だったと聞いて血の気が引いた。


愛し合うものを無理に引き裂き手に入れても、惨めになることは、小説から学習済みだ。


そうなのだ、このままでは大好きなアッサムを不幸にしてしまう。彼の立場では、普通の婚約解消は難しい。


アマレッティは強く手を握りしめる。

――ならば私が成らねば、悪役令嬢に。


アマレッティは、断罪される悪役令嬢ものの小説を参考書にして今後の筋書きを考える。

ヒーローの想い人に嫌がらせをするのが王道の展開らしい。悪口を言ったり、持ち物を壊したり…出来る自信はないが、頑張ろう。

その為に探すのだ、アッサムの想い人を。


翌日は、アッサムが公爵邸に訪ねて来る予定だった。

約束の時間より少し早く、彼は現れた。 


いつも通りのお茶会だった。 


アマレッティの話にニコリともせずに、興味無さそうに相づちを打つだけ。

話を聞いていないのでは、と思って

「あの時の王太子、本当に腑抜けだったと思いません?本当に国王になれるのかしら?」

と従兄弟である王太子の、幼い頃のエピソードを悪口にして話せば「ええ…ほんとに」と同意が返ってきたではないか。不敬である。副団長のしていい返事ではない。


アマレッティは、彼の時間を無駄に奪っていたのだと気付き、胸が痛んだ。


別れの挨拶をして、彼の背を見送っていると父がアッサムに一言二言声をかけていた。そして、そのあとに項垂れるアッサム。そこで、アマレッティはまたしても気付いたのだ

――父が圧力をかけていると。


アマレッティは侍女のシュガーに協力を仰ぎ、下級貴族の令嬢の装いをしてアッサムの後をつける事にした。

因みに、町娘になりたかったが、

「お嬢様では、男爵令嬢あたりが限界です。町娘は、ハードルが高すぎる」

と却下された。

町娘の振りは意外に難しいらしい。

男爵令嬢、町娘。

その単語に胸がまた痛む。婚約破棄物では鉄板の、選ばれる女の子の身分ではないか。

もしかすると、アッサムの相手も――


家紋の無い馬車で、アッサムを尾行していると花屋に入った。馬車を降りると帽子とスカーフで顔を隠し、店内に入る。


アッサムは、黄色いヒナギクを愛おしそうに見つめていた。それを注文するのかと思っていたが

「出来るだけ大振りの、豪華な花を選んで下さい。送り先は、アマレッティ・パスティッチェリア公爵令嬢へ」

ヒナギクは選ばず、アマレッティへの花束を指示する。

店員が尋ねる

「そちらのヒナギクも一緒にお包みしますか?」

「いや…これはいいんだ。…でも、そうだな。この花を見ると愛しい人を思い出す。自分用に持って帰るよ」

アマレッティは、息を呑んだ。

アッサムの想い人は、ヒナギクの様な可愛らしい人なのだろう。アマレッティ用にと頼んだ豪華な花とは違う、控えめで可憐な花…。

アマレッティは、彼の想い人を“ヒナギクの君”と呼ぶ事にした。


次にアッサムは、ジュエラーに寄った。王室御用達の店で、アマレッティ達の結婚指輪を作らせている。

何か製作工程に、問題でもあったのだろうか。しかし、それならば自分にも連絡が来るはずだ。

嫌な予感は、ほぼ確信に近かった。アマレッティは、再び目立たぬよう店内に入る。その鬼気迫る様子に、案内についた店員が困惑している。気付かれぬように、そっと距離を縮める。

「これはテネーロ子爵!ご連絡くださいましたら、こちらから伺いますのに!何か、指輪のオーダーに気になる点でもございましたでしょうか?」

いつもアマレッティ達の接客をしてくれる、店舗支配人が慌ててアッサムに駆け寄った。 

「ああ…いやそうではないんだ。以前見て気になっていた物があって…」

そういうと、アッサムは華奢なブレスレットを指す。

支配人は、承知したとばかりに頷く。

「サプライズですか?」

いつも無表情なアッサムが顔をほころばせる。

遠目に見えたそれは、ゴールドのチェーンに先程見たヒナギクを思わせる、黄色い宝石が控えめに付いていた。

「この黄色い花の形をした宝石が、どうしても彼女と重なるんだ」

アッサムの幸せそうな笑顔がそこにあった。  

その姿に彼の幸せが見えて安心すると同時に、自分には向けられる事がないという事実に、胸が痛んだ。


屋敷に届いた色とりどりの大輪の花束はとても豪華で、でも、なぜだかとてもさみしくみえた。


それから数日後、アマレッティはアッサムと共に夜会に参加していた。


エスコートはスマートにでも、会場に向かう馬車の中では相変わらずの無表情だ。外を眺め、アマレッティの方を見向きもしない。


二人揃って、会場に入ると周囲の視線を集める。婚約が発表されてもアッサムの人気は相変わらずのようだ。誰も彼もが、アッサムに見惚れているように見えてしまう。こんなに格好いいのだから、当たり前なのだが。

もしかすると、この会場にヒナギクの君がいるかもしれない。アマレッティは神経を研ぎ澄ます。少し二人が離ればなれになると、次々と美しいご令嬢たちがアッサムに声をかけている。

「アッサム様、先日のご活躍耳に致しましたわ。武勇伝を、是非お伺いしたいですわ」

「いえ…大した事は何も。優秀な部下が多いものですから。そういえば、アレクと親交がお有りですよね。彼も素晴らしい活躍でしたよ。」

すり寄り頬を染める令嬢に、爽やかな笑顔で対応している。

「テネーロ子爵、来週の夜会には参加されますの?」

別の婦人が、娘を伴い声をかける。

「ええ、時間が合えば」

こちらにも、超一級の笑顔で応えている。


アマレッティとの態度の差に、誰が本命なのか分からない。

でも、はっきりと分かった事がある。

誰にでも向ける笑顔を、自分にだけは絶対に向けてくれない。

その残酷な事実だけだった。


アマレッティは、こみ上げてきた涙を誤魔化そうと思い、庭園へ繋がる扉に向かい外に出る。

人気のない、ベンチに座り夜空を見あげる。輝く星々でさえ、笑い合いながら仲良くお喋りをしてるように見える。


涙が、頬を伝った。


「アマレッティ様!!」


声のする方を見ると、アッサムが駆け寄ってくる。慌てた様子だ。父や兄にお守りを頼まれているのだろう。声をかけなかった事を反省した。


「…アッサムさま」

普通に声を出したつもりが、涙声で上手く出ない。

アッサムはその様子に、顔色を変えた。

「なにがありました!?誰が貴女を傷つけたのですか!?」

余りの狼狽ぶりに、少しいたずらしたくなる。

私を傷つけたのは貴方だと言ったら、この気持ちを伝えたらどんな顔をするだろう…。


大好きな人に迷惑をかけてはいけない。

彼には本当に好きな人と、幸せになってほしい。

――アマレッティは覚悟を決めた。


「婚約を白紙に致しましょう」


狼狽するアッサムは、動きを止める

「…え?」

アマレッティは作り笑いをする。

「理由は、私のわがままと致しますわ。アッサム様にご迷惑はかけません」

アッサムの手に、そっと触れる。

「国王や父がご迷惑をおかけしました…。望んでもいない相手との婚約、さぞかし辛い想いをされた事でしょう」

アッサムは、目を見開いたまま言葉を失っている。

「アッサム様は、国の英雄なのです。遠慮せず、ご自身の幸せを望んでくださいませ」

アマレッティは言い切った。

暫く沈黙が落ちる。

「誰が…そのような事を?望まぬ婚約を強いられたなどとそんなデマを、誰が貴女に吹き込んだのです?」

アッサムの目に怒りが滲む。


「でも!アッサム様には…ヒナギクの君がいらっしゃいますよね!?」

誤解を解かねば!アマレッティは叫んだ。


「…誰ですか!?それは!!」 

「貴方様の想い人です!!私気付いておりますの!控えめで可憐なヒナギクの様な方なのでしょう!?」

アッサムはしばし固まり、アマレッティの言葉の意味を考える。

「ヒナギクは…確かに…愛しい人を思い浮かべる花だ」

「そうでしょう!その方です!貴方が本当に想っておられる方なのでしょう?」

アッサムはクスリと笑うと胸元から小箱を取り出した。

アマレッティは、青ざめた。あのジュエラーの小箱だ。

箱が開かれると、中には思った通り黄色い花の型をした宝石の付いたブレスレット。

「貴女には、このような小さい宝石では物足りないかもしれません」

アマレッティは、キュッと目閉じる。

そうきっと、ヒナギクの君ならこの繊細な上品さが似合うのだ。

「でも、どうしてもあの日の姿を思い出してしまう。」

アッサムは、1枚のハンカチを取り出した。

「返さなくていいと言われて…。覚えていますか?切傷を作った時、ただの見習いの自分に駆け寄ってこのハンカチを手渡してくれましたよね…」


そっと目を開くと、そこには不格好な黄色い花と“A”の刺繍がされたハンカチ。

アマレッティは驚いて、アッサムの顔を見る。

それは、自分が渡したハンカチだ。

アッサムの“A”…でも、余りの不格好さに、これはアマレッティの“A”だと聞かれもしないのに侍女のシュガーに説明をした。


「貴女です…」

そして、愛おしそうに微笑むとそっとアマレッティの頬に触れる。 

「…え?」

アマレッティは驚きで目を開く

「ヒナギクを見て、思い浮かべるのは…貴女以外にいませんよ。アマレッティ」

「…ヒナギクの君は?」

唖然とするアマレッティにアッサムはクスリと笑う。


「強いて言うなら…貴女です。僕のヒナギクの君」


その甘い声色と、アッサムのとろけんばかりの微笑みに、

「え…では待って。もしかして、わた…わたくしたち…両想いでしたの!?」

そう言うと、アマレッティは衝撃の余り気を失った。


――アマレッティが目を覚ました。

心配そうに、ベッドの横に張り付くアッサムと目が合った。

「…アッサム様?」

「ああ、良かった。急に倒れたのでどうしたものかと」

息を吐くと、アッサムは安堵の笑みを浮かべる。夜会の会場の別室のようだ。アマレッティは、ゆっくりと起き上がる。改めて思い返すが先程の話が、まだ上手く飲み込めていない。

「…あの…あ、あ、あ」

アッサム様、私のこと好きって本当なんですか。

そんな事恥ずかしくて言えない。顔を真っ赤にして、手で覆う。

「貴女に誤解させたのは、私の態度のせいですよね」

アッサムは、真面目な顔をして言った。

「今まで、格好悪くて黙っていました。ですが、それで貴女を傷つけていたなどと…自分がゆるせない」

アッサムが拳を握る。

「婚約式の日を覚えていますか、貴女に婚約指輪をはめて、婚約誓約書にサインをした」

はっきりと覚えている。指輪をはめてもらったことが嬉しくて、笑顔でアッサムに顔を向けると、直ぐに顔を背けられた。

婚約式が終わるとアッサムは早々に、退出したのだ。

「…実は…あれは…」

アッサムは言い淀んだが、言葉を続けた。


「貴女の、笑顔が素敵過ぎて――鼻血が出たんです」


さらに、アッサムは続けた。毎回話題を考えていたのに、貴女を見ると全部飛んでしまう。頭の中が、アマレッティでいっぱいになるのだと。今日も妖精のようだ、ドレスが似合い過ぎている、後ろ姿はつむじまで可愛い。気がつけば、気の利いた言葉も伝えられないまま時間が過ぎていると。父や兄に達は、“あの可愛らしさでは仕方ない”と言われ励まされていたらしい。


「では…今日の馬車で会話もなく、外を見ていたのも」

「…密室に貴女と二人きりなのです。しかも、とびきり着飾った女神のような姿で…。気を失ってはいけないと…耐えていました。他の女性なら大丈夫なのです。畑のジャガイモのようなものですから!笑顔でお世辞も言えます!でも!貴女だけは…貴女の前だけはどうしても…ダメでした」


こんな夢物語あるのだろうか。愛した人に、愛されていた。それもかなりの熱量で。アマレッティの心は震える。


「…では、私も恥ずかしい話を致しますわ」

アマレッティは再び、顔を真っ赤にする。

「…あの、刺繍はヒナギクでは無いのです。…マーガレットのつもりだったんです!!」

更にアマレッティは告白を、続ける。

「マーガレットが3本刺繍してあるんです。本数に意味があって…3本のマーガレットは『あなたを愛しています』なんです!」


今度は、アッサムが気を失った。


こうして、盛大な勘違いの末、無事に誤解を解いた二人はそれはそれは盛大にいちゃつくバカップルとなり、末永く幸せに暮らしましたとさ。


めでたし、めでたし。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!


恋愛小説の読みすぎで、勝手に身分差の悲恋ヒロインになりきって大暴走するアマレッティと、彼女への愛が重すぎるだけのアッサムのすれ違い、楽しんでいただけましたでしょうか?


実は作者、ハートが軟弱な「とうふメンタル」のため、感想欄は閉じているのですが、皆様からの評価やリアクション、ブックマークは、すべて本当に大切に、嬉しく確認させていただいております!


今回の砂糖菓子令嬢、もし「可愛いな」「クスッと笑えたよ!」と思ってくださったら、読後の記念に(?)下にある【☆☆☆☆☆】をポチッとして応援していただけると、とっても嬉しいです!

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読んでいただき、ありがとうございました!!

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