僕の気持ち
朝の通学路、君を迎えに行く。あの角を曲がったら君の家、君はいつも玄関の前で待っている。角の手前に自転車を停めて、息を整えながらカーブミラーを覗いて髪を直す。少し高すぎて細かくは見えないけど。
再び自転車を走らせて角を曲がると、君が僕を見つけて笑顔で手を振るのが見えた。君の前に自転車を停めて、荷台に乗りやすいように車体を傾ける。乗り込んだ君が僕のシャツの背中を掴むと、それを合図にゆっくりとペダルを踏み込む。ここまで来るスピードよりかなり遅いペースで自転車を走らせる。
「重いな。太った?」
痛いくらいに鳴り出す心臓の音を隠したくて、意地悪を言うと、怒った君に背中を叩かれた。僕は笑って謝る。君に触れられた事がとても嬉しいのに。見上げる空はどこまでも高く青く、このまま空へ飛んで行けそうな気がした。
だけど僕にはゴールがあるんだ。僕だけのゴールが。
君は僕の背中で楽しそうにあいつの話を始める。昨日の放課後の事、昨夜の電話の話。僕は時々茶化したり、笑ったりして話を遮る。その度に背中を叩かれるのが嬉しくて。今だけはあいつの事、考えないで。僕の事だけ見てて。絶対に言えないセリフ。
触れられるくらい君は近くにいるのに、僕らの隙間にはあいつがいる。君と同じくらい一緒にいて、君と同じくらい大切なあいつ。僕のゴールはあいつの家。僕の大好きな君が大好きなあいつのいるゴール。
幼なじみの三角形が形を変えたのはいつだったか。僕は君を見つめるようになって、君があいつを見ている事に気づいたんだ。あいつの気持ちだってわかりきってて。だから君の背中を押した。君の笑顔が見たくて。
君の幸せそうな泣き笑いを見せられて、おめでとうって言ったあの日。あいつが照れながらありがとうって言ったあの日。なんで3人だったんだろう。2人だったらこんなに苦しい想いはしなくて良かったのに。見上げたあの日の空は、僕の代わりに泣き出しそうだった。
最後の角を曲がると、スピードを上げる。君は更にギュッとシャツを掴む。シャツについたシワは君がここにいた証。一時限目には消えてしまう儚い証。
あいつを見つけて挙げた、僕の手の横から顔を出す君。きっと僕には見せない一番の笑顔をしてるはず。あいつも同じように笑っているから。
あいつの前で君を降ろすと、僕は自転車を少し前に進める。あいつの荷台に乗る君が見えないように。あいつの前で重なる君の両手を見てしまったら、僕はもうここにはいられない。
「お前にはなんでも話すよな」
さっき聞いた話を持ち出してからかう僕に、少し笑ってあいつが言う。僕の想いに気づいていて気づかないフリをしてくれている。それに気づかないフリをしている僕。おそらく何も知らない君。
本当はもう、ここに僕の場所は無いのだろう。あの泣き出しそうな空の日に終わったはずだったのに。それでもまだ、君とあいつのそばにしがみついている。君とあいつの絆を、真っ直ぐに見る事ができるまで。もうしばらくここにいさせて。
僕の自転車の少し後を君を乗せたあいつの自転車。このまま僕だけ空に吸い込まれてしまったらいいのに。それでもやっぱり僕らは一緒に走る。
離れられれば、きっと楽になれるのに、辛くても一緒にいることを選んだ。君が大好きで、そして君の大好きなあいつのことも好きなんだ。どうしようもないくらい愚かな選択でも、これが今の僕の気持ち。
諦めるには、会わずに忘れる方がいいのか、2人の絆を思い知らされた方がいいのか。
難しいです。どちらも辛いですしね。