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魔女の話

人騒がせな魔女とモフモフにされた騎士団長

作者: 細井雪
掲載日:2026/03/03

逞しい騎士をウサギに変える自由な魔女をどうすれば恋愛ものにできるか…とSNSで呟いたところ、素敵な展開を提案頂き書いた話になります。




 先人たちは言った。


 ――魔女には関わるな。


 魔女とは不思議な力を持つ者であり、魔女とは人の考えを越えた者であると。

 つまり、魔女は何をしでかすか分からない人騒がせな存在である。

 魔女の手にかかれば人間なんてひとたまりもない。

 そう。

 それはたとえ、屈強な騎士であってもだ――。




*




 その日は、小鳥が囀る穏やかな朝のはずだった。


「もう、朝からむさくるしいわね。そうだ、可愛いウサギになぁれ!」


 湖畔に建つオレンジ色の切妻屋根の家に住む魔女ヴィオレットは、湖の周囲を鍛錬のために走っていた騎士たちがむさくるしかったという理由で魔法をかけた。

 格子窓を開き、くるみの木から作った愛用の細い杖を外に向けて「えいっ」と振る。


「団長―!!!!!!」


 次の瞬間、小鳥たちが囀っていた湖畔に騎士たちの悲鳴が響き渡り、小鳥たちはいっせいに飛び去った。

 騎士たちの視線の先では、先頭を走っていた騎士団長が突然まばゆい光に包まれている。

 その光が薄れていくと、騎士らしく逞しい体格をした騎士団長の姿はどこにもなく、かわりに小さく可愛らしいウサギの姿がそこにあった。


「あらぁ! 可愛らしい!」


 脱げ落ちた騎士服の中でプルプルと震えている金色の毛並みのウサギを見て、魔法をかけた張本人であるヴィオレットが歓声を上げながら外へ出てきた。

 その名の通り、深い紫色の髪をした若い魔女である。


「団長! 何というお姿に……!」

「魔女様、団長を元の姿に戻してください!」

「たとえ魔女様といえど、正当な理由なき魔法の行使は捕縛対象ですよ!」


 騎士たちが尊敬する団長を思って声を上げる。

 その野太い声を聞いたヴィオレットは、騎士たちを一通り見回すと、にっこりと微笑んだ。


「みんなまとめてウサギになりたい?」


 愛用の杖を騎士たちに向けて掲げる。

 その瞬間。


「団長の尊い犠牲は忘れません!」

「俺たち団長の分まで頑張りますから!」

「今までありがとうございました!!」


 騎士たちは先ほどまでの言葉から一転して、涙ながらに団長への思いを叫ぶと一目散に逃げ出した。

 常日頃から訓練を欠かさない騎士たちの走りは突風のように素早く、その姿は一瞬で見えなくなってしまった。


『裏切り者たちめ……!!』


 残されたのは、ウサギに姿を変えられた騎士団長のレオナールだけだ。

 ウサギの金色の毛並みと青の瞳は、人間だったときの髪と瞳の色と同じだが、誰もこの小さく可愛らしいウサギがあの屈強な騎士団長とは思わないだろう。

 少し真面目過ぎて堅物なところがあるものの、部下たちともうまく関係を築いていたが、残念ながらウサギの鳴き声では聞き取って貰えなかった。

 同じ騎士団で切磋琢磨し、ときに厳しい戦いにも挑んだ仲だというのに、なんという悲しい最後だろう。

 しかし、体力を持て余したレオナールが「今日は湖まで走りこみをしよう」と提案したとき、部下たちは「向こうは魔女様の領域だから止めましょう」と言ったのを「大丈夫だ」と言って決行したのは紛れもなくレオナール自身だ。

 己の軽率な判断を悔やんでも遅い。

 判断の誤りは、ときとして部隊を悲しい結末に導いてしまう。

 長い耳を悲しく垂らしていると、上から伸びてきた細くしなやかな手にすくい上げられた。


「うふふ、可愛いわね」

『魔女ヴィオレット! こら、抱っこするな!』

「あらぁ、私の名前を知っているの?」

『この国の人間なら誰でも知って……俺の言葉が通じるのか!?』


 魔女ヴィオレットの腕に抱きしめられ、慌てて逃げ出そうとしたレオナールだったが、言葉が通じていることに気づいて動きを止めた。


「魔法をかけたのは私なんだから、通じるに決まってるじゃない」


 一介の人間であるレオナールには魔法のことは未知の世界だったが、魔法をかけた本人とは言葉も通じるということらしい。


「大丈夫よ。一日くらいで戻る簡単な魔法だから」

『よ、良かった……』


 一日で戻ることができると知って、レオナールは安堵した。

 今日一日はウサギの姿のままということだが、戻れるのならば一日くらいは持ち前の忍耐力で耐えてみせる。

 しかし。


「そんなわけだから、今日は私と一緒にたっぷり遊びましょうね」


 ヴィオレットはウサギを抱っこしたまま、その金色の毛並みを撫でながら告げた。

 語尾に音符がついていそうなくらい楽しそうな様子に、レオナールの背中に冷たいものが走った。

 先人たちの言葉が蘇る。


 魔女には関わるな。

 魔女は何をしでかすか分からない。

 人騒がせな存在である、と。


 今日一日が波乱の日となる予感がして、レオナールは小さくなった金色の体をプルプルと震わせた。




**




「――さぁて、まずは美味しいものでも食べましょうか」


 オルゴールの音が聞こえる店内で、ヴィオレットはブランチのメニュー表を細い指でめくった。


「私、むさくるしい声に起こされて、まだ何も食べてないのよねぇ」


 気だるげにそう言うが、騎士団が走り込みをしていたのはそこまで早い時間帯ではなく、子どもたちは学校へ行き大人たちはとっくに仕事を始めていた頃だ。

 つまりヴィオレットの起きる時間が遅かっただけだ。

 しかしそんな指摘できるはずもなく、レオナールはヴィオレットの腕の中に抱かれたまま落ち着かなく震えていた。


『お、おい。飲食店に動物はまずいんじゃないか!?』


 今いるこの場所は、天井から煌びやかなシャンデリアがぶら下がり、その下を美味しそうな香りを漂わせる食事を持った店員たちが行き交い、オルゴールの落ち着いた音とお喋りの声が聞こえるお洒落な飲食店だった。

 飲食店は一般的に動物の入店は禁止だ。

 レオナールはふわふわした毛並みの体をできうる限り小さくした。

 そんな毛並みを撫でながら、ヴィオレットはあっさりと言う。


「大丈夫よ。ここはペットを同伴できるカフェなの」


 ペット同伴のカフェ。

 仕事一筋のレオナールは、そんな店があることを初めて知った。

 よくよく見渡せば、他の客たちも犬や猫を連れており、ときどき猫の鳴き声がオルゴールの音に交じって聞こえた。

 人間が食事しながらお喋りを楽しんでいる側で、ペットも食事をできるらしい。


「本当は貴族しか利用できない会員制のお店なの。でも、「ネズミになりたい?」って聞いたら快く入れてくれたわ」

『それを人間社会では脅しと言うんだ!』

「決めたわ、これにしよっと。すみませーん、注文をお願いします」

『人の話を聞け!!』


 街の治安を取り締まる騎士であるレオナールは正論を叫ぶが、ヴィオレットは全く聞く耳を持つ気配はなく、店員を呼んで注文をした。

 よくいえば自由、悪く言えばマイペースと評されやすい魔女は、人間社会のルールなんてお構いなしだった。

 すぐにバターの香りが芳ばしいクロワッサンとカフェオレ、そして新鮮な葉野菜と野菜スティックの盛り合わせが運ばれてくる。

 ヴィオレットは細く切られたニンジンを摘まんで、ウサギの口元へと運んだ。


「カリカリしてないで、高級ニンジンをお食べ」

『カリカリさせているのはどこの誰――くそう、ニンジンが美味いこの身が嘆かわしい……!』


 元のレオナールは分厚い肉などボリュームのある食事が好きだが、ウサギになっているせいかニンジンが非常に美味しく感じられた。

 小さな歯でニンジンを齧っていく姿に、ヴィオレットが黄色い声を上げる。


「可愛いわね。たくさんお食べ」

『くそう……!!』


 ヴィオレットが楽しそうにあげる野菜に、レオナールはウサギの本能でかじりつくしかなかった。




***




 魔女の気まぐれブランチをすませたあとは、ヴィオレットはレオナールを抱っこしたまま華やかな服飾店へと向かった。

 服でも買うのだろうかとレオナールは思ったが、ヴィオレットが購入したのは赤と白のストライプ模様のリボンだった。


「リボンをつけてあげるわね」

『止めろおぉぉぉ!!』

「可愛さ二倍よ」


 ヴィオレットは購入したリボンを、ウサギの首に結んだ。

 レオナールの叫びは無視され、金色の毛並みに赤と白のストライプ模様が映える可愛いウサギの完成だ。


「それじゃあ、お腹もいっぱいになったことだし、お散歩でもしましょうか」

『この姿のままか!?』

「そうよ。可愛いウサギを抱っこしてお散歩なんて、とても楽しそうじゃない」


 満面の笑みを浮かべてはしゃぐヴィオレットに対して、レオナールはウサギの体をプルプルと震わせた。

 魔女ヴィオレットの腕に抱っこされた状態で連れ回され、もしもウサギの正体が本当は騎士団長であるレオナールだと知られたら、それは騎士団全体の沽券にも関わる。

 騎士団は悪党を捕まえて尋問することだってあるのに、首にリボンを結んだウサギの姿を想像されたら何の迫力もない。

 しかしヴィオレットの腕の中から逃げたところで、ウサギの体のまま万が一にも野犬などに追われたら……そう考えると恐ろしくて動けない。

 レオナールは考え抜いた末、ヴィオレットの腕の中で大人しくウサギのフリをすることを選んだ。

 今日一日だけだと、必死に自分に言い聞かせる。

 そんなレオナールの思いなど知る由もなく、ウサギを抱っこしながら楽しそうに街を歩くヴィオレットに、一人の老婆が声をかけてきた。


「魔女様。この間はお薬を分けてくださり、ありがとうございました」

「あら、マダム。あれからお加減はいかが?」

「おかげさまで良くなりました」


 深く頭を下げる老婆に、ヴィオレットは「お大事にね」と告げて微笑んだ。

 再び歩き出すと、今度は広場で遊んでいた子どもたちがヴィオレットを見て声をかけてきた。


「あ、魔女様だ!」

「魔女様、なにしてるの?」

「今日は箒に乗ってないの?」

「あ、ウサちゃん連れてる!」

「触りたいー!」


 子どもたちは同時に喋り出し、ヴィオレットの腕にいるウサギに目ざとく気づいた。

 興味津々な視線を浴び、レオナールはプルプルと震える。

 必死に首を横に振ってヴィオレットを見上げたが、にっこりと微笑まれた。


「優しく撫でるのよ?」

「はぁい!」


 子どもたちに引き渡され、レオナールの心は出荷される牛の気持ちだった。

 しかし民たちの要望に応えることは、どんな形であれ騎士の役目。

 そう思えばこそ、たくさんの小さな手に思いっきり撫でられることくらい耐えてみせた。

 子どもたちが満足したころには金色の毛並みはボサボサになっていたが、戦いのあとにボロボロになることだってあるので、これだって勲章だ。

 そう思い込むしかなかった。


「あらぁ、男前になったわね」

『何とでも言え……』


 ヴィオレットの腕の中に戻ると、細い指が金色の毛並みを整えた。

 子どもたちの元気いっぱいな撫で方と比べて、レオナールは内心ホッとした。


「ねぇ、魔女様! 見て、俺の剣!」


 子どもたちの中で一番背の高い男の子が、そう言いながら木の枝を見せてきた。

 ただの真っすぐな木の枝だったが、本人の中ではまるで伝説の剣という風に、格好良く構えてポーズを取って見せてくれる。


「素敵ね」

「ふふん! 俺、おっきくなったら騎士になるんだ!」

「騎士に?」

「うん。レオナール団長みたいに格好良くて強い騎士になるのが夢なんだ!」


 自分の名前が出てきて、レオナールは思わず耳を動かした。


「素敵な夢ね。それじゃあ、魔女のおまじないをかけてあげるわ」

「おまじない?」

「ええ。――強くなぁれ!」


 ヴィオレットが愛用の杖を子どもの頭上で振った。

 すると杖の先からキラキラとした光が降り注いだ。


「ありがとう、魔女様!」

「怪我をしないように気を付けてね」


 ヴィオレットが声をかけると、子どもたちは元気よく返事をして駆けていった。

 賑やかな後ろ姿が見えなくなってから、レオナールはヴィオレットを見上げた。


『……本当にまじないをかけたのか?』

「まさか。あれは昨夜集めた星の光よ。私がおまじないをしなくても、あの子は自分で強くなるわ」


 ヴィオレットは微笑みながらそう言って、腕の中に視線を向けた。


「騎士団長さんは人気なのねぇ」


 金色の毛並みを撫でながら言うヴィオレットに、レオナールは何だか気恥ずかしい気持ちになった。

 騎士は子どもにとって人気の職業ではあるが、屈強な見た目のため実際に顔を合わせると怖がられることも多く、あんな風に素直な声を聞けることはあまりない。

 嬉しすぎてこそばゆくなるのをごまかすように、ウサギの小さな口を動かした。


『……魔女も、意外と民たちと仲良くやっているんだな』


 レオナールはこれまで、魔女は気まぐれで何をしでかすか分からない、人騒がせな存在だと認識していた。

 実際、一方的な理由でレオナールをウサギに変えた。

 他にも騎士団所有の馬の鳴き声がひよこの鳴き声になる魔法をかけたり、八百屋と魚屋の店主が喧嘩をしていたから手を繋いだままになる魔法をかけたりとか、とんでもない話ばかり聞く。

 しかし今日一緒にいて見てきたのは、民たちとよく話し、薬を分けたり夢を応援したりと、意外と友好的だという印象だった。

 食事をしたカフェの店員は、最後までネズミに変えられることを恐れてもいたが。

 けれど、ヴィオレットがクロワッサンが美味しかったと褒めると、嬉しそうに笑っていた。

 レオナールは、これまで抱いていた魔女に対する印象を少し改めた。

 魔女は何をしでかすか分からないが、ただ自由な性格なだけかもしれない、と。

 そう考えていたレオナールに、ヴィオレットは微笑んだ。


「もちろんよ。私、人間って単純だから大好きなの」

『……言い方があるだろう』

「あらぁ、難しいわね」


 呆れるレオナールに、ヴィオレットはころころと笑った。




****




 夜空に猫の爪のように細い月が浮かぶ頃。


「さぁ、一緒に眠りましょうね」

『離せえぇぇぇ!!』


 湖畔に建つ魔女の家からは、ウサギの悲鳴が響いた。

 しかし魔女の家の周辺には誰も住んでいないので、残念ながら助けは来ない。

 レオナールはウサギの姿のまま、ヴィオレットによってベッドの中へと連れ込まれた。


『男をベッドに連れ込むな!』

「何を言ってるの? こんな可愛いウサギなのに」

『可愛いと言うなあぁぁぁ!!』


 ヴィオレットはベッドの中に入っても飽きることなく金色の毛並みを撫で続けた。

 腕の中にいるのは確かに金色の毛並みの可愛いウサギだ。

 このまま抱き枕のようにされながら眠るなど、もう騎士として生きていけないとレオナールは心の中で泣きそうになる。

 昼間は魔女の印象を改めたが、やはり魔女は何をしでかすか分からない存在に変わりないと思い直した。

 そんなレオナールに構わず、ヴィオレットはウサギの背中を撫で続ける。


「おやすみなさい、私の可愛い可愛いウサギさん」


 金色の毛並みの耳に口づけを落とす。

 と、そのときだった。


『うっ……!』

「う?」


 ウサギの体がプルプルと震えたかと思った次の瞬間。

 まばゆい光に包まれた。

 そして現れたのは、小さく可愛いウサギではなく、成人男性の姿だった。


「いやだわ! 元に戻っちゃったの!?」


 ヴィオレットの口から悲しい悲鳴が上がる。

 短く切った金色の髪と青の瞳を持ち、鍛えられた逞しい体格をしたレオナールだった。

 服はウサギに変わったときに脱げたままなので、レオナールは慌ててシーツを引っ張って腰に巻きつけた。


「……」

「……」


 沈黙が落ちる。

 しかしすぐに、低い声が静かに響いた。


「……魔女ヴィオレット」


 地を這うような低い声に、ヴィオレットは常に肌身離さず持っている愛用の杖を振ろうとしたが、それよりも早くレオナールがその手を押さえた。

 目にもとまらぬ俊敏さに、ヴィオレットは心の中で獣みたいと呟いた。


「あらぁ……? もしかして、これってまずい状況……?」


 杖を振らないと魔法を使えないのに、押さえる力は非常に強くびくともしない。

 この国一番の筋肉を誇る騎士団長を振り払うことは、いくら魔女といえど難しく、ヴィオレットは危機感を抱いた。


「よくも好き勝手な真似をしてくれたな……」


 レオナールが言う通り、魔法でウサギに変えて、好き勝手連れ回して玩具のように遊んだ自覚のあるヴィオレットは言い訳できなかった。

 牢屋って個室かしら。

 できれば毎日お風呂に入りたいわ。

 朝食にクロワッサンも食べたい。

 そんなことを思いながら捕まる覚悟を決める。

 しかしレオナールは青の瞳でヴィオレットを凝視しているが、その視線はどこかふらふらとしていた。


「くそう……とりあえず、寝かせてくれ……」


 視線どころか全身をふらふらとさせながら、そのままベッドの中に沈んだ。

 ヴィオレットを押しつぶすようにして。


「え……? ちょっと……」


 ヴィオレットは筋肉隆々な腕につぶされながら声をかけた。

 しかし返ってくるのは寝息だけ。

 レオナールは目を閉じて眠っていた。


「重いから、腕を退けてちょうだい……!」


 ヴィオレットの腿より太い二の腕が圧し掛かって苦しい。

 両手で押してみてもびくともしない腕に、ヴィオレットはまるで鉛につぶされている気分になった。


「んん……これなら重くないだろ……」


 ヴィオレットの苦情を受け、レオナールは寝ぼけながらも返事をし、もぞもぞと体勢を変えた。

 助かったとヴィオレットは思った。

 しかし、レオナールは腕を動かすと、ヴィオレットをすっぽりと中に収めてしまった。

 ヴィオレットを抱きしめるような体勢だ。

 そのまま再び寝息が上がる。


「……こういう意味じゃないんだけど」


 レオナールの腕に抱きしめられる形となったヴィオレットは、顔を動かして見上げた。

 しかしレオナールは目を閉じて眠ってしまっている。

 まつ毛も金色なんだと、ヴィオレットはどうでもいいことを思った。

 レオナールは慣れないウサギの体で疲れたのか、ぐっすりと眠りの世界に落ちている。

 昼間はヴィオレットがさんざんウサギを抱いていたのが、逆になってしまった。

 腕の中にきつく抱きしめられて、愛用の杖を振る隙間もない。

 しかし。


「……案外、悪くないかも」


 ヴィオレットはそう思った。

 腕の中はポカポカとして心地よかった。

 密着したレオナールから心音が伝わってくる。

 可愛いウサギの姿ではないが、無防備に眠る寝顔はなぜか可愛いと思えた。


「調子が狂っちゃうわぁ……」


 規則正しい寝息に誘われて、うとうとしてくる。

 レオナールの腕に抱きしめられたまま、ヴィオレットも眠りの世界へと誘われた。




*****




 数日後――。


「魔女ヴィオレット!!」


 騎士団の訓練場から、低い声が響いた。

 その声の主は、無事に人間の姿へと戻ることができた騎士団長のレオナールだ。


「また俺に変化の魔法をかけたな!」


 しかし今、彼の姿はとんでもない変化をしていた。


「よりによって、ウサギの耳だけなんて、中途半端な魔法をかけるな!!」


 叫ぶレオナールの頭からは、金色の毛並みの長い耳が伸びていた。

 以前のように全身がウサギに変化するのではなく、逞しい体格をした騎士団長の頭からウサギの耳だけが生えた姿だ。

 直視できないその組み合わせに、ほかの騎士たちは俯きながら不自然に肩を震わせている。

 中には自分の腕をつねって耐えている騎士までいた。

 魔法をかけた張本人であるヴィオレットは、くるみの木から作った愛用の杖を持ちながら、空の上で箒に乗ったままそんな光景を眺めていた。


「……だって、ウサギと人間の姿、どっちかなんて選べないもの」


 ヴィオレットは、小さく可愛いウサギの姿と、魔法が溶けて逞しい腕に抱きしめられた力強さを思い出して、小さな声でそう零した。

 しかし空の上だったので、その呟きは誰にも聞き取られることはなった。


「魔女ヴィオレット! 早く元の姿に戻せ!!」


 地上ではウサギの耳を生やしたレオナールがそう叫んでいる。

 ヴィオレットは彼を見下ろして、にっこりと微笑んだ。


「私とデートしたら戻してあげるわ!」

「デ、デートっ!? そんなことを軽率に言うな!!」


 少し真面目過ぎて堅物な騎士団長のレオナールは、強面の盗賊団でも逃げ出すような筋肉隆々な体格をしながら、ウサギの耳をまっすぐに伸ばし真っ赤になって叫んだ。


 その近くでは、騒ぎに慣れた小鳥たちが穏やかに空を飛んでいた。




ウサギの姿が可愛いと抱っこしたまま眠ったら、ベッドの中で元に戻って逆に抱っこされる…というドキドキな展開をご提案頂きました^^

読んで頂きありがとうございました!

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