汚された怪盗
「おい、彗。起きろ。朝だぞ」
「んん……あと24時間と5分……」
「寝坊する流れで今日一日をサボるんじゃない。早く起きろ」
古いアパートの一室で兄妹が起床した。
12月となったこの頃、隙間風が多く寒いこのアパートで、もともと寝起きが悪い妹を起こすのは宵にとって大変なことであった。
彗は台所へと行き、卵料理を作り始める。
宵は布団を片付けて机を置き、茶碗にご飯を、お椀に味噌汁をよそって机の上に並べる。
そしてリモコンを手に取りテレビのスイッチを入れた。
朝のニュース番組が流れ始める。
「はい、おまちどおっ!!」
彗は大皿に盛ったスクランブルエッグと卵焼きを、机の中心にドンと置いた。
「「いただきます」」
二人は手を合わせ、朝食を食べ始めた。
兄妹の日常が流れ、今日も二人はそれぞれ大学と高校に行き、いつもの一日が始まる。
──そう思っていた。
『次のニュースです。昨晩、怪盗Witch Phantomが美術館に現れました』
「「は?」」
兄妹は驚き、箸と茶碗を置いてテレビに齧り付くように身を乗り出した。
彼らが驚くのは当然のこと。
まず、「怪盗Witch Phantom」は自分たちであること。
そして昨晩は怪盗として出動していないこと。
つまり、ニュースに出ている怪盗は偽物なのだ。
「うわー、ついに偽物が出たんだね!どうする?偽怪盗。本物の私たちが捕まえる?ぶちのめす?それともし・ば・く?」
「すごい三択だな……待て、ニュースに続きがある」
『怪盗Witch Phantomは宝石を強奪する際、警察官3名を殺害しました』
「「!?」」
二人は驚愕した。
──偽物の怪盗は、警察官を殺したのだ。
偽物の出現に対して少し戯けた態度だった彗は途端に静かになり、二人は食い入るようにテレビを見つめた。
二人が画面を見ていると、画面は現場となった美術館となった。
画面には強奪された美術品が置いてあったと思われる粉々にされたガラスケースと、殺された警察官のものと思われる血が付いている床が映った。
「ッ……」
それを見た宵は顔を顰め、彗は痛ましいものを見る目になった。
画面がスタジオに戻ると、コメンテーターが「いやぁ、僕はいずれあの怪盗はやると思っていましたよ。所詮は泥棒ですからね。いよいよとなれば人殺しぐらい……」と語り始めた。
「ッ……!!」
彗は拳を握ってワナワナと震え、宵は人差し指を曲げてその指を鼻に当てて考えていた。
テレビの画面が切り替わり、アナウンサーは「次は月輪教の本部に、真っ白で美しいシンボルタワーが完成間近というニュースです」と話し始めた。
その話がどうでもよすぎる彗は、怒りのままブチンとテレビの電源を切った。
「お兄ちゃん!!私、絶対許せない!私たちの『Witch Phantom』を、こんな……!こんな……!」
彗は怒りに震え、強く握りしめた拳は彼女の手のひらに爪を突き刺していたが痛みを感じないほどであった。
月詠兄妹はもともと「奪われた月詠家の神器を取り返すため」に怪盗となった。
しかし今の彗にとって「怪盗Witch Phantom」はただの手段ではなく、兄妹で作り上げた絆を象徴するような存在であった。
だから、偽物がそれを汚すのは絶対に許せなかったのだ。
「落ち着け、彗」
「落ち着けって……お兄ちゃんは悔しくないの!?あの殺人だって、私たちのせいにされてるんだよ!?」
「ここで俺たちが慌てたら思う壺だろ……春華の」
「ッ!!」
「春華」という名前が出て彗は驚いた。
春華は、夏波と冬子と共に月詠家の三種の神器を奪った女。
兄妹は冬子から満月鏡を、夏波から新月刀を奪い返したが、最も強力な神器と言える「三日月ノ玉」はまだ春華が持っている。
この偽怪盗は、春華が自分たちを狙って起こした騒動だと宵は考えているのだ。
宵は話を続ける。
「怪盗Witch Phantomを騙る理由……それはきっと俺たちへの挑発と攻撃だ」
「じゃあ今すぐぶっ飛ばしに行こうよ!偽怪盗を締め上げて『春華はどこだぁ!』って聞けばいいんでしょ!』
「だから落ち着け。どんな罠が仕掛けられているか分からないんだぞ」
宵は彗を宥めるように手で制し、言った。
「いま春華がやっているのは……俺たちが奴に仕掛けていたことと全く同じことなんだ。だからこそ、簡単に挑発に乗るわけにはいかない。どんな策を仕掛けているか分からないからな」
「ッ……」
彗は唇を噛んだ。
宵の言う通りだ。
迂闊に手を出して春華の罠にかかれば、苦労して取り返した二つの神器を失うことになりかねない。
「でも……ほっとくわけには……」
彗は辛かった。
自分が兄と作り上げた「怪盗Witch Phantom」が、殺人犯という汚名を着せられることは彼女にとって耐え難いことなのだ。
「……俺だって許せない気持ちは同じだ。だからいずれ対応する。今は作戦を考えてみるから、少し待ってくれ」
「……わかった」
Witch Phantomの肉体は自分で頭脳は兄。
その兄が「考える」と言っているのであれば、彗は信用する。
悔しい思いはしつつも、兄が何かを考えつくのを待つことにした。
──────────────────
「スイ、おはよっ!」
彗が登校して教室に入ると、親友の玲香が彗に声をかけていた。
「おはよ、玲香」
彗は朝の苛立ちがまだ治らなかったが、なるべく普通の笑顔で返事を返した。
「……わかるよ。ムカつくよね、あれ」
「へ?」
玲香は親友。
彼女は彗の表情から漏れ出す微かな怒りを感知したのだ。
「偽怪盗。あれ、私もいま超キレてるから」
「い、いや、私は……」
彗は正体を悟られないためにも、「自分は怪盗に興味はない」といったスタンスで玲香に接してきたため、どういう反応が正解なのか分からなくなった。
しかし彗の混乱を無視して玲香は話を続けた。
「あいつ、予告状無しに現れたのがまずあり得ないし、それにニュースの映像だけでも本物のWitch Phantom様と偽物の違いをいくつか見つけたの。見て」
玲香はそう言って彗にスマートフォンを見せた。
そこには彗が扮する本物のWitch Phantomと今朝のニュースで流れた偽怪盗の画像が上下に並べられ、偽怪盗の画像の上にビッシリと赤い点が付けられている。
「本物と偽物の違いを4863個見つけたの」
「4863個!?」
彗が画像を拡大してよく見ると、どうやら彗が赤い「点」だと思っていたものは、玲香が本物と偽物の違いを囲んだ赤い「丸」だったことがわかった。
しかしその丸が付けられている部分をよく見ても、怪盗本人である自分にさえそれが「違い」だとは思えない。
彗は正直、偽物の見た目に関しては本物とほぼ同じに見えていた。
(これ、玲香が怒りのままにマルを付けまくってるだけじゃあ……)
彗はそう思ったが、玲香のあまりの剣幕に怯んで口には出せなかった。
「まずドレスとマスクのデザインも違うし、お顔の鼻から下の見えている部分も全然違う!こんなクオリティでよく『Witch Phantom』を名乗れるものね!」
「う、うん……」
玲香の怒りは相当なもので、彗は少し気圧された。
同じことに怒っていても相手がそれ以上の熱意で怒っていると、何故か少し冷めてしまうものである。
「でも私が一番怒っているのはぁ!!」
「ひっ!」
玲香は机をバンと叩き、もはや怯えている彗に構わずにスマートフォンをすごい勢いで操作し始めた。
「ネットのバカどもが、その違いに全然気づいていないことなのよ!!」
玲香が見せたのは、SNSのページ。
そこには「Witch Phantomついに殺人か」と書かれていたり、「怪盗なんて所詮は犯罪者」などと書かれたりしている。
玲香がスクロールすると、さらに多くの怪盗への否定的な投稿が並んでいるのが見えた。
「……ん?」
彗はその流れる投稿を見ながら、あることに気がついた。
「これ、投稿の全部にコメントが一個ずつ付いてるんだけど、これはなに?」
「ああ、これはね?」
玲香はそう言って投稿の一つをタップし、詳細を開いた。
そこには「Witch Phantom様ファンクラブ名誉会長@会員No.0001〜死ぬまで永久絶対推し〜」という名前のアカウント……つまり玲香のアカウントが、ものすごく長い文章でその投稿に「これは偽物」といった趣旨の反論を長文でしている。
そして先ほどの4863個の間違いを指摘する画像もしっかり添付してある。
「ネット上にある否定的な投稿に、こうしてコメントで指摘しているの。ぜんぶ」
「全部!?いや……ネット上の投稿って、めっちゃあるじゃん!」
「うん。でも全部にコメントした。アックスも、イソスタグラムも。ヤホーニュースのコメント欄も全部回ったの」
「ヒェッ……」
「だから昨晩は一睡もしてないよ。わたし」
「ヒエェッ……」
彗は、玲香の怪盗への愛に改めて背筋が寒くなった。
「でもね、途中から味方が現れたの。私一人じゃ一晩中頑張っても無理だったんだけど……ほら!」
玲香が見せたのは「明智江戸川金田一」のアカウント。
そのアカウントは玲香と同じく、偽怪盗への投稿に対して「これは偽物。4863個の違いがある」と投稿を重ねていた。
彼もまた画像や映像を細かく解析し、本物と偽物の違いを説明した画像と長文を投稿している。
「え、4863個の違いってこの人も言ってんの!?じゃあほんとに4863個の違いがあるってこと!?」
このアカウントの主である明智江戸川金田一は、ずっと玲香と怪盗の是非について争っていたが、今回「偽怪盗」という共通の敵の出現によって彼らは長い戦いに終止符を打ち、ついに手を結んだのだ。
(あんなにネット上でずっと喧嘩してたのに、共闘することになるなんて……)
彗は、親友と知り合いが突然手を結んだことに対して複雑な気持ちだった。
「スイせんぱぁい!!おはようございますっ!!」
彗と玲香が話していると、その空気を壊すように一人の少年が二人の席に笑顔で近づいていた。
☽ あとがき ☾
玲香と明智江戸川金田一は、突然和解をして協力をはじめました。
歪み合い、憎み合っていた者たち瞬時に和解して手を取り合うのはどんなときか?
話し合ったとき?
歩み寄ったとき?
譲り合ったとき?
いいえ。
──共通の敵を見つけたときです。




