勝利、そして
「よっし!勝ったあ!」
探偵・明智江戸川金田一の脇腹に渾身のドロップキックを決めた彗は嬉しそうに笑い、クルクルと体をマントと共に翻らせながら空中で回転し、華麗に着地した。
一方、脇腹を強烈に蹴りつけられた明智は地面を何度もゴロゴロとバウンドしながら転がり、10メートルほど離れた場所にあった木に強く体を打ちつけて止まり、気を失った。
明智の手には麻酔銃が握られており、その背に背負われたリュックには、バスタオルに包まれた新月刀が入っているのが見える。
「よしよし。あったあった……」
きちんとバスタオルに包まれていたため、新月刀は濡れたり汚れたりすることはなく、いつも通りにその刃を月光に煌めかせていた。
彗はそれを見て安心して「ふう」とため息をつき、カチャンと音を立てながら腰の鞘に刀を納めた。
怪盗の腰に刀が納まった。
それはつまり、今夜の勝者が怪盗Witch Phantomであることを示している。
戦いが長かったため、東の空は少しずつ明るくなり始めていた。
「彗ぃ……」
「お、楽しそうだねお兄ちゃん」
彗が上を見ると、そこにいるのは怪盗Witch Phantomの姿で底引き網のようなロープに捕まっている宵がいた。
宵が最後にとった作戦は「囮作戦」。
明智は足音がする……つまり実体がある怪盗少女を見つければそれを本物と判断する、と宵は読んだ。
だからこそ宵自身が囮となって罠にかかり、「実体がある偽物」となった。
その結果明智は見事に引っかかり、近くに隠れていた本物によるドロップキックが決まったのだ。
これは彗が罠を次々と解除していったことによって明智が焦ったことと、罠が減り盤面がシンプルになったことで彼の動きが読めたから成功した作戦だ。
つまり彗が体を張って多くの罠を解除したことと、宵が観察と思考を続けた結果と言える。
「降ろしてくれぇ……」
宵は普通の人間なので、ロープを引きちぎったりは出来ない。
下にいる彗に助けを求めた。
「もう、仕方ないなぁ」
彗は新月刀を抜き、振るった。
シャキンッ
小気味良い音と共にロープは切断され、宵はドサリと地面に落ちた。
ここで彗は魔法を解除して、宵の姿を元に戻した。
「いやあ、いいねえやっぱり新月刀!もう二度と放さない!」
彗はニコニコと笑いながら愛刀を愛でて、その可愛らしい笑顔のまま明智江戸川金田一の方に向いた。
「さ、こいつを木に縛り付けて死ぬまでドロップキックしようかな〜」
彗の心の中には、まだ強い怒りが残っている。
例の同人誌で、散々精神攻撃を受けた屈辱は忘れていない。
「す、彗!何も、そこまでしなくても……」
「ん?なに?言っとくけどこの探偵が終わったら助手の番だからね?お腹の中のもの、全部外にぶちまける覚悟はいい?」
宵は彗の笑顔に心底恐怖しながらも、必死に言った。
「お、俺が二倍受けるから!この探偵はもういいだろ!」
「……なに?助手だから庇うの?」
「そうじゃないけど……」
宵は、明智が母親を探すために探偵として活動をしていると聞いていた。
そして探偵として名をあげたくて、必死にさまざまな依頼に取り組んでいる姿も見てきた。
この森に仕掛けられた罠を見る限り、彼が探偵として有名になり、母を探したいという思いは半端な物ではないと、宵には伝わったのだ。
同じく家族の為に戦っている宵には、これ以上明智を攻撃する気にはとてもなれなかった。
「……やーめたっ!」
そして彗は、兄の気持ちを察するときだけは異常に鋭い感性を発揮する。
何となく兄の気持ちを察し、いま優先するべきは自分の怒りを発散することではないと理解したのだ。
「そのかわり、ホールケーキだからね!チョコのやつね!一人で食べるからね!あげないからね!」
「……ああ!今日買いに行こう!」
宵は妹に気持ちが伝わったことを喜び、笑顔を浮かべた。
「ふあー。しかし、今夜は疲れたなぁ……」
彗はもう魔力が残り少ないのか、満月鏡の魔法を解除して私服姿に戻っていた。
「気絶した明智は車の近くまで運んでおこう。そこの方が日が当たるし暖かいだろう。ここに放置すると風邪ひくかもしれないからな」
宵はそう言って明智に近づき、彼の体を起こしてなんとか背中に背負った。
「うぐ……重っ……!」
非力な宵は必死に彼を運ぼうとしたが、疲労困憊の体で男性一人を運ぶのはなかなか難しかった。
しかし──
「……あれ?」
──突然、宵は体が軽くなった。
不思議に思った宵が彗の方を見ると、彗の腰にある新月刀が月光色に光り、その光が自分の体に入ってきている。
彗は、宵に身体能力強化の魔法を使ってくれたのだ。
「彗……ありがとう……!」
「べ、別にその探偵がどうなろうと、私はしったこっちゃないよ。ただ私は早く帰りたいだけ!」
彗は少し照れながら顔を背けた。
「……ああ、今夜は疲れたな。早く帰ろう」
気絶している明智を「二人で」運び、宵は彼を車の近くに置いた。
そこには朝日が少し差しており、森の中より暖かい。
「じゃ、俺たちの車の方に行くか」
宵が遠くに停めた自分たちの車を指差してそう言うと、彗が突然「うっ!」と言ってその場に座り込んだ。
「うっ、うわー、突然足の骨が全部折れちゃったぁ……」
「え?」
妹の演技が棒読み過ぎて、逆に話が頭の中に入ってこなかった。
「あ、足の骨が?折れた?全部?」
「うん。全部。これは大変な病気だよ」
彗はそう言ったあとにニコニコと笑いながら、宵の方へ両手を伸ばした。
「おんぶ」
「ええええ?」
「これは大変な病気だからね。おんぶしてくれないと今からお兄ちゃんを捕まえて、足の骨を全部へし折っちゃうかもしれない」
「そんなことが出来るなら、自分で歩けるだろ……」
宵はそう言いながらも、彗の方に背中を向けながら腰を降ろした。
「へへっ!」
彗は笑いながら素早く兄の背中に乗り、抱きついた。
「あ、あれ!?彗、新月刀の魔法は?あれがないとキツいんだけど……」
「ないよ」
「え?なんで?明智を運ぶときは使ってくれたじゃん」
「ないの」
「なんでだよぉ……!」
宵は彗を「一人で」車まで運び、助手席に乗せた。
─────────────────
翌日の夕方。
新都大学の「ミステリーサークル研究会」の部室にて。
「ゴホッ、ゴホッ……では明智先生。昨晩は敗北してしまったんですね?」
「ああ……残念ながら、な。しかし中村助手、風邪は大丈夫か?声がガラガラじゃないか」
「え、ええ……」
中村良……もとい月詠宵は昨晩の疲労と冷えからか本当に風邪を引いてしまったので、今日はマスクをつけて登校していた。
ちなみに妹は特に不調もなく普通に学校に行った。
「次はいつ、どんな作戦で怪盗に挑むんですか?」
宵は今回の戦いで、明智の恐ろしさを思い知った。
だから今のうちに次回の作戦を根掘り葉掘り作戦を聞いておいて、次の戦いは有利に進めようと考えていた。
「──いや、もうやめるよ」
「ええっ!?」
宵は驚いた。
明智は探偵として有名になりたいと、そして怪盗Witch Phantomを捕らえればそれが叶うと言っていたからだ。
「私は探偵として名をあげるために怪盗を……と考えていたが、よくよく考えてみればそれは怪盗の悪名を利用して自分の名をあげることになる。それはおかしいと考えてね」
「そ、そうですか……」
「だから今後は、地道に人助けを繰り返していこうと思うのだ。今まで通りな」
「…………」
宵は正直なところ、安心した。
次も自分たちが勝てる保証は無いし、何よりこれ以上明智とは戦いたくないと考えていたのだ。
(明智先生……)
しかし明智の目が窓の遠くを見つめていることから、簡単に割り切れてはいないのだということも理解していた。
「……だから、今後も私の助手としてたくさん協力してくれるかね。中村助手!」
「……ええ、頑張りましょう!明智先生!」
「さっそく事件の調査だ!……と言いたいところだが、今日は帰りたまえ。風邪で苦しそうではないか」
明智が言う通り、宵の顔は青白く体はふらついている。どう見てもまともに動ける状態ではなかった。
「す、すみません……それでは、お言葉に甘えて……」
宵がこんな体調で大学に来たのは、明智の無事を確認するためでもあった。
その目的を果たした宵は、遠慮なく家に帰って休むことにした。
バタンッ……
「……ふぅ」
部室の扉が閉まったところで、明智はため息をついた。
「しかし、謎だなぁ」
昨晩の戦いの最後、怪盗Witch Phantomは確かに青年の声で「チェックメイトだ」と発言した。
そしてその声は、間違いなく中村助手と同じだった。
そしてその後、自分は脇腹に強い衝撃を受けて意識を失った。
おそらくあの青年が「助手」で、自分を蹴り飛ばしたのが「怪盗本人」だ。
(まさか、怪盗の助手は……中村助手なのか!?)
明智はそう考えたところで「ははっ!」と笑い声をあげた。
(いや、あり得ない。だって昨日の彼は風邪を引いていたはず。ちゃんとそう連絡が来たし、彼は嘘なんてつかないはずだ)
明智は頭の中に浮かんだ空論を忘れ、キセルに火をつけて中の煙を吸い始めた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
昨日怪盗に脇腹を強く蹴られたせいか、まだ肺の辺りが強く痛む。
今日は煙草はやめておいた方がよさそうだ。
明智はそう思い、慌てて火を消した。
彼の名は明智江戸川金田一。
確かな推理力を持つ探偵だが……彼の優しい心が、その推理の邪魔をしてしまうこともある。
☽ あとがき ☾
徹夜で戦った探偵と怪盗は、互いに無事では済みませんでした。
しかし彗が一人だけピンピンしているのは何故でしょうか?
何故なら彼女の「回復」は、宵に背負って歩いてもらった時点で完全に完了していたのです。
10年前のあの日、兄は自分のことを背負って隣町まで歩いてくれました。
いつも遊んでくれていた叔母たちに裏切られ、大切な家族を失った彗にとって、あの日唯一信じられたのが兄の背中の温もりでした。
その日から彼女にとって宵の背中はかけがえのない回復場所で、世界で最も安心する場所なのです。
まあ、宵本人は風邪を引いてしまったのですが……




