明智金太の孤独な戦い
僕の名前は明智金太。23歳だ。
僕は普段は探偵としての威厳を出すために自分のことを「私」と呼び、シャーロック・ホームズが着ているようなコートを着ている。
そして僕の身分は大学生であるが探偵としても活動しており、探偵としては「明智江戸川金田一」という名前で通している。
「明智」はお父さんの姓。
「江戸川」はママの旧姓。
「金田一」は自分の名前から捩った。
両親を尊敬している僕は、探偵としての名前に二人の姓を入れて名乗っている。
父のことは「お父さん」と呼び、母のことを「ママ」と呼ぶことは変かもしれないが、僕は変える気はない。
何故なら父の呼び方を「パパ」から「お父さん」に変えたのは高校一年生のころ。
そして僕が15歳……中学三年生の頃にママは行方不明となった。
だから、僕はまだ母のことを「ママ」と呼んでいる。
いつか再び出会えたときに、ママがすぐに僕だとわかってくれるように。
失踪したママを探すため、僕は探偵として自分の名を上げることに注力している。
もし僕が……「明智江戸川金田一」が探偵として有名になれば、ジャーナリストとして有名だったママが失踪直前に調べていた「あの組織」に関する情報が入ってくるかもしれない。
だから探偵として名を上げるためにも、今夜は絶対に負けられない。
あの大怪盗・Witch Phantomを捕らえたとなれば、僕の探偵としての名前も鰻登りだろう。
「でも行くしかないでしょ!とりあえず音を頼りに追っかける!」
怪盗の声が聞こえた。
僕が車を降りてこの森の中に入ると、怪盗は僕のことを追いかけてやってきた。
よほど、この刀が大切と見える。
刀を盗み、怪盗をこの森におびき寄せる。
この森の中は僕が仕掛けた罠だらけ。
怪盗が僕の罠に嵌り、動けなくなったところを麻酔銃で撃つ。
とてもシンプルな作戦だ。
罠の準備はとても大変だったが、怪盗を捕らえることができるのであればそれでいい。
「へぶっ!」
(やった!)
さっそく怪盗が早速罠にかかり、転んだ。
いや、あれは罠と呼べるようなシロモノではなかった気がする。
たしか、全ての罠を設置し終えたあとに「ロープが余ったからとりあえず木の根元同士を結んでおくか〜」と思って適当に結んだやつだ。
あんなものに引っかかるなんて、いくらなんでも注意力が散漫過ぎる。
怪盗は普段の生活は大丈夫なのだろうか。
『そこか!怪盗!』
セットしておいたスピーカーからダミーの声を流したあと、僕は麻酔銃を構えて引き金を引いた。
ビヨンッ!
(はあ!?)
結論から言うと、僕の弾は外れた。
何故なら怪盗がその場から2メートル近く真上に飛び上がり、麻酔銃の弾を躱したからだ。
(いや、人間が飛んでいい高さじゃないだろう!!)
怪盗Witch Phantomが少女の姿に見えるのは実は幻影で、中身にはマウンテンゴリラか何かが入っているのだろうか?
あまりにも動きが人間離れし過ぎている。
僕は強くそう思ったが、怪盗は「声がしたのはこっち!」と言って「スピーカーC」の方へと走っていった。
怪盗を撹乱させるため、スピーカーマイクを5つ購入してこの森の中にセットしてある。スピーカーマイクは高価でとても痛い出費だったが、彼女を捕らえられるのであれば問題ない。
それにまた何かに使う機会もあるだろう。
(ふっ、そっちの方向は……)
怪盗が走っていった方向には、最強の罠が仕掛けてある。
なんと長さ2メートル、直径50センチほどの丸太が振り子のように襲いかかる罠だ。
体に当たればかなり痛いだろうが、この前のドロップキックのお返しだ。
しっかりと食らってもらうぞ。
カチッ……!
怪盗は、罠を作動させるためのスイッチを踏んだ。
しかしあの女は、警戒心とか注意力とかは無いのか?
さっきロープを結んだ罠に引っかかったばかりじゃないか。
丸太を止めていた装置が解除され、重力と振り子の法則に従って丸太が怪盗に襲いかかった。
ヒュウウウウウ……ガァンッ!!
「うわあっ!?」
「はあ!?」
怪盗が驚いた声に合わせて、僕も思わず声をあげてしまった。
何故なら怪盗は、巨大な丸太を右手一本で受け止めたからだ。
いや人間が片手で受け止めていい質量じゃないんだよ。
何キロあると思っているんだ?
僕がどれだけ苦労してその罠をセットしたと思っているんだ?
「あっぶなあ……なにこれ……?」
いや「なにこれ……?」じゃないよ。
こっちのセリフだよ。
やっぱり中身はマウンテンゴリラなのか?
体幹か?体幹が強いのか?
体幹を鍛えれば、あの巨大な丸太を片手で受け止められるようになるのか?
「でも、声がしたのはこっちだから……あれ?」
怪盗が、「スピーカーC」を見つけた。
『ふっふっふ、気づいたかね。怪盗のお嬢さん。そう、これはただのスピーカーさ』
怪盗の存在を赤外線センサーが感知し、僕があらかじめ録音しておいたセリフがスピーカーから流れ始めた。
前もって録音しておいて本当によかった。
リアルタイムでマイクに話す仕組みにしていたら、いまの僕の声は震えてしまっていただろう。
だが、あの「巨大丸太片手受け止め女」を目の前で見たら誰であろうと声は震えるはずだ。
あらかじめ録音しておいた自分の声は、どんどん流れていく。
『敵を見つけられなければ貴様のその身体能力を活かした攻撃も出来ない……つまり、私が用意したこのフィールドにおいて君は完全に無力化され、一般人と同等ということ』
いや身体能力は無力化できてない。
見積もりが甘いよ。過去の僕。
あの女は2メートル近く飛び上がって弾を避けるし、巨大丸太は片手で受け止める。
絶対こんなの「一般人と同等」じゃない。
僕のスピーカーは話を続ける。
『これまでの怪盗Witch Phantomを見ている限り、戦線に出ているお嬢さんの言動からは全く知性が感じられない。しかし逃走ルートや行動はいつも的確。つまり、常に『助手』である君の指示を聞いて動いているのだ。そうだろう?』
「は?もしかしていま私のことバカって言った?ぶっ飛ばすよ?言っとくけど私、超頭いいからね?難しいことで有名なサイゾリアの間違い探し、秒で終わらせるからね?」
うん。やっぱり知性は無いようだ。
だが、それが逆に怖い。
途轍もない力を持つ人間が二人いたとして、知性があって力をコントロールできている「A」と、知性がなくて力をコントロールできてない「B」がいれば、絶対にBの方が怖い。
『そのお嬢さんの馬鹿力と不思議な力は、封じさせてもらったからね。つまりこれは……私と君の知恵比べさ。助手くん』
「は?また私のことバカって言った?サイゾいくか?間違い探し勝負するか?」
録音の僕、お願いだからその怪力女をあんまり挑発しないでほしいな。
やっぱり深夜に録音するべきじゃなかった。
深夜テンションで録音したせいで、ちょっとノリがいき過ぎている感じがする。
『今回は肉弾戦ではない。探偵と、怪盗助手の頭脳戦というわけさ!』
(………!)
そうだ、落ち着け。
あの怪力ゴリラ女に見つからない限りは、この戦いは「肉弾戦」ではない。
頭脳戦なんだ。
録音の僕、良いこと言うじゃないか。
僕は隠れながら奴が罠にかかるのを待ち、麻酔銃を撃ち込む。
やつは撃たれる前に僕を探し出す。
今夜は、そういう勝負なのだ。
(しかし、一人だとやはり心細いな……)
怪盗が強大な相手だとわかると、どうしても「中村くんがいてくれれば」と思ってしまう。
彼は最近助手になってくれた男で、とても頭が切れる。
恐らく、僕よりもずっと。
この森に罠を仕掛ける作業は一人でやった。
万が一、罠の情報が外部に漏れてしまったときに彼を疑うことはしたくないからだ。
だから当日は一緒に戦いたいと思ったが……風邪ならば仕方ない。最近は冷え込んできたからな。
怪盗から奪い返したダイヤと共に、スポーツドリンクを持って見舞いに行ってやろう。
「うん、わかった。殴ってぶっ壊しとくね」
怪盗は、恐らく助手と思われる人物との会話の後に足元の木の棒を拾った。
(ああっ!あああっ!!何をするっ!!)
なんと怪盗は、その棒で僕のスピーカーCを殴って破壊し始めた。
しかし飛び出していき止めるわけにもいかず、僕は声にならない声で叫ぶことしかできなかった。
(やめろお!いくらしたと思っているんだあああああぁぁぁ!!)
怪盗が切り株の上に立ち、棒を使ってスピーカーを破壊するその姿は、箱と棒を使ってバナナを取る知能テストを受けているゴリラによく似ていた。
☽ あとがき ☾
明智金太が森に罠を仕掛けたり、スピーカーを設置するのは大変な手間でした。
しかしそれも全て怪盗を捕らえるため。
怪盗を捕らえれば「名探偵」の名声は広がり、彼の情報収集網は一気に広がることでしょう。
そうすれば、彼の「ママ」を見つけることもできるかもしれません。
だからこの森に罠やスピーカーを設置するのは大変でしたが、苦ではありませんでした。
しかし彼は知りません。
怪盗たちもまた、家族のために戦っているということを──。




