闇の森での戦い
彗が中に入ると、そこには鬱蒼とした暗い夜の森がどこまでも広がっていた。
明智の足音を頼りに追いかけようと考えていた彗であるが、森の中は静寂に包まれており、自分の足音しか聞こえない。
そしてその足音は決して小さなものではない。
何故なら今は11月で足元に落ち葉や小枝がたくさん落ちており、一歩歩くごとにそれらが潰れる音が大きく森の中に響くのだ。
彗はとりあえず、適当に歩いて探偵を探すことにした。
ガサガサッ!!
「!?」
彗は何かに足を取られ、転んだ。
それが木の根元同士を結んだロープだということに気がついたのは、彼女が地面に顔をぶつけた後だった。
「へぶっ!」
「そこか!怪盗!!」
転んでいる怪盗少女に向かって、探偵が持つ麻酔銃から弾が発射された。
(やばっ……!)
あれに当たってしまえばおしまいだ。
彗は倒れた状態から垂直に高く飛び上がり、その弾を躱した。
(あれ?)
彗は違和感を感じた。
弾は自分の遥か下を通過し、地面に突き刺さった。
しかし弾が来たのは声がした方向からではなく、全く別の方向から。
声と共に打ち込んだのであれば、弾は声と同じ方向から来るはずだ。
「でも、声がしたのはこっち!」
彗はそう判断して起き上がり、声がした方向へと走り出した。
ヒュウウウウウ……ガァンッ!!
「うわあっ!?!?」
彗が少し走ると、彼女を待ち構えていたように丸太が飛んできて、彗はそれをなんとか右手で受け止めた。
その丸太は長さは2メートルほど、直径は30センチはある大きなものだった。
丸太は両端をロープで結びつけられ、ロープの上端は頭上の木の枝に括り付けられている。
近くを人が通ったら、その丸太が襲いかかってくる仕組みになっていた。
「あっぶなあ……なにこれ……?」
丸太はかなり大きく、彗がきちんと力を込めて受け止めなければ、大ダメージを負うところであっただろう。
「でも、声がしたのはこっちだから……あれ?」
彗が「声がした」と思って走ってきた先にあったものは、スピーカー。それは木の枝に括り付けられている。
先ほどの「そこか!怪盗!」という声は、ここから聞こえたものであると彗は理解した。
『ふっふっふ、気づいたかね。怪盗のお嬢さん。そう、これはただのスピーカーさ』
彗が見つけたスピーカーは、彼女を待っていたかのように話し始めた。
『貴様は透明になって隠れるのは得意かもしれないが、逆に見えない敵を見つけるような能力はない……そうだろう?』
「ッ……!」
彗は言葉を飲んだ。
その通りだからだ。
満月鏡は、透明になって逃げたり幻影を出して混乱させたりはできるが、逆に隠れている人間を見つけるなんてことは出来ない。
『そして、敵を見つけられなければ貴様のその身体能力を活かした攻撃も出来ない……つまり、私が用意したこのフィールドにおいて君は完全に無力化され、一般人と同等ということ』
「……」
彗は反論出来なかった。
明智が言う通り、暗くて敵の姿が見えないこの森の中では「魔法」や「身体能力」といった、自分の能力は全く活かせない状態にされている。
『ふふ。つまるところ今夜の戦いは……私と、君の『助手』との戦いというわけさ。助手の君、今も聞いているんだろう?』
『……?』
明智の言葉に、宵は驚いた。
まさか明智が自分に話しかけてくるとは思わなかったのだ。
『これまでの怪盗Witch Phantomを見ている限り……戦線に出ているお嬢さんの言動からは全く知性が感じられない。しかし逃走ルートや行動はいつも的確。つまり、彼女は常に『助手』である君の指示を聞いて動いているのだ。そうだろう?』
明智の言葉を聞いた彗は、眉間に血管を浮かび上がらせた。
「は?もしかしていま私のことバカって言った?ぶっ飛ばすよ?言っとくけど私、超頭いいからね?サイゾリアの間違い探し、秒で終わらせるからね?」
彗は明智の言葉に怒り、シュッシュッ!と音を立てながら拳で素早く素振りをするシャドーボクシングを始めた。
『ぐっ……!』
宵は反論できなかった。
何故なら今まさに妹が明智が言う「全く知性が感じられない言動」をしているからだ。
『そのお嬢さんの馬鹿力と不思議な力は、封じさせてもらったからね。つまりこれは……私と君の知恵比べさ。助手くん』
「は?また私のことバカって言った?サイゾいくか?間違い探し勝負するか?」
『……!』
宵は驚いた。
まさか明智が自分に勝負を仕掛けてくるとは思わなかったのだ。
そして妹があのファミレスの間違い探しにここまで自信を持っているとも思わなかった。
あと恥ずかしいからもう喋らないでほしい。
『今回は肉弾戦ではない。探偵と、怪盗助手の頭脳戦というわけさ!』
スピーカーから聞こえた明智の声は自身に満ち溢れていた。
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『彗……敵は俺たちが思っているより、ずっと準備をしてきている。適当に攻めていたら罠にハマって麻酔銃を食らって終わりだ』
「う、うん」
彗に異論はなかった。
明智が仕掛けたと思われる罠やスピーカーはどれも手が込んでおり、宵が言う通り適当に動けばいつか罠に引っかかって自分は麻酔銃で撃たれてしまうだろう。
『だから、俺が言う通りに動くんだ。いいか?』
「わかった。頼むよ、お兄ちゃん」
『ああ。まずは体を透明にして、少し待っていてくれ』
彗は探偵にバカにされたことは腹が立ったが、思考で宵に頼ることはいつも通りなので何も思わなかった。
怪盗Witch Phantomは兄妹で一人。
肉体は自分。頭脳は兄。
それは冬子から満月鏡を取り返す前……つまり、魔法が使えるようになる前からそう決まっている。
彗はそう考えていたので「頭脳戦」ということであれば、宵に全面的に任せることに異論はない。
『彗、魔力はどのくらい残ってる?』
「うーん、もう半分ないくらいかな。さっきの『暗雲』でけっこう使っちゃった」
『……わかった』
宵は彗が先ほど「暗雲」を出したのはほとんど自分のせいだと分かっているので、少し申し訳なく思いながら作戦を考えた。
『よし、まずは森の地形と罠の把握だ。足元を注視しながら歩いて、できる限り罠を解除して回る。その間は時間稼ぎとして、満月鏡で分身を出して相手を撹乱。足音は「暗雲」で消しながら歩く。できるか?」
「ま、待って、多いって。一つずつ言ってよぉ……」
『悪い悪い。足元に暗雲、分身作る、罠の解除……わかるか?』
探偵に「知性が感じられない」と言われてしまった妹は、賢く優しい兄の指示を受けながら満月鏡に魔力を込めた。
いつも兄妹はこうして力を合わせ、ピンチを乗り越えてきた。
それは怪盗Witch Phantomの、いつも通りの光景。
『あととりあえず、そのスピーカーは今後も音でや声で撹乱される可能性があるから、使えない状態にしておいてくれ』
「うん、わかった。殴ってぶっ壊しとくね」
彗はそう言って足元に落ちていた棒切れを拾い、近くにあった切り株の上に登り、スピーカーを棒で殴って破壊し始めた。




