名探偵の大作戦
「お前エエエエエエエエエェェェッッッ!!!なんであの本、あいつに渡してんだアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
彗は満月鏡の闇の魔法、「暗雲」を出して自分と宵が乗る車を含む一帯を闇に包んだ。
そして全力で車へと走って助手席に乗り込み、運転席にいる宵の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしていた。
「えっ!?この『暗雲』、明智と戦うために出したんじゃないのか!?俺をボコる用の目隠しなの!?」
宵の言葉などもはや聞こえていない彗は、左手で兄の首を掴んで持ち上げ、固く握りしめた右手を彼の腹に叩き込み始めた。
「私がッ!!どんな思いでッ!!あの本をッ!!作られたとッ!!思ってッ!!」
ゴスッ!!ゴスッ!!ゴスッ!!ゴスッ!!ゴスッ!!
彗は言葉に合わせながら、宵の腹に拳を叩き込み続けた。
「ゲフッ!ガホッ!!し、死ぬ……許して……ガホッ!!」
宵は言い訳をしたかったが、彗の拳は彼にその隙を与えなかった。
何も見えない暗闇の中で、妹の怨嗟が篭った怒鳴り声だけを聞きながら腹を殴られ続けるという経験は、彼がここまで妹から受けた暴力の中でも最も恐ろしいものだった。
(こ、これは...…本当に死ぬかもしれない...…!)
彼は彗に殴られるたびに瞼の裏に星が散り、その星は一発ごとに増えていって、いずれ綺麗な星空となった。
そしてその星空に亡くなった両親の笑顔がゆっくりと浮かび始めたとき、宵は「死」を本格的に覚悟し、「なんとかして妹を止めないと殺される」と思って口を開いた。
「あれを明智に渡したから、最終的に新月刀を取り返せたんだよぉ……!」
「あっそう!じゃあ、その新月刀で強化した私の拳を味わうといいよ!」
宵が暴力に晒されながら必死にした言い訳は、彗に恐ろしいアイディアを閃かせた。
「ま、待って!彗!死ぬ、それは本当に死ぬから!」
魔法なしの妹に拳を腹に叩きつけられる痛みでも死にそうなほどに痛いのに、魔法で強化された状態でこの腹パンチ食らったら確実に即死させられると宵は思い、必死に哀願した。
「私の今の気持ちを、この拳を通してお兄ちゃんのお腹に叩き込んであげる……あれ?」
彗が刀に魔力を込めようとしたそのとき──
「ああああっ!?!?」
──彼女は気がついた。
腰に提げていた新月刀が無い。
三日月の家紋が彫られている鞘だけが、虚しく腰にぶら下がっている。
彗の心から宵への怒りは一気に引き、代わりに神器を失った焦りが支配した。
「ど、どうしよう!新月刀がない!!」
「はあっ!?」
彗は車内の暗雲のみを解除し、必死に周囲を探した。
「ほ、本当だ!彗、どこにやったんだ!?」
視界が開けた宵が、妹の腰を確認すると確かにそこにあった刀が消えている。
「わかんない!気づいたらなくなってて……!」
「バカ!スマホじゃないんだぞ!?」
二人は必死に周囲を見渡して新月刀を探した。
「はーはっはっはっはっは!!間抜けだなぁ!!お嬢さん!!」
二人は暗雲の外側から明智の声を聞いた。
そしてそちらを見てみると、明智はその手に新月刀を握りしめ、車の運転席に乗って高笑いをあげている。
「刀はいただいていくぞ!はっはっはっは!」
『暗雲』は全ての光と音を奪う。
しかし使っている魔女本人が「見たい」「聞きたい」「見せたい」「聞かせたい」と考えたときに限り、光や音を通す。
現在の状況は、明智からは暗雲の中は見えないし聞こえない状況だが、二人からは明智の姿や声を確認できる状況であった。
「探偵に物を盗まれるなんて、なんという皮肉で愚かな怪盗だろうか!わっはっはっは!」
明智はそう言って車を走らせ、公園の駐車場の出口へと向かっていった。
「彗、追うぞ!『暗雲』でこの車のナンバーと、俺たちの顔だけあいつに見えないようにできるか?」
「う、うん!」
宵は彗に指示を出し、慌てて車のエンジンをかけた。
妹に散々殴られた腹が猛烈に痛いし内臓が口から飛び出しそうだが、今はそんなことは言っていられない。
せっかく夏波から取り返した新月刀。
こんな形で失うわけには絶対にいかない。
ナンバープレートを暗雲で覆った白い軽自動車は「ブォン!」と音を立てて発進した。
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明智の車に追いつくことは難しくなかった。
何故なら、明智はどう見ても逃げようとしていない速さで走っている。
しかし道が狭く、明智の車の横に付けたりはできない。
宵は仕方なく彼の車から付かず離れずで走っていた。
「え、なんで遅いの?あの車」
彗が疑問を口にすると、宵は「それはそうだ」と返事をした。
「仮に本気で刀を盗んで逃げようと思っているなら、公園の駐車場でわざわざ俺たちを馬鹿にするような大声をあげるはずがない」
「ん?どういうこと?じゃあなんで逃げてるの?」
「……おそらく、誘っているんだ。怪盗Witch Phantomを確実に仕留めるために用意した場所にな」
「ッ……!」
彗は唇を噛み、押し黙った。
彼女は悔しかった。
自分の動きを読まれ、刀を奪われた。
あの本で動揺させられ、逃げる隙を与えてしまった。
そして今は、探偵が戦いに有利な場所へと移動されている。
今のところ全て探偵の計画通り。
自分たちはいま、あいつの掌の上で踊っているのだ。
「……ごめんね。私のせいで」
この状況は自分のせい。
そう考えた彗は宵に謝罪をした。
「いや、お前のせいだけじゃない。例の本の件は説明しておくべきだったし、俺も何かと軽率だった」
宵も自分の過失を認め、兄妹は反省した。
二人とも心のどこかで明智を侮っていた。
今回も前回同様、彼を軽くあしらって終わると思っていたし、少なくとも魔女が一般人に遅れをとるわけがないと油断していたのだ。
しかし結果はこの通り。
満月鏡は前と同じように対策をされ、前と同じように蹴り込んだところで新月刀は奪われた。
こちらは何も変えず、相手だけが必死に作戦を練ってきた。
うまくやられて当然の結果だったのだ。
「……彗。これから明智が準備した場所で戦うことになる。これまでと違って難しい戦いになるぞ。新月刀なしで、大丈夫か?」
宵は彗を心配して声をかけた。
ここまでの明智の準備の良さ見る限り、このあとの戦いは厳しいものになると彼は予想していた。
しかし彗は真剣な表情をしつつも微笑を浮かべ、「大丈夫だよ」と答えた。
「もちろん新月刀は強い神器だけど……私は、満月鏡があれば十分。絶対取り返すよ」
そう言って彗は、腹に巻いてあるウエストポーチの上から満月鏡を撫でた。
新月刀は彼女に「身体能力強化」と「空中歩行」という凄まじい魔法をもたらした。
だが満月鏡は新月刀よりも使い慣れており、何より秋奈が最期に二人に魔法を使ってくれた思い出の神器だ。
──これさえあれば、戦える。
彗は心からそう思えた。
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明智が車を停めたのは、山の麓に広がっている広い森の入り口であった。
明智が戦いの場として用意したのは、この夜の森であった。
宵は明智の車から離れた場所に自分たちの車を停め、助手席の彗を降ろした。
「気をつけろよ。わざわざここに来たということは、奴には何か勝算があるんだ。どんな罠が仕掛けられているか分からない」
「でも行くしかないでしょ!とりあえず音を頼りに追っかける!」
怪盗Witch Phantomは心配そうな助手を後にして、森の中へと走り入っていった。
☽ あとがき ☾
明智はルミナス・ジェム美術館で怪盗Witch Phantomが「空中を歩いた」ことと、「刀を持っていた」ことに注目し、その2点はきっと無関係ではく、「怪盗にとって刀は非常に重要なものである」予想を立てました。
そして前回の自分の負け方から怪盗は自分を侮ると予想し、同じ技で倒しにくると考え、ドロップキックを受けながら刀を奪い取るという作戦が成功したのです。
勝負に勝つのは「強い人間」ではありません。
「考えて対策する人間」なのです。
しかしここからは怪盗兄妹も反省し、探偵を対等なライバルと認めた上で戦いが始まります。
勝つのはいったい、どちらでしょうか。




