名探偵のリターンマッチ
怪盗Witch Phantomは今夜も見事に獲物を盗み出した。
彼女は透明な姿のまま身体能力を上げ、空中に黒い足跡を残しながら夜空を一人駆けていた。
「今夜もチョロいもんだったね」
彗は集合場所である公園の駐車場に向かいながら「ふふん」と鼻を鳴らした。
『こら、調子に乗るな。それに今夜は……ここからだぞ』
余裕を見せた妹に、宵は釘を刺した。
今夜は明智が怪盗を捕まえると意気込んでいた日。油断はできない。
宵が昼間に明智に「風邪を引いてしまいました」と嘘の連絡すると、彼は「お見舞いに、怪盗から取り返したダイヤを持っていくよ」と気障なセリフと共に電話を切った。
宵は明智に「申し訳ない」と思う気持ちと、「そのダイヤは自分たちが盗んだものだから要らない」という気持ちを胸に抱えながら、怪盗の助手として今夜の犯行を終えた。
「ま、見ててよお兄ちゃん。ドロップキック一発KOで吹っ飛ばして終わり。何の心配もないよ」
『う、うむ……』
宵はもちろん彗の味方だが、明智が妹の暴力で吹き飛ぶ姿を見るのも少し嫌だった。
そして彗は公園の駐車場に辿り着いた。
今夜の集合場所である公園は少し山を登った場所にあり、以前であればまず選ばなかった場所だ。
しかし空を走れるようになった彗ならば、大した時間をかけずともここに来られる上に、山という大きな目印があるので迷うこともない。
現在の状況から考えれば、待ち合わせ場所にうってつけであった。
「誰もいないよ」
待ち合わせの駐車場に着いた彗は、宵の車を見つけてもすぐには近づかずに周辺を見渡した。
深夜の公園の駐車場は閑散としており、宵が乗っている車以外にも数台停まっていたが、他に人影は無い。
『わかった。それなら、車に乗ってく──』
ヒュウウウウウウ……パァンッ!!
「ふえっ!?」
宵が話している途中、突如として打ち上げ花火のような音が響いたあと、上空で何かが破裂した。
そしてその何かの破裂と共に、その辺り一帯に白い粉のようなものが撒き散らされた。
「ガホッ!!ゲホッ!!ちょっ……またこれぇっ!?」
それは石灰。
一度吸い込んだことがあるので、彗はすぐに分かった。
そして石灰は彗の体にまとわりつき、透明だった彼女の体をそこに浮かび上がらせた。
「そこか、怪盗」
白い靄の中でそんな声が聞こえたと思うと、彗は自分の方に何かが飛んでくる気配を感じた。
『いかん、伏せろ!』
石灰まみれの地面に伏せるのは嫌だったが、彗はすぐに宵の指示に従った。
すると自分のすぐ上を、小型の注射器のようなものが通り過ぎるのを彗は見た。
それが麻酔銃の弾であると、彗はすぐに分かった。
過去に一度……その麻酔銃を撃ったことがあるからだ。
「ふん、来てるみたいだね」
彗はトレンチコートを着て鹿撃帽子を被った「あの男」が、すぐ近くにきていると確信した──。
──────────────────
「……いるんでしょ?早く出てきたらどうですか?」
そう言って怪盗Witch Phantomは月光色に輝きながら、姿を現した。
月光色のカクテルドレス、夜空色のマント、極彩色の飾り羽と宝石に彩られたマスカレードマスク。
「チッ……」
明智江戸川金田一は奇襲に失敗したことを悔やみながら、白い靄の中から姿を現した。
「やっていることは卑劣な犯罪だが……相変わらず美しいね、お嬢さん」
「それはどうも……」
Witch Phantomは両手でスカートの端を掴んで少し上げ、足を交差させて「お嬢さん」らしい動きで探偵に頭を下げた。
しかし彼女の舞台女優のような芝居がかった口調と動きに油断すると、痛い目に遭う。
それを知っている明智は怪盗少女と慎重に距離を取りながら会話を続けた。
「どうだい。今夜はこのまま私と共にランデブーといかないか?車を用意してあるんだ」
「あら?もしかして探偵さんは私を口説きにきたんですか?」
そう言って口元を押さえてケラケラと笑う怪盗少女は、以前戦ったときよりも余裕と気品に溢れている。
どうやら表沙汰になっている犯行以外で、大きな修羅場を潜ったのだろう。
その証拠に、怪盗Witch Phantomが盗んだという記録がない日本刀が、彼女の腰に提げられている。
(だが、こちらとて何もしていなかったわけではない!)
明智は怪盗少女の態度に怯むことなく、言葉を続けた。
「いいや?女性を口説くつもりなら、突然石灰塗れにしたりしないさ。誤解させてしまったね」
明智はそう言って、麻酔銃の銃口を怪盗少女の胸に向けた。
「ランデブーの行き先は……監獄さ。私が責任を持ってエスコートしようじゃないか」
「それは魅力的なデートですね探偵さん。でも残念、あなたはちょっと──」
その瞬間──怪盗少女は姿を消した。
それは光学迷彩やホログラムではない。
あまりにも素早い動きで、姿が目で追えなくなっただけだ。
「ゲホオッ………!!」
明智が次に怪盗の姿を見たのは、自分の腹に彼女が両足を揃えて叩き込んでいる瞬間であった。
「──私のタイプじゃないみたいっ」
怪盗少女は探偵をドロップキックで蹴り飛ばした。
そしてその勢いのまま跳ね上がり、空中でクルクルクルと三回転してから、華麗に地面に着地した。
─────────────────
『あ、明智先生エエエエエェェェッッッ!!!』
案の定、出てきてすぐにドロップキックで吹き飛ばされた明智を見て宵は声をあげた。
「お兄ちゃん、どっちの味方なの」
『もちろんお前の味方だが……あんなにカッコつけてるところを、いきなり蹴らなくても……!』
宵は明智が「怪盗対策だ」と言って遅くまで事務所で深夜までいろいろと準備していたことを知っていた。
「だってあのノリ飽きたんだもん。あの優雅なお姉さんキャラをやると、疲れるんだよねぇ」
『明智先生は最近、原稿を作ってずっとセリフの練習をしてたんだぞ!監獄がどうの、とかランデブーがどうの、って!恥ずかしげもなく!』
「なんかさっきから……お兄ちゃんのが酷いこと言ってない?」
二人が言い合いをしていると、吹き飛ばされた明智が白煙の奥でゆっくりと起き上がる影が見えた。
「やれやれ……相変わらず、すぐに油断するお嬢さんだ……もう勝ったつもりか?」
「そう言って、煙が晴れたらボロボロで登場するんでしょ。そのネタは前回(36話)も見ましたよ?」
彗は鼻で笑いながら言った。
前回同様、強めに蹴り込んでやった。
簡単に回復するはずがない。
「ふっ、それはどうかな?」
そこに立っている明智は少し痛そうであったが、問題なく立っている。
『……ん?』
宵は、明智が右手を後ろに回していることに気がついた。
(転んだ拍子に腰でも打ったのか?)
「うそ、結構強めにいったのに……!」
彗は驚いた。確かに手(足)応えはあったからだ。
仮に蹴り込んだ相手が宵ならば、絶対に気絶させていた自信がある。
「フッフッフッ、この明智江戸川金田一が同じ技を二度食らうとでも?」
「いや、食らってはいましたよね?」
彗の指摘を無視し、明智は自身のトレンチコートを捲った。
「なっ……!?」
彗は目を見開き、驚愕した。
明智の腹にはキックの衝撃を緩和するための本が一冊、仕込まれていた。
しかし彗は何かを腹に仕込んでいたことに対しては、予想していたので大して驚きはしなかった。
問題は──、その本の表紙。
彗はその本を二度と見たくないと思っていた。
あの悍ましく、恐ろしい、悪夢を煮詰めたような内容が生々しく描写されたあの本──
「対策済み、というわけさ!」
百合の花が咲き誇る、レイカ姫と怪盗の同人誌──!!
「──その本をッッ!!!どこで手に入れたッッッ!!!」
彗は明智を睨みつけ、目を見開きながら怒鳴った。
絶対に流出してはいけなかったその本……彗にとって恥と悪夢を固めた結晶のようなその本を、赤の他人である明智が持っている。
彗はそのことが許せなかった。
「むっ!?」
明智は、怪盗が本を見て激昂していることに驚いた。
刺激的な表紙で怪盗を動揺させられると思って持ってきたが、ここまで効くとは思わなかった。
彼女はこの本を知っているのだろうか?
「言えッッッ!!!その本を!!!どこでッッッ!!!」
「ッ……」
相手の焦りや怒りは、戦いにおいて自分のアドバンテージとして使える。
明智は怪盗の動揺の理由は知らないが、やすやすと教えてやることもない。
「ふっ、それは教えられないな!探偵独自の入手ルートというやつで──」
「ああああっ!!!お前かァッッッ!!!あの本を!!!あいつに渡したのはァッッッ!!!」
彗は自力で気づき、胸につけている透明なマイクに向かって怒鳴り散らした。
あの本は世界に三冊しかない。
持っているのは玲香と、自分と、宵だけ。
ならば犯人は明らかだ。
あの本は二度と見たくさえないと思っていた。
にも関わらずそれが第三者の手に渡っており、さらにその犯人が兄だと気づいた彗の怒りは凄まじかった。
『す、彗!!落ち着け!!バレる、明智にバレるから!!まずは明智に集中しろって!!』
宵は焦った。
あの本を明智に渡したのは仕方がなかったとはいえ、彗がこんなに怒るとは思わなかった。
(俺が、悪かったのか...?)
「ゆ……許せないいいいいいぃぃぃぃぃ!!!」
完全にキレた彗は「怒り」に身を任せ、黒い魔力を放出した。
黒い魔力はいつもの髪の毛のように細いものではなく、彗の胸を中心に真っ黒な光が強く、鈍く輝き放たれた。
彗は力任せに黒い魔力を満月鏡に注ぎ込み、それに応えた満月鏡はドロリと大量の「暗雲」を鏡面から吐き出した。
その暗雲は彗と、その周辺に停められていた車の何台かを包み込んでしまった。
「な、なんだ!?」
明智は自分の目の前まで広がってきた、正体不明の黒い雲のようなものに驚いた。
彼の体はその雲に巻き込まれることはなかったが、明智はその雲がある範囲は何も見えず、また全く音が聞こえてこないことに気がついた。
見えないし聞こえない。
これでは怪盗の様子が全く分からない。
(新手の煙幕か……?)
だが、煙幕だとすれば音まで遮断するのは一体どういった技術なのか。
「ふっ……!」
しかし明智はほくそ笑んだ。
この煙幕の謎は気になるが、自分は既に大きな「目的」を達成している。
怪盗との戦いはいま、間違いなく自分が有利に進められているのだ。
彼はそう思いながら、背中側に回していた右手を前に戻し、その手に掴んでいる物を見て笑った。
明智は小中高とゴールキーパーとしてサッカーに打ち込んできた。
だから体で何かを受け止めたり、素早くキャッチする能力には自信がある。
(やった...!)
明智は笑った。
ドロップキックを受けた瞬間、明智は痛みを堪えながら素早く右手を伸ばしていたのだ。
そして怪盗の蹴りを腹で受け止めた瞬間、彼女の腰の刀の柄を掴み、吹き飛ばされる衝撃を利用してこの刀を盗み取った。
「これさえあれば……勝ったも同然だ!」
明智はそう言って笑い、右手に掴んだ怪盗Witch Phantomの愛刀──「新月刀」を握りしめていた。
☽ あとがき ☾
宵にとって例の同人誌は「妹に押し付けられた変な本」という認識でしたが、彗にとっては「死ぬほど恥ずかしいもの」という認識でした。
ですが、家族である宵にならば「ギリギリ託せるもの」でもあったのです。
宵が明智に渡してしまったのは、経緯を考えると仕方がないことだったかもしれません。
しかしその経緯を聞いていない彗は今回「死ぬほど恥をかいた」上に「兄に裏切られた」という気持ちで怒っているわけですね。
そしてもちろん宵は、妹のそんな感情は理解していません。
そうです。世界中の兄妹喧嘩は、兄の無神経さによって起きているのです。




