二本勝ち
「なんやコレ……」
道場の鍵を破壊して入ってきたのは、虎助を掴んで引きずっている豪月竜司と、月詠宵。
二人は道場内に広がる光景を見て絶句した。
血の池の中に倒れている首がない死体と、転がる夏波の頭。
少し離れたところで老衰で死んでいる老人。
そして吐瀉物と涙でできた池の中心で、泣き続ける少女。
「な、何があったんや?魔女のねえちゃん」
竜司が尋ねると、わんわんと泣いていた彗がズビィ!と鼻を啜り、答えた。
「見ての通りです……」
「いやわかるかぁ!どういう状況やねん!」
怒鳴っている竜司の隣にいる宵は、確かに見た。
妹の手には確かに「新月刀」が握られている。
「す、彗!勝ったんだな!?」
宵が最後に確認した状況は、大西椿が彗を斬ろうとしていた場面。
そこからどう展開が転んで勝ったのかは分からないが、とにかく彗は新月刀を手に入れたのだ。
「ううん。私の負け」
しかし彗は兄の言葉を否定し、首を振った。
「この人は最後まで強かった。誰にも負けてない。私にも、夏波にも。ただ……死んじゃっただけ」
「……………」
彗の説明では何のことかは全く分からなかった二人だが、夏波の首がないことは男の仕業であり、そして彗が男を殺したわけではないということは何となく理解した。
「あ、あの。竜司さん、その手に掴んで引きずってる人は……?」
とりあえず妹の無事が確認できた宵は、次に気になっていたことを尋ねることにした。
「あァ、虎助や。弟の。作戦通りキッチリ仕留めたでェ」
「ふぎゅう……」
竜司はそう言って、虎助の襟を掴んだまま持ち上げて掲げた。
人を簡単に持ち上げる腕力も恐ろしいが、持ち上げられた男の顔がボコボコに腫れ上がっていることも、宵は怖かった。
「あの、虎助……さんは魔法を使ってたんですよね?夏波の」
「あァ、そうみたいやなぁ。途中までは強かったわ。でも15分ぐらいどつき合いした後は突然魔法が切れたんか急に弱なってなァ、逃げようとしたから捕まえてボコボコにした」
(あのときか……)
彗が黒い魔力を使って夏波に襲いかかったとき、月虎会の組員達にかけられていた魔法が突如解除された。
闇の中で殴られ続けるという恐怖に駆られた夏波が、月虎会の組員たちに分散させていた新月刀の魔法を自分に集中させたのだ。
そのおかげで自力で勝る月竜会は戦局を押し返し、今や立っている月虎会の者はいない。
そして、竜司は見事虎助を捕らえてみせたというわけだ。
「ん!?」
宵は一つ引っかかった。
おかしなことがある。
「あ、あの!『15分ぐらいどつき合いをした』って、新月刀の魔法で強化された虎助さんと、ですか!?」
あり得ない。
宵は彗に異変が起こるまでは全体を動画で見ていたが、新月刀で強化された人間は超人的な怪力と反応速度を持つ。
とてもじゃないが、普通の人間が殴り合いなんて出来るはずがない。
「ああ。ちょっと強ォなっとったけど、まあ問題なしや。男の勝負は魂の固さで決まるさかい」
宵は、竜司から妹と同じ匂いを感じた。
(この人も相当なバケモンだな……)
「まあこれで全ての決着がついた。ワシは虎助を倒し、キミらは神器を取り返した!勝鬨をあげるでェ!」
竜司はそう言って道場から出ていき、大きく息を吸った。
「この戦ァ!月竜会の勝利じゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
組長の勝鬨を聞いた組員達は、「うおおおおおおおおおお!!!」と大声をあげて応えた。
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「結局、無事襲名できたらしいぞ。竜司さん」
「しゅうめいってなに?」
「お父さんの後を継げた、ってことだ」
「おおー!よかったねぇ!」
関西での死闘から2日後、未だに疲労が抜けない兄妹はそれぞれ布団とソファの上に寝転がりながら、話をしていた。
宵は連絡先を竜司と交換しており、襲名の報告の連絡を受けたのだ。
「虎助さんは、新しい豪月組に下っ端として入ることになったんだってさ」
「ふーん、仲間にしてあげたってこと?」
「まあ、そういうことかもな」
竜司の文章は淡々としていて情報量が少なかったので、宵はある程度推測しなければならなかった。
「それじゃ私、そろそろ学校行くよ」
「え。彗、もう動けるのか?」
「うん」
彗は立ち上がったが、少しふらついた。まだ完全には回復していないようであった。
「昨日学校休んじゃったし、今日は行かなきゃ」
「無理はするなよ」
「うん。お兄ちゃんは今日は午後からの日だっけ?大学、休まず行きなよ」
彗はそう言ってさっさとパジャマから制服に着替え、部屋を出ていった。
「く、くうぅ〜〜……!!」
宵は妹に負けてられない、と布団から這い出て体を大きく伸ばした。
二人の日常が再び始まった。
いつも通りの朝。いつも通りの二人。いつも通りの部屋。
ただ一つ違うのは、部屋の隅に一振りの刀が立てかけてあることだけ。
刀の鞘に刻まれた、三日月型の家紋が朝日に反射してキラリと光った。
─────────────────
「………………」
高校の授業が終わり、部活の前。
誰よりも早く道場に来て着替えを済ませた彗は、神棚の「大西先輩」の写真に手を合わせて拝んでいた。
「ん?中村ぁ、どうしたんだ?今日は早いじゃないか!」
道場に彗がいることに気がついた、顧問の田中が少し驚いた様子で声をかけた。
普段の彗は開始ギリギリまで現れないか、準備運動が始まってからようやく道場に入ってくるからだ。
それが今日の彗はすでに胴着袴に着替え終わり、きちんと髪を後ろで結び、自分の防具も綺麗に並べてある。
「お!神棚に手を合わせてたのか?そうかそうか。ようやくお前も『大西先輩』の偉大さが分かったのか?」
「ええ」
「おっ……」
彗の意外な返答に、田中は驚いた。
手を合わせていたのも意外だが、この女の心には信心深さや他人を敬うといった気持ちはゼロだと確信していたからだ。
「……そうかそうか!」
何があったかは知らないが、生徒がそういった心を持ち始めたのは良いことだと考えた田中は、彗の変化について深く考えないことにした。
「大西先輩は60年前のインターハイ優勝者だぞ。お前もいずれはこの人に勝てるといいな!」
田中はガハガハと楽しそうに笑ったが、彗は真顔のまま「いえ」と答えた。
「私、もう剣道ではこの人に勝ちましたよ」
「はぁ?お前、何を言ってるんだ?」
田中は意味がわからない、といった表情で聞き返した。
試合の記録では勝っていないし、直接剣を交えたこともないはず。
それなのに、何を勝ったというのか。
しかし彗は田中の疑問には何一つ答えないまま、言った。
「この人から小手と面、取りましたもん。私の二本勝ちです──」
彗はニコリと笑い、くるりと振り向いて後ろ髪を靡かせながら、神棚の前から立ち去った。
──────────────────
「夏波……なんで!?なんで出ないの……!?」
暗闇の中、春華は妹に何度も電話をかけていた。
ネットニュースに出た小さな記事。
それは世間にとっては取るに足らない、ヤクザ同士の内輪揉め。
だが春華にとって、その記事には到底見過ごすことが出来ない文が含まれていた。
月虎会、壊滅──
それは、夏波が組長の妻として所属していた組織の名前。
そして魔女を背後に付けていた月虎会が、ヤクザ同士の揉め事で負けるはずはない。
あり得るとすれば──
「怪盗、Witch Phantom……!!」
──別の魔女の、介入。
別の魔女が敵勢力に手を貸したとすれば、あり得る話だ。
とにかく、すぐに確認しなければならない。
だから先ほどから何度も電話をかけているが、妹が応答することはなかった。
「うそ……でしょ……?」
春華は布団に向かってスマートフォンを投げた。
月虎会の壊滅、そして電話に出ない妹。
それらから推測される事実は一つ。
「負けたの……夏波……!?」
あり得ない。
春華は何度も頭の中でシミュレートする。
満月鏡を手にした小娘と、新月刀を持ち剣の達人を下僕にして戦わせていた夏波。闇の魔法だってある。
負けるわけがない。どう戦ってもあの赤鬼面の男が小娘を斬り捨てるか、闇の魔法で真っ二つにして終わりだ。
「もう!なんで!?なんで私に声をかけなかったの!バカ夏波!!」
春華は妹への怒りを爆発させた。
三日月ノ玉を持つ自分が戦いに加われば、勝負にもならなかっただろう。
小娘は慌てて逃げ出すか、確実に捕らえて始末して満月鏡を取り上げて終わりだった。
それなのに妹は、自分を呼ばなかった。
危険があれば二人で戦おうと約束していた。
冬子とは違い、夏波のことは本当に信用していた。
昔から、秋奈と冬子は「妹たち」。自分と夏波は「姉たち」として親も扱ってきた。だから、自分と夏波の間には生まれたときから強い仲間意識がずっとあった。
(夏波……私のことを信用していなかったの……?)
しかしそれは、片思いだったのか。
「くっ……!!だめ、こんなことしてる暇はない!」
春華は備えなければならない。
もし本当に夏波が負けたのであれば、あの憎き怪盗娘が持つ神器は2つ。自分は1つ。優勢は崩れたのだ。
明日にでも、鏡と刀を持った怪盗がここに乗り込んでくるかもしれない。
だから神器の差をひっくり返すような状況を整えなければならない。
自分には、力がある。
この10年で、夏波の月虎会なんて目ではないほどの力と権力を手に入れた。
それを全て使い、あの怪盗娘を潰さなければいけない。
「ふふ……いいわ。私一人でもやってやる!どこの誰かは知らないけど、『月詠の魔女』なら容赦はしない!」
あの憎い憎い月光色の魔力を、今度こそこの世から完全に消し去ってやる。
春華はそう心に誓い、闇の中で独り高笑いをあげた。
第二章「シンギなき戦い」
終わり
☽ あとがき ☾
夏波に約束を破られてしまった春華。
それどころか彼女は気づいていませんが、夏波は裏切ろうとさえしていたのです。
春華は優秀で、強く、夏波が危ないときは必ず助けてあげようと決めていました。
そしてそれは「愛」と呼んでも差し支えないほどの感情でしたが、彼女は裏切られてしまいました。
では、誰かと信頼関係を結ぶために最も大切なものは何でしょうか?
優秀さ?強さ?愛?
いいえ、「対等」であることです。
春華は無意識に自分が「上」である前提で夏波に接し続け、彼女から真の信頼を得ることができなかったのです。
そして春華は、妹たちの誰とも真の信頼関係を結べないまま、ついに一人になってしまったのでした。




