飛影刃斬
「へっ、へへ!どう?『小手あり』でしょ?赤鬼さん」
彗は大声で撹乱させた後に鬼坊の右腕を刃がない刀で強く打ちつけ、確かな感触を感じた。
(でも、神器が奪える気配はしないや……)
苦し紛れに軽口で煽ったが、この攻撃の本来の目的であった「腕を殴って怯ませたところで刀を奪う」ということは出来なかった。
「……怪盗。貴様の言う通り、見事な『小手』だった。しかしその刀は……斬れない刀だったのか?」
腕を『斬られた』のではなく『殴られた』鬼坊は、怪盗少女が持つ刀だと思っていたものを指差して尋ねた。
「……ん?ああ、私のこだわり。人は斬りたくないと思って」
『バカ、別に答えなくていい』
宵は妹が敵に余計な情報を与えているのを見過ごせなくなり、口を挟んだ。
鬼坊は「そうか……」と呟き、自分が持つ刀を左手で持ち、その切先を右手に突き立てた。
「えっ!?」
彗が驚いている間に、鬼坊は自分の右手に大きな切り傷を入れた。
「仮に先の一撃が真剣であれば……このくらいの深さか」
鬼坊はそう呟き、右腕から血を垂らしながら再び刀を構えた。
しかし構えた刀は先ほどまでとは反対に、峰が下側になるように持たれている。
このまま振れば、相手の体は斬れない。
鬼坊は真剣である新月刀を反対に持ち、擬似的に彗の「斬れない刀」と同様に扱うことで条件を揃えたのだ。
「すまなかった、怪盗。対等だと思っていた勝負だが、条件が違ったようだ。だが……これで対等だな?」
「……ハイ」
鬼面の男の異常とも言える「対等な勝負」への拘りに、彗は少したじろいだ。
相手は夏波……つまり、悪い魔女の部下。
10年前に家族を殺したときのように、今回もなりふり構わずに自分を殺しにくると思っていた。
だが、この男は少し違うようだ。
「ちょっとお!何してんの!?馬鹿じゃないのあんた!!」
夏波はたまらず、鬼坊の奇行とも言える行動に怒りを表した。
彗は10年ぶりに聞いた憎い叔母の声に怒りを覚えたが、ここは一度抑えた。鬼坊を倒した後にボコボコにしてやる、と心に誓いながら。
「さっきから見てたら、腕を切るわ刀は反対にするわ……あんた、勝つ気あるの!?」
「これは真剣勝負。夏波様は手出しも口出しも無用。いつも通り、控えていてください」
そう答えた鬼坊の語気は強い。
「チッ……!」
いつものやつか、と夏波は苛立ち舌を打った。
こうなれば鬼坊が言うことを聞かないことを、彼女は思い知っている。
「まあいいわ。斬らないなら、早くその女の頭かち割って殺してくれる?」
「無論」
鬼坊はそう言って、怪盗少女に向かって逆刃の刀を構えた。
「あ、あの!!」
しかし怪盗は構えずに、鬼坊に声をかけた。
『彗、俺が言う通りに言えよ』
「うん」
彗は、「あの男とは交渉の余地があるかもしれない」とイヤホンから聞こえた兄の声に従い、鬼面の男に声をかけ始めた。
「その刀は、私の家のものなんです!その女……夏波は自分の家族を皆殺しにして、それを奪っていった悪い魔女です!だから、その刀を返してくれませんか?お願いします!」
この鬼面の男からは、何か人間としての「芯」のようなものを感じる。
もしかすると交渉に応じてくれるかもしれない、と宵は判断して彗に話させた。
しかし赤鬼面の男からは返ってきた言葉は、意外なものであった。
「全て知っている。この女が生家を滅ぼして不当にこの刀を得たこと。……そして、この刀を奪おうとしている者がいること」
鬼坊は、いつも夏波と虎助の会話を側で聞いていたため全ての事情を知っていた。
「な……私たちは、奪おうとしてるんじゃなくて、取り返そうと……!」
彗は自分の判断で言い返したが、男は続ける。
「この女が家族から新月刀奪ったことも、貴様らがこの女から奪うことも同じこと。条件が同じならば……力で決着をつけなければならない」
男はぶんと音を立てて刀を振り、構えた。
「来い。怪盗。私を倒してこの刀を奪ってみよ」
『……どうやら交渉は難しそうだな』
「そうみたい……だね」
怪盗兄妹は言葉は諦め、彗は再び刀を構えた。
─────────────────
「でりゃあああああああ!!!」
彗は鬼坊に飛びかかり、横腹を打つように刀を斜めに振り下ろす。
「むんっ!!」
しかしギィンと鈍い音がして彗の一撃は受け止められ、鬼坊はそのまま力を込めて刀を弾き返した。
刀を強く握っていた彗はそのまま道場の壁へと向けて弾き飛ばされたが、背中や頭からではなく足の裏で道場の壁に着地し、そのまま壁を強く蹴って飛び、再び鬼坊へと迫る。
(面白い動きだ!怪盗!)
鬼坊がその様子に喜んでいると、こちらに飛んでくる怪盗少女の全身が月光色に強く輝いた。
相手が魔法を使う合図だが、戦いにおいてはこの光そのものも目眩しとして強い。
鬼坊は光の中に一瞬現れた怪盗に向けて刀を振り下ろしたが、それは彼女の幻影だった。
「むうっ!?」
空振りの感覚から鬼坊は少し背筋を寒くして、咄嗟に後ろに退いた。
ガァン!!
すると自分がいた場所の床に、怪盗が持つ刀が叩きつけられる音が響いた。
それは自分が避けなければ、頭を割られていたということを示している。
「チッ……『足音でバレちゃうなら飛んでいけばいいじゃない』作戦が……」
『ネーミングはともかく、発想はいいぞ!流石だ!彗!』
彗の動きを見ながら、宵は希望を抱いていた。
鬼面の男の剣技は間違いなく達人級のものであるが、彗の変幻自在な戦闘スタイルと満月鏡の魔法は組み合わせの相性が良い。
男を少しずつ押しているように見えた。
「むんっ……!」
鬼坊が横に薙ぐように刀を振おうとしたので、彗は後ろに引いてそれを避けようとした。
(!?)
しかし鬼坊が持つ刀が赤黒く光っていることに、宵は気がついた。
『伏せろッ!!彗ーーー!!!』
鬼坊の刀は、振られると同時に黒い影のような刃をその刀身から発射した。
「いいっ!?」
兄の言葉を聞いて考える前に伏せた彗は、黒い刃が自分の髪を何本か切り裂きながら飛んでいくのを感じた。
彗が慌てて振り向くと、刀から発射された黒い刃は道場の壁にぶつかって消え、彗は背筋が冷たくなった。
もし兄が声を出さなければ、そして自分がそれに従わなければ、今頃自分の首は例の動画で殺されていた男たちのように刎ね飛ばされていただろう。
「どう?『飛影刃斬』。私たちの必殺技よ?刀から影の刃が飛び出して相手を真っ二つ。楽しい技でしょ?」
夏波がそう言ってケラケラと笑うと、鬼坊は夏波の方を向いて大声をあげた。
「夏波様!!手出し無用と言ったはずだっ!!」
飛影刃斬を出すことは、鬼坊は知らされていなかった。この技は彗にとっても彼にとっても不意打ちだったのだ。
「なーに言ってんのよ。散々押されっぱなしのくせに」
夏波はやれやれと肩をすくめ、鬼坊を詰るように言った。
「だが、これは怪盗と私の真剣勝負!こちらだけ飛影刃斬を使うのは……」
「いや、相手はバンバン魔法使ってるじゃん。こっちだけ使わないのは変でしょ」
「む……それは、そうか……」
夏波は10年間、この男を相手にしている。
彼の扱いに関しては慣れたものであった。
そして怪盗兄妹にとってはよくない形で鬼坊は夏波に説き伏せられ、再び刀を構えた。
それは、今後はあの影のような刃が不意打ちで飛んでくるという状況で戦わなければならないということを意味していた。
「どう?あんたには出来ないでしょ。闇の魔法、ってやつよ」
夏波はそれをひけらかすように、楽しそうに笑った。
「月詠家は1000年も続いている家なんだから、魔法があんな医療の真似事だけに使われてきたわけないのよね。時の権力者が戦争や殺し合いに利用しなかったわけがない」
夏波は「だから……」と続ける。
「私と春姉で、神器の裏側をちょっと開拓してみたの。この飛ぶ斬撃は……あなたに捌けるかしら?」
夏波は怪盗少女にニコリと笑いかけた。
その笑顔は美しいが、残酷な輝きを内包している。
(流石に……ちょっとやばいかも……)
彗は仮面の下で、にへらと嫌な笑いを浮かべることしか出来なかった。
──────────────────
敵が「飛影刃斬」と呼ぶ、飛んでくる影のような刃は思っていたよりもずっと厄介だった。
広範囲、かつ遠距離に刃を飛ばしてくるこの攻撃が混ざったことにより、これまでの様に『離れて姿を消せばとりあえず安全』といった戦略は取れなくなった。
それにより怪盗Witch Phantom──彗は常に相手の刀に注目して意識を払わなければならなくなり、こちらから攻め込む機会はほとんどなくなってしまった。
トリッキーな動きや分身も、まとめて飛影刃斬で薙ぎ払われれば終わり。
彗はその場に伏せたり、大きく横に避けなければいけなくなるので次の攻撃に繋がらない。
(勝負あり、ね)
夏波は静かにため息をついた。
怪盗Witch Phantomが思っていたよりも手練であって少し驚いたが、それだけだ。
剣技では鬼坊に敵わない。
魔法では自分に敵わない。
それならば自分たちが負ける道理は無い。
当然の話だ。
(それにあの魔女……月竜会の組員全員を姿を変えたり消したり、自分自身にも何度も魔法をかけてる……『そろそろ』でしょうね)
夏波が「ふふっ」と意地の悪い笑みを浮かべたすぐあと、異変は起こった。
「んぐっ……!?」
突然、彗の体を猛烈な吐き気と怠さが襲った。
とても立っていられる状態ではなくなり、彗はその場に膝をついてしまった。
たまたま姿を透明にしているときでなければ、鬼坊に真っ二つにされていただろう。
『彗、どうした!?何か攻撃を受けたのか!?』
「かはっ……げほっ……」
彗は宵に応答することもできない。
吐き気と苦しみで息ができない。
こんなことになったのは生まれて初めてで、彗はこの突然の異常な体調不良の原因がわからなかった。
彗は膝をついていることすら出来なくなり、その場にうつ伏せに倒れ込んでしまった。
『彗!彗ーーーー!!!』
宵は焦った。彗が倒れたこともそうだが、もっと酷いことが起きている。
彗の姿が「怪盗Witch Phantom」の姿ではなく、本人の姿でその場に現れ始めている。
「動きやすいように」と彗が竜司にリクエストして用意してもらった、剣道の道着袴に身を包み、髪を後ろで一つに纏めた姿の妹がその場に現れてしまった。
そして戦っていた月竜会の組員たちにかかっていた魔法が解けて、彼らも自分たちの姿を現し始めていた。
彗が使っていた魔法が全て、解除され始めたのだ。
「かはっ……けほっ……」
素の姿のまま床に這いつくばり嗚咽を漏らすという、最悪と言えるほどに無防備な姿を敵に晒しながら、彗は10年前のクリスマスイブに聞いた、母の言葉を思い出していた。
(あれ……これって、もしかして……?)
───お母さん、魔力がなくなって吐きながらのたうち回ったこともあるんだよ。
☽ あとがき ☾
夏波が言う通り、1000年の歴史を持つ月詠家の魔法は時の権力者に悪い形で利用されることが多々ありました。
新月刀の魔法は戦争や殺人の道具として。
満月鏡や三日月ノ玉の魔法は、権力者が政治的な権力を確立するために政敵を暗殺したり洗脳したりするための力として、大変相性が良かったのです。
そしてそれぞれの神器が持つ、強力な「闇の魔法」の力ももちろん利用されてきました。
「月詠の魔女」は善人ばかりではなかったのですね。
しかし過去にはあった闇の魔法が千夜や秋奈へと伝わっていなかったのは、どこかで「月詠の魔女」が悪用をやめ、それらを「子孫に伝えない」という形で自分たちの魔法を闇から遠ざけたからなのです。




