竜司と虎助
人斬りの殺人鬼に堕ちたあと、鬼坊が求めたのは「真剣勝負」であった。
正確には求めたというよりも、自身の殺人を少しでも正当化したかったのかもしれない。
たとえ殺人でもそれが真剣勝負の結果、ということであれば自分の罪悪感は薄れ、剣士の誇りを取り戻せる気がした。
ただ乾き、ひび割れた心に一滴の水を求めるが如く、自分が斬る相手との「勝負」を望み続けた──
「はははははははは!!!」
だから、今夜は楽しかった。
自分から乗り込んでいくのではなく、相手から乗り込んできた。
こちらに切先を向け、刀を奪うと宣言し、正々堂々目の前に現れた好敵手。
それは彼が10年間待ち望んだもの。
「鬼坊」として初めての、心からの真剣勝負。
(む、どこに行った……?)
怪盗はまた姿を消した。
音と気配を頼りに探すが、息を潜めているのか見つからない。
しかし次の瞬間──
「鬼さん、こっちらぁあぁぁああああああああああああああああああーーーーーーーっっっっっっ!!!!!!」
──途轍もない高さと大きさの声が彼の耳を裂いた。
(む、超音波……これも魔法か!?)
まさか怪盗少女が素で出している大声だとは鬼坊は気付かない。
窓も出口もないこの道場の構造が利用され、大声は何度も反響して彼の耳を突いた。
(むぅ、足音が……)
聞こえない。反響する少女の声が煩すぎる。
ガンッ!!!
次の瞬間、鬼坊は自身が刀を握っている右手を強く殴られる痛みが走った。
──────────────────
「ああ……頼むでェ……ほんま、夏波ぁ……」
豪月虎助は、自室のモニターに齧り付いて道場で行われている鬼坊と怪盗の戦いを見守っていた。
怪盗は分身や透明化を使いこなし、鬼坊からの一撃を受けることなく撹乱している。
夏波は大丈夫だと言っていたが、虎助は不安で仕方がなかった。
「ああっ!」
鬼坊が腕を押さえて蹲った。
怪盗の刀が、鬼坊の腕に当たったのだ。
「な、何やっとるんや!はよ、そんな小娘殺したれ!」
「子分たちにだけ戦わせておいて、自分はこんなところでかくれんぼかァ……?」
「ッ!?」
虎助が振り返ると、そこには誰もいない。
しかし誰もいなかったはずの場所は突然月光色に光り始め、竜司の姿が現れた。
「兄貴……!!どうやってここに……!?」
この部屋は屋敷で最も中央に位置しており、
構造が分かりづらい廊下を間違えずに進まなければ辿り着けない、虎助の自室だ。
「風が吹いとっとんや」
「あ?風ェ?」
「あァ。臆病風がピューピュー吹いとる方に進んできたら、自然と辿り着いてしもたわ。たぶん、こんなところに自分の部屋を作るような男は……とんでもない臆病者なんやろなぁ?」
「ぐっ……!」
虎助は奥歯を噛み、竜司を睨んだ。
竜司が笑いながら話す、虎助の元に辿り着けた理由の半分は嘘で半分は本当であった。
この討ち入りが始まってから、組員達が服に付けているカメラの映像が宵のパソコンに送られ続けている。
宵はそれを見ながらこの屋敷の構造を把握、組員達がまだ撮影できていない部屋をいくつか割り出し、その位置を竜司に伝えた。
竜司はその中で、最も屋敷の奥にあって見つかりにくい部屋に虎助がいると判断し、彗の魔法で姿を消したままここまできたのだ。
「魔女の力で強化した組員にだけ戦わせて、自分は奥の部屋で高みの見物か。大した大将やのぉ?」
「ぐっ……」
竜司の煽るような口振りに虎助は苛立ったが、すぐに反論を思いついた。
「いや、大将が敵陣のド真ん中までくる方が変やろ。兄貴が頭おかしいだけや!」
虎助の反論に対し、竜司は少し意外そうな顔をした後に「はっはっは!」と笑った。
「確かになァ。お前の言う通りや。戦略で考えたら頭おかしいわな。ワシが死んでしもたら、月竜会も終わりやもんな」
虎助は自分の主張が認められて小さく勝ち誇った笑みを浮かべたが、竜司は「でも見てみぃ、ほら」と背後のモニターを指差した。
「大将自らが敵陣のド真ん中まで入ってくアホやからかもしれんが、月竜会の組員たちは覚悟が決まっとるなァ」
「あ……?」
虎助が振り向くと、そこには逃げ出した月虎会の組員を追いかける月竜会の組員が映っている。
彼らが怪盗Witch Phantomの格好で暴力団の男性に襲いかかる姿は妙ではあったが、虎助はそれを笑う余裕はなかった。
「あ、あいつらァ!なに逃げとんねん!戦えやァ!!」
「ぶほっ……」
モニターに向かって怒鳴る虎助の後ろ姿を見て、竜司は思わず吹き出した。
自分だけが安全地帯に隠れ、仲間に戦えと命令する弟の姿があまりにも滑稽すぎたのだ。
虎助はその皮肉めいた兄の笑いで恥をかき、顔を赤くしながら大声を張り上げた。
「でも!!関係あらへん!!俺がここで兄貴を殺ったら、この勝負は終わりや!!」
「おお、ここ数年で初めて意見が合うたなぁ?虎助。兄ちゃんもそう思てここまで来たんや」
そう、竜司がここに来た理由は一つ。
虎助を押さえるためだ。
今回の月竜会の討ち入りの勝利条件は二つ。
一つは、鬼坊を倒して彗が夏波から新月刀を奪うこと。
片方の勢力が魔法の力を失えば、それは勝利に直結する。
そしてもう一つは、虎助の捕縛。
竜司が虎助を捕まえ、「動いたら虎助を殺す」と脅しながら歩けば、大将を失った月虎組は戦いをやめるだろう。
月虎会の組員は虎助に忠誠を誓っているものは多くない。
彼らは虎助が金払いがよく、ヤクザとして楽しい生活をさせてくれるから部下になっているのだ。
虎助が無力化されたとなれば彼らは一目散に逃げ出す、と竜司は踏んでいた。
「抜かせ!」
そう言い放った虎助の背後には、赤黒い靄が浮いている。虎助は夏波が使う新月刀の魔法を纏っていた。
竜司は新月刀の魔法については月詠兄妹から聞かされていたが、その不気味な靄に微塵も怯むことなく、ジャケットの内ポケットから拳銃を取り出し、引き金を引いた。
パァン!
竜司は虎助の脚を狙って引き金を引いたが、虎助は横に動いてそれをかわした。
「……ッ!ほんまに弾避けよるんか、魔法っちゅうのは大したもんやなぁ」
「覚悟はええか、兄貴。これまで兄貴に喧嘩は勝ったことないけど、今日は別や」
虎助はニヤリと笑った。
「拳銃なんか要らへん。俺の力でその首、捩じ切ったるわ」
「魔女に頼んで強ぉしてもらった力が、『俺の力』か。大したもんやな」
身体能力を飛躍的に向上させた虎助だが、頭の回転が速く口が立つ兄に、口喧嘩では相変わらず勝てない。
だから虎助は喋るのをやめて、竜司に飛びかかった。
そして拳銃は役に立たないと判断した竜司は拳を握り、向かってくる虎助の顔に向けて自分の拳を叩きつけた。
「ん?蚊でも叩いてくれたんか?」
しかし虎助は竜司の拳がまるで無いように前進を続け、逆に竜司の胸に自分の拳を叩きつけた。
「んげふっ……!!」
竜司はこれまでに受けたこともないような衝撃を胸に受け、背後にあった壁を音を立てて突き抜け、隣の部屋まで吹き飛ばされた。
「ガハッ……ゲホッ……!!」
(なんやこれ、肋が何本かイッたな……無茶苦茶やな、魔法っちゅーのは)
「カッコつけて姿を現したのは失敗やったな、兄貴。魔法が無い人間とある人間。勝負は明白や」
虎助はそう言いながら瓦礫を踏みつけ、竜司が吹き飛んで空けた穴を通って隣の部屋に入っていった。
「……降参せェ。兄貴。今すぐ土下座して、俺を豪月組の組長やと認めるんなら命だけは助けたるわ」
虎助の言葉に竜司は「はっ!」と笑い、ペッ、と血の混じった唾を床に吐き捨てた。
「アホ抜かせ。お前のパンチこそ蚊が止まったようなモンやわ」
「血ィ吐きながらよお言うわ」
虎助はゆっくりと歩き、間合いを詰める。
もう一発入れれば兄は意見を変えるか、死ぬだろう。彼にはどっちでも良かった。
「しっかし、相変わらずやなぁ……」
竜司は小さく笑いながら話し始めた。
その言葉は浅く苦しそうな呼吸音に途切れながらであった。
「昔、お前がヤクザの組長の息子やって……周りに威張りくさって……不良どもを従えて番長ごっこしとったときと一緒や」
「……あ?」
虎助の額に青筋が浮かんだ。
彼は自分がこの地域の高校を一年生にして全て制覇した、伝説の不良だと自認していた。
「あのときの不良ども、お前のことをカゲで馬鹿にしてたで?喧嘩も弱いアホのくせに、ヤクザの息子ってだけで周りがビビるからトップ。自分は弱っちぃから、周りを固めることに必死やって」
「……遺言はそれで終わりか。兄貴」
虎助は拳を振りかぶった。
このまま殺してやる。そう決意した。
「今も、ヤクザの息子ってことで不良どもを集めとったときと一緒やろ。魔女の嫁には利用されとるだけ。金目当てで数ばっかの組員。人様から取り上げてかき集めた金……自分自身は相変わらずや」
竜司はそう言ってニヤリと笑い、言葉を続けた。
「お前が学生の頃にかき集めた不良……今でも友人として付き合いがある奴はおるか?今日、お前のために命張ってくれとる奴はおるか?」
「ッ……!!」
虎助は動揺した。
高校時代からの不良仲間はいまも部下として付き合いはある者もいるが、今日は来ていない。
理由を付けて断ってきた者や、自分の部下を寄越しただけの者ばかりだ。
「へっ、図星か。ワシの幼馴染の剛田と骨川は今日も来てくれとるで?魔女のねーちゃんのコスプレしながら絶賛大暴れ中や。あいつらとワシは死ぬ時は一緒やって決めとるさかいにな。組織っちゅーのは、数だけやない。人の繋がりやねん」
「……もうええわ。死ねや。兄貴」
虎助は拳を握りしめた。もう、兄の言葉をこれ以上聞きたくなかった。
しかし竜司は話し続ける。
「ええかァ、虎助。いくらそうやって周りを膨らませてもなァ……!」
彼は肋の痛みに耐えながら、大きく息を吸い込んだ。
「肝心の大将がスカスカやったら、何の意味ないんじゃアッ!!ボケェ!!!」
そう言いながら彼は愚かな虎助の頬に、拳を叩き込んだ。
それは竜司が力ではなく、魂で殴った一撃だった。
「ゴフッ……!!」
虎助は床をバウンドしながら吹き飛び、壁に背中を打ちつけた。
「なっ……!?」
虎助は慌てて頬を触った。
(痛い……!?)
あり得ない。夏波の魔法は効いているはずだ。
普通のパンチなんか、何のダメージもないはず。
それなのに竜司の拳は痛く、重く、彼の頬に響いた───。
☽ あとがき ☾
虎助が高校一年生のときに結成した「関西月虎連合」は、当時の関西の不良少年のほぼ全員が集結するほどの巨大な集団でした。
彼らは好き放題に暴れ回りました。
バイクを乗り回し、物を盗み、壊し、地域の人々に多大な迷惑をかけ続けていました。
しかしそんな彼らがある日集会をしているとそこに覆面を被った三人の少年が現れ、そのうちの一人が「今すぐに解散するか、俺たちと戦うか選べェ」と言いました。
当然応戦した彼らですが、三人の少年は驚くほどに強く、たった三人の手によってその夜、「関西月虎連合」は壊滅してしまいました。
リーダーだった虎助は喧嘩の旗色が悪いと見るや、いの一番に逃げ出したので三人の少年の正体は見ませんでした。
しかし後から子分から聞いた話によると、三人の少年の特徴は筋肉質の大男が一人、素早く動き回る小柄な男が一人、そして覆面の上からメガネをかけた細身で長身の男が一人。
細身で長身の男が最も強く、彼は竜のように暴れ回ったとのことでした。




